2012/10/25

はるみ之つぶやき77号  

はじめに
 今年も、あっという間に10月が終ろうとしています。支援会議が2か月毎の開催という事が、時の流れを早く感じるのは僕だけでは無さそうに思います。先日、在宅支援会議のお誘いをしたところ、1か月前に出席したと思っていたのは、○▽さんでした。時の流れが速く感じられるという事は、お互いに健康で楽しく生活している証であると思います。

1、浣腸排ガス日記 @=1本。A=2本。B=3本。C=4本。
 8月19日@+適便。20日@+適便。21日@+適便。22日A+適便。15時の訪看で適便をして大量の便が出る。23日A+適便。24日A+適便。25日A+適便。26日A+適便。15時の訪看でも適便。27日@+適便。15時の訪看でも適便。28日@+適便。29日A+適便。30日@+適便。31日A+適便。9月1日A+適便。2日@+適便。3日@+適便。4日@+適便。5日@+適便。6日@+適便。7日@+適便。8日B+適便。9日A+適便。10日@+適便。11日A+適便。12日A+適便。13日@+適便。14日@+適便。15日A+適便。16日@+適便。17日@+適便。18日@+適便。19日@+適便。20日@+適便。21日@+適便。22日A+適便。浣腸で便が出ない。適便するも便が少ない。23日A+適便。24日@+適便。25日A+適便。26日@+適便。27日@+適便。28日@+適便。29日@+適便。30日@+適便。10月1日@+適便。2日@+適便。3日@+適便。4日@+適便。5日@+適便。6日A+適便。7日@+適便。8日@+適便。9日@+適便。10日@+適便。11日@+適便。12日@+適便。13日@+適便。14日@+適便。何時もに比較して便が少なかった。22時に訪看さんに来てもらって適便をする。15日@+適便。16日@+適便。17日A+適便。18日@+適便。19日A+適便。20日@+適便。21日@+適便。15時にも適便をする。22日@+適便。23日@+適便。24日@+適便。

2、炎天下のお出掛け
 8月17日:金曜日12時30分に洗濯が終って我が家を出発して、どんぐりの家出張所で昼食を美味しく頂きました。その後、みらい信金で出金。⇒コンビニでネット通販代金の振込。⇒スオー電工で家賃支払いをして、社長のコレクションを見せてもらう。⇒樫の木でお茶休憩⇒15時に帰宅する炎天下の楽しいお出掛けでした。

3、老衰
 父が亡くなったのは86歳で僕が12歳の時でした。正月3日までは普通に食事をして何も変化はなかったけど、4日の朝から起きられなくなりました。寝込んだ3日目の朝に味噌汁を食べてからは何も食べられなくなりました。治療は、地域の主治医が往診に来て、大きな注射を1本してくれましたが、起きることなく眠り続けました。そして、11日の昼前に死を予感した親戚のおばさんが、“死に水”を取るように母に指示しました。タオルに染み込ませた水を父の唇にあてると、美味そうに2滴飲み込みました。そして、眠るように息を引取りました。頑固に生き抜いた悔いのない人生の終わり方だったと思います。

4、段ボールアート展
 8月20日:月曜日11時に福祉タクシーで出発する。大分市美術館に到着して真っ先にレストランに行こうとしたら、お休みだった。美術館は月曜日も小中学校の夏休み中は開館していると確認していた。しかし、レストランも営業していると思い込んだのが大失敗でした。
 恐竜やシーソー、滑り台などが段ボールで精密かつ頑丈に組み立てられていて、子どもや大人が乗って遊んでもへこんだり傷つく事も無かった。元をたどれば、大木になるけれど。

5、第128回在宅支援会議
 日時 2012年8月22日 水曜日 午後6時から午後7時
  場所 吉田春美 宅
  参加者 (司会)ホームケア・安部 、(記録)医療生協・原、山田、吉田、中村、脇田、山村、池永、後藤、柴田、角野、江口、安藤、福本
@ 緊急時の対応
第127回支援会議の緊急時対応の内容を活かしたい。
A 計画停電、自然災害の対応。
計画停電なしで一安心。スオー電工社長へ相談の結果、ソーラーパネルの設置は中止し、新しい充電器具一式を設置しました。
新しいバッテリー(外部)充電器の取り扱い方法。
充電しながら吸引はしない。(したらいけない。)
吸引器は内部バッテリーでOK。(外部バッテリーを先に使用し、後から内部バッテリーを使用する。)
B 歯の治療、歯磨き、入れ歯⇒緩みも少なく調子良く使えている。
C ここ2か月の健康状態。
血液検査=良好。浣腸=お腹の調子が悪いと色々な所に影悪響がある。(6月に点滴)
冷たいお茶を飲まず、適温にする。
D 外出の際のベッドと車椅子移乗。
・起きている体勢から一人で抱える。
・介助者のやりやすいようにして、首部に気を付ける。
・バスタオルを持って(頭と足)二人で横移動する。この体勢は、食後は苦しい。
E 次回の在宅支援会議 
10月24日(水)18時~19時 司会:自立支援センター大分 記録・ホームケアクリニック

