2007/4/9

はるみ之つぶやき第28号  はるみのつぶやき

はじめに
 はるみ之つぶやき28号を発行します。支援会議はお休みしても、はるみ之つぶやきは毎月発行したいと思います。我が家から城東中学校の桜並木を臨んでいます。もう7分咲きくらいでしょうか。ピカピカの学生服を着た新入生が前の通りを歩いています。我が家にも訪看さんとヘルパーさんの新入生が登場しました。よろしくお願いします。

浣腸日記
3本の日=3月1日、3〜5日、7日、9〜12日、20日、23日、26日、29〜31日
(15日間)
2本の日=3月2日、6日、8日、13〜19日、21日、22日、24日、25日、27〜28日
(16日間)

体調不良日記
 1日(木)の夕食後2時間頃から寒気がして鼻水が出る。それ以前の吸引で右胸に刺激を感じる。呼吸が安定するのに、普段よりも時間を要した。朝の検温37度を越える。入浴中止。尿検査で特別な異常は見つからなかったが、いつもの抗生剤を処方されて飲む。熱は39℃をかなり超えたような気もするが、この時の記憶が定かで無くなった。つぶやきの記録をさぼっていた。
 18日(日)の夜中はガスが出ていたが、寒気と暑さを繰り返していた。朝食後の体温が熱っぽく感じた。朝の検温37℃5分。尿検査。昼食抜き、水分補給。やっぱり尿路感染症。13時頃に抗生剤。16時30分頃に検温38℃。頓服(ブルヘン)を飲む。18時頃に汗が大量。気分良くなる。おかゆを喰う。36度台前半の平熱になる。そこで、謎解き問答“クラビットandブルヘンと掛けて尿路感染症と解く、その心は、癖になりそう。

主治医
 3月16日(金)馬場先生と一緒に新しく主治医になる山本先生が来る。初対面と思う。馬場先生も入院4年目くらいの頃に主治医になった。その前の向井先生も若かったような気がする。その前の小柳先生は入院前から知っていた様な気がする。その前の大塚先生は主治医になって間も無く結婚、退職してしまわれた。そして、入院して気管切開など危険な状態を何度と無く乗り越えられたのは、原先生のお陰と思っています。入院2年目の秋、ひまわり号に一緒に参加出来たことは、とても楽しい思い出になっています。そして、退職する日に来てくれて大切な一言を聞きました。“お腹にガスが溜まって呼吸が苦しくなったら、直ぐに鼻からチューブを入れてもらってくださいね。命綱ですよ。”僕は、その事をしっかり実行している。山本先生も、人工呼吸器を付けた脳性まひ者を診るのは初めてだろう。しかし、最初から熟知した主治医も居なかったと思うから、1年くらいしたら、性格も含めて理解しあえる気持ちで行きたい。そして、馬場先生のように理解した頃には、また新しい主治医に代わるんだろうな。

笑顔の往診
 30日(金)、山本先生が往診に来る。2週間前に馬場先生と一緒に来た時は、終始、緊張していたけれど、今日は笑顔で往診してくれた。そして、山本先生と往診看護師さんとのコンビネーションや、ヘルパーさんを含めたコミュケーションも、これからの楽しみになると思いました。

能動的
 僕の生き方を一言で表すと能動的。介護も看護も受動的にはなりたくない。支援会議には、入院中は殆んど参加しなかった。退院の決まる半年前から参加するように受動的だった。そこには、入院生活から来る受身や依頼する姿勢が強かった。しかし、在宅に戻ったからには、積極的に生きて、毎日を多くの人に伝えたいと思った。それを真似する人が現れて欲しいとも思った。真似することから、それ以上の事が出来ると思うし、それをまた、僕もこっそり真似るかも知れない。そこで、“はるみ之つぶやき”を発することにした。

