まじめな方は閲覧注意! へそ曲がり。。。変なヤツ。。。かむるち2号の日々の遊び、日記など好き勝手に書いてます 見られた方は笑って許してやってください (^_^;)

2016/7/17

祖父とスキー  雪遊び<スキー>

すでに亡くなっているが、僕の祖父のことを僕は詳しく知らない。

祖父は明治生まれの人にはめずらしく身長180pを超える大男。
頭もよく、スポーツも万能だったようで、スキー、野球、ラグビー、陸上、テニス・・・いろいろなことに携わる写真がいくつか残っている。
僕が中学生の頃、家にたまたま何かを聞きに外人が訪れたときに、戸惑う僕をよそにその外人と英語で会話をしていたのを今でも思い出す。

僕が小さい頃に祖父からはいろいろな武勇伝?(笑)を聞かせてもらっていたが、何も知らない子供の僕には全く興味のないものだった。

その祖父が僕が高校生の時に脳血栓を患った。。。
僕が祖父のそういうことに興味を示したころには祖父からは聞くことができなかった。
父は当時の男としては当たり前だが、男親との祖父とは仲がいいわけでもなく、詳しくも知らないし話してもくれない。

そんなことで、わずかに残っていた写真がある祖父のアルバムを持っているのは僕だ。
祖父がよく話してくれたのは「シュナイダーの講習会に行った」ということと「スキーのジャンプの話」だった。
シュナイダーなんて現在の僕は知っているが、当時の僕は知る由もなかったのでたいしたことのない話だと思っていた。
ところが、スキーをよくやるようになった15年くらい前にシュナイダーのことを知ったときにはおどろいた。。。そのシュナイダーの写真がうちにもある、昭和5年小樽での写真だ。

そして母が形見にもらったアンモナイト貝でできたメダル。
そこに刻まれている文字は「全日本ジャンプ大会」スキーのジャンプをやっていたという話と重なるものだった。
クリックすると元のサイズで表示します
大泊町というのは、現在のサハリン 樺太にあった街のようだ。
クリックすると元のサイズで表示します
このメダルには1931と刻まれている、調べてみると「ここ」 で1931年の大会は樺太で行われていることになっているので、この大会になるのかどうかはわからないが(大泊町は樺太庁豊原支庁管轄だったようだが、この大会は豊原開催となっている)なにか大きな大会に出場していた選手で、なにかの賞をもらったということになる。
アルバムの中ではこの写真がたぶんそのときのものだと思う、祖父は明治39年生まれと聞いているので25歳だろう。
クリックすると元のサイズで表示します
昔の字体だったり、達筆すぎたりで、読めないところもあるが「昭和六年一月十八日(壱等入賞)」という文字は確認できる。
ただし、上記の大会では優勝者は別の人のようなので、その辺がなかなか一致しない。

現在、樺太は日本ではないので、確認しようにもわからない。
祖父は小樽商高(現在も存在するが)当時は大学ではなかったが現在では小樽商大出身だと言っていたのを思い出して小樽の方で調べてみた。
すると小樽スキー連盟の100周年のページがヒットした。

小樽スキー連盟の方にメールで問い合わせてみたが、祖父の写真などは見つからなかったとのことだが、当時の資料も散逸していることもあり、小樽スキー史を著されている先生ならもしかすると祖父の名前をどこかで確認しているかもしれないとのことなので、手元にある写真と父から知っている話を聞いて調べ、一度連絡させていただこうと考えている。


そんなことでいろいろと調べていたのだが、その中でおどろいたことがあった。

Instructions for use Title 日本における飛躍台(シャンツェ) - HUSCAP
上の題名のPDFページ(保護がかかっていて保存もリンクもできないようなので、検索にかけて表示)北大のもののようだが、この14ページの写真5・・・スネルスルードというノルウェーの選手だが、同じ写真がうちにもあるのだ。
クリックすると元のサイズで表示します
(うちには同じときのものと思われる同ノルウェーのコテルハードという選手の飛んでいる写真と、もう一人ヘルセットという選手が一緒に写ったノルウェー3選手と記された写真がある)

現在であれば同じ写真が複数枚存在することなどどうってことのない話だが、この写真には1929と記されている、昭和4年のことだ。


祖父の不思議は止まらない。。。
昭和5年には樺太でバイクに乗って働いている写真も残っている、樺太と札幌や小樽ってそう近い距離じゃないよな。。。

一生かかっても謎は解けないかもしれない。(笑)

