2007/11/28

はるみ之つぶやき36号  

はじめに
 はるみ之つぶやき36号を発行します。そして、支援会議は99回目を迎えました。来月には、100回の記念すべき時になると共に10年前の気管切開人工呼吸器装着をした12月11日を迎えます。また、在宅生活も5年目を迎えます。そこで、「はるみ之つぶやき」にも新鮮な空気を吹き込みたいと思います。先ずは、居宅支援事業所のメッセージを紹介して行きたいと思います。そのトップバッターは、セントケア訪問看護さんです。来月は、つる訪問看護さんを予定しています。よろしくお願いします。

浣腸日記
2本の日⇒11月1日、3日、5日、7日、11〜12日、14日、16〜17日、21〜23日
3本の日⇒ 11月2日、4日、6日、8〜10日、13日、15日、18〜20日、24〜27日
4本の日⇒10月31日

あさがお日記
 11月8日に1輪。10日に1輪。12日に5輪。今年の我が家の朝顔も元気に咲いてくれました。すっかり、我が家に定着した朝顔です。来年の7月頃には自生して可愛い花を咲かせてくれるかな。因みに、俳句の季語でアサガオは、秋の季語になっている。“今日もまた アサガオひとつ 目覚めけり”

体調不良日記
 11月16日。1週間くらい前から左あばら骨付近に吹き出物が現れる。触ると痛い。もっと腫れて膿が出るのを待つしかないが、念のために、化膿止めにクラビットを3日間飲む事になった。膀胱炎の予防には早すぎるが、縁の切れない薬になった。
 11月15日。21時に1ℓサイズのジュースを200cc飲む。甘いけど酸味が抜けている。間も無くして下腹が絞められる痛みになる。17時20分にも100cc飲んだが、その時は色が変色しているように思えた。22時にラキソべロンとグッドミンを温かいお茶で飲む。下腹の絞められる痛みは和らいできた。
 11月18日、廃液パックに人参のような血液のような赤い塊。僅かな血液反応。21日、ガス抜きチューブの先端に血液が付着していた。その原因に予測は付いているけど、見えないところから出てくる血は少し気になる。

小学校1年の恩師
11月25日、天気が良かったので、臼杵公園で昼食を食べてから先生の家に行きました。臼杵公園は、中学校の通学路の寄り道コースになっていました。先生は、83歳になったばかりだけど、とっても元気でした。おみやげに人生銀行の貯金箱をプレゼントしました。来年も会いに行きたいと思います。

干し大根
 11月15日、大根を沢山貰ったので友達にもお裾分けしたが、まだあったので、ふと思いついて干し大根にしたけれど、翌日になって、輪切りにして干せばよかったと、ほんのちょっと後悔した。輪切りの干し大根も作って見よう。

ボランティアどんぐり
 11月12日。約15人の団体の来訪者があり、その中に本当に懐かしい人と再会できました。31歳の頃、健生病院に入院していた時に洗濯のボランティアに来てくれていた“ボランティアどんぐり”のメンバーの一人です。名前は忘れていたけれど、顔を一目見ただけで、あの時にお世話になった人と分った。あの頃が、60歳半ばだったらしいけれど、今も変らないくらいに思えた。

挿し歯が完成(*^_^*)
 11月2日、右上の挿し歯が入りました。34、5歳の時に入れてから何回目の修理かな? 今までは歯医者に出かけて修理していたけれど、在宅で治療、修理した方が早く出来たようにある。そして、型合わせも1回の補正でバッチリでした(*^_^*)上手い(*^_^*)
 何となく、カールおじさんの貯金箱を見たら、僕と同じ右上の歯が抜けている。近いうちに入れてやろうかな>^_^<と思って、よく見たら、黒マジックで塗ってあった。6年位前に樫の木の女性職員が冗談で塗ったのを貰ったことを思い出した。今日まで、カールおじさんには虫歯があると思っていた。

招き猫
 最近の我が家は来客が増えた。金曜日に多い事は言うまでもなく、一度に10人位の来客が1ヶ月の間に2日もあった。これはどうも、廊下の招き猫(暖簾)のお陰と思う。先日も玄関に陶器の招き猫を置いたから(*^_^*)楽しみだなぁ(*^_^*)

黙祷
 11月2日、又一人、大切な友達を亡くしました。樫の木が誕生した当時18人の仲間の一人です。仲間の中では、優しく、時には厳しいお姉さんの様な人でした。旦那さんの悲しみは察し切れません。その旦那とは、15歳の頃からの気心の知れた友達です。いつもなら、はるみ之つぶやきを送信するけれど、今は何となく、はるみ之つぶやき35号を送信するのを遠慮している。

