2004/5/26

つぶやき NO.3  はるみのつぶやき

 た、退院して4ヶ月になる。本当にいろんなことがあった。夜中に訪問看護師を呼び出して、マーゲンチューブを入れたり、道尿したり、入院中なら普通の事が在宅になると普通に思えない。訪看さんもヘルパーさんも一喜一憂する4ヶ月だった。更に起きる一喜一憂。
 い、嫌なら断わっても良い。支援費制度になったから、行きたい施設や在宅でヘルパーも選べる云々と聞いた事もあるが、ヘルパーさんは嫌な利用者でも、断わられない限り、笑顔で利用者に接するのかな。僕は、嫌われても嫌いにならないようにしたい。
 いん、インスピレーション、グッドアイデアの閃めき。新聞のんびり読み器が出来てから、ヘルパーさんは、少し手持ち無沙汰なったかな。
 し、小学校の同窓会に出席した。1学年2クラス80名の内23名が、35年ぶりの再会だった。何となく面影を感じるが、名前は浮かばない。でも、いじめっこだった山下君は、すぐに分かった。追い掛けられ逃げ回っていた当時のことに話はつきない。漫画ドラエモンのジャイアンを思わせるやさしい親分肌を感じる。あの頃のいじめには、痛みや苦しみの分かるやさしさがあった。そう思うと顔がクシャクシャになって来た。
 て、天と地の差!我がまま気ままな我が家と入院生活を比べたら天と地の差がある。入院するとしても1週間が良いところ。
 も、もしも喋れたら、簡単に済む事なのにといらいらしたり、とっさに口走れないことも幸いと思ったり、気短な性格を押さえて文字盤を指す。
 ざ、「在宅、やったぁー、3ヶ月!」というけれど。まだまだこれから、ようやく3ヶ月になったかと思いたい。ところで、5月28日で4ヶ月だぁー!
 い、いつでも笑顔で励ましてくれた安心院さんが亡くなった。やさしい親爺に会えなくなったと思うと、とても淋しい。それ程の年の差は無いのに…。
ごめんなさい、安心院さん。
 た、大変なこっちゃ。尿検査で膀胱炎が判明して、投薬とバルーンカテーテルを入れた。何も気にせずにウーロン茶をいくらでも飲めるのは良いが、僕にとっては、生きてる証し、毎日の仕事を一つ無くした様な複雑な思いもした。
 く、苦労と心配をかけっぱなしだった母の命日、5月12日がやって来た。新聞には看護週間の記事。5月12日はナイチンゲール生誕日。母の日も今週だった。
 の、脳性麻痺は特定疾患(難病)にならない。筋萎縮性側索硬化症は、ヘルパーの吸痰行為が認められた。脳血管障害後遺症や脳性麻痺にも認めて欲しい。
 ま、万が一にも冷蔵庫の中にある物を記憶するなんぞ、覚えるつもりはないのに覚えるのは、なんでだろー。
 ま、毎日、毎晩、ヘルパーさんが変わるということは、気持の切り替えにもなる。これこそ社会生活、これだけ多くの人に接していると、自分の我がまま度数が分かる。それでも頑固で我がまま止められん。
 す、好きなヘルパーさんを挙げるとしたら、迷わず4人があらわれる。食事介助も歯磨きも、そしてQちゃんも上手い。台所でコックリコックリしていいる。付かず離れず見守ってくれるのも嬉しい。
 ご、午後のひと時、気兼ねするでも無く、あくびしているのを見ると、ホッとして、人工呼吸器の存在も忘れる気分になる。何事も無かったかの様にさし出す飯を笑って頬張る。
 せ、せっかく病院を脱出しち、家に帰ったちゅうたち、在宅のまんまじゃなんにもならんけん、わしゃぁ、どきぃでん出ち行くでぇ。うすきぃ行ったんもなんちこたぁねえかったけんど、わしよりほかんしゃぁ、あれんこれん心配しちくれち喜んじもろうた。
 な、何と言っても訪問看護師さんと病院の看護師さんの違いは、手を握って脈拍を計る長さでもある。訪看さんやヘルパーさんが来る事は、恋人が日替わりで来ている様な気持ちになる時もある。この際、男性ヘルパーさんには目をつぶってもらうしかない。
 い、今じゃ、使い道まじ憶えちしもうた。なんかしらん予定と違うごたん。トマトピューレ、コンソメ、オリーブオイル、ドレッシング、こげなもん病院のベッドじゃ考えもせんかったんが、なんちゅうたち、子供んころん調味料ん横文字んつくもんぢ思いつかん。ソースくれえかなー。

