2012/12/19

はるみ之つぶやき78号  

はじめに
 2012年も残すところ11日となって、正月の準備をしたいと思っているところです。1年を振り返ると、やっぱり、吞気症と血尿、熱発に立ち向かった1年でしたが、その他には、風邪をひくこともなくて、健康面では、まずまず安定した1年を過ごしたと思います。又、臼杵、別府、湯布院に電車の旅をするなど、外出行動範囲も広がった有意義な1年でした。
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1、浣腸排ガス日記 @=1本。A=2本。B=3本。C=4本。
 10月25日@+適便。26日A+適便。27日A+適便。昨日も今日も液状便で出にくかった。28日@+適便。29日@+適便。30日@+適便。31日@+適便。11月1日B+適便。便が出ない。2日@+適便。便意があって15時に適便。3日@+適便。4日@+適便。5日@+適便。6日@+適便。7日@+適便。8日@+適便。9日@+適便。10日@+適便。11日@+適便。12日@+適便。13日@+適便。14日@+適便。15日@+適便。16日@+適便。17日@+適便。18日@+適便。19日@+適便。20日A+適便。21日@+適便。22日@+適便。23日@+適便。24日@+適便。25日A+適便。26日A+適便。27日@+適便。28日@+適便。29日@+適便。30日@+適便。12月1日@+適便。2日@+適便。3日@+適便。4日1+摘便。5日@+適便。6日@+摘便。7日@+摘便。8日@+摘便。9日@+摘便。10日@+摘便。11日@+摘便。12日@+摘便。13日@+摘便。14日@+摘便。15日@+摘便。16日@+摘便。17日@+摘便。18日@+適便。19日

2、別府の街を懐かしむ旅
 10月22日:月曜日。別府の街といえば、若い頃、二条印刷でタイプライターの仕事が終って、大分警察署前から路面電車に乗って北浜まで行っていた事を思い出します。別府駅前から北浜あたりをぶらぶらして、パチンコやスマートボールなどをして遊んだ事があるので、その時々を思い出しながら、一人で散策している気分でした。そして、トキハインダストリーで、1歳くらいの親子と笑顔で挨拶を交わせた事や、帰りの電車で、おばあさんと孫の楽しい旅に触れ合えました。別府駅から大分駅間の僅かな時間に、小学校生活のエピソードを熱っぽく話してくれるのにお婆さんの笑顔は止まなかった事が印象的でした。大分駅のホームに降りたおばあさんと孫は、電車の出発するまで手を振って見送ってくれました。それだけでも楽しい忘れられない旅が出来たと思っています。
山笑う 電車旅やら 婆と孫
 
3、薬の効果と怖さ
 30数年前、県病に入院していた時、治験薬の筋弛緩剤を飲んだ事がある。良く効くけど、飲み過ぎないようにという事で、1錠の半分を毎朝の夕食後に飲んだ。30分ぐらいすると、体が浮くような感じで、足を軽く前に出せた。しかし、眠気が夕方まで抜けなかったことから、僕には危険と判断して、3日間で止めた気がする。もし、間違って1錠飲んだとしたら、起き上がる事も出来ずに眠り続けると予測された。それ以来、薬の効果と怖さを考えるようにしている。

4、うすき竹宵
  11月3日:土曜日。10年くらい前から開催されている竹宵を見物出来て良かった。文化の日にふさわしい臼杵の歴史を感じるお祭りでした。仁王座の石畳を歩いたのは、中学生の時以来かな。あの頃は歩くのに夢中で石畳の道を気に欠ける余裕も知識もなかった。道を間違えて、急な坂道を登り降りさせてしまった介助者二人に申し訳なかったが、車椅子の上から間近に見る暗闇に浮かぶ石畳も良かった。途中で、健生病院の看護師(横山さん、田原さん)と遭遇したり、薬局の安藤さんに思いがけなく会えるなど、臼杵人が皆出て来たような賑やかく楽しい竹宵でした。

