昔、一人のロンドンの商人が、ある金貸しから取引を提案された。美しい娘をくれるならその莫大な借金を帳消しにするというのだ。
金貸しは大きな空の財布に黒白二つの小石を入れ、もし娘が黒い石を選べば娘は醜い金貸しの妻となり借金は帳消しとなる。逆に白い石を選べば娘の生活は変わらず、借金もまた帳消しとなる。もし娘が石を選ばなければ、父親は捕まり娘は生活できなくなるので、やむなく商人は同意した。
(-ωー)
ところが金貸しは、小石を敷きつめた庭から黒い小石を二つ財布に入れた。あなたがこの娘ならどうするか?
1.石を選ぶのを拒否する。
2.財布の中を開け金貸しの詐欺を暴く。
3.父親を救うため黒い石を選ぶ。
垂直的思考では、娘がいずれにしても石を選ばなければならないことにこだわる。しかしこの娘は財布に手を入れて小石を一つ取り出し、色を確かめずに庭の小石の中に落としてしまう。ヾ(゚ω゚)ノ゛
そして、娘は言った。「私ってドジね。でも大丈夫。財布の中に残った小石を見れば、落とした小石の色が分かりますもの。」
エドワード・デボノ著『
水平思考の世界
』の中の有名な一節です。(・ω・)
デボノは本の中で、このようなエピソードや図を使い、新しいアイデアの創造に水平的思考という考え方の大切さを繰り返し説きます。
観察や実験などで古いアイデアが新しいアイデアに置き換わるとしても、それでは創造という過程には不十分であり、たとえ新しい知識や情報がなくても新しいアイデアは生まれるとしています。
重要なのは新しい見方だというのです。
ただ、垂直的思考も大切です。例えば車の警笛を聞いて飛び跳ねる前に、その音が何の音か分析しなければならないとすれば、日常生活は不便です。
ようは垂直的思考による名前や言葉により、水平的思考のダイナミックさが失われることを認識すべきというのです。
これを象徴的に、垂直的思考では論理が頭脳を支配しているのに対して、水平的思考では論理が頭脳の意のままになっているといいます。(-ωー)
元々医学者だったためか医学的な例や表現が多いのですが、学者や研究者の方には耳の痛い内容だろうと思います。いま読んでも少しも古さを感じさせません。( ・ω・)ノ
ただ、かなり高額で売買されているようなので、読むには図書館や古書店で探さないとなりませんが・・(^^ゞ