神との対話シリーズには、本のあらゆるところに、宝石のような言葉がちりばめられています。
あまりにもたくさん、重要なエッセンスが盛り込まれているので、何が重要なのか、気付くことが難しいときもあります。
だからこそ何度も読み返すことで、ようやく自分のものになっていくのが、この本なのだと思います。
「偶然は、ない」ということが真実なら、本から拾い上げる中身のエッセンスも、読む側のタイミングに合っているのでしょう。
その時その時に必要な言葉を、私たちはタイミングのもっとも良い時に拾い上げていくのです。
昨夜見つけた宝石は、「
全面的な愛というのは、まったく自然なことだ」というものでした。
人間としての基本的な性格は、愛すること。
すべての人、すべてのものを愛すること。
と、書いてありました。
基本的な欲求・・・自然な人の姿として、人はすべての人やものを愛したいと思っている。
ということを、感動とともに知ることができました。
「愛されたい」というのも基本的なものだと思いますが、
「愛したい」というのも、同じく基本的な欲求なのです。
さっそく子ども達に「人は人を好きになりたいのだと思う?」確認してみると、「その通りだと思う」と二人から言われました。
愛情深い私の親友にも確認してみると、「そうだよ」と、それは当然…当たり前ではないかという反応でした。
「神との友情」には
、「(人を愛そうとすることは)あなたがたにとっては、それは自然なことではないね。」と続いています。
「なぜですか」のニールさんの質問に、
「
あなたがたは世の中を渡っていくとき、自分の基本的な(人を好きになろうとする)性格に反した、自然でない行動をするように教えられているから」とのこと。
多くの人たちが、私と同じように「人間は人を好きになりたい」ということを、忘れているように思えます。
それは、親から引き継がれたものであることが多いはずです。
子どもは親を好きなのに、愛を拒否されるかまたは条件つきの愛を示され、がっかりして愛を感じなくなるのです。
「自分は親(人)から嫌われるのだ」と信じ、果ては「人は人を嫌いたい」という思い込みができることも、あるのではないでしょうか。
また、愛をふんだんに与えられて育った子供たちも、愛を信じない人たちを周りに見て、傷付いたり、人を怖れたりするのではないでしょうか。
「人は本質的に、人を好きになりたいと思っている」という言葉は、私にとって大変に重要な、人生を180度転換させるほどパワフルなものでした。
なかった(ように見えた)からこそ、あることの素晴らしさに気付けます。
「人は人を好きになりたい」というのは、私の中にようやく思い出された愛の本質で、今、喜びをいっぱいに感じます。
実際の暖かさと胸中の温かさがあいまって、いっきにピンク色の春を感じます。
皆様のこの瞬間も、すばらしくハッピーでありますように!
心からの感謝と愛情の気持ちを込めて
すべての存在へ