6、障害福祉青年フォーラム2012 in 大分
 8月25日:土曜日16時に社会福祉会館へ出発。16時30分からの第3分科会に出席。その前に開かれていたニュージーランドの社会保障の講演会も少し聞けた。分科会では、3人のコメンテーターの話を聞いて、僕自身の生活や樫の木グループの将来を展望する機会になりました。18時45分に介護タクシーで喫茶DENに向かう。夕食を食べて大分駅に行って切符を買う。20時31分の電車に乗って帰ろうとしたら、高城駅に駅員が20時までしかいなくて、車椅子対応が不可能と判明。困っていると、いつも親切に対応してくれる若い駅員さんが福祉タクシーに電話をしてくれました。しかし、訪看さんの電話番号と公衆電話も見つからず、困り果てていた所に京都の出張から帰って来た森島さんと偶然に会えました。正に救いの女神です。訪看さんの緊急電話も文字盤に記載していた事が分かって、森島さんの携帯から訪看さんに遅れて帰ることを連絡できました。そして、21時30分に無事帰宅できました。

7、マーゲンチューブ挿入
 9月6日:木曜日。前日の昼食は食べ過ぎだったと思いつつ夕食も普通に食べた。何時もなら眠前薬を飲むとお腹は楽になっていたが、今回は楽にならなくて、就寝後も苦しくて、げっぷを出して耐えていた。寒気がして毛布をかけてもらう。吸痰も30分ごとに5回した時点で呼吸も苦しくなって訪看さんに連絡してもらう。訪看さんが到着するまでの30分余りの時間は長くて苦しかった。途中からヘルパーさんに呼吸介助(お腹押し)をしてもらって少し楽になった。訪看さん到着して、バイタルより先にマーゲンチューブを挿入してもらう。マーゲンチューブの場所や接続に手間取っていた様子でした。この時の訪看さんとヘルパーさんは初めての経験かも知れません。6日の15時にもマーゲンチューブを挿入してもらったが、この時のヘルパーさんと訪看さんは、経験があったから、スムーズに進みました。また、7日の16時にもマーゲンチューブを挿入してもらったが、この時の訪看さんも僕の胃のガス抜き処置は初めてだったけど、経験豊かなヘルパーさんの素早い準備に助けられる中でスムーズに進み、大量の空気を引けました。

8、尿バルンから出血
 9月8日:土曜日。昨日の入浴前に両足を持ち上げた際、尿バルンを引っ張った刺激があったが、その日は何の異変も起きなかった。そして、今朝の浣腸の際、両足を持ち上げた時にペニス先端に強い刺激を感じたと思ったら、尿バルンから出血していた。一連の処置が終って、尿が出ない事が判明。尿バルンを交換したら、血の塊と尿が流れ出た。

9、樫の木理事会に出席
 9月11日:火曜日。19時に樫の木へ出発。何時もなら7時30分に始まって9時に終わっていたから、9時過ぎに来てもらうように訪看さんにお願いしていました。ところが、予想以上に会議が長くなって、帰宅したのは9時30分でした。訪看さんには30分も待ち惚けをしてもらって申し訳ない気持です。

10、退院した頃から8年9か月ぶりの夜勤
 9月20日:木曜日深夜10時からのヘルパーさんが急病のために、変わりのヘルパーさんを手配した結果、退院した頃に夜勤をしていたヘルパーさんが来ました。退院に当たって努力してもらい、信頼もしていた人だったから、何かあっても、意思疎通や緊急対応の不安はありませんでした。

11、秋の彼岸墓参り
 9月22日:土曜日。16時に城さんの運転で臼杵の実家へ出発しました。あいにくの小雨の中でしたが、無事に墓参りをする事が出来ました。そして、兄夫婦と城さん、脇田さんと僕は、実家の居間で巻き寿司とおはぎ、稲荷寿司を食べながら彼岸のひと時を過ごして故人を偲びました。

