2004/4/14

経過報告  

  1997/12/09 入院 (気管支炎→呼吸困難→気管切開→レスピレーター)
    12/13 気管切開 
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  1998/01/28 在宅支援会議(第1回)
    03/20 リクライニング式車椅子申請(基準外交付)
    03/23 障害者手帳再交付(意思伝達装置支給に伴う障害名の変更)
    04/06 車椅子の判定  04/11 車椅子フィッティング
    04/17 脳性麻痺の症例検討会(大分健生病院にて)
    04/19 「春のつどい」でのレポート報告。
    04/20 車椅子(借用)にて院内散歩
    04/22 脳性麻痺の学習会(大分医大にて)
    05/22 母親死去(通夜・葬儀とも参列出来ず)
    06/07 吉田さん宅環境整備+生活施設運営会議
    06/13 全障研九州ブロック研修会にてレポート発表
    06/24 半年振りの入浴(医師2名+看護婦4名+ボラ1名)
    07/22 外出(ワークスペース樫の木へ)所要時間90分
    07/29 入浴 看護婦3名+ボランティア1名
    07/30 入所施設への申込について、本人の了解を得る。
    08/10 補装具(車椅子)交付決定
    08/12 入浴 所要時間40分 看護婦3名+ボランティア1名
    08/19 外出(ワークスペース樫の木へ)所要時間60分
    08/20 45歳の誕生日
    09/09 外出(茶房DEN)所要時間80分
    09/21 生活保護辞退届の提出  10/06 国民健康保険加入
    10/21 外出(樫の木)所要時間60分
        大分合同新聞取材(掲載日は未定)
    10/28 散歩(2病棟→外来→受付→医療生協→スーパー)
    11/04 大分市障害福祉課にて担当との相談。(薄田)
    11/06 大分合同新聞掲載
        支援のハガキが届きが定期的に届き始める。
    11/11 散歩(樫の木→高見児童公園)所要時間60分
    11/23 成年後見ネット結成総会にて吉田さんの現状を訴える。(薄田)
    11/25 外出(樫の木)所要時間60分
    11/29 「在宅重度障害者のいのちを考えるシンポジウム」出席
    12/10 朗読ボランティア開始
    12/18 外出(大分市障害福祉課+共同募金配分交付式参加)
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1999/01/14 新しい車椅子の納車 朗読ボランティア              01/18 国民健康保険食事療養標準負担額見学支給申請提出
    01/27 リハ学生との交流会
    03/14 ALS患者の在宅生活見学
    04/07 花見(約30分)
    05/14 ポータブルレスピレーター到着
        OT訓練スタート(パソコンによる意思伝達)
    05/21 在宅支援会議(第14回)
    06/04 大分リハ訪問
    07/01 「健康の友」7月1日号掲載「次の目標は定期的な外出」 
    07/11 在宅支援会議(第15回) 08/20 在宅支援会議(第16回)
    09/24 在宅支援会議(第17回)
    10/10 ひまわり号参加(福岡ドームへ)
    10/22 在宅支援会議(第18回) 10/24 樫の木バザーに参加
    10/29 毎日新聞社による取材(11/13掲載)
    11/26 在宅支援会議(第19回)
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2000/01/28 在宅支援会議(第20回)     
    02/29 樫の木にて吸痰(看護婦の立会いで薄田が実施)          03/16 在宅支援会議(第21回)