臭いと匂い
 食事の最中にガスが出た。ヘルパーさんもニッコリ(*^_^*)。我が家の幸せな一瞬である。朝の排便で形のあるのがドッサリ出た時は、訪看さんもニッコリ満足顔(*^_^*)一日の大仕事が終った気分になるらしい。そんな我が家でガスや便が出て臭いと言われたことは無いけれど、足掛け13年の入院中に一度だけあった。そこには、ナイチンゲール精神や母性愛など評価する余地もなかった。臭いと言われることは、そこに存在することも否定された気持ちになる。20数年前、便が臭わなくする薬を食事に混ぜることが話題になった時、僕は反対した。因みに、においの文字は二つある。生ゴミや汚物などの悪臭は、臭い(におい)と書くのに対して、香水や花などの良い香りは、匂い(におい)と書く。

支援スタッフのつぶやきPART1
今回11月よりコムスン訪問看護ST大分はセントケア大分(株)に事業承継されました。
ここで少し会社の紹介をさせて頂きます。セントケアは、2007年に総合福祉会社として企業グループを再編し、生まれ変わっております。
セントケアの理想は、
『福祉社会の創造。企業活動の目的は、生き甲斐の創造。目標は、最高のヘルスケアも築く』   とあります
その中で訪問看護は、プロの知識と技術と心構えをご家庭の医療の現場で発揮する仕事とうたわれています。人々にとって自宅とは、その中の音、匂い、空気、壁のしみさえもその人を支えてきた財産です。そうした住み慣れたご自宅で療養しながら生活をする方を、医療的な側面から支援するものです。
私たちST大分もお客様の事を充分理解し、希望を確認しながら他部門の方々との連携をとり、地域に根ざしたサービスの提供が出来るよう、その人らしい日々の生活が送れ、安心して過ごせる環境づくりを支援していきたいとスタッフ全員で取り組んでおります。現在セントケアST大分は看護師7人、理学療法士2人の9人チームでお客様の日々のサービスに携わっております。承継先が変わりましてもこれまでと変わらず質の高いサービスの提供と信頼ある看護を築くため日々努力して参りたいと思っています。
吉田さんのサービスに入らせて頂きまして8ヶ月が経過しました。訪問看護はお客様のお宅に上がらせていただきお客様と多くの時間を共有します。その時間は看護に携わらせて頂いています私達の人生の大切な一部にもなっていきます。吉田さんに出会いまして、支援会議に参加させていただき、とても多くの方が吉田さんを支えて居るなあと改めて感じました。私達スタッフもその支援の歯車の一部分を担えるよう、毎日のハードルを乗り越えてらっしゃる吉田さんのお手伝いをさせて頂けたらと思っています。沢山の時間を共有するわけですから、なるべく明るく、楽しく(時に横道にそれますが・・)過ごせるようにと思っています。ヘルパーさんとの会話も楽しくて、支援させて頂くと言うよりは、憩いに行っていると言う側面も多くあります^-^? 暑いとき、涼しいなあ〜と思い、寒くなると暖かいな〜と吉田邸が本当に和みの場所になろうとしている今日この頃です。今後とも吉田さんはじめ支援スタッフの皆様、宜しくお願いいたします。
訪看のつぶやき・・今回吉田さんに依頼され、はるみのつぶやきに寄稿しましたが、、、なんせ、B型の吉田さんから細かい指示が多く吉田さんのご期待に添える文章にならなかったような気がしますが、お許し下さい^-^ 

編集後記(薄田)
 もう99回目の会議ですか、継続するって大変なんですよね。入院中には出口の見えない時期もありました。退院してからも、毎月必要なのかといった単調会議の時期もありました。でも、吉田さんも招き猫のところで書いてるように、訪れる人が後を絶ちません。訪れた人には、確実に驚きと感動を与えているようです。このつぶやきもインターネットのブログを通じて予想以上にたくさんの方の目に触れています。何かの集まりで、思いがけない人から「見てるよ、吉田さんのブログ」とか、「浣腸日記は凄いなぁ」とか、声をかけられることがよくあります。
 この前の臼杵行きには、統合失調症の仲間も同行させてもらいました。もう何年も挫けてばかりの日々を送って来た仲間ですが、「吉田さんともっと一緒に居たかったな。ツーショットの写真撮りたかったな」と笑顔で言ってくれました。少しだけ希望が持てるようになったのかも知れません。
 これからも、もっと吉田さんの生活を多くの方に知ってもらうような活動を展開したいと思います。そう言えば昔、ここを溜まり場にしたいと吉田さん言ってましたね。きっと今もその思いは変わらないと思いますよ。皆さん、もっとお友だちをたくさん連れて来て下さいな。
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2007/11/1

(*^_^*)ひまわり号(*^_^*)  