5、人の生と死
 25歳の時からの入院生活で、同室の人や仲良しになった人と、さみしいお別れをしたのは両手両足でも足りない。一人一人の思い出すこことは、励まされ、親切にしてもらったことばかりです。その人たちの死を悲しみながら、僕は生き続けて社会復帰する夢を膨らませて、いずれは訪れる死ぬことは考えなかった。そして、在宅社会復帰を果たし、体調不安定だった4年目くらいまでは、生きるという思いしかなかった。それが、在宅10年目と還暦を目前にして、芸能有名人の訃報を聞くたびに他人事で済まない気持ちになった。一度限りの人生を精一杯楽しくしたい。

6、夏の節電と冬の節電
 夏の暑さは、薄着と扇風機で割と楽に乗り越えられて、電気料金の節約も出来ました。しかし、冬の寒さを耐え凌ぐためには、遠赤外線ヒーターとエアコン暖房は欠かせない。深夜電力にしているから、昼間のエアコンはなるべく控えたり、ヒーターも切って、布団を頭から被っていることもある。それでも、ヒーターを付けたくなる程に今年の冬は寒く感じる。電気料金は、例年のごとく夏季の3倍程度の覚悟をしている。
  
7、便が出なかったのは偶然かな?
 11月1日の朝、浣腸を3本して、適便もしたけれど、便が全く出なかった。15時に適便をしても全くの反応なし。

8、6か月毎の支給申請
 市の障害福祉課へ日常生活用具の申請を忘れていたようです。5月と11月の年2回の申請です。6月以降も注文したオムツなどは届いていたから、申請していない事に気付きませんでした。遡っての申請は出来ないという事から、自腹を切る破目になりました。それとは別に、過去6ヶ月間に入院した事はなかったかという確認の電話があるけれど、その時に一言、日常生活用具申請の確認もしてくれないかなと思ったものの、部署が違うと分からない事であり、関わられないのかも知れないと思うのでした。大切な社会資源を半年分も無駄にして、反省させられました。

9、山下清展
 11月7日:水曜日。山下清展を観覧しました。2時間余りかけて観たけれど、もう一度ゆっくり見たいと思う作品が多くありました。花火ばかり作っていたら戦争は起きなかったと思うという作者の平和を願う気持ちを逆撫でするような自衛隊の国防軍化と戦争を目指す政治を許してはならない。世界に誇れる戦争放棄の平和憲法を守って、話し合いで紛争を解決した時こそ、花火が美しく見えると思う。

10、体調不良
 11月11日:日曜日。この日にどんな体調不良を起こしたのだろうか。1か月以上も経過して記憶が薄れている。多分、血尿と熱発か吞気症で薬を飲んだ気がする。そして、熱発と血尿が気になって、バルン交換をしたのは、20日頃だった気もする。

11、自立支援センター大分10周年記念パーティー
 11月16日: 18時から開催された自立支援センター大分10周年記念パーティーに参加しました。10周年おめでとうございます。<(_ _)>
12時前に高城駅に向かって歩いた時も夜になっても、あまり寒くなくて良かったです。別府駅で遅い昼食を食べて、夢タウンで買い物をした帰りに会場のヒットパレードクラブの下見をしてから、塚田さん宅にもお邪魔して楽しいひと時を過ごしました。(^^♪
ヒットパレードクラブは歌って踊れる楽しい所と話に聞いていたが、昭和レトロの雰囲気とロック調かな、の歌とバンド演奏に引き込まれる楽しい体験をさせてもらいました。

12、爽風館高校祭
 11月23日:金曜日。12時30分に介護タクシーで出発。爽風館高校に到着して中に入ると、男性教師が近寄って来て、‘昨年も来てくれましたね。’と声をかけてもらいました。嬉しかったです。昼からの催し物の内容を親切に教えてくれたことに甘えて、入学要件も聞いたところ、6年間で卒業すれば良いことや、回答方法についても学校側と相談してチャレンジすることを勧められて、気持ちが揺れたのでした。

13、パークプレイス散策
 11月26日:月曜日。佐藤美穂さんと毎月1回恒例の長時間外出です。大分県内の観光地や知り合いを訪ね歩いて、買い物や食事も楽しい旅行です。今回は、由布院の予定が雨のためにパークプレイスに変更しました。前日に予約出来た介護タクシーで11時30分に我が家を出発しました。パークプレイスで先に到着していた美穂さんチームに合流して、マクドナルドで昼食を楽しみました。そして、帰りの介護タクシーが到着する17時まで、ダイソーで買い物をしたり、ウインドショッピングを楽しみました。

