夜(7時頃)なのにヘリコプターの音がやかましいなと思っていたら、温暖化防止に向けた世界首長協議会というのが、今日から京都の国際会館で行われていたのだった。
初日の今日、会議に合わせて京都の明りを消す、という運動があって、京都タワーや二条城をを始めとして夜間のライトアップを停止。ヘリコプターは、多分この明りが消されて暗くなった京都の市中を写していたのに違いない。
京都プロトコルが誕生した都市として、温暖化防止を率先しなければならないという使命を、どうやら京都市は持っている。
イオンが買い物袋を有料化したのも話題になった。
ライトアップというのは非常に無駄な行為であるから、出来れば今日一日と言わず、ずっと続けてほしいものだ。
昨今のお寺はどこもかしこもライトアップだ。
お寺だけでなく、大学とか、変な施設までライトアップしているらしい。
ライトアップというようなことが流行するのがそもそも嘆かわしいのであって、それがなかった時代、もとに戻れば良いだけの話だ。
少なくともせめて大文字の時にはいっせい消灯が望ましい。
こういうことでもない限り、どこも消灯しようと思わないことこそが間違っている。
なぜこのように、ライトアップなり、夜中にこうこうと明りをつけていることが良しとされる世の中になったのだろう。
いつの間に、ライトアップというものが好ましいものとなったのだろう。
訳が分からない。誰と誰のコンセンサスによるのか。
私はそんなものを良いと言った覚えはないぞ。
私が最も無駄だと思うのは、以前も書いたと思うが24時間営業のコンビニだ。
こんなものがあるのがそもそも間違いである。
夜は寝ろ。
そういうものを営業しているから夜行性の変な人間が増えるのである。
エネルギーの無駄使いも減らせる。
もうそろそろ、24時間営業を改めて欲しい。
夜は皆が寝るべきだ。
つまり、人間が電気というものを獲得してからおかしくなったのだろう。
このPCも電気で動いているのであるが、それだからこそ、私はほかの部分で電気の消費量を減らすことを心がけている。
夜にトイレに入る時は、電気をつけず手探りで用を足す。
テレビはなるべく見ない。冷暖房は極力使わない。コンセントはなるべく抜く。
そのほか、買い物にはマイバッグを持つ。
ラップは使いまわす。
鼻をかんだティッシュは捨てずにもう一度使う。
石鹸やシャンプーの使用量を減らすためなるべく体を洗わない。
むしろ、風呂に入る回数を減らす。
洗濯回数を減らす。
ソース、醤油を使わず、原材料の味を生かす。
むしろ、調理そのものをしない。
うむ、正しく世捨て人やな、わし。

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