2000/4/27

楽しい樫の木への外出とハプニング  

 少しずつではありますが支援してくれる人も増えてきています。又、樫の木では看護婦さんを雇用して、私の樫の木での生活を支える対策も取れるようになりました。
 そして、1999年10月5日、約1年ぶりに樫の木に行きましたが、樫の木の看護婦(Aさん)が一緒なので、病院の看護婦さんは行かなくても良くなりました。
 Aさんは、私と年令が近く、気持の通じ合う様な気がしました。思った通り、会って間もなく、文字盤を使わなくても大抵の意思疎通ができる様になりました。又、市内の胃腸外科病院での看護婦経験も豊富で、吸痰や人工呼吸器の扱い方、そして、おむつ交換、更に導尿など、通常の人では容易に頼めない事や出来ない事も手際良く処置してもらい、樫の木での一時を安心して過ごすことが出来ます。
 そして、樫の木の仲間達も「Aさん、Aさん、」と、親し気に話しています。芦原さんも仲間達の名前を直ぐに覚えて、打ち解け合って楽しそうに作業の輪に入っているのを見ると、私も楽しくなります。
 又、仲間達の定期的な血圧測定など日常の健康チェックをしてもらえるようになると、仲間達との信頼関係も増々深まる事だとおもいます。あらためて言うまでも無いと思いますが、芦原さん、仲間達の健康面のお世話もよろしくお願いします。
 当面は、週に2回(火曜と金曜)行く事になりました。入院後、初めて樫の木の昼食を食べましたが、とても美味しかったです。
 樫の木で私は、亡き母へ贈るメッセージの改訂版の原稿作成や、自分史の原稿作成のワープロをしていますが、仲間達の中でするワープロは楽しく出来ます。仲間の作業を見たり、会話している様子を見ていると、家に帰った様な気持になります。
 最初の頃は、人工呼吸器を付けた私から少し距離を置いて見つめていた仲間達も次第に慣れて来て、前を通りながら声をかけてくれる様になり、3日目頃からは、私の存在を殆ど気にしなくなり、自然に受け止めてくれていますが、痰が出て苦しそうな顔を見ると、急いでAさんを呼んでくれる等、それとなく気に止めてくれています。
 この様な中で、一人だけ、最初の日から、私の側に来て話をした仲間が居ました。その彼は、私に頬がくっつく程に寄り添って、飲み終わった缶コーヒーの缶をゆすって、空になってるか、確認を求めます。これは、以前から私と彼とのコミュニケーションの一つでした。たまに、飲み口に残ったコーヒーが顔に付く事もありましたが、嫌に感じた事はありません。彼は、仲間の会で決まった内容など、いろんな事を訪ねて来ました。分かっていそうな事でも、確認のつもりで答えていました。その代わりに彼は、私が飲み物の栓を開けて飲めないのを知っていて、栓を開けて、コーヒーやタフマンを飲ませてくれていました。
 しかし、今は彼の質問に答える事が出来ないのが寂しいのですが、言葉を出せない事を察した彼は、その後、質問をしません。それでも必ず側に来て、にこやかに迎えてくれます。そして、レクリェーションで撮った写真で彼が写っているのを見せてくれますが、あまりにも目に近付けてくれるので、遠視の私には良く見えません。でも、彼の思いやりの気持は、はっきり見えて嬉しくなります。本当に優しい仲間の一人です。
 こんなに楽しい樫の木に行く様になってから、思い掛けないハプニングが起きました。この事は書くつもりはありませんでしたが、樫の木の関係者を始め、周囲の人達の話題になっているらしく、黙っているよりは、詳しく説明した方が良いと考えて書く事にしました。文面については、Aさんに見てもらって、了承を頂きました。
 ハプニングとは、呼吸停止になった事です。おむつ交換をする時はいつも人工呼吸器を外してするのですが、この時も同じ様にしました。職員さんが片方で支えて、身体を横向きにして、Aさんが、おむつ交換をしてくれたのですが、横を向くと、痰が良く出るのです。それはいつもの事で、少し苦しい程度で、おむつ交換の後で吸痰をしていましたが、この時は、痰の量が多くて粘りもあって、途中から苦しくなりました。痰が気管に詰まって、自発呼吸が困難になったのです。
 Aさんが手を洗って、1回目の吸痰をしたところまでは意識がありましたが、その後は何も覚えていません。気が付いた時は、目が覚めた様な感じでした。目の前でAさんが顔に汗を浮かべて、心配そうにしていました。事情を聞くと、チアノーゼ症状になって意識を失ったそうですが、直ぐに人工呼吸器を気管につないで、私の頬をバチバチと叩いたそうです。そうして意識が回復したそうです。この間、約2分間だったとの事ですが、頬を叩かれた事など何も分かっていませんが、Aさんの素早い適切な処置で生き返る事が出来ました。
 痰が詰まって、意識を失って行く感じを例えると、人工呼吸器を装着しても電源スイッチを入れてない時に似ている、と言っても、人工呼吸器のお世話になっている人にしか分からないでしょう。マスクを3枚くらい重ねて付けた感じかもしれない。弱い力で首を絞められる感じかも知れない。胃カメラを飲んで鼻を塞いだ感じかも知れない。いずれも良く分かる様な例え方が出来ませんが、苦しいのは5分程度で意識が無くなりました。
 付け加えて説明すると、吸痰をすることは、気道中や肺の中の空気も吸い取るので、早くしないと、酸欠になります。そして、痰が、粘っていたのは、ネブライザーをしないままだった事が原因と思います。それからは、ネブライザーをして樫の木に行く様に心掛けています。
 樫の木の職員は、慌てた様子でした。救急車が間もなく到着しましたが、車いすで乗るには、樫の木のリフトワゴン車の方が乗りやすいので、救急救命士が付き添って樫の木の車に乗り、救急車は、その後に付いて大分健生病院に帰りました。