14、PCトラブル
 PCトラブルの始まりは、メール送信が出来なくなったことだった。薄田さんに来てもらって見てもらったら、送信アドレスが勝手に変わっていた。そういうことがあるらしい。翌日も変わっていたので、自分で設定変更をして旨くいっていた。ところが、数日後に突然、意思伝達装置のマウス操作が出来なくなった。再び薄田さんに来てもらったが、原因解明に至らず、持ち帰って、メーカーに相談してくれました。その結果、Windowsと意思伝達装置のアクセス不良と言うことだった。そこで、インターネットから、薄田さんから借りたパソコンに意思伝達装置をインストールしてもらって、どうにか使えるようになった。そして、またまた、メールの不具合。今度は、受信もできない。そこで、OCNメールを削除して、ビビックメール一つにしたところ、メール送受信が出来るようになった。又、OCN受信メールは、OCNホームページにアクセスして、マイページで見られた。メール送信できなかった時にホームページアクセスが出来なかった。


第130回在宅支援会議
  日時 2012年12月19日 水曜日 午後6時から午後7時
  場所 吉田春美 宅
  参加者  (司会)成迫、 (記録)山田、平井、本田、原、山田、吉田、中村、脇田、山村、池永、後藤、安藤、福本、佐藤、
 今晩は、皆さんお集まりになられたようですから、130回目の在宅支援会議を始めたいと思います。今回の司会は、つる訪問看護の成迫が担当します。そして、今回の記録は、自立支援センター大分の予定でしたが、都合により欠席と言う連絡がありましたから、たった今、メイプル訪問看護の山田さんに記録をお願いしました。よろしくお願いします。
 それでは、自己紹介をして頂いて、7時に終わることを目指して司会進行を務めます。早速、続いて下記の項目に沿って話したいと思います。よろしくお願いします。
    記
1、緊急時の物品確認
 緊急避難時に持ち出す最低限必要なものを車椅子に乗せて、固定しました。
2、これまで2ヶ月間の健康状態
 血尿や吞気症が数回見られました。その都度、マーゲンチューブで胃の中の空気抜きや抗生剤と解熱剤の服用で、健康を回復しています。
 又、毎朝の排便は浣腸1本と摘便で快便を続けています。新年のはるみ之つぶやきから、浣腸日記をやめます。
3、歯の健康状態
 26歳の時に頸椎の手術をしてから、脳性まひ特有の付随運動が殆どなくなりました。それまでは、歯の神経を抜いて痛みを無くす治療しか出来なかったのが、歯を削って刺し歯やブリッチも作れるようになりました。歯の治療が苦痛でなく、楽しくなりました。
4、はるみ之つぶやき出版記念パーティーについて
 はるみ之つぶやき9年間の纏めを出版しました。そして、来年1月28日は、在宅生活10年目を迎えます。更に、8月20日には、還暦を迎えます。そこで、3月から5月くらいに、出版記念と在宅と還暦をまとめてお祝いの会をしたいと考えています。僕としては、実行委員会を作って欲しいと思います。
5、その他の意見や報告と次回の支援会議
次回の在宅支援会議 2月 日(水)18時~19時
司会  記録 
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2012/12/13