    04/27 在宅支援会議(第22回)
    06/20 大分リハへボランティアの要請へ
    08/18 外出(コンビニ→喫茶店)
    08/30 在宅支援会議(第23回)
    09/29 在宅支援会議(第24回)
    10/22 樫の木バザーに参加
    10/27 在宅支援会議(第25回)
    11/20 在宅支援会議(第26回)
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2001/01/13 樫の木理事会へ参加
    01/19 在宅支援会議(第27回)
    02/27 在宅支援会議(第28回)
    03/22 在宅支援会議(第29回)
    03/25 どんぐりの家にて宿泊訓練
    04/24 在宅支援会議(第30回) 
    05/11 大分リハへボランティアの要請へ
    05/21 在宅支援会議(第31回)
    05/25 どんぐりの家にて宿泊訓練
    06/28 在宅支援会議(第32回)
    07/06 どんぐりの家にて宿泊訓練
    08/04 樫の木まつりへ参加  
    08/22 在宅支援会議(第33回)
    08/24 どんぐりの家にて宿泊訓練
    08/22 在宅支援会議(第33回)
    09/18 在宅支援会議(第34回)
    10/23 在宅支援会議(第35回)
    12/26 樫の木もちつき大会参加
    12/20 在宅支援会議(第36回)
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2002/01/23 在宅支援会議(第37回)
    02/19 大分市障害福祉課にて相談
    02/27 さざんか前田さんと相談/在宅支援会議(第38回)
    03/27 樫の木理事会へ参加/どんぐりの家にて宿泊訓練
    03/28 樫の木花見に参加    
    04/19 内視鏡検査
    04/21 きょうされん大分支部結成総会に参加
    04/24 在宅支援会議(第39回)
    05/26 樫の木バザーに参加
    06/04 在宅支援会議(第40回)
    06/09 自立支援セミナー参加
    07/30 在宅支援会議(第41回)
    09/04 在宅支援会議(第42回)
    10/08 在宅支援会議(第43回)
    11/13 在宅支援会議(第44回)
    12/15 樫の木もちつき大会へ参加 
    12/18 在宅支援会議(第45回)
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 2003/01/16 在宅支援会議(第46回)/市役所に支援費申請
    03/20 在宅支援会議(第47回)
    04/25 大分市との協議
    07/16 在宅支援会議(第48回)
    08/27 在宅支援会議(第49回)
    10/01 大分市との協議    
    10/17 在宅支援会議(第50回)
    10/22 居宅受給者証交付  
    10/29 在宅支援会議(第51回)
    11/12 在宅支援会議(第52回)
    12/10 在宅支援会議(第53回)
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  2004/01/07 在宅支援会議(第54回)
    01/14 在宅支援会議(第55回)
    01/21 在宅支援会議(第56回)
    01/28 退院、在宅生活スタート
    02/04 在宅支援会議(第57回)
    02/18 在宅支援会議(第58回)
    02/25 在宅支援会議(第59回) 
    03/24 在宅支援会議(第60回)
    04/14 在宅支援会議(第61回)
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2004/4/14