 病院では待ち構えていた看護士さんと看護婦さんが交代で呼吸介助をしてくれました。レントゲンの結果、胃の中に空気がパンパンに溜っていました。おそらく、苦しさのあまりに口から空気を吸い込んだものと思います。これでは苦しいはずだ、という事で、マーゲンチューブ(鼻から胃の中に管を通す)で空気を抜き取る事にしました。約50ccの空気が抜けただけで呼吸が楽になりました。朝まで入れておく様にと言う、主治医の指示でしたが、朝まで我慢できずに、看護婦さんに泣き付いて、夜の10時に抜いてもらいました。入院してから約半年間、空気を抜く為に入れていましたが、導尿の管よりも、肛門からガスを抜く管よりも、何よりも嫌な事でした。
 今回の事は、良い経験になりました。これからもお世話をさせて下さい、とAさんは言ってくれました。とても嬉しくて、信頼できる人に巡り合えた事を心から感謝しています。そして、生きてる喜びを芦原さんと一緒に感じられた事は、言葉にあらわせない程であり、気持の中では、一心同体になった感じも持っています。
 又、今、生きてるからこそ、ハプニングとして話せますが、もしも、あのまま息を吹き返さなかったらと思うと、恐ろしくなります。兄は勿論、樫の木の職員や樫の木の仲間とお母さん方、そして、励まし続けてくれた多くの人達の悲しみとショックは想像も出来ません。
 それ以上に、Aさんの受けるショックは計り知れず、責任感から立ち直るまでの精神的な苦痛を考えたら、今、生きてる事の大切さと喜びを深く感じています。
 万が一にも、呼吸停止のまま息を吹き返さない事になったとしても、私には、その事を悔やんだり、咎めたりする気持など毛頭ありませんが、私の意思に関係無く、責任を感じられる事は、悲しい限りです。
 在宅生活では、この様なハプニングは、覚悟していますが、私の生活を支えてくれる人達に後悔や悲しい思いをしてもらわない為にも、安全対策も可能な限りしなければと考えて行きたいと思います。
 そこで先ず、樫の木では、不安定な車いすの上でのおむつ交換を止めて、ストレッチャーに乗り換えてする様にしたら、Aさん一人でおむつ交換が出来る様になり、私も楽になりました。そして、おむつ交換の前には、必ず、吸痰をする様にもしました。
 今回のハプニングを良い教訓にして、まだまだ、数々の設備を整えて行きたいと思っています。
 在宅生活の実現には、今回の様な事にも慌てる事なく対処出来る設備を確保して、支援者を増やして行かなければなりませんが、まだまだ在宅に必要な支援者の人数にも、ほど遠いです。
 もし、200人の支援者が集まったとしても、その中には、吸痰や呼吸介助などの医療行為の出来る人が多数居なければ、在宅生活は不可能です。又、人工呼吸器の取り扱い知識も必要です。人工呼吸器の加湿器に補充する蒸留水と消毒液を間違えたり、加湿器の回路をあべこべに接続して、死亡させるという単純な医療ミスも起きています。
 又、人工呼吸器で在宅生活をしている人が、ボランティアの吸痰により、気管を傷つけて、それ以降、ボランティアによる吸痰を躊躇しているという話も聞きました。家族なら否応無く、それ以降も注意を払いながら吸痰を続ける事が出来ると思いますが、まれにしか経験しないボランティアには二度と出来ない事でしょう。そして、責任を感じる心の痛手は察しようもありません。
 そこで一つ思った事は、ボランティアが、どれだけの吸痰行為を会得していたのか、という事と、在宅者本人の状態が、どの程度だったのかも気になります。例えば、食事は普通食だったのか、咀嚼力はあったのか、流動食だったのか、などです。その程度によっては、神経の感覚にも差が出て来ると思います。
 私は今の所、咀嚼力はありますが、将来的には低下するかも知れません。せめて今のうちに、Aさんの指導で、樫の木の職員には、吸痰の仕方やアンビューの仕方を会得して欲しいという希望を持っていましたが、この様な事故を聞かされると、幾ら私が大丈夫と思っても、無理を言う事は出来ません。吸痰やアンビューは、医療行為であり、医師の指示があってこそ可能な行為であり、それをAさんに委ねる事は出来ないのかも知れません。医師の指導も得られ、支援会議の人達が自身を持って医療行為が多数の人達で出来る様な体制が確立される事を念願しています。
 入院していれば、医療従事者を全面的に信頼するのは当然ですが、患者自身も意識のある限り、人工呼吸器を身体の一部、あるいは、肺が箱に収納されて呼吸している、という気持で、人工呼吸器について、医療従事者と共に知識を深める事が命を守る為に不可欠な事と考えています。吸痰についても、気管に感覚のあるうちは、どこまでの刺激が限度かを知り、限度と感じた時は、顎をひいて、咽をしめたり、もっと奥に入れたい時は、口を開けて、顎を上に向けると、気管が広がり、奥に入る、などというテクニックを覚える事も必要に感じています。
 とは言っても、支援者の全てが自身を持って、吸痰などの医療行為が可能になる事は不可能に思えます。
 この様な現状を思う時、気持に焦りが無いと言えば嘘になりますが、私が焦ったり、無理を言う事は、皆さんを困らせるだけであり、決して前向きな考えにはならないと思っています。生きる事の喜びを皆さんと共感しつつ、皆さんの激励や御支援を心の支えに、今は病院から1日でも多く外出し、外泊も実現するなど、困難を一つ一つ乗り越える事で、病院生活のストレスを解消と、夢の実現に向けて、多くの人達と触れ合い、楽しくやって行きたいと思います。
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