支援の歯車
在宅復帰して4年目を歩いています。1年目の頃は、昼も夜中も訪看さんを何度呼んだ事だろう。今も体調万全な時は少ないが、訪看さんを緊急に呼ぶような体調不良や人工呼吸器の事故も本当に少なくなった。これは、体調自己管理や人工呼吸器管理の失敗を梃子にした貴重な経験として振り返る価値のあるみんなの財産になっていると思います。そんな時だからこそ、入院6年間の苦労や看護師との葛藤を知らない訪問看護ステーションにも支援の輪を拡げる勇気になっています。まだまだ、支援の輪を拡げないことには、中心軸の僕が挫折する前に頼りにしている歯車の歯がポツンポツンと欠けていく寂しさがあります。新しい歯が入って来ても、はるみ之oilに馴染んでもらう苦労もある。そんな中で、3月12日(月)から、COMSN訪問看護の訪問(月、木)がスタートしました。僕の歯車の回転をきっと良くすると思います。

楽しい夢
 夢の中の僕は、何時も立って歩いていた。入院中のある日、ナースコールを何回押しても来ないので、腹を立ててベッドの横に立っている僕の夢を見た看護師さんもいる。そして今、僕のお腹押しのカルチャーショックで僕の夢を見た訪看さんもいる。今朝の訪看さんの指にリバーテープが貼られて血が滲んでいる。これは夢ではない。訪看さんもヘルパーさんも、指の出血や痛さも忘れて、腹を押している。腹についた返り血で気が付いた。楽しいな♪♪

地震
 在宅復帰したのが2004年1月28日。あれから震度6を超える地震が3回も発生した。新潟県中越地震(2004年10月23日)、福岡県西方沖地震(2005年3月20日)、そして、2007年3月25日に能登半島地震。大分市で震度3程度を体感して、緊張することはあっても、震度6の揺れなんて想像も出来ない。石川県内には、在宅で人工呼吸器を利用している人は、どんなに不安な思いをしているのだろう。病院での事故もニュースでは聞かないから、一安心と思うしかない。震度6に我が家は耐えられるかな。バッテリーを発電させる余裕があるかな。早速、支援会議で試したいと思った。僕は、ひたすら平静になるしかない。

テレビ番組
 あるあるも無い無いもあったもんじゃない。昔からテレビのコマーシャルや宣伝文句は、半分くらいに聞いておけば間違いないと思っていたから、今更、ビックリもしない。その点、ラジオは見えないだけに思考回路が働く。パソコンテレビを見ていると引き込まれる。

隣の婆ちゃんと猫
 毎日2〜3回、決まった時間に我が家と隣家を往復散歩している婆ちゃんが居る。花畑の草取りをしている姿も見かける。隣の婆ちゃんらしいが、名前は知らない。年のころは85、6かな。今日も元気に散歩している姿を見て安心する。そして、暗くなって、光センサーに反応して我が家のベランダを横切る影がある。きっと、婆ちゃんに可愛がられている猫がトイレに通っているのだろう。

編集後記(薄田)
 新年度です。別れがあり出会いがあり、悲しんだり喜んだりとそれぞれの思いが、ゆらゆらひらひらと、風に舞い散る桜のように心揺らめく今日この頃です。皆さんも職場の異動などで慌しい毎日をお過ごしのことでしょう。ご苦労様です。
さて、平成19年度、吉田春美さんの在宅支援に関する事業計画や予算についてです。なんて話しをすると、畏まってしまいそうですが、在宅生活を満喫している当のご本人は新年度なんて、さほど意識していないかも知れないですね。でも、季節は段々と暖かさを増して、人の気持ちを外へ外へと押し出してくれます。吉田さんも今月は花見、選挙の期日前投票と喫茶店でのお茶など、楽しみにしているようです。
私も吉田さんの支援をしている関係で、いろんな方からの相談を受けることが多くなりました。どれも在宅生活に戻りたいけど、出来るだろうかと言うものです。制度的には難しいことではありません。後は、ご本人で自己選択と自己決定がしっかり出来るかということになります。ここに来て、皆さん、次の一歩が出ないで考え込んでしまうようです。この選択と決定で支援スタッフを動かすというのはやはり至難の業のようです。むむっ。悔しいけれど、私たちはまだまだ吉田春美さんに学ばなくてはならないと言うことかな。
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