2008/4/12

はるみ之つぶやき40号  

はじめに
 春の彼岸を過ぎると昼間の温かさを感じるようになりました。窓際に蜜柑を輪切りにして刺しておいたら、真っ先にヒヨドリがやって来ました。続いて、メジロらしき小鳥と胸毛の白い小鳥が来ました。人も小鳥も隣りの子犬も楽しい春がやって来ました。そして、我が家にも4月から樫の木ヘルパーステーションからの派遣が始まります。新しい支援スタッフの登場です。この際に、我が家の支援事業所を紹介させていただきます。あさがおヘルパーステーションさん、なでしこヘルパーステーションさん、自立支援センターさん、医療生協訪問介護サービスさん、つる訪問看護さん、セントケア訪問看護さん、健生訪問入浴サービスさん、みなはる生協クリニックさん、高橋訪問歯科さん、そして、樫の木ホームヘルパーステーションさんと更に福岡人工呼吸器センターさんの合わせて11事業所です。みなさん、よろしくお願いします。

浣腸日記
2本の日⇒2月29日、3月8日、10日、14〜15日、20日、24日。
3本の日⇒2月28日、3月1〜7日、11〜13日、16〜19日、21〜22日、23日、25日。
4本の日⇒3月9日。

体調不良日記
 16日22時 胃にガスが溜まって息苦しくなった。これは、夕食後8時に饅頭を一つ食っただけなら良かったが、9時過ぎに梅酒50ccを水割りして飲んだことが災いしたと思われる。我慢できなくて、訪看さんに来てもらう。マーゲンチューブを入れてもらったら、かなりのガスが出た。そして、呼吸と脈拍も普段に戻った。

低血糖らしき日記
はるみ之つぶやきを読んでいる友人から低血糖で苦労しているというメールを頂きましたので紹介します。
“僕も頚椎損傷なので、低血糖に悩まされることが多いです。就寝中でベッド上にいる時は、低血糖に備えて、胸の上にいつもトッポの箱を置いて寝ています。新しく来たヘルパーさんは、みんな、僕が単にトッポが好きだと思っている人が多いのですが、説明が面倒なので、最近は、放置しています。(*^▽^*)だから、低血糖を知らない人は、みんな、僕のことをただのトッポが好きな人なんだと思い込んでいることでしょう。”

カニューレ交換
 3月14日に何回目かの新しいメーカーのカニューレに交換して、今のところ、特別な違和感もなくて一安心していたけれど、レスピを接続する時に刺激を感じたり、簡単に外れることがある。そして、吸痰が上手く出来たように思えても、暫らくすると痰が繰り返し出て来ることもあって、吸痰の回数が増えた。慣れるまでかもしれないが、今の所は調子が良いとは思えない。合わせて、気管切開部の周囲が赤くなっている。ガーゼの染みも濃くなった。21日にカフエアーを7.5から8.0に増やしたら、吸痰の回数が元に戻ったようにある。

排尿バルンに陰毛
 3月18日15時。排尿時のバルンカテーテルの太い部分に陰毛が1本漂っているのを発見する。10日にも同じことがあったが忘れていた。バルンのパックから膀胱の中まで接続は1箇所も無いから混入するはずも無い。ベテラン看護師さんも首を傾げている。心臓に毛が生えていると言われてもうなずくと思うけれど、膀胱に毛が生えたとは思えない。しかし、膀胱炎の原因も明確で無いから、僕の身体に不思議がまた一つ増えた。

シングル(一人暮らし)
 中学校を卒業して今日まで殆んどシングルだった。一時期の友達との同居生活も含めてシングルだったと思う。足掛け13年の入院生活でも隣に患者や多くの医師と看護師がいたけれど、やっぱり、シングルで寂しい生活だった。それを癒してくれる心の拠り所を何時も探していた。今も探していることを、ヘルパーさんと一緒に一人暮らしをしている友達に伝えたい。友達は大切にするようにと、亡くなった母がよく言っていた。何時もその事を忘れずに生きている。先日、インターネットで、友情と恋のどちらかを選択するのがあった。少し迷って恋を選択した。入院して苦しかった時でも恋する事を忘れなかった。そして、今も変わらず、恋心を持てるようにしている。

バッテリ切れ警告
 11日午後5時43分。“ジージージー”久し振りに聴く人工呼吸器のバッテリ切れの警告音。人工呼吸器のコンセントが抜けていた。時間的に何人かの犯人を推測できました。気をつけましょうね。

