2007/3/26

はるみ之つぶやき  はるみのつぶやき

支援の歯車
在宅復帰して4年目を歩いています。1年目の頃は、昼も夜中も訪看さんを何度呼んだ事だろう。今も体調万全な時は少ないが、訪看さんを緊急に呼ぶような体調不良や人工呼吸器の事故も本当に少なくなった。これは、体調自己管理や人工呼吸器管理の失敗を梃子にした貴重な経験として振り返る価値のあるみんなの財産になっていると思います。そんな時だからこそ、入院6年間の苦労や看護師との葛藤を知らない訪問看護ステーションにも支援の輪を拡げる勇気になっています。まだまだ、支援の輪を拡げないことには、中心軸の僕が挫折する前に頼りにしている歯車の歯がポツンポツンと欠けていく寂しさがあります。新しい歯が入って来ても、はるみ之oilに馴染んでもらう苦労もある。そんな中で、3月12日(月)から、COMSN訪問看護の訪問(月、木)がスタートしました。僕の歯車の回転をきっと良くすると思います。
0

2007/3/13

はるみ之つぶやき27号  

はじめに
再び掲載します。 柳沢厚生労働大臣の発言は、日本の政治史に残る暴言です。女性を“子供を産む機械”に例えるなど、到底許せない事です。僕も十月十日の間、母のお腹に温められて生まれました。どんなに障害があっても、生まれてきて良かった。母に感謝しています。そんな母をどんな時であろうと、機械の一つに例えるなど、思いも寄らない。柳沢厚労大臣の人間性を疑いたくなる。毎日の生活で、吸引は誰、食事は誰、歯磨きは誰などと思う事は限りない。こっちの都合に合わせていたら、それこそ、ロボットみたいな機械になってしまう。手の温もりも冷たさも少しずつ違うから人間。文句も言える。機械と話は出来ない。子供が欲しくても出来ない人もいる。だから不幸とは思わない。少子化対策を電卓で計算しても解決しない。たった一人の子供でも、例え、障害があったとしても、大人になって生きていく喜びを感じられる日本にして欲しい。その手始めとして、生活保護の母子加算廃止を撤回する事や、障害者自立支援法から1割自己負担を削除するなど、根本からの見直しを厚生労働省に強く望みます。

浣腸日記
 3本の日=1月31日、2月1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日、8日、9日、10日
11日、13日、14日、18日、19日、22日、24日(空振り)、25日(大漁、硬い)、26日。
2本の日=12日、15日、16日、17日、20日、21日、23日、27日、28日。
 1本の日=なし。
 4本の日=なし。
※2月は2本が9日と少なかった。4本も0日だったから良いことにする。

体調不良日記(はるみ之つぶやき速報で2月12に一部の身近な方々にはお知らせしましたが、あらためて掲載します。)
 2月10日の朝食後から左後頭部がズキズキして気分が悪い。嫌な予感。朝の検温37度4分。その後も39度8分まで上昇する。いつもの解熱剤も効かない。午後1時に訪看さんが臨時に来てくれる。尿バルーンを交換したり、薬の投与や腹部マッサージ等の処置をしてもらう。尿検査は異常なしだったけど、尿路感染症の時に飲む薬を処方されて、それを飲むと38度4分に下がる。午後3時過ぎにも訪看さんの聴診器で腸が働いてないことを指摘され、受診を強く勧められる。腸がストライキを起こすのは良くあることと、無言の抵抗をしたけれど、薄田さんと訪看さんのやりとりから、内科受診する覚悟は出来ていた。この時に呼吸が苦しかったら、救急車を呼んででも受診=入院していたと思う。午後5時過ぎに松嵜さんのお迎えで病院へ。車に揺られたら、腸も動いてくれそうな一途の期待をして受診した。医師の聴診器には、腸が働いているのが聴こえた。熱も37℃4分に下がっていた。入院の必要なし。脱水症状治療の点滴をする事になったが、2時間を要するので、帰宅してする許可を得る。18時に帰宅。※体温や時間の経過は、僕の記憶の範囲であり、多少の誤差はあり得る。因みに、この時の今里医師には、便通や排尿などの腸管マヒ治療で2週間に1度の通院をしていた頃からお世話になっていました。その当時の外来看護主任が現在の看護副部長です。2週間の経過報告を通院の都度にワープロして、見てもらっていた頃が懐かしい。

在宅で点滴治療
 今回の外来受診をして良かったことは、在宅でも点滴が可能な事を体験出来たこと。悪かったと思う事は、点滴の中の胃腸の動きを活発にする薬の効果と思われる胃苦しさを我慢出来ずに、ヘルパーさんに絶え間なく腹部マッサージしてもらった事。本当に申し訳ないと思った。胃苦しさが次第に降りて、小腸の違和感になって楽になったのは、点滴終了後の3時間を経過した頃だった。次回からは、もう少し我慢したいと思うが、あの胃苦しさは、呼吸困難の一歩手前に思われた。その後、インターネットの夢を見たような気もするから、眠ったのかも知れない。因みに、今現在の夢は、この様な時に緊急往診をしてもらいたい思いだけど、それが困難な事も良く分かる。でも、夢は何時の日か、きっと叶うと信じて生きたい。

