2006/3/17

はるみ之つぶやき 18号  はるみのつぶやき

はじめに
 支援会議スタッフの皆さんコンニチハ。2月1日の新年会から、あっという間も無く一カ月が経過しました。新年会に来られなくて後悔している人もいるだろうと思いたくなるくらいに楽しい新年会でした。幸先の良い一年の始まりになりましたと言いたいところですが、ちょっと周りに目を向けて考えたら、厳しい社会情勢になっています。生活の格差是正や景気回復を実感している人は、僕の周りには一人もいないと思います。施設利用も福祉サービスも医療費も補装具(車椅子など)も、何もかもに1割の利用料負担がかかります。通所施設とホームヘルプを利用している人の場合、サービス利用料28,000円、食費など14,300円、合計42,300円が1ヶ月の負担です。実に障害基礎年金(1級)の半分を国にお返しする事と同じです。これでは、意にそぐわない生活保護者が増えて、生活の格差は広がるばかりです。また、灯油やガソリンは、バブル最盛期の高値です。耐震設計偽装を見逃したり、障害者用の部屋やトイレ、駐車場を一般客の部屋や物置に改造して儲ける事が構造改革の実態に思えて来ます。株の偽装取引・粉飾決算で儲けるに至っては無縁の世界であり、私たち一般市民には実感のない景気回復です。もしも構造改革を評価し、景気回復を実感する時があるとしたら、障害者自立支援法を支援費制度に戻し、予算を増やすことです。更に、就労保障や生活できる年金が実現できた時だと思います。

障がい者
 大分県の公文書から障害者の害を“がい”にする配慮をした。害のイメージを考えての事らしい。全国的には福島県に続く2番目の県です。言葉は、言い換えや取り消しが容易だが、文書は、簡単に取り消せない。そして、障がい者の頭には、肢体、精神、知的、学習、発達など、取ることも変えることも出来ないものがある。肢体障害だけでも全部知って理解することは難しい。それらの害を無くす表現なら、差し障りの悪い“障”も、“しょう”にしたら良いかなと思ったりもするが、何よりも直面する障害者と家族の生活に大きな障害になっている1割負担を無くすような方策も示して欲しいと思います。
※ 島根県松江市や京都府の亀岡市と宮津市、大山崎町、そして、東京都狛江市で、障害者自立支援法の4月施行に伴って発生する1割負担を軽減する助成の予算を決めています。この際、大分県下の自治体にも1割負担の軽減策が図られることで、しょうがい者が大分県人で良かったと思えるような名実共に福祉の先進県をめざして欲しいと思います。
退院2周年記念新年会
 2月1日の新年会は、30名を越える支援者が集まって楽しく盛り上がりました。開催予定の6時になっても、参加者の姿は、広い会場にちらほらでしたが、少しの不安もありませんでした。それは、新年会の直前までメールのやりとりをして、子供たちを含めて40名近くの参加者を見込んでいたからです。5,6分を過ぎた頃から一人二人と野菜や飲み物を片手にやってきました。そして、6時30分には会場一杯の人になっていました。早速、ワークスペース樫の木施設長(松田)の開会挨拶と乾杯の音頭で新年会の幕は開かれました。お目当ての蟹シャブと地鶏の刺身が登場するまで、松田施設長差し入れのオードブルが花を添えてくれました。そして、待ちに待った蟹を口にした瞬間、カニ蒲を思い浮かべてしまいました。生まれてこの方、カニころっけは、レストランで食べたかもしれないけれど、カニその物を喰った記憶がなかったので、何とも例えられない美味しさを感じました。次に朝まで掛け回っていた地鶏料理のお目見えです。水炊きも焼き鳥も美味しいのに舌を巻いていましたが、地鶏の刺身を口にした殆んどの人が初めてで新鮮な味わいに感激したことでしょう。こんな楽しい雰囲気の中だからこそ話せた、聞けたこともありました。入院中にひまわり号で福岡ドームに行った時の苦労や製清水を探し回ったエピソードから、入院間も無くに始まった支援会議を思い浮かべながら、この新年会が夢を現実にした形として、みんなの顔に見えたと思います。また来年、2年、3年と、こんな楽しい催しを積み重ねて、生きる勇気と自信、喜びをみんなで感じたいと思いました。

薬(くすり)
 25歳のときから毎食後に薬を飲み続けていた。薬を飲む為に飯を喰っているのか、飯を喰う為に薬を飲んでいるのか分からなかった。朝昼の薬を止めてから、薬と飯の区別が分かった。もう直ぐ1年になるが、腹の機嫌は良い。

寿退職
 在宅復帰して2年余り、多くのヘルパーさんのお世話になっているが、1年以上ご無沙汰でも、退職の噂を聞かない人も少なくない。忘れた頃に来るかもしれない。でも、こっちが忘れて無くても、ヘルパーや支援会議のメンバーとして来る事の無くなった人が8人もいる。理由に関係なく寂しい。そして、3月には2名のヘルパーさんが退職するけれど、二人とも寿退職だから、おめでとうの挨拶が出来た。これから何回も、寿退職に巡り合いたいと思う。でも、それも寂しい。

古着を切る人、着る人
 排便処理を第1目的に古着を集めています。10cm四方くらいに切ることに張り切っているのが松葉さん。切られる前にまだ着られそうなのを選り分けているのが脇田さん。それを着るのは、この僕なんだ。子供の頃に母の知り合いの息子の着れなくなった服やズボンを貰って着ていた。学生服は買っていたが、普段着を買うようになったのは、中学校を卒業した時からだった。そして、僕の着れなくなったものは、襤褸(ぼろ)屋にただ同然に引き取ってもらっていた記憶がある。

支援会議の回数は?
 毎回の支援会議の冒頭挨拶で恒例になっているのが支援会議の回数ですが、正確な回数は明らかになっていませんでした。日々の出会いふれあい、別れなど、一喜一憂の積み重ねが80回の数字になっています。1月をお休みしましたが、2月1日の新年会を支援会議に位置づけたら、平成17年1月26日(水)が、第70回の支援会議という記録があることから計算して、今回、3月8日で83回目の支援会議になりました。

失敗の積み重ね
 入院していた時から何回聞いたか分からない始末書。一度も見たことが無い。見たいとも思わないし、書かなくても良さそうに思うこともある。どうも当事者の一方が抜けてる思いもする。管理社会の約束事とあきらめているが、始末書の数も経験と知識の積み重ねと思い、そして信頼関係の構築につながって欲しいと思う。





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