12、大分合同新聞社の見学
 9月24日:月曜日。10時30分に吉田チームは高城駅へ歩行開始。高城駅で美穂ちゃんチームと合流。11時前の電車に乗る。大分駅庭先市場で昼食の弁当を買う。大分合同新聞社に向かって街中を散策して、大手町公園で弁当を広げる。美味しい(^^♪。13時になって新聞社に行く。早速、案内係の女性の説明を聞いて、視聴室で新聞が出来るまでの取材から編集、印刷工程や配達までをDVD鑑賞しました。続いて、夕刊の印刷現場をガラス越しに見学させてもらいました。コンピュータ操作で目にも止まらない早さで印刷されて、自動梱包されていく新聞を見ながら、40数年前に活版の新聞印刷現場を見て感動した事を懐かしく思い出しました。帰りの時間まで新聞社前の喫茶店でコーヒータイムを満喫して、大分駅に向かう。途中で当たるかも知れない宝くじを買う。駅前市場で夕食を買う。16時過ぎの電車に乗って高城駅へ。17時に帰宅しました。

13、ガス抜きチューブ
 ガス抜きチューブといっても、尿バルーンチューブを使っている。ゴム製で柔らかいから長時間の留置も痛くない。ところが、そのチューブが製造中止になって、新しいチューブを使って見たら、痛い。昼間は耐えられても、夜間は痛くて眠れそうにない。

14、入れ歯の付け外しとカニューレ交換
 入院中のカニューレ交換と比べて今は簡単に早く終わる気がする。秋月先生の段取りとテクニックだろうか。どうかしたら、入れ歯の付け外しよりも簡単に思う時もある。(^^♪

15、お腹の調子
 最近は、浣腸1本と適便で快適な一日の始まりになっています。お粥を普通のご飯に変えて牛乳をヨーグルトに変えて見たり、温かいウーロン茶を飲むようにしたり、黒酢にんにくを飲んだり、身体に良いと思う事を続けています。何が便通を良くしていると言えませんが、下剤を減らした事で、便が適度な硬さになっていると思います。食べ物や飲み物に合わせて、薬のバランスが大切だと思いながら服用しています。

16、樫の木祭りと牧祭り
 10月8日:体育の日。今年の樫の木祭りは、利用者・家族と職員、並びに理事・監事とボランティアの交流やふれあいを主目的に行われました。利用者と職員の唄や家族のオカリナ演奏を堪能しました。サプライズに製作した、日本一大きいかもしれないプリンを全員で食べながら樫の木グループ支援の輪と絆を深め、樫の木20周年に向けても勢いを感じました。
 また、牧祭りも盛大に行われていて、子ども神輿と大人神輿や屋台も出ていました。樫の木の前で、お神輿が舞っているのを見ながら、牧地域の人たちの優しい気持に応えられる樫の木になりたいと思いました。
17、樫の木20周年記念実行委員会
 10月10日:水曜日。 どんぐりの家出張所で開かれる実行委員会は13時からだけど、訪看さんの帰る10時30分に車椅子に移乗させてもらって出掛ける準備と気合を入れる。12時に昼食を食べて、山村さんの介助で出張所に出掛ける。実行委員会では、仲間たちの唄を始め催し物の話が具体的に出されました。会場は、大分市能楽堂です。来年9月開催に向けて着々と進んでいます。

18、プロレス観戦
 10月17日:水曜日。全日本プロレス観戦のため、17時30分、介護タクシーでイベントホールに出発しました。大分を拠点にしているFTOのプロレスは、6年くらい前に樫の木祭りで観戦した事があるけれど、真剣に戦っている半面、笑わせるボランティア的印象が強かった。そして、全日本プロレス観戦の機会に恵まれて一味違うプロレスを楽しみました。負けると分かっているレスラーを応援したくなるのは昔と変わらない。まん丸で大きいレスラーが勝って引き上げる時に、僕の車いすの角を軽く叩いたのには、優しい気持を感じました。
 
19、薬が足りなかった
 10月18日:木曜日。午後9時に眠前薬を口に入れてもらったら、3錠しかなかった。他の包みを見ても3錠しかない。何か一つ抜けている。グッドミンか、ラキソベロンか、ガステールか、良く分からない。訪看に電話したが通じなくて、往診に電話しても対応のしようがないという返事だった。そんな事で良いのかと思った。その直後に訪看から折り返しの電話があって、薬の確認に来てくれました。抜けていたのはガステールと分かったので、朝食の分から抜いて飲みました。もし、グッドミンが抜けていたら、眠れなくて、お腹の神経も静かにならない。万一、グッドミンを2錠飲んだら目が覚めないかも知れないなどの副作用を心配しました。

