2008/7/16

はるみ之つぶやき43号  

はじめに
 大分の梅雨明けは、例年よりも早い7月4日でした。その為に、雨の“長濱さま”も、記憶に少ない晴天になりました。今年は暑い夏が長くなりそうな予感がします。そんなこんなで、あっという間に半年が過ぎてしまいました。何か遣り残したことは無いだろうかなど、反省を繰り返しながら、はるみ之つぶやき43号を発信します。
 
浣腸日記
1本の日⇒6月26日(^_-)-☆
2本の日⇒6月19日、24日、25日、30日、7月7日、
8日、10日、14日、16日。
3本の日⇒6月18日、20日、21日、23日、27日、 
28日、29日、7月1日、2日、3日、4日、6日、9日、
11日、12日、13日、15日。
4本の日⇒6月22日、7月5日。

体調不良日記
 特に書くほどのことなし。

あさがお日記
 6月29日、薄いピンク色の大きな花が咲いた。30日、網ネットを張って這い上がれるようにした。その後、10日ほど経過しても這い上がる勢いが無い。毎日、下のほうできれいな花を咲かせている。日除けにはならないかもしれない。

ひまわり日記
 6月30日、あさがおと同じ日に植えたひまわりが、物干し竿に届く高さになった。7月15日、物干し竿を越えて2m.位になった。7月16日、15cm位.の花が開いた。思ったより小さい。

ヘルパーさんの申し送り
 申し送りを聞いていると、そこまで話さなくてもお金のことは記録するだけで良いのに、内緒にしたい金もある等と思う時もある。そして、申し送りに忘れがちなのが、体調不良時の頓服を服用することある。どっちにしても、気持ちを緩める暇が無い。

オムツの支給
 7月11日。大分市からオムツ申請が許可されて初めてのオムツが届きました。これからは、悩むことなく便処置が気軽に出来ると思います。

友たち
 もしも、26歳の時に頚椎の手術をしていなかったら、今、生きているだろうか。どんぐりの家や樫の木の人達との巡り合いもなかったかもしれない。でも、生きていたから、友達がたくさん出来た。そして、別れがある。意思に反する別れの方が多い。何を言いたいのか、旨く言えない。僕と知り合ってなかったら、もっと良い人生だったかもしれないと思う時も少なくない。

ベッドを90度回転
 6月27日。窓向きから右に90度ベッドを回転して気分転換しました。今まで見えなかった棚や隣の部屋も見える。台所に背を向けることになって、ヘルパーさんの顔が見えないのが難点。という事は、パソコン画面が丸見えになった。こりゃ困った(*^_^*)何とか言うサイトの動画は、滅多に見られないかも(*^_^*)そこで、
 7月4日。廊下の隅に付けていた鏡をベッドの正面に付けました。台所を見渡せる。そして、ヘルパーさんも訪看さんも皆が左利きになりました。

駐車許可証
 6月26日。メガホンの駐車許可証は、風に吹かれて車体を傷つけることがあったので、文字盤に使っているのと同じカードケースで、シンプルに作り変えました。

玄関の照明
 6月17日。玄関の真ん中に垂れ下がるように点いていた照明の傘にヘルパーさんの振り上げた物があたって割れた。つい先日、天井側面に付ける照明を勧められたばかりだったけど、決断するきっかけになって、早速、取り替えてもらった。

薄田さんが樫の木を退職
 本当に思い掛けないことです。薄田さんが樫の木を退職しました。2年ほど前から通院していることは知っていたけれど、心の患いは、僕の理解を超えた状況でした。思い切って生活環境を変えることが薄田さんにとって一番の治療になると思います。そして、近い将来に薄田さんの投稿がはるみ之つぶやきに掲載されるまで回復するのを信じて待つことにします。
 何といっても、僕の生活を始め支援会議の存在は、薄田さんの努力が無かったら考えられません。そして、支援会議スタッフとの素敵な出会いも無かったと思います。そんな思いをこんなに簡単な文書でまとめられるものではありません。只、支援会議の歩みを続ける中でこそ、語り合いながらもっともっとみんなと一緒に成長したいです。

