私が知っている限りにおいてだけど、世界の都市や街に比べると東京は巨大すぎる。(どれだけ世界の街を知ってるんじゃ?って突っ込みもあろうが。。。)今回スペイン(但し、バルセロナとグラナダ・・比較にならない小さな街・・だけど)を訪れて改めて思った。
これってやはり土地が狭い所為かな?ともかく東京は街と街がくっついている感が否めない。そして、中心街と郊外の境目がどんどん遠のいている。さらに言えば、中心街とは一体どこだ?と云うくらいいくつもある。
東京で銀座・日本橋・新宿・渋谷と回る時間・距離だけで外国ではもう郊外(新市街・・・住宅街)になる。外国では都市計画がはっきり読み取れるという意味で東京はやっぱり良くも悪くもごちゃごちゃな都市だなと思わざるを得ない。
東京に来る国内外問わず観光客は大変だろうな〜とつくづく余計な心配をしてしまう。
Códobaはセビージャ・マラガに次いでアンダルシア地方第3の都市と云われる。
しかし、この地はローマ時代から文化の中心地として栄えその後のイスラム教徒侵攻によりイスラム文化の繁栄も極めた都市でもあるわけで、ここも歴史そのものを体感できる街であることは間違いない。
私たちはメスキータの東側に位置するポトロ広場まで足を運んだ。(歩いて5〜6分程度か?)そこはセルバンテスが宿泊したという「ドン・キホーテ」にも登場する旅籠屋ポトロがある。

この日はどうやらお祭りだったらしく、広場(といっても狭い)は ¡Qué de mucha gente! で旅籠屋にも行列ができていたので外から見ただけ。
後で知ったことだが、ポトロとは仔馬のことでCórdoba市の紋章でもあるらしい。そして広場にはポトロの像の噴水が。。。

昔のブルマー姿の兵隊(?)行列が来たことで祭りなのか?と思ったわけで、その噴水の下で人々の頭を避けながら写した写真。噴水の存在の意味を知らずにいたのでその有名らしい噴水の写真は右端に台座が写っているだけ。

だからか、子どもを乗せた仔馬の行列が細い路地を練り歩いていたわけだ!!
さらに何故?こういうものが???

狭い路地の家と家の間にカラフルな糸がぶら下がっていた。(
写真はクリックして見てね)


そして道端には古い農具が展示されている。これって農具だよね?

広場のではこんな遊びの露店が。。子どもたちが夢中になって挑戦していた。
日本の祭り風景とは趣が異なる。祭りといえばどこでもテキヤが出店している日本の祭り。こういう遊びが子どもを夢中にさせるってこと忘れている
もちろん食べ物やの屋台もでてました。
屋台ではアラブ系の食べ物を売っていた。
帰りのバスまで時間が少しあったので、カフェに立ち寄った。
そこで。。。出た!!!!!!!

スペインに行く前に友人から「ヨーロッパではトイレの便器が陶器むき出しって所があるらしいよ」と云われていたが。。。グラナダ滞在中の家族にもそのことを聞いてみると「公園では壊されるから直さないらしいのでそういうのもある」と。が、しかしこのカフェは地元の人たちが入っている綺麗なバルだったのに。。これってどうすればいいの?つまり直にお尻を着けたくないわけで。。。
中腰で用を足すってことになる。
後日、日本に帰ってからスペイン語のクラスの友人とこの話をしていたら「メヒコではお金を払ってはいるトイレもそうだった」と。その話を聞き付けた我クラスのメヒカーナのロメロ先生曰く「メヒコでは家以外のトイレは中腰で入ることと小さい時から躾けられている」「仮に便器に蓋(というか陶器むき出しでないと云う意味)があっても腰を着けて座ってはいけないと子どもたちにも躾けている」「え〜、じゃあ中腰あたりまえ?」と聞き直すと「誰が使ったかわからないトイレなんだから汚いじゃない。メヒカーノはそれが常識」という返答。
これまで行ったユーロッパ・北米・中南米・アルゼンチンでも一度もこんな経験したことなかったが、確かにロメロ先生の言い分は分かるが。。中腰でするくらいなら日本の和式トイレの方がよっぽどいいんじゃない?
それと、日本のトイレ事情は世界からかけ離れているほど至れり尽くせり。
今では公園以外のトイレの便器の保温、果てはお尻の洗浄まで付いているのが当たり前になっている。これって逆に不潔だよね。
ビデの習慣が当たり前の外国でも自分の家以外のビデは不潔だから使用しないってのが常識って聞いたことがある。キレイ好きの日本人だが、トイレ中腰で使っているか??そういえば便器シートっていうものが設置されているトイレもあるね。海外では見たことないけど。。。どれだけ至れり尽くせりを強要する民族なんだか。
至れり尽くせりも度が過ぎると返って感度が鈍くなるってことにもつながる。
こういうこともそれぞれの国・民族の文化の表れで面白いけどね。