はるみ之つぶやき  

はるみ之つぶやき9年の纏め発刊に当たって
 脳性麻痺の二次的障害で自発呼吸が出来なくなり、大分健生病院に緊急入院をしたのが1997年12月9日ことでした。その後、気管切開をし、人工呼吸器のお世話になるようになりました。必ず退院して地域の中で在宅生活を送りたいという切なる願いに応えてくれる形で、入院翌月からスタートした毎月1回(2008年から2か月に1回)の在宅支援会議も2012年8月22日に128回目を迎えました。最初は病院から外出すら出来るかどうかと思っていたのに1999年には、障害者とボランティアが旅行を通じてふれあい交流を楽しむ「ひまわり号」へ参加し、恐々と始めた週2回のワークスペース樫の木への外出などを体験して、2004年1月28日に退院して在宅生活が始まりました。入4院当初、生死の境を彷徨っていたあの頃を考えると夢のような1日でした。
 ここまで来るにはハード面では、車椅子の申請、意思伝達装置の申請、人工呼吸器のレンタルに到るまで、ソフト面では、病院と医療スタッフの強力な支援、朗読ボランティアや学生ボランティアの支援、樫の木での看護師さんの採用等の体制づくりなど、陰に日向に多くの方の支援があったことは言うまでもありません。その時の思いを冊子にまとめたのが、“牧3丁目の我が家から・亡き母に贈るメッセージ”でした。
 そして、夢のような在宅生活を支えてくれる支援スタッフへの感謝の気持ちと行政アピールの意味も込めて、はるみ之つぶやき第1号を発信したのが、2004年3月3日でした。在宅生活だからこそヘルパーさんに言える我が儘な注文や人工呼吸器の扱い方からアンビューの仕方、体調の変化と排便管理を始め、実家の墓参りと恩師を訪問して楽しかった事など日々の生活を綴って来ました。
 在宅支援会議に合わせて発信している“はるみ之つぶやき”は、59歳の誕生日を迎えた8月20日に75号を発信しました。そして、来年1月28日には、在宅生活10年目を迎えます。そこで、在宅生活9年間を支えてくれた訪問医療、看護スタッフと人工呼吸器センター、訪問入浴や訪問介護スタッフを始め、多くの友人、知人に感謝と生きている事の喜びを伝えるメッセージ本を作りました。本の名は、はるみ之つぶやき【牧3丁目の我が家から“支援スタッフと友人、知人のみなさん、ありがとう】です。
 これからも、在宅生活10年目の切目を迎える喜びを感謝しながら、更なる20年目に向けた、はるみ之つぶやきを発信していきたいと思います。
そして、来年3月には、在宅復帰10年目と出版記念パーティーを開催するために、実行委員会の呼びかけをしたいと思います。

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2012/10/25

はるみ之つぶやき77号  

はじめに
 今年も、あっという間に10月が終ろうとしています。支援会議が2か月毎の開催という事が、時の流れを早く感じるのは僕だけでは無さそうに思います。先日、在宅支援会議のお誘いをしたところ、1か月前に出席したと思っていたのは、○▽さんでした。時の流れが速く感じられるという事は、お互いに健康で楽しく生活している証であると思います。

1、浣腸排ガス日記 @=1本。A=2本。B=3本。C=4本。
 8月19日@+適便。20日@+適便。21日@+適便。22日A+適便。15時の訪看で適便をして大量の便が出る。23日A+適便。24日A+適便。25日A+適便。26日A+適便。15時の訪看でも適便。27日@+適便。15時の訪看でも適便。28日@+適便。29日A+適便。30日@+適便。31日A+適便。9月1日A+適便。2日@+適便。3日@+適便。4日@+適便。5日@+適便。6日@+適便。7日@+適便。8日B+適便。9日A+適便。10日@+適便。11日A+適便。12日A+適便。13日@+適便。14日@+適便。15日A+適便。16日@+適便。17日@+適便。18日@+適便。19日@+適便。20日@+適便。21日@+適便。22日A+適便。浣腸で便が出ない。適便するも便が少ない。23日A+適便。24日@+適便。25日A+適便。26日@+適便。27日@+適便。28日@+適便。29日@+適便。30日@+適便。10月1日@+適便。2日@+適便。3日@+適便。4日@+適便。5日@+適便。6日A+適便。7日@+適便。8日@+適便。9日@+適便。10日@+適便。11日@+適便。12日@+適便。13日@+適便。14日@+適便。何時もに比較して便が少なかった。22時に訪看さんに来てもらって適便をする。15日@+適便。16日@+適便。17日A+適便。18日@+適便。19日A+適便。20日@+適便。21日@+適便。15時にも適便をする。22日@+適便。23日@+適便。24日@+適便。

