2004/1/7

支援会議に寄せて  支援会議

 入院生活7回目の新年を迎えて、初めておめでとうの挨拶を素直に聞けるし、言える気持になれた。そして、生きてる意味や嬉しさを噛み締めているが、本当におめでとうを言えるのは退院した時だと思うし、一年くらい健康に過ごせた時こそ、誰に対しても自信を持って、おめでとうを連発したいと思う。それまでは多少の危惧や不安の声は嬉しく受け止めて、新生活の力にして行きたい。
 18年前の退院、在宅生活に比べると身体機能は衰えているが、反面、制度や人的支援を考えると、18年前に理相としていたことが現実になった思いもある。補助制度も無かった中でスタートした共同作業所どんぐりの家と、そこでの在宅生活は、一般常識からは無謀な行動と思われていた。これからの生活も同じかも知れないが、せっかくの制度を利用しないことには、制度の不備を指摘して改善させることも出来ない。まさに僕の為に作られた在宅支援費制度と言っても過言ではない。 
僕の前に道は無い、僕の後ろに道が出来る
これは、詩人高村光太郎の言葉だが、僕のこれからの生活にピッタリと当てはまる気持ちになって、浮き浮きしている。目指すは退院、1月31日へ向けて、茨や萱をかきわけて、まずは、山道を切り拓きたい。
(追伸)
年末の23日に中Nさんの訪問を受けて、朝食から昼食までの長い時間に好きな食事や子供の頃の思い出話し、旅行に行った話などをして、楽しい一日でした。その翌朝に自覚症状の全く無い7度7分の熱発をして、夕方には平熱に戻り、年明けには下痢をするなど、原因不明の身体変化が現れたけれど、これは18年前にも経験したことだが、心は既に在宅気分でいることに、嫉妬した自律神経の仕業ではないかと思ったりしている。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