2016/7/17

娘とトレッキング  外遊び<外でいろいろ>

「またテニスしようよ」という娘に頼まれて11:00から近くの無料コートを予約していたが、11:00には小雨が降っていた。

朝食を採りながら少し様子を見ていると、雨が上がったようなので、11:30過ぎから嫁さんと娘と3人でテニスをして楽しんだ。


その後には天候が安定するのかしないのかよくわからない状況だったので、あまり時間をかけずにも楽しめる遊びとして、ちょっとしたトレッキングをしようと思った。
そのことをコートからの帰りの車中で言うと「ワシも行こうかな」と娘が言う。

家に帰ってから昼食を採って出かける。

最初は最も楽な五ケ峠から上ろうと思ったが、道を間違えて浦浜登山道というところから上ることにした。
駐車場にはすでに帰り支度をしていた人の車が1台だけ、上り始めは15:00をまわっていた。

僕も初めて上る登山道、上り始めはそこそこの勾配で上る。
階段状のところを上る娘。
クリックすると元のサイズで表示します

480m程度の低山だが、上の方は雲がかかっていてモヤっぽい感じがした。

頂上で娘。
クリックすると元のサイズで表示します

駐車場に降りてきたのは17:00。
その後は「やっぱり運動後はアイスだよね(笑)」ということで、レガーロでジェラードを食べて帰宅。(^_^)

2016/7/15

スワロースキー  雪遊び<スキー>

昨日のアウトデラックスに三浦先生が親子で出演していた。

三浦先生といえば、僕が尊敬する唯一のスキーヤーだ。

僕の亡き祖父がたくさんの当時の新聞の切り抜きと共に保管していたこの雑誌は僕の宝物のひとつ。
クリックすると元のサイズで表示します

この雑誌の中に、そのときに三浦先生が使用したスキーの広告がある。
スワローG-8 正式名称SWALLOW EVEREST'70 GLASS-8848
クリックすると元のサイズで表示します

三浦先生が履いていたその1本はエベレストのクレバスに飲み込まれて、きっと今もエベレストの一部として存在しているのだと思う。

以前にも思ったが、このスキーのデザインは現在でも十分通用する。
現在のスキーとして製作して、同デザイン、G-8という名称でラインナップされたら。。。(大人の事情でそういうことができないのかもしれないけど)

小賀坂、KEI、そしていくつかのOEMを手掛けるブルーモリス、メイドインジャパンのスキーの中でスワローだけがあまり前に出てこない。。。

2016/7/13

鹿  

昨日の夜、息子から電話が来た。
色々と話しをしていた嫁さんが僕に替われというので、息子の話を聞いた。

なんでも先日ヤビツに行ってきたという。
てっきり自転車で行ってきたのかと思ったら、夜中に車で走りに行ったとのこと。

車なんてまったく興味ない息子だったが、あのポンコツで峠を楽しんできたらしい。

秦野側は結構走り屋もいたようだったが、それよりも相模原側に鹿がたくさんいたことにおどろいたらしい。
最初に出た鹿はオスのデカいヤツだったようで、それも車の方に向かってきてびっくりしたらしい。
相模原側なんて電気点いてるんだろうか?というところだし、たしかにあの近辺はここいらよりすごいところで、関東圏とは思えないところだと思うが、それにしても神奈川県。。。恐るべし。

「鹿」僕の住んでいる方面ではカモシカなら時々見るが鹿ってのは縁がないな。

2016/7/10


昨日から「明日テニスしよう」と言っていた運動不足娘とテニスで遊んできました。

昨日のうちに電話をしてみると、近くの無料コートは空いていたので、予約を入れておいたのでした。

娘と2時間笑いながらボールを追いかけて汗を流しました。(^_^)

2016/7/10

初めての選挙  

18歳になった娘も連れて、選挙に行ってきました。

娘なりにも少しは調べたりして、自分が投票する人を選んでいたようです。

僕は娘が誰に投票したのかを詮索したり聞いたりはしていませんし、なにかを肯定したり批判したりという入れ知恵もしていません。

子供が自分の意思で投票することに意見することは、いくら親とはいえすることではないと思います。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