2、炎天下のお出掛け
 8月17日:金曜日12時30分に洗濯が終って我が家を出発して、どんぐりの家出張所で昼食を美味しく頂きました。その後、みらい信金で出金。⇒コンビニでネット通販代金の振込。⇒スオー電工で家賃支払いをして、社長のコレクションを見せてもらう。⇒樫の木でお茶休憩⇒15時に帰宅する炎天下の楽しいお出掛けでした。

3、老衰
 父が亡くなったのは86歳で僕が12歳の時でした。正月3日までは普通に食事をして何も変化はなかったけど、4日の朝から起きられなくなりました。寝込んだ3日目の朝に味噌汁を食べてからは何も食べられなくなりました。治療は、地域の主治医が往診に来て、大きな注射を1本してくれましたが、起きることなく眠り続けました。そして、11日の昼前に死を予感した親戚のおばさんが、“死に水”を取るように母に指示しました。タオルに染み込ませた水を父の唇にあてると、美味そうに2滴飲み込みました。そして、眠るように息を引取りました。頑固に生き抜いた悔いのない人生の終わり方だったと思います。

4、段ボールアート展
 8月20日:月曜日11時に福祉タクシーで出発する。大分市美術館に到着して真っ先にレストランに行こうとしたら、お休みだった。美術館は月曜日も小中学校の夏休み中は開館していると確認していた。しかし、レストランも営業していると思い込んだのが大失敗でした。
 恐竜やシーソー、滑り台などが段ボールで精密かつ頑丈に組み立てられていて、子どもや大人が乗って遊んでもへこんだり傷つく事も無かった。元をたどれば、大木になるけれど。

5、第128回在宅支援会議
 日時 2012年8月22日 水曜日 午後6時から午後7時
  場所 吉田春美 宅
  参加者 (司会)ホームケア・安部 、(記録)医療生協・原、山田、吉田、中村、脇田、山村、池永、後藤、柴田、角野、江口、安藤、福本
@ 緊急時の対応
第127回支援会議の緊急時対応の内容を活かしたい。
A 計画停電、自然災害の対応。
計画停電なしで一安心。スオー電工社長へ相談の結果、ソーラーパネルの設置は中止し、新しい充電器具一式を設置しました。
新しいバッテリー(外部)充電器の取り扱い方法。
充電しながら吸引はしない。(したらいけない。)
吸引器は内部バッテリーでOK。(外部バッテリーを先に使用し、後から内部バッテリーを使用する。)
B 歯の治療、歯磨き、入れ歯⇒緩みも少なく調子良く使えている。
C ここ2か月の健康状態。
血液検査=良好。浣腸=お腹の調子が悪いと色々な所に影悪響がある。(6月に点滴)
冷たいお茶を飲まず、適温にする。
D 外出の際のベッドと車椅子移乗。
・起きている体勢から一人で抱える。
・介助者のやりやすいようにして、首部に気を付ける。
・バスタオルを持って(頭と足)二人で横移動する。この体勢は、食後は苦しい。
E 次回の在宅支援会議 
10月24日(水)18時~19時 司会:自立支援センター大分 記録・ホームケアクリニック

6、障害福祉青年フォーラム2012 in 大分
 8月25日:土曜日16時に社会福祉会館へ出発。16時30分からの第3分科会に出席。その前に開かれていたニュージーランドの社会保障の講演会も少し聞けた。分科会では、3人のコメンテーターの話を聞いて、僕自身の生活や樫の木グループの将来を展望する機会になりました。18時45分に介護タクシーで喫茶DENに向かう。夕食を食べて大分駅に行って切符を買う。20時31分の電車に乗って帰ろうとしたら、高城駅に駅員が20時までしかいなくて、車椅子対応が不可能と判明。困っていると、いつも親切に対応してくれる若い駅員さんが福祉タクシーに電話をしてくれました。しかし、訪看さんの電話番号と公衆電話も見つからず、困り果てていた所に京都の出張から帰って来た森島さんと偶然に会えました。正に救いの女神です。訪看さんの緊急電話も文字盤に記載していた事が分かって、森島さんの携帯から訪看さんに遅れて帰ることを連絡できました。そして、21時30分に無事帰宅できました。

