清水寺の鐘が古くなって痛みが激しくなり、新しいものに取り替えることになった。
その新しい鐘が完成して奉納が行われたというニュースが、全京都市を駆け巡った。
だいぶ前のことで、京都新聞に載っていたのだが、その後忘れてしまい、今思い出したので書いておく。…まだ書いてなかったよね…。たぶん。
古い、痛んだ鐘は収蔵庫に収められたそうだ。清水寺に収蔵庫なんていうのがあったのを始めて聞いた。
この古い方の鐘がどのくらい古いかというと、530年くらい前のものだそうで、重要文化財の指定だという。
清水寺ではこれまで、重文の鐘を撞いていたのだ。
このニュースを聞いて感じたのは、昔の日本人は物持ちが良い、ということだった。
どれだけ前のものでも古いものでも、使えるうちは使う。
400年前のものは古いうちに入らない。まだ使う。
500年経って始めて、痛んで来たので取り替える。
500年使えるものを作った昔の人も偉いが、500年間使って来たそののちの人も偉い。
ものというものは、こういう風にして使わなくてはなるまい。
ものの神様(付喪神)も、これだけ使えば納得して下さるだろう。
ところで、我が家でこのニュースが駆け巡った時、真っ先に話題になったのが、では、戦争の時に、鉄砲の弾を作るために、この鐘は供出されなかったのか、ということだった。
戦時中、物資が不足して、特に鉄が足らず、お寺の鐘を供出させてそれで弾を作った、という風に我々はさんざん聞かされている。
あそこのお寺も(戦争中に)鐘を持って行かれたそうだ、という話は良く聞く。
でも、清水寺の今回のこの鐘は、供出を免れたのだろうか。
私は、きっと清水寺がウチには鐘はおへん、とお上から必死に隠したのだろうという意見を出した。
だが、政府も清水寺くらいに有名なお寺なら、鐘があることは分かっていただろう。分かっていたら差し出せというはずだとも反論された。
お上もそこは重文の鐘だからということで、お目こぼしをしてくれたのだろうか。シビアな戦時中にあり得ない話だが、そうとしか考えられないから、見逃してもらえたのかもしれない。
お寺の鐘の供出の話になると、私は必ず、お寺の鐘まで出さないと鉄砲の弾も作れないほどに鉄が不足しているなら、戦争したって勝てっこないだろうくらいなことは分かるだろうに、といつも思う。
相手は物量が有り余っているアメリカなんだぜ。
お寺の鐘を供出させて鉄砲の弾を作るなんて、あまりにもビンボくさいったらありゃしない。戦争をしている場合ではないだろう。
そこまでしないと弾がないなんて、冷静に考えて、無理がありすぎる。
と、誰も考えなかったのだろうか、と、いつも母にこの疑問をぶつけるのだ。
母は、いーや、日本はそれでも勝てる、とみんな信じてたんや、と言う。
まさか負けるとは夢にも思わなかった、と。
お寺の鐘がなくなってゆくにも関わらず、日本は勝てるのだと思い込んでいたという。
女子供もいざとなったら槍で戦えと言われ、槍の稽古をした。
それでも勝てると思っていた。
ほんま、アホやったんや。あの時はみんなアホやったんや、と母。
もともと、母によると、日本はアジアに兵隊を派遣して(占領して)、そこで物資を調達する予定だった。
戦争に使う鉄などは、ガダルカナル島だとか、フィリピンだとか、インドネシアとか、そこら辺からふんだんに入って来る予定だった。
ところが、行っても物資はなく、その上、海を敵に制圧されてしまったため、日本に帰ることが出来なくなってしまった。云々。
その時点で戦争を止めていれば良かったのに、メンツだとかいろいろなもののために止めることが出来なくなってしまった。