うみたまごの話し
 5月14日は樫の木のレクレーションに参加、「うみたまご」に行って来ました。入場すると、いきなりの狭いエレベーターにまずガックリ、順路に従って移動するも通路は所々狭いし、帰り際に入った売店も、とても狭くて棚の位置も行き止まりになるように配列されていて、随分と難儀しました。見応えはまずまずだったのに、残念です。心残りのないように、しっかりと来場者モニターになった気分で苦情は樫の木経由で伝えておきました。大分の名所の一つなんだから、もっとしっかりして欲しいものですね。

一人暮しの話し
 先日、「夢・ひこうせん」に呼ばれて障害者が一人暮しをすることについてお話しをして来ました。もちろん、吉田さんと看護師さんと私(薄田)の3人で行って来ました。内容は一人暮らしのチェックリストと吉田さんの今日までの経緯でした。吉田さんの経緯は、皆さんもご存知だと思うので、ここではチェックリストだけ紹介することにしましょう。
□ 精神的な自立  □ 家族からの自立  □ 経済的な自立
□ 支援者の確保  □ 支援者のコーディネート能力の有無
さあ、いかがでしょうか。吉田さんはこの全てをクリアしたからこそ、今、こうして自立した生活を送っているのですよね。

ふれあいバザーの話し
 去る5月23日は樫の木グループのふれあいバザーが開催されました。吉田さんに関わるたくさんの方からの物品の提供もいただくことが出来ました。そして、当日は天候にも恵まれて、たくさんの地域の方々のご来場をいただき、例年になく盛況のバザーとなりました。
中でも、吉田さんには上野丘高校のボランティア同好会の方がついてくれて、新聞部の取材なども受けて、とても有意義な一日のようでした。上野丘のボランティア同好会の先生と生徒さん、本当にありがとうございした。また、いつでも遊びに来て下さいね。

雑感として
 吉田さんの生活がなんとか軌道に乗りましたね。この間にも、いろんなところからの問い合わせがありました。私たちの取組みは、複数の在宅支援事業所が協力している部分と訪問看護という部分、そしてそのそれぞれに地域福祉と地域医療の連携が必要な部分を含んで展開されていることになります。この2つの分野が制度的にうまく乗り入れできるような方向に向けての実践がこれからは必要なのだと思います。重度の障害者の自立というテーマでこれからも多くの問題を洗い出して行きましょう。
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2004/5/3

同窓会出席  

上浦小学校同窓会参加者の皆さんへ

今日はお招きを頂き本当にありがとうございます。
50年の生涯でこんなに胸をわくわくとさせて待ちわびた日は、今日が2度目です。
一つは今年1月の退院の日、もう一つがこの同窓会です。
ご覧の通りで文字盤で皆さんとスイスイと懐かしく旧交を暖めるには時間がかかり過ぎると思いますので、いろいろと今までの経過などの資料を取り揃えて参加させて頂きました。ゆっくりとした時に目を通していただき、何かの参考にしていただければ幸いです。重度の障害を持つ私のこれまでの人生は、この樫の木の歩みと共にあったと言っても過言ではありません。これからも引き続き樫の木と一緒に歩いていくつもりです。いつでも大分市内に来る機会がありましたら、お気軽にお立ち寄り下さい。これからも皆さんのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

平成16年5月3日

吉田春美
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