2層式洗濯機
 退院祝いに貰った中古の半自動洗濯機が壊れた。迷うことなく2層式の洗濯機を購入した。全自動洗濯機だったら、ボタンを一つ押すだけで考えることは無い。でも、2層式は使い方次第で、電気、水道の節約になって、脱水も良く出来る。しかし、2層式を使うのが始めてのヘルパーさんも少なくない。引継ぎの度に使い方について議論白熱しているのを聞きながら、35年前に上野ヶ丘東の下宿で、手回しのローラーで脱水していたことが懐かしい僕でした。もし、僕が2層式を使うとしたら、3回に分けて洗うものがあったとして、水を継ぎ足しながら一気に洗ってしまう。軽く脱水をして籠に入れておいたのを次々にすすぎ荒いと完全脱水をするだろう。昔は、1層式洗濯機の右側にローラーと籠が付いていましたね(*^_^*)知ってるかな (^^♪

支援スタッフのつぶやきbT
20数年前のつぶやき >^_^< 昨年の6月からみなはるクリニックが吉田さんの訪問診療をすることとなり、再び吉田さんとお付き合いをすることとなりました。今回は、まだ吉田さんが電動車椅子で病院内を笑顔でウロウロしていた頃の、思い出を少しお話します。健生病院にリハビリ入院した当時いつも吉田さんのそばには、故、小手川哲二さんがいましたね。彼が病室によってきては洗髪をしたり、着替えを手伝ってくれていました。吉田さんが帰れる家をどうかしてあげたいと、私に熱ぽく話していたことを忘れることができません。又、着替えをする時は、背中をブタの毛のくしでこすり、頭皮を硬いくしでかき、あたりいちめんにフケが飛びちって困りましたが、吉田さんはいいようのない気持ちいい顔をしていたのを忘れられません。電動車イスに乗っていた頃は、Bedサイドにオーバーテーブルを置き、立って食事をし、ワープロも立ってしてましたね。それから10年?ぐらい、再び入院して人工呼吸器管理となり、301号室の思い出の数々、この頃はレスピ装着で不安と戦いの日々だったと思います。看護師は処置、または吉田さんがいかに快適な入院生活が過ごせるか話しあい色々なことに挑戦、工夫しました。ある日部屋のドアを開けると部屋に新聞が3枚ぐらい、ぶら下がっていました、訪室した看護師が、読み終えた新聞を裏返し、半日がかりで読み上げていました。2〜3日前の新聞だったように思います。いろいろな面で不自由な入院生活だったと思います。再び7〜8年ぶりに吉田さんの恵まれた環境の中での在宅生活を拝見し、幸せだな〜と思いました。きっと小手川さんも、思っていることでしよう。これからも病院のお世話にならず、快適な在宅で過ごせる様、小柳先生も考えてくれていますよ。ワークスペース樫の木の仲間の皆さんのためにも頑張ってください。ひまわり号にまたいつの日か一緒に行けたらいいね(*^_^*)
         みなはる生協クリニック 工藤文化

はるみ之つぶやき返し (*^_^*) 20数年前の入院生活を思い出すと懐かしいです。小手川さんと一緒に思い出すのが嶋津看護師さんです。お姉さんみたいに甘えられて、やさしくしてもらいました。僕が24歳の頃、嶋津さんの妹に恋していたことも良く知っていました。もし、嶋津さんが生きていたら、頼りになる支援スタッフの一人になってくれたと思います。

編集後記(薄田)
 咲き乱れ、舞い散る桜の頃、皆さんはいかがお過ごしでしたか? 吉田さんのように一人暮らしを始めて2年目になる仲間が、今月に入って精神状態が不安定になり、救急隊員と、私たちスタッフと家族の悲痛な思いの中で医療保護入院となってしまいました。嫌がる本人を担架に押し付け固定、「ごめんな、本当にごめんな。」病室でもベッドに両手、両足を固定されながらの点滴、今まで見たこともないような目で睨まれました。「ごめんな。許してな。はよ、元気になるんで。」ただ、心配した病状も大事には至らず一週間程度で退院をすることができて、元気な本人に会うことが出来ました。全く、何をやってたのでしょう。一人暮らしを始め、ヘルパーや訪問看護を入れ、体制を整えてもう安心と思っていました。大反省です。何事もそうですが、支援する側の一方的な安心感と思い込みは禁物でした。吉田さんのように定期的に本人を入れての話し合い支援内容に修正を加えて行くことがやはり大切なんですね。
 それから今日、4月12日は「こてさん」こと小手川哲二さんの3回忌です。吉田さんと一緒に、「こてさん、こげなことやらあげなことやら、いろいろあってなぁ。福祉の現場も医療の現場もなんか大変じゃわ。向こうはどげえかい。のんびり出来ちょんな?まあ、わしどおも、いい年になって来たけんど、こてさんのごとは無理せんごと頑張るけん、見守っちょってな。裏川ん桜は今年も綺麗で。。。」なんて、近況報告を兼ねて出席することにしました。
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