支援会議に寄せて  支援会議

毎日の記録を付けている大学ノートも、丁度今日で3冊目が終るところです。間もなく3ヶ月が経過します。きっと凄いことなんですよね。この間にも吉田さんと一緒に樫の木で過ごしていた仲間が一人亡くなってしまいました。まだ葬儀への参列は出来ませんでしたが、吉田さんの思いはちゃんと伝えて来ました。なんと5月には小学校の同窓会があるんですよ。これは絶対に参加しましょう。同級生の驚く顔が見たいですよねぇ。さて、それでは、新しい時間数の中での支援体制について、今日もしっかり話し合いをして行きましょう。
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2004/4/14

つぶやき NO.2  はるみのつぶやき

い、嫌な事は顔に出るらしい。その笑顔、嘘。つくり笑いだ。と言われた事もある。最近も、嫌な時は顔に出るから分かる、と言われた。ごまかしているつもりなのに、バレちしもうた。
き、記憶力が良いと言われるけれど、人の名前はなかなか憶えきらん。ヘルパーさんの名前をようやく覚えたところかな。一度、覚えたら忘れんかもしれん。
て、天気が悪いと気分も悪いというけれど、僕の機嫌が良い時は、排尿がスっきりしている証拠である。小便が出ないと新聞を読む気持にもならない。ましてや、水分補給なんてとんでもねぇ。出すもんださんじ、入れらるんもんかへ。
い、いつか見た大分合同新聞に自分で食べられる事が最後の砦として、食器具に型状記憶合金を使っている等の記事を読みながら、俺は、その砦と何年前にオサラバしたことか、生きる事は、そんなに簡単な砦じゃないよ。次々に砦を作らないと人生の終りだよ。人それぞれ、砦の考え方や作り方も違うと思っちみたら、まぁいいか。
る、るんるん退院して、在宅生活も2ヶ月をクリアしている。最低でも1ヶ月は、在宅を維持したいと内心思っていたが、この調子なら半年や1年は在宅を楽しんでから、検査入院の期待に応えてやろうかと思い直している。
よ、横向きになったり、上向きになったり、前開きの服は袖を通しにくくて苦労すると思うのだが、そんなに言われたら試しに着ないわけにもいかねえな。ジャンパーも余程のことがなければ前に掛けるだけで、病衣にあっては、6年余りの入院生活で一度も背中から袖を通してなかったことなんか考えたらよだきいけんど、首(頚椎)んことも考えたら、時間も気にせんじ着る気持になっち来た。じゃぁけんど、これからさき温うなるとTシャツ1枚じようなるけん、前開きんボタンつきん服う着るこたぁねぇち思うけんど、やっちみちゃるかのー。
ろ、論より証拠、生きている喜びを感じることは、いろいろあるけれど、小便がす〜と出る時の快感もその一つに入る。僕の砦の一つかもしれない。
こ、今夜は誰かな、明日は誰かな、と最近ではあまり考えなくても当たるようになった。それもその筈、次に来る日を聞いたり、教えてくれたりするからでもある。
び、病院生活と変わらない思いをするのは、看護師を待つ時である。ヘルパーの誰が来るかは予測出来ても、予測出来ないのが訪問看護師である。でも、ガスが溜っている時や排尿困難で苦しい時は、誰が来るかなんていう気持のゆとりは無くなり、早く来て欲しいと思うばかりである。
に、2週間に一度の往診日は、馬場先生に会えるという楽しみもあるけれども、カニューレ交換とレスピ回路交換をしてもらうことで神経質にもなる。先生が来る前にガス抜きを済ましておかなければと思うし、先生が帰った後から回路の不具合が起きないように願ったりと、この日が最も神経の休まらない一日である。
ひ、一人になりたいと思う時はない?かと問われて、考えてしまった。ゴミ捨てに行く数分でも何も無く早く帰ってこないかと思うのに、一人になるなんち、とんでもねぇ。それよりか二人きりを楽しみてぇ。もともと一人じゃなんもでけんでん、二人じゃったらわりいこつうも、なんちゃって。
と、隣が樫の木なのに行ける時間に制限がある。樫の木が拒否しているのでは無い。在宅介護と移動介護の時間割りによるものらしい。そして、外出には、ガイドヘルパーの資格がいるらしい。何となく外出するのがよだきいなるけんど、寝たきりになっちゃぁもともこもねぇけん、気を切り替えちょるところじゃけんど、なんか、もやもやしちくる。
り、理解に苦しむ福祉と医療の谷間の生活。看護師免許を持っていても、今は、ヘルパー業務しか出来ない。あれもこれも医療行為。耳かきも出来ないと言われた。でも、看護師免許もヘルパー資格も無い薄田さんには、耳かきをしてもらえる。良いのかなぁー。なんかスっきりせんなー、また耳がかゆうなっちきた、誰か噂しよんな。
な、何んとなく自律神経のいたずらのような気もするが、3月になった頃から身体の調子が悪くなった。血液検査の結果は、全てに正常数値だった。
く、9時30分に就寝する習慣だけは続けたいが、一度だけ眠れなくて、ヘルパーさんとクロスワードゲームで徹夜をした。これこそ楽しい我が家。たまには、徹夜もいいなぁ。
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