2000/8/30

病室から  

個室の方が夜中の吸痰などに気を使わなくて良いと思った。それに、カーテンで仕切られると、隔離された様な窮屈さを感じる。個人のスペースとプライバシーを守る為のカーテンだけども、日中はオープンにしたい思いがする。今一つ気になるのは、大分リハの学生さんが来た時に、オープンな雰囲気で話が出来にくいのではないだろうか?無関係な人にとっては、ばか騒ぎで迷惑にしかならない事もある。そして、僕の楽しみのひとつである朗読ボランティアさんの俳句の朗読とお話、これこそ無関心な人には、雑音にしか聞こえないと思う。でも、僕にとっては、学生さんの若さと未来への夢に接する事は、僕にとっても生きるパワーをもらった気持になります。そして、俳句の朗読は、孤独の中でこそ感じられる情緒を高める為に欠かせないものになっています。日々の生活から感じる喜びや悲しみ、怒りを日本の四季に合わせて17文字で表現する楽しみは、生きてる証とも言えます。もし、入院生活で、これらの楽しみが不可能になるなら、外出の機会を1日でも増やす事を願っています。そして、樫の木で俳句会のサークルが出来るなら、僕の生きがいも増々膨らむこと間違いないと思います。そこで、明日の支援会議で、学生さんの事と朗読の事を話しては、どうかと思います。更に、真剣な話し、僕の帰る所は、樫の木であり、どんぐりの家でしかないと思っています。家族も実の兄よりも薄田さんやFさん、そして、樫の木の職員の方が、僕の性格から身体的な特徴まで分かっている身内と思っています。そんな身内と思える人に支えられなければ、生きがいも無くなります。今の僕の命を維持しているのが人工呼吸器であり、吸痰という人的行為です。その吸痰と人工呼吸器の知識を、せめて薄田さんとFさんに会得して欲しいという思いもあります。その気持も支援会議で話して欲しいと思います。
 僕の前に道は無い 僕のうしろに道ができる  高村こうたろう
 僕の好きな言葉です。
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2000/8/30

支援会議に寄せて  支援会議

昨年の9月から吉田さんの専属の看護婦さんだったAさんの退職(5月末)により、2年数ヶ月の長期入院の中で初めての外泊が中止、同時に、外出さえも困難な状況に陥ってしまいました。このことで吉田さんを支えていたのは、誰だったのか、在宅支援の会だったのか、たった一人の看護婦さんだったのか、今後の大きな課題となりました。在宅支援会議自体も吉田さんの外出困難な状況と同じように活力を失った様子を呈していたのですが、そんな中、6月に新しい看護婦さんの採用により再び週2回の樫の木への通所が可能となり、やっと今回23回目の会議を開くことが出来るようになりました。吉田さんの支援という特異なケースとしてだけの議論ではなく、障害者、入院患者さんの在宅支援を考えるという視点も含めて、忌憚のない意見交換が出来ればと思っています。
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