2009/10/28

はるみ之つぶやき56号  

はじめに
 今年も残すところ2か月となってしまいました。今年を振り返るには少し早すぎますが、健康面では3月に体調不良で少し苦しんだけれど、それ以来は大過なく過ごしています。その他の生活での変化は、内服薬が変わったことと、11年間使って来た人工呼吸器から新しい人工呼吸器に変わった事です。今のところ、機械に操られているような感じですが、一日も早く人工呼吸器との相性を理解して操られないようになりたいと思っています。

浣腸日記
1本の日⇒9月29日(前日に下痢をしているから当然です。)
2本の日⇒9月16日、17日、20日、22日、24日、25日、27日、30日、10月2日、5日、6日、7日、8日、11日、12日、14日、16日、19日、22日、26日。
3本の日⇒9月18日、19日、21日、23日、28日、10月1日、3日、4日、9日、10日、13日、15日、17日、18日、21日、23日、24日、25日、27日。
4本の日⇒9月26日、10月20日。

体調管理日記
 飲み薬を変更した一時期、下痢をしたけれど、飲み方を工夫した結果、下痢は治まり、廃便と廃ガスが比較的容易になったと思う。

今朝の人口密度
 9月18日午前9時〜11時30分までの我が家の人口密度は最高潮に達しました。朝の排便処置に3名(衛藤所長、成迫Na、上野さん)。入浴サービスに3名(角野Na、吉良さん、小川さん)。人工呼吸器センターの福本さん。樫の木の小池さん。往診に5名(秋月Dr、山田Na、工藤Na、事務員さん、研修医さん)の計13名でした。

往診歯科
 9月24日11時。右上の欠けた歯を薬で埋める治療をする。

樫の木理事会
 9月24日19時30分からの開催の所を18時ごろから樫の木に行く。

DVD鑑賞
 “おくりびと”と“旭山動物園物語”のDVDを鑑賞しました。おくりびとを観ながら父の葬式を思い出した。父を納棺する時、母が父の身体を拭いていたような気がする。質素で良いから、身内の親しい人に納棺してもらいたいと思った。“旭山動物園物語”を3回観て、3回とも感激した。只、旭川市長選挙をインターネット検索したけれど、女性候補者の名前は無かった。 

尿に鮮血反応
 9月28日。朝の廃尿で鮮血が見られる。尿も混濁している。尿検査をする頃には鮮血も無くなって、血液反応、白血球共に1+で低かった。
 10月22日。朝の尿検査で鮮血が見られる。尿も混濁している。血液反応2+、白血球2+。体温36℃。体調に異変なし。15時の検尿では鮮血無し。混濁も無し。鮮血の原因は憶測するしかない。

下痢かな
 9月28日15時の訪看でネブライザーをする時にお腹に力を入れていたら、ガス抜きチューブをすり抜けて軟便が出て来た。そして、夜も出た時に備えて、フラットオムツを敷く。
19時ごろから下腹がグルグル鳴って来た。肛門が締め付けられたり緩まったりを繰り返していたから、便汁がガス抜きチューブを通過していたのかなと思います。21時20分に強いガスと一緒に便汁が肛門から噴き出しました。訪看さんを呼ばなければならないが、まだ出るような気もする。どうせなら、僕の清拭介助に手慣れているヘルパーさんに代わる時間が良いと思って、22時前に連絡をしました。形のある軟便だったら、又は、24時を過ぎていたら、そのヘルパーさんの出来る限りで済ませたと思います。そして、あくる日の朝は、ガステールを飲まない事を訪看さんに相談して決めました。翌朝は、衛藤所長が来て、“ガステールの効果で便がよく出て良いけれど、効き過ぎるようだから”と、飲み方を一緒に考えてみました。そこで、毎食後2錠飲んでいたのを毎食後1錠と寝る前に1錠飲む事にしました。

