2009/9/23
靴下の用途 事件
連休最後の日。昨日の今日なのでまだ腰の痛みは引かないが、先週もらった痛み止め(炎症止め)を飲んだので人間的な生活ができている(※立ち姿はとても類人猿的)。というわけで、重い腰を上げて図書館へ向かって歩いていると、こないだ早稲田松竹に行ったときのことをふと思い出した。
一本目『キャラメル』の余韻に浸りながら二本目『レイチェルの結婚』の上映を待っていたときのこと。一席空けて右隣に座っていた人がおもむろに席を立った。あと数分で二本目が始まる、どんどんお客さんが帰ってくるタイミングで、である。まぁ、急に飲み物が欲しくなったのかもしれないし、もしかしたらトイレがすくのを待っていたのかもしれない。詮索はすまい(もう十分してるけど)と思っていた矢先、あるものが目に飛び込んできた。右隣の人が立ち去った後に、普通では考えられないようなものが置かれていたのだ。普通では考えられないものーつまり、座席を確保しておきたいときに使うものとしては似つかわしくないものーがそこにはあった。
それというのは、脱ぎ捨てられた靴下がワンセット。ぺろん、ぺろんと座席に乗っかって、ゴールデンレトリバーの下のように長く垂れ下がっている。まるで「靴下で席を取る」ことが王道、正当、普遍的かつ伝統的であるかのような堂々とした佇まいであった。
そうか、靴下にはさまざまな用途があるのだな、私の考えもつかないような・・・
始まりを示すブザーが鳴るとともに、靴下の持ち主が帰ってきた。私の(靴下へ向けられた)視線を感じたのか、恥ずかしそうに靴下を回収し、すとんと席に着いた。そして今度は、しゅーしゅーと音を立て、飛行機の中で首を楽にするために着用するあの「エアクッション」に空気を入れ始めた。
私は、数分の間に二度ものカルチャーショックを与え、次々と常識を覆していく隣人に心から嫉妬していた。私もこんな風に、誰も考えつかないようなことをしれっとやってのけて、人に衝撃を与えてみたい。どうすればこんな風になれるんだろうか。常識という概念というのはそもそもどこから生まれてくるのであろうか。私は型に嵌っている。面白くない人間だ。もっとはみ出したい、型なんてぶちこわしてしまいたい、エビの殻みたいにするんと剥いてしまいたい、しまいたい、しまいたい・・・。
『レイチェルの結婚』はそれゆえ、内容とは関係のないところで、忘れえぬ映画の一本となった。

Photographed by Richard Misrach
4
一本目『キャラメル』の余韻に浸りながら二本目『レイチェルの結婚』の上映を待っていたときのこと。一席空けて右隣に座っていた人がおもむろに席を立った。あと数分で二本目が始まる、どんどんお客さんが帰ってくるタイミングで、である。まぁ、急に飲み物が欲しくなったのかもしれないし、もしかしたらトイレがすくのを待っていたのかもしれない。詮索はすまい(もう十分してるけど)と思っていた矢先、あるものが目に飛び込んできた。右隣の人が立ち去った後に、普通では考えられないようなものが置かれていたのだ。普通では考えられないものーつまり、座席を確保しておきたいときに使うものとしては似つかわしくないものーがそこにはあった。
それというのは、脱ぎ捨てられた靴下がワンセット。ぺろん、ぺろんと座席に乗っかって、ゴールデンレトリバーの下のように長く垂れ下がっている。まるで「靴下で席を取る」ことが王道、正当、普遍的かつ伝統的であるかのような堂々とした佇まいであった。
そうか、靴下にはさまざまな用途があるのだな、私の考えもつかないような・・・
始まりを示すブザーが鳴るとともに、靴下の持ち主が帰ってきた。私の(靴下へ向けられた)視線を感じたのか、恥ずかしそうに靴下を回収し、すとんと席に着いた。そして今度は、しゅーしゅーと音を立て、飛行機の中で首を楽にするために着用するあの「エアクッション」に空気を入れ始めた。
私は、数分の間に二度ものカルチャーショックを与え、次々と常識を覆していく隣人に心から嫉妬していた。私もこんな風に、誰も考えつかないようなことをしれっとやってのけて、人に衝撃を与えてみたい。どうすればこんな風になれるんだろうか。常識という概念というのはそもそもどこから生まれてくるのであろうか。私は型に嵌っている。面白くない人間だ。もっとはみ出したい、型なんてぶちこわしてしまいたい、エビの殻みたいにするんと剥いてしまいたい、しまいたい、しまいたい・・・。
『レイチェルの結婚』はそれゆえ、内容とは関係のないところで、忘れえぬ映画の一本となった。

Photographed by Richard Misrach
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