先日は、脳天気な、お人形のことでも書こうと思ってブログを開いたのだけども、重大な事件が起って、つい余計なことを書いてしまった。
あまり推敲もせず舌足らずな考えを晒してしまい。すごく生意気なことを書いた…。偉そうなことを言えた義理でもないのになあ。
こういう時は本当に自分の意見を言うことが恥ずかしいね。
ただ現実に起ったことを無視してお人形のことを書こうと思うと、どうしても心苦しいという思いが拭い去れない。
そこで現実の事件を自分なりに受け止めてから、自分の好きな世界に入りたいという思いがあって、人形の世界とそれに対立する現実世界、というのは人形者と自称している以上、常に私の命題としてあるのだ。
心が荒んだ時には、花を見るのが慰みになって良いのではないだろうか。
さる日、花菖蒲と睡蓮が美しい平安神宮へ出かけた。
それはたいそう美しくて、予想を越えて見とれてしまった。
平安神宮といえば、京都人はケッ、と言って無視するような、コアな京都人ほど絶対に行かない名所だと言っていい。
私もそうだった。
でも、平安神宮の庭園は確か、小川じへいの作による名庭と言って良い庭。
広大な敷地に3つも4つも池があり、それはそれは見事なもの。
近くを流れている疎水から水を引いているので、琵琶湖に生息する魚がここにいる。
1度か2度ほど行ったことがあるような気がするのだが全然覚えていない。
ところで、自分の撮った写真を見たら、菖蒲を撮るのがあまりにも下手クソなのでうんざりした。
睡蓮は結構きれいに撮れたと思うのに、花菖蒲のこの酷さは何なのだ。
まだまだ精進しなければならぬ。