薬の処方あれこれ
 ガステールを飲んでガスを下に降ろす事は、便も降ろすことになります。良い事ではあるけれど、下痢便になって、ガス抜きチューブが詰まって、お腹が苦しくなるのも困ります。そこで、ガステールとカマグの飲み方を工夫するように勧められました。そこで、カマグの量を夕食後半分に減らして、ガステールを食後と寝る前各1錠にしました。つぶやきノートに薬の変更は書いてあっても、ヘルパーさんによって読み取りや理解の違いがあるので、1,2週間は、薬の量と数をヘルパーさんに確認しながら飲んだ。

ラブレター
 懐かしい成迫看護師さんが訪問に来ました。19年くらい前、2週間に一度、内科受信をしていた時の外来の看護師さんでした。いつも明るい笑顔に迎えられるのが楽しみでした。そして毎回、ラブレターを手渡していました。一番奥の診察に入ると今里真先生が待ち受けていました。そして、さっきのラブレターは、カルテの上に置かれていました(*^_^*)因みに、あの頃から、ガスコンとカマグを飲んでいました。

バルン交換
 10月6日。毎月恒例の緊張するバルン交換ですが、今回も体調に特別な変化は見られなかった。

携帯人工呼吸器に移行
 10月5日の朝から、新しい携帯人工呼吸器の24時間使用を開始する。11年間付き合って来たPLV100の不具合なら直ぐに分かるけれど、新しい携帯人工呼吸器の不具合をマスターして使いこなせるまで何年かかるかな?
 10月8日。熱発した時やインフルエンザ対策で加湿器を接続してみる。

歯が取れた
 10月8日の夜中にキャラメルを舐めていると、異様に硬い物を感じて出してみたら、以前にも2回取れた事のある歯だった。いよいよ作り変えかな?
 10月13日13時40分。友愛訪問歯科の先生と助手さんが到着して歯の治療をする。取れた歯は使えないと思っていたが、今回までは取れた歯を使うことになった。型合わせをして、助手さんが歯のクリーニングをしている間に先生は、取れた歯の汚れを除けたり、細かい補修をしているようでした。

ワークスペース樫の木誕生と僕の生活 bW
いよいよ卒業式を迎えましたが、高校への進学は全く考えなかった。就職も出来る可能性もなかった。進路指導の先生が、どこかの障害者施設を探してくれていることは知っていました。卒業式では、女生徒のススリ泣きが記憶にあるだけで、ほとんど覚えていない。中学校の3年間の成績は、ビリから数えた方が早かったから、出る時くらいは一番先に出るぞ!と、卒業式の最中に考えていました。式が終わるが早いか一目散に校門の外に飛出しました。後ろを振返ると、校庭のあっちこっちで、各クラスの先生を囲んで話が弾んでいるのが見えました。友達が来るのを暫く待っていましたが、誰一人として出て来ないので一人寂しくバス停に向かって歩いたのでした。
そして、点滴寮へ。生まれて十五年、脳性麻痺の障害を意識した事もなく、自由気ままに成長しました。そして今、親もとを離れて生活する時が来ました。中学校卒業後の進路を探した結果、大分県社会福祉センターの身体障害者更生指導所(点滴寮)に入所することになりました。点滴寮に入ると、家に帰るのは盆・正月と5月の連休ぐらいになる。田舎に泊る時でさえ母と一緒だったし、知らない人ばかりの中の生活は不安だった。朝6時の起床が出来るだろうか?食事は?トイレは?風呂は?など、不安な思いは尽きなかった。

2番目の姪が結婚
 10月17日16時。10日に結婚式をした兄貴の次女が旦那さんを連れて来た。産まれて半年くらいの時に県病に入院していた僕のお腹の上で、はしゃいでいた事が懐かしい。

透かしっ屁゜
 便汁パックを精製水の空ボトルに変えたら、ガスが出た時の音が聞きとり難くなった。ある日の食事中に突然、レスピの方から、スースーと空気が抜ける音が聞こえました。ヘルパーさんの視線は、レスピに向けられていたけれど、僕は、何も聞こえてないふりをした。あれは、僕の透かしっ屁゜でした。気持ちいい〜(*^_^*)

慣れない事
 レスピのフレシキルチューブが水平になってないと、気管を刺激して呼吸が速くなる。自発呼吸の感度が良すぎる様な気がする。痰の溜まり具合を感じ難い。など。
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