尿バルンカテーテル交換
 6月28日。午後2時30分の往診でバルン交換をする。前日からの拒絶反応と思える高熱も出なかった。クラビットを朝食後から服用している。

支援スタッフのメッセージ bW
 吉田さんの家の側には線路が通っていて、列車の行き交う音が良く聞こえますね。
 僕も線路の脇のアパートに住む事が多かったので、毎日列車の車輪と線路の擦れる音や汽笛をよく聞いていたものです。
 電車の走る音を聞くたびに、「あ〜、遠くに行きたい、列車の旅に出たい」と思いました。
 吉田さんはどうですか?
 もしも吉田さんも僕と同じように思うなら、旅に出ましょう。
 と言っても、なかなか列車の旅に出るなんて出来ません。
 そこで小生の考えた「吉田春美の二人で1人、バーチャル・トリップ(列車編)」を提案いたします。
 まず、この計画に必要不可欠なのは「暇人1人(吉川のような)」です。
 はじめに、吉田さんがインターネットや時刻表を使い、列車の旅行計画を立てます。
 そして暇人(吉川)がデジカメかカメラ付携帯電話を持って、吉田さんの計画した通りの旅を実行します。
 そして各駅や、吉田さんの指定したポイントを写真におさめ、吉田さんのパソコンに送ります。
 携帯電話の場合すぐに送れるが、吉川のように写メールをしたことが無く、画像の送り方が分からない場合は、モバイルするか、ネット・カフェへ行き、そこから画像を送ります。(この時、ネット・カフェ難民にならないように注意する)
 吉田さんは、計画通り旅が進んでいるかを確認しながら、旅先の画像をチェックする。送られてきた画像を見る時は、BGMに「世界の車窓から」のテーマソングを流してください。
 また、旅先で暇人が食べるものを画像で送り、なるべく似たようなものを吉田さんも家で食べます。(予め旅先で何を食べるかも、吉田さんが計画し、暇人は、そのミッションに従う)
 もしも、暇人が乗り合わせた列車で殺人事件が起きた際には、暇人は警察の目を盗んで乗客全員の顔写真を撮り吉田さんに送ります。
 そして、暇人からの状況説明を受けた吉田さんは、「また厄介な事件にまきこまれちゃったなぁ〜」と言いながら、犯人探しの推理を始めます。いつの間にか事件に巻き込まれて行く吉田さんと暇人の間に、猜疑心が生まれます。
 そして、吉田さんは思います。「ホシは暇人では?」と。
 警察も暇人を容疑者として捜査を進めていくが、警察に感付かれた事を悟った暇人は逃亡の旅に出ます。
 暇人は、吉田さんには犯行の事がばれていないと思い、律儀に逃亡先の写真を吉田さんに送ります。
 吉田さんは、送られた写真から居場所を突き止め、警察に通報。
 暇人は逮捕される。吉田さんは大手柄で、警察から表彰。
 そしてまた、牧3丁目には平和が訪れるのでした。
なでしこヘルパーステーション
                   吉川 浩之(暇人)
 こんにちは(*^_^*)吉川さん。楽しいメッセージをありがとうございます。「世界の車窓から」は、その昔、深夜番組で見ていました。列車の旅は楽しいですね。20歳の頃、ゴム草履履きで早朝の列車に一人で乗り、阿蘇駅からタクシーで阿蘇山に登ったことがあります。その時、タクシーの運転手が不審な目をしながら、見送ってくれました。僕は、自殺を連想させたかなと思いながら、阿蘇山の火口を覗きました。

編集後記〈吉田春美〉
 我が家のあさがおもひまわりも元気に成長していますが、パソコンのメモリ不足が表示されて、写真の貼り付けが出来ません。残念ながら、今回も文書だけで殺風景な、はるみ之つぶやきになりました。近々、新しいパソコンが来るのを楽しみにしています。しかし、新たな機能やソフトに慣れるまで時間もかかりそうです。今度のパソコンが3台目です。5年後の4台目に向けて、更に、はるみ之つぶやきを積み重ねたいと思っていますので、よろしくお願いします。
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