7、マーゲンチューブ挿入
 9月6日:木曜日。前日の昼食は食べ過ぎだったと思いつつ夕食も普通に食べた。何時もなら眠前薬を飲むとお腹は楽になっていたが、今回は楽にならなくて、就寝後も苦しくて、げっぷを出して耐えていた。寒気がして毛布をかけてもらう。吸痰も30分ごとに5回した時点で呼吸も苦しくなって訪看さんに連絡してもらう。訪看さんが到着するまでの30分余りの時間は長くて苦しかった。途中からヘルパーさんに呼吸介助(お腹押し)をしてもらって少し楽になった。訪看さん到着して、バイタルより先にマーゲンチューブを挿入してもらう。マーゲンチューブの場所や接続に手間取っていた様子でした。この時の訪看さんとヘルパーさんは初めての経験かも知れません。6日の15時にもマーゲンチューブを挿入してもらったが、この時のヘルパーさんと訪看さんは、経験があったから、スムーズに進みました。また、7日の16時にもマーゲンチューブを挿入してもらったが、この時の訪看さんも僕の胃のガス抜き処置は初めてだったけど、経験豊かなヘルパーさんの素早い準備に助けられる中でスムーズに進み、大量の空気を引けました。

8、尿バルンから出血
 9月8日:土曜日。昨日の入浴前に両足を持ち上げた際、尿バルンを引っ張った刺激があったが、その日は何の異変も起きなかった。そして、今朝の浣腸の際、両足を持ち上げた時にペニス先端に強い刺激を感じたと思ったら、尿バルンから出血していた。一連の処置が終って、尿が出ない事が判明。尿バルンを交換したら、血の塊と尿が流れ出た。

9、樫の木理事会に出席
 9月11日:火曜日。19時に樫の木へ出発。何時もなら7時30分に始まって9時に終わっていたから、9時過ぎに来てもらうように訪看さんにお願いしていました。ところが、予想以上に会議が長くなって、帰宅したのは9時30分でした。訪看さんには30分も待ち惚けをしてもらって申し訳ない気持です。

10、退院した頃から8年9か月ぶりの夜勤
 9月20日:木曜日深夜10時からのヘルパーさんが急病のために、変わりのヘルパーさんを手配した結果、退院した頃に夜勤をしていたヘルパーさんが来ました。退院に当たって努力してもらい、信頼もしていた人だったから、何かあっても、意思疎通や緊急対応の不安はありませんでした。

11、秋の彼岸墓参り
 9月22日:土曜日。16時に城さんの運転で臼杵の実家へ出発しました。あいにくの小雨の中でしたが、無事に墓参りをする事が出来ました。そして、兄夫婦と城さん、脇田さんと僕は、実家の居間で巻き寿司とおはぎ、稲荷寿司を食べながら彼岸のひと時を過ごして故人を偲びました。

12、大分合同新聞社の見学
 9月24日:月曜日。10時30分に吉田チームは高城駅へ歩行開始。高城駅で美穂ちゃんチームと合流。11時前の電車に乗る。大分駅庭先市場で昼食の弁当を買う。大分合同新聞社に向かって街中を散策して、大手町公園で弁当を広げる。美味しい(^^♪。13時になって新聞社に行く。早速、案内係の女性の説明を聞いて、視聴室で新聞が出来るまでの取材から編集、印刷工程や配達までをDVD鑑賞しました。続いて、夕刊の印刷現場をガラス越しに見学させてもらいました。コンピュータ操作で目にも止まらない早さで印刷されて、自動梱包されていく新聞を見ながら、40数年前に活版の新聞印刷現場を見て感動した事を懐かしく思い出しました。帰りの時間まで新聞社前の喫茶店でコーヒータイムを満喫して、大分駅に向かう。途中で当たるかも知れない宝くじを買う。駅前市場で夕食を買う。16時過ぎの電車に乗って高城駅へ。17時に帰宅しました。

13、ガス抜きチューブ
 ガス抜きチューブといっても、尿バルーンチューブを使っている。ゴム製で柔らかいから長時間の留置も痛くない。ところが、そのチューブが製造中止になって、新しいチューブを使って見たら、痛い。昼間は耐えられても、夜間は痛くて眠れそうにない。