20、別府の街を懐かしむ旅
 10月22日:月曜日。別府の街といえば、若い頃、印刷会社の仕事が終って、路面電車に乗って北浜まで行っていた事を思い出します。紙面の関係で、続きは、次回78号で(^^♪。

第129回在宅支援会議
  日時 2012年10月24日 水曜日 午後6時から午後7時
  場所 吉田春美 宅
  参加者  (司会)江口、 (記録)安部、原、山田、吉田、中村、脇田、山村、池永、後藤、坂本、安藤、福本、佐藤、
 今晩は、皆さんお集まりになられたようですから、129回目の在宅支援会議を始めたいと思います。今回の司会は、自立支援センター大分の江口が担当します。そして、記録をホームケアクリニックの安部さんにお願いしました。よろしくお願いします。
そして、それでは初めてお会いする方もいると思いますから、皆さんの自己紹介に進みたいと思います。続いて下記の項目に沿って話したいと思います。よろしくお願いします。
      記
1、緊急時の物品確認
2、人工呼吸器と外出の関係
3、歯の状態
  @入れ歯の緩みも無くて調子良く使っています。
4、これまで2ヶ月間の健康状態
 最近は、浣腸1本と適便で快適な一日の始まりになっています。お粥を普通のご飯に変えて牛乳をヨーグルトに変えて見たり、温かいウーロン茶を飲むようにしたり、黒酢にんにくを飲んだり、身体に良いと思う事を続けています。何が便通を良くしていると言えませんが、下剤を減らした事で、便が適度な硬さになっていると思います。食べ物や飲み物に合わせて、薬のバランスも大切だと思いながら服用しています。
9月6日から7日は体調を壊して、夜中に訪看さんの世話になりました。

5、その他の意見や報告と次回の支援会議
はるみ之つぶやきまとめ本の出版
在宅生活10年目突入記念と出版を祝う会
次回の在宅支援会議 12月 日(水)18時~19時
司会  記録 

吉田春美の経歴
1953.08.20 誕生
1969 臼杵市立東中学校卒業 同年4月、大分県身体障害者更生指導所に入所。
1970.04.01 二条印刷就職
1973.04 脳性麻痺の二次的障害の進行始まる。二条印刷を退職後も出来高払いで和文タイプを続ける。(肩が上がらなく、転倒する事が増える)(大分の障害者問題を考える会に入会)
1979.04   入院生活(県立HP、福大HPにて頚椎手術)  3年後に電動車椅子を自費で購入
1984.04   入院生活(健生HP転院)
1985.10  障害者列車ひまわり号参加
1986.03 「共同作業所どんぐりの家」開所、所長就任   健常者(藤井)との共同生活
       北下郡11組の7  介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳
1992.12 事故(トイレで転倒)〓不安    障害者(1種1級)との共同生活
1993.08 「ワークスペース樫の木」開所。理事就任。
1994.08 「生活支援施設」スタート 牧3丁目5番12号
               介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳、起床・就寝
1994.09 福祉電話設置 
     入浴サービス利用開始
     ホームヘルパー派遣開始(週3回夕方2h)  障害者(不特定)との共同生活
     パソコン通信ネットワークへの積極的参加(〜1995.1月まで続く)
1994.11 住宅改造(大分市助成)
1994.12 事故(車椅子肘掛けとコントロールボックスに腕が挟まれる)
     緊急通報システム導入(大分市制度外)
     ショートステイ利用
          介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳、起床・就寝、トイレ
1995.4  ホームヘルパー派遣(毎朝1h・週3回夕方2h) 障害者(1種2級)との共同生活
1996.3  顔面神経マヒで健生HP入院(数日間) 
1996.4  樫の木退所
1996.12 腸閉塞で健生HP入院(10日間)
1997.4 腰に異常(腰痛症と診断)〓リハビリ開始
    ワープロ、パソコン作業ができなくなる。
            介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳、食事、起床・就寝、トイレ
1997.12.09 呼吸困難になり健生HP入院=6年余りの入院生活のはじまり。
1999.10.09 障害者列車ひまわり号参加 福岡ドーム見学。
      原医師、工藤主任、稗田PT、薄田の同行援助。
2004.01.28 在宅復帰(牧3丁目6ー8 樫の木すぐ側)
      (障害者支援費制度による24時間介護、訪問看護など)
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