● 民族の生存には法則がある。 チベット、アボリジニー、マオリ、アメリカン・インディアンなどの滅亡寸前の民族は、国防や治安や防衛などを全くしてこなかった。
イスラムなど何かしら対抗策を講じてきた民族は何とか生存しているのである。
アメリカ黒人は、マーティン・ルーサー・キング、マルコムX などの黒人解放運動から始まりスポーツ・音楽などで活躍して、現在黒人は亜細亜人達より上だと宣言している。
この中で文化の発達の程度が高い防衛方法程、効率的でしかも効果が上がる。
● 2,26事件やオウムのような中途半端なテロは、利敵行為となってしまう。 敵に格好の攻撃材料を与えてしまうからである。 暴力や破壊行為は世の人々の憎む所である。
ビートルズやヒッピーのようなカルチャー・ムーブメントの方が遥かに優れたやり方だ。
● 道義を振りかざしたり、奇麗事を唱える人程信用できないものである。
本当に信用できる人はむしろ不道徳を隠れ蓑としているものである。
● 物事を一途に追求するに当たって考慮すべき事がある。 それはその対象が一時的なものか永続的なものかどちらかである。 一時的な事物を必死になって追求しても甲斐はない。 決して一時的な事物の為に、永続的な事柄を犠牲にしてはならない。
● 結論の出ない論争に巻き込まれる事程、苦痛な事はない。
● スピリチュアリズムは世間の価値観と全て正反対の対極にある。
● 皆、すぐに結論に飛びつきたがる。 よくよく熟慮もせずに短絡的に善悪の判断を下してしまう。 決断を下すのが早すぎるのである。 全ては一方的独断的判断を下されていく。
○か×か、A + B = C 、 C + D = E のように。
そして一番肝心なものを見落としてしまって、結局は自己破壊に終わる。
● 大学院レヴェルや教授クラスになっていく程、学問の真の目的・本来の意義・初歩を見失っていく。 一番当たり前の事、一番肝心な事、子供でも分かるような事を忘れてしまうのである。
● ミュージシャンが、仕事が無くなって楽器と一緒に飢え死にしてしまった話を読んだ事がある。 だが、そこまでできるって事もある意味凄い事だと思う。
● 色んな国を巡ると、独立国と属国の違いがハッキリわかる。
属国の人々は、どこか卑屈で真っ直ぐに伸びていない。
独立国はどこの国にもペコペコする必要が無いので、堂々としてノビノビと生きている。
これだけ見てもどれ程国家の独立が有難い事かが分かる。
● 人間一個の人生や世界全体を一つの主義・思想・理念に閉じ込め、まとめようとする事自体無理であり、幻想であったのだ・・・
● 自ら出鱈目な方向へと突き進んでいく群集を止める能力など私にはない。
ある授業にて
先生「 今日は李さんはとても綺麗だけどどうしたの? 」
私 「 李さんはお化粧をして来たからです。 」
先生「 何でお化粧をして来たの? 」
私 「 李さんは今日デートするからです。 」
先生「 ヘエ! でも何であなたがその事を知ってるの? 」
私 「 僕とデートするからです。 」
● 亜細亜の古美術を鑑賞する事は、その作品を創作した人物の高尚なる精神との対話のようである。 その芸術家の暮らしていた時代・地方、又、その芸術家の経歴・流派などが脳裏に浮かぶ。
その人物には師匠が居たはずだし、様式の系譜・伝承や意匠の変遷などを経て来た筈である。 その芸術家自身が見出した知見も秘められている筈である。
映画 燕迎春 (1943) 袁美云(女) 高占非(男)
http://memoire.digilib.sh.cn/SHNH/star/star_photo.jsp?name=%D4%AC%C3%C0%D4%C6&type=%E7%94%9F%E6%B4%BB%E7%85%A7a&starId=002
http://www.mdbchina.cn/persons/744/
袁美云
● やさしき中国女性は私にとって観音菩薩の化身である。彼女らが琵琶の名曲を弾けば魅力は4倍にもなる。
● 女性の本来の魅力はその非凡さと神秘性にある。 だから神秘的じゃない凡庸な側面、俗的な面を見てしまうと途端に興味が失せてしまう・・・