14、入れ歯の付け外しとカニューレ交換
 入院中のカニューレ交換と比べて今は簡単に早く終わる気がする。秋月先生の段取りとテクニックだろうか。どうかしたら、入れ歯の付け外しよりも簡単に思う時もある。(^^♪

15、お腹の調子
 最近は、浣腸1本と適便で快適な一日の始まりになっています。お粥を普通のご飯に変えて牛乳をヨーグルトに変えて見たり、温かいウーロン茶を飲むようにしたり、黒酢にんにくを飲んだり、身体に良いと思う事を続けています。何が便通を良くしていると言えませんが、下剤を減らした事で、便が適度な硬さになっていると思います。食べ物や飲み物に合わせて、薬のバランスが大切だと思いながら服用しています。

16、樫の木祭りと牧祭り
 10月8日:体育の日。今年の樫の木祭りは、利用者・家族と職員、並びに理事・監事とボランティアの交流やふれあいを主目的に行われました。利用者と職員の唄や家族のオカリナ演奏を堪能しました。サプライズに製作した、日本一大きいかもしれないプリンを全員で食べながら樫の木グループ支援の輪と絆を深め、樫の木20周年に向けても勢いを感じました。
 また、牧祭りも盛大に行われていて、子ども神輿と大人神輿や屋台も出ていました。樫の木の前で、お神輿が舞っているのを見ながら、牧地域の人たちの優しい気持に応えられる樫の木になりたいと思いました。
17、樫の木20周年記念実行委員会
 10月10日:水曜日。 どんぐりの家出張所で開かれる実行委員会は13時からだけど、訪看さんの帰る10時30分に車椅子に移乗させてもらって出掛ける準備と気合を入れる。12時に昼食を食べて、山村さんの介助で出張所に出掛ける。実行委員会では、仲間たちの唄を始め催し物の話が具体的に出されました。会場は、大分市能楽堂です。来年9月開催に向けて着々と進んでいます。

18、プロレス観戦
 10月17日:水曜日。全日本プロレス観戦のため、17時30分、介護タクシーでイベントホールに出発しました。大分を拠点にしているFTOのプロレスは、6年くらい前に樫の木祭りで観戦した事があるけれど、真剣に戦っている半面、笑わせるボランティア的印象が強かった。そして、全日本プロレス観戦の機会に恵まれて一味違うプロレスを楽しみました。負けると分かっているレスラーを応援したくなるのは昔と変わらない。まん丸で大きいレスラーが勝って引き上げる時に、僕の車いすの角を軽く叩いたのには、優しい気持を感じました。
 
19、薬が足りなかった
 10月18日:木曜日。午後9時に眠前薬を口に入れてもらったら、3錠しかなかった。他の包みを見ても3錠しかない。何か一つ抜けている。グッドミンか、ラキソベロンか、ガステールか、良く分からない。訪看に電話したが通じなくて、往診に電話しても対応のしようがないという返事だった。そんな事で良いのかと思った。その直後に訪看から折り返しの電話があって、薬の確認に来てくれました。抜けていたのはガステールと分かったので、朝食の分から抜いて飲みました。もし、グッドミンが抜けていたら、眠れなくて、お腹の神経も静かにならない。万一、グッドミンを2錠飲んだら目が覚めないかも知れないなどの副作用を心配しました。

20、別府の街を懐かしむ旅
 10月22日:月曜日。別府の街といえば、若い頃、印刷会社の仕事が終って、路面電車に乗って北浜まで行っていた事を思い出します。紙面の関係で、続きは、次回78号で(^^♪。

第129回在宅支援会議
  日時 2012年10月24日 水曜日 午後6時から午後7時
  場所 吉田春美 宅
  参加者  (司会)江口、 (記録)安部、原、山田、吉田、中村、脇田、山村、池永、後藤、坂本、安藤、福本、佐藤、
 今晩は、皆さんお集まりになられたようですから、129回目の在宅支援会議を始めたいと思います。今回の司会は、自立支援センター大分の江口が担当します。そして、記録をホームケアクリニックの安部さんにお願いしました。よろしくお願いします。
そして、それでは初めてお会いする方もいると思いますから、皆さんの自己紹介に進みたいと思います。続いて下記の項目に沿って話したいと思います。よろしくお願いします。
      記
1、緊急時の物品確認
2、人工呼吸器と外出の関係
3、歯の状態
  @入れ歯の緩みも無くて調子良く使っています。
4、これまで2ヶ月間の健康状態
 最近は、浣腸1本と適便で快適な一日の始まりになっています。お粥を普通のご飯に変えて牛乳をヨーグルトに変えて見たり、温かいウーロン茶を飲むようにしたり、黒酢にんにくを飲んだり、身体に良いと思う事を続けています。何が便通を良くしていると言えませんが、下剤を減らした事で、便が適度な硬さになっていると思います。食べ物や飲み物に合わせて、薬のバランスも大切だと思いながら服用しています。
9月6日から7日は体調を壊して、夜中に訪看さんの世話になりました。

5、その他の意見や報告と次回の支援会議
はるみ之つぶやきまとめ本の出版
在宅生活10年目突入記念と出版を祝う会
次回の在宅支援会議 12月 日(水)18時~19時
司会  記録 

吉田春美の経歴
1953.08.20 誕生
1969 臼杵市立東中学校卒業 同年4月、大分県身体障害者更生指導所に入所。
1970.04.01 二条印刷就職
1973.04 脳性麻痺の二次的障害の進行始まる。二条印刷を退職後も出来高払いで和文タイプを続ける。(肩が上がらなく、転倒する事が増える)(大分の障害者問題を考える会に入会)
1979.04   入院生活(県立HP、福大HPにて頚椎手術)  3年後に電動車椅子を自費で購入
1984.04   入院生活(健生HP転院)
1985.10  障害者列車ひまわり号参加
1986.03 「共同作業所どんぐりの家」開所、所長就任   健常者(藤井)との共同生活
       北下郡11組の7  介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳
1992.12 事故(トイレで転倒)〓不安    障害者(1種1級)との共同生活
1993.08 「ワークスペース樫の木」開所。理事就任。
1994.08 「生活支援施設」スタート 牧3丁目5番12号
               介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳、起床・就寝
1994.09 福祉電話設置 
     入浴サービス利用開始
     ホームヘルパー派遣開始(週3回夕方2h)  障害者(不特定)との共同生活
     パソコン通信ネットワークへの積極的参加(〜1995.1月まで続く)
1994.11 住宅改造(大分市助成)
1994.12 事故(車椅子肘掛けとコントロールボックスに腕が挟まれる)
     緊急通報システム導入(大分市制度外)
     ショートステイ利用
          介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳、起床・就寝、トイレ
1995.4  ホームヘルパー派遣(毎朝1h・週3回夕方2h) 障害者(1種2級)との共同生活
1996.3  顔面神経マヒで健生HP入院(数日間) 
1996.4  樫の木退所
1996.12 腸閉塞で健生HP入院(10日間)
1997.4 腰に異常(腰痛症と診断)〓リハビリ開始
    ワープロ、パソコン作業ができなくなる。
            介護は入浴と衣類の着脱、食事の配膳、食事、起床・就寝、トイレ
1997.12.09 呼吸困難になり健生HP入院=6年余りの入院生活のはじまり。
1999.10.09 障害者列車ひまわり号参加 福岡ドーム見学。
      原医師、工藤主任、稗田PT、薄田の同行援助。
2004.01.28 在宅復帰(牧3丁目6ー8 樫の木すぐ側)
      (障害者支援費制度による24時間介護、訪問看護など)
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2012/8/20

はるみ之つぶやき76号  

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2012大分県障がいフォーラム会場にて

はじめに
 はるみ之つぶやき76号を発信します。いやー!暑い日が続いています。それでも我が家のエアコンは電源OFFにしています。その代わりに扇風機が活躍しています。パソコンUSB扇風機もけっこう涼しいです。訪看処置の時だけは、蛍光灯の消えた薄暗い台所と居間で4台の扇風機が活躍しているが、普段は2台とUSB扇風機を動かしている。扇風機の熱を冷ますため、他の扇風機と交代に使っている。暑いけれど、外出も良くしています。