「ひまわり号の旅」
2007年10月21日(日)ひまわり号吉田チーム7名は、夢と希望を膨らませて、佐伯寿司コース探訪へ出発しました。
  隊長=吉田春美
  ヘルパー=江口/自立支援センター大分)
  ボランティア=薄田、脇田s、脇田n、桾本、河崎)
<出発までの段取り>
−前日−
 13:00〜 旅行携帯物品のチェックリスト作成と確認(吉田・江口)
 16:00 ヘルパー引継ぎ=人工呼吸器に関係する携帯物品などの確認(吉田・江口・    脇田s)
−当日−
05:00 起床、洗面、軽食を済ませて訪看さんの到着を待つ。
05:30 排便処置開始(つる訪看/恵良、あさがお/加茂)
07:00 江口さん、薄田さん到着
人工呼吸器関係携帯物品などの最終チェック、リフトワゴン乗り込み
07:15 自宅出発 大分駅へ移動
<行き> 列車で移動
07:20〜30 大分駅1番ホーム集合・受付 → 1番ホームへ移動
07:45 セレモニー  07:57 列車到着・乗り込み  08:06 出発
 08:17〜24大在駅(7分停車) 08:31〜55幸崎駅(24分停車) 09:12〜13臼杵駅
 09:23〜28 津久見駅(5分停車) 09:50佐伯駅到着(待合室で30分休憩して人工呼吸器に電源補充する。) 佐伯駅 →徒歩移動約7分→ 11:00頃/錦寿司(噂の大きな寿司を食べる。美味しかったが、ネタが薄かった。) →徒歩移動約5分→ 12:00頃/海の市場(のんびり買い物と数年来の友人と触れ合いを楽しむ。)
<帰り> 14:00頃 海の市場からリフトワゴンで移動、そのまま自宅へと行く筈が無い。
(津久見から臼杵、大分海岸線コース/吉田、薄田、江口、脇田s、脇田n)
15:00頃 臼杵の実家に到着(おっぱい島の風景を楽しむ。)30分位して、一路坂ノ市経由我が家に帰る予定だったが、とんでもない再び通らないと思う横道に逸れたけれど、とても楽しい探検旅行でした。
 <帰宅後の段取り>
17:00 帰宅 ヘルパー引継ぎ(自立支援→なでしこ)/つる訪看(衛藤)に連絡
 着替えを済ませて間も無く衛藤所長到着して、ガス抜きチューブの交換と腹部マッサージをする。ガスは出なかったけれど、我慢できる腹満だったから、夕食を軽く食べて様子を見ることにする。
その他
 現地では極力、移動を最小限にし、呼吸器の内部バッテリーの消耗を軽減出来たが、列車の中での電源確保が出来ない事の不安が的中する。携帯バッテリーを2台持参して良かった。

ひまわり号参加にあたって思うこと
 ひまわり号には、初回から1997年の13回まで毎年参加していました。その後、入院のため中断、それでも1999年15回には病院から外出の形で福岡ドーム行きに参加、そして今回は、8年ぶりの参加になります。前回の福岡ドームは、どんな形で参加したかなぁ、と思うくらいに病棟看護師や主治医、理学療法士、そして、樫の木の薄田さんや藤井さんをはじめ、本当に多くの人達に支えられた旅行でした。蒸留水がなくて、工藤主任が病院や薬局を探し回った事は、後日のエピソードになりました。この時すでに人工呼吸器はつけていたけれど、行きも帰りもリフトワゴン車で、人工呼吸器の電源確保が出来ました。今回も、人工呼吸器をつけての参加は最重度の障害者ということだと思います。そして、佐伯までの片道は、電源の無い列車に乗ります。持参する携帯バッテリーを見つめながらの旅行になります。
 それにしても、ひまわり号には、たくさんの思い出があります。1回目のひまわり号に参加した時は、5年目の入院生活をしていました。その時に誘ってくれたのが、ケースワーカーの小手川さんでした。当時、病院の清掃作業をする人たちの休憩室が、夕方になると、ひまわり号の事務局になっていました。そこには、草伏さんや木許さんといった友達も居ました。でも、今は、小手川さんも草伏さんも木許さんも、とっても淋しいけれど、亡くなってしまいました。僕は、ひまわり号に参加したことをきっかけにして、多くの人に支えられながら、夢の退院、在宅生活を楽しんでいます。今、樫の木がひまわり号の事務局になっていることを思う時、ひまわり号に一緒に参加した人達の夢や希望の一端を樫の木に映してしまいます。ひまわり号のスタートは、大分の障害者福祉・医療の向上を目指す一歩でもあったと思います。もし、ひまわり号の参加と触れ合いがなかったら、今の僕の生活は不可能だったと思います。そして、障害者のもっともっと沢山、色んな夢を叶えるため、ひまわり号の歩は止まらないと思います。僕の在宅生活も続きます。今日は、久しぶりの交流を楽しみたいと思います。 吉田春美





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