● 物質性や現実性の希薄な結婚生活があるとしたら、そんな結婚生活をしてみたいものだ。
● 恋愛がエゴイズムのかけらも無くなった時に、二人の関係は美しく理想的になる。 エゴイズムのかけらもあってはならない。
● 君の事 忘れないよと ささやくと 感動したと 紅梅(ホン・メイ)が言う
● 「 僕たちの 間の愛は 永遠さ 」「 あなたドンドン 口うまくなる 」
● わたくしが 一番信用 置けぬのは 男の口よと 彼女は言った

翁虹
● 17じゃ まだ子供ねと 尋ねると 18とみてと 彼女は言った

翁虹
● 許影(シュー・イン)の AQUAの様な 瞳から シルクロードへ つながって行く・・・
● 劉艶(リウ・イェン)と 僕は太陽 君は月 照らしてく仲 誓いあう春
● 孫麗(スン・リー)と 僕は玄宗 君は貴妃 浮世は忘れ 国は傾く
● 金丹(ジン・ダン)は なんでこんなに 綺麗なの 電影明星 見てる様だね・・・
● 李娜(リー・ナー)も 今はどこかで 過ごしてる 平凡だけど 幸せな日々
● 雲海(ユン・ハイ)に 君とぷかぷか 浮かんでる 峨眉山(オーメイ・シャン)の 山頂付近
● わたくしは うまれたときから おとこみたい なんでなのかは わからないけど
● 崂山(ラオ・シャン)の 上清宮(シャン・チン・ゴン)の ほそみちを 君と一緒に 歩いてく秋
● 北京(ベイ・ジン)の 白雲観(バイ・ユン・グアン)の 庭園で 道士が胡弓 奏でているよ
● 鳳凰の 沱江(トゥオ・ジャン)脇の 茶楼にて 湖北少女が 佇んでいる
● 鳳凰の 沱江(トゥオ・ジャン)沿いの 酒吧(ジウ・バ)から Hip Hop が 流れてくるよ
● 蓬莱に 蜃気楼立ち 仙人が 八人ならび 海渡ってく
● 戚継光(チー・ジー・グアン) 倭寇や匈奴 撃退し 無敵将軍 誉れは高し
● 劉邦は 項羽を下し 漢高祖 中原の地に 天下たばねる
● 蘇東坡は 僧侶と妓女に 親しんで 浪漫文学 開祖となりし
● 徽州にて 程氏がそろばん 開発し 東に渡り 日本伝わる
● 昆明の 昙花寺(タンフアスー)の あずまやで 老人たちが 合奏してる
● 紹興の 魯迅学んだ 三味書屋 壁に国画が 掛けられている
● 衡山の 山道途中の 道観で 床に教典 置かれていたな
● 大連の 中心にある 酒吧(ジウ・バ)には 潮の香りが 漂って来る
● 泉州の モスク脇から 道伸びて ファッション街が 開けてくるね
● 曇曜が 雲崗石窟 掘り始め 完成まもなく この世を去った
● 平遥の 城壁下に 店並び 山西商人 富蓄えし
● 中甸(ヂョン・ディエン)の 碧塔海(ビタハイ)ほとり 馬乗って 広東女性が 卵を呉れた
● 大理にて 洱海(アル・ハイ)の中 島があり 観音様が 祭られている
● 亜聖(ヤーシェン 孟子の事)が 祭られている 廟脇で 文革グッズ 売られているよ
● 北京(ベイジン)の 報国寺には 広場あり 骨董市場 開かれている
● 邵阳(シャオヤン)の 防空壕や 街並みは 文革時代 戻るみたいさ
(現在、邵阳は近代化されてしまった・・・)
● 麗江(リージャン)で 大研古城 伝統の 古典音楽 鑑賞をする
● 黄山の 老街(ラオ・ジエ)行くと 商店で 漢方薬が 売られているよ
● 天津は 天后宮が 先にでき 後に街並み できた都市なり
( 先有天后宮,後有天津城 )
● 太原は 大平原が 語源なり 内蒙古から 黄砂飛び交う
● 貴陽(グイヤン)の 仙人洞の 周辺は 易占起名 軒を並べる
● 上海の 内山書店 サロンにて 金子光晴 魯迅知り合う
● 北京(ベイジン)の イスラム風の 街並みで 清の時代に タイムスリップ
● 虎丘(フーチウ)は ピサの斜塔の 東洋版 風に長年 吹かれ傾く
● 峨眉山(オーメイシャン) 仙逢寺(シェンフォンスー)の 肉片湯(ロウピャンタン) 景色見ながら 食べた想い出
● 峨眉山(オーメイシャン) 下山途中の 山道で 猿の攻撃 傘にてかわす
● 台湾の 廟の中には 冥界の 牛頭馬面(ニウトウマーミェン) とてもリアルだ
● 台中は どこもかしこも 廟だらけ 街中全体 宗教都市なり