鈴なりに実をつけたさくらんぼの木が、家の前の田んぼの上にはみ出して伸びていたのはわかる。実を落としていたのもわかる。
だけど、無断でのこぎりで太い幹から切るやつがあるだろうか。
わたしは逆上した。あまりの怒りに何も言えなくなって、
出かけていた両親に報告の電話をしながら泣き崩れてしまった。
知らないおじさんが、うちの庭の木を勝手に切ってる。
怒ってもやめてくれない。
しかも、柵を乗り越えてきてさくらんぼの木に登って、どすどす切る。
それ、不法侵入だよ。
そんなことより、すごく大切なものを踏みにじられた気分になって、
それと恐怖で、精神年齢がすっかり退行してしまった。
木全体の半分以上が切られてしまって、
やつらはその幹を庭に投げ込んでそそくさとずらかったので、
庭に植えてあったいちごとかミントが下敷きになってつぶれた。
植物好きには痛すぎる事件だった。
ひとつもわかりあえない人間って結構たくさんいるんだなと思って、
真っ暗な気持ちになった。
そうじゃなくても今日は、精神状態の混濁っぷりが最高潮に達して
バイトをさぼったぐらいだったのに。
でもそれがきっかけで妹と和解できたからそれはよかった。
泣きながら、切られた枝からふたりでさくらんぼを収穫した。
あんなに大きく育ったのに。いっぱい実をつけたのに。
がんばりすぎちゃったね、さくらんぼ。
残った半分よ、あの田舎根性のド腐れ水呑み百姓を呪っておやり。
(農業それ自体は偉大な仕事です)
収穫したさくらんぼで、供養の意味をこめてジャムを作りました。
まぁ怒ったり悲しんだりは人間の勝手で、
さくらんぼの木は残り半分でも淡々と育っていくんだろうけど、
こうでもしないとわたしたちが救われないと。
いとうせいこうの『ボタニカル・ライフ』にも書いてあったけど、
植物の存在に依存してるのは人間の方だな。
理不尽に失われた、さくらんぼの半身に黙祷をささげさせて下さい。

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