在宅記録
 毎日忘れることなく記入しているのが浣腸日記。日付を記すだけだけど、それが1日の始まりで明日につながる大切な3文字。日付が途切れた時は、入院になる。入院してまで記録する事もないから、正に在宅の記録です。

寄る年波
 入院中の食事摂取量に比べたら、今は確かに少ない。年のせいだろうか。味噌汁の具は増えた。夜食も喰える。ウーロン茶は飲み放題。薬は減った。まだまだ気持は、5,4=20歳。

尿量測定器
 2ℓのペットボトルで尿量を測っていた。ある日、メモリが2200まであることに、あるヘルパーさんが不思議に思った。誰が目盛ったのか忘れた1年以上も前から誰も気付かないまま計って来たことを思うと、楽しく笑える。

葱の水耕栽培
 畑から引っこ抜いた葱の根を持って来てもらった。昔の経験を思い出して、コップで水耕栽培をした。良く育つ、育つ。味噌汁の具が増えた。

温暖化現象
 今年の冬は暖かい。昨年の冬は、殆んど24時間エアコンが動いていた。今年の冬は、夜中も昼間も停止している時間が長い。かなりの電気代節約になりそう。嬉しい。

駐車許可証
 3代目の駐車許可証です。(写真)。1代目は、雨風にさらされて文字も形も無くなる。そこで、2代目はCDケースに収納して完全防備。かなりの風雨にも耐えていたが、何時の間にか2枚とも失踪してしまった。そこで、3代目は失踪しても呼び戻せるようなメガホンにしました。これでも行方不明になったときには、鎖につないで逃げられない様な遊び心も秘めています。

バッテリー
 台風や地震等の災害で停電になった時に備えて、バッテリーを購入しました。充電100%でベンチレータを約3時間作動可能です。月に1回程度は、バッテリーを使い切って再充電すると効率的です。操作は極めて簡単ですが、おいおいヘルパーさんに申し送りたいと思います。先ずは、備えあれば憂いなし。

井戸端会議
 昔の井戸端会議は、隣近所に遠慮なく大きな声だった。あえて、班長や区長に聞いてもらいたい声だった。最近は、隣に聴こえないような話し方が多くなった。我が家の井戸端会議は、大きい声しか考えられない。
 
PM3時Sunday
 日曜の午後3時に訪看さんは来ない。朝の訪看さんには、ギリギリまでガス抜きをしてもらう。昼飯をいつもより少なくする。4時からのヘルパーさんが普段の日よりも早く来てくれて、2人のヘルパーさんでガス抜きをしてくれる。嬉しい。いざとなったら訪看さんも来てくれる。11月から1度しか来なくて済んでいる。訪看さんもヘルパーさんも気配りしてくれるから、不安は少なく出来る。そして、多少は辛抱もしている。日曜に限ったことでもない。

編集後記
『吉田春美と私と、ときどき体調不良日記』
今月に入り、身体に変調が。。風邪も引いて身体がだるい、そして、なんとオシッコが脳の指令に従わなくなってしまった。友人の含み笑いが気になったものの勧められるままに、泌尿器科へ。オシッコの検査と血液検査までは予想どおり、ただ診察室に入って、看護師さんから「先生が診ますので、パンツを膝まで下ろして横になって下さい」ネクタイを締めたまま、下半身だけ無防備ってのは、ちょっと厳しい状況なのに、下腹部の触診の後、先生「はい、両膝を抱え込んで下さい。はい、指を入れますよ」、患者「わちゃー、くぅーっ、はひょっ」「ごめんなさい、もうしません」とは、心の叫び。先生「はい、終わりました」「血液検査の結果は、二週間後です」「ところで、夫婦生活はどうですか」患者「はっ?」「はい、普通です」質問の意図が見えないです。他にどんな答えがあったろう。とにかく、こんな感じで薬を処方されて、オシッコの奴は今は、命令どおりに出てくれるようになりました。 改めて吉田さんの凄さを実感した出来事でした。
  さて、3月はもう一つのイベント、きょうされん九州ブロック学習交流会in鹿児島の感想を少し。。。参加者540名(含む、障害のある方174名)という規模での大会となりました。大分から約5時間、行った甲斐がありました。障害者自立支援法で苦しい思いをしているのは、私たちだけではないこと、そんな苦しい中でも、日々の業務に相違と工夫をもってチャレンジしていることで、とても元気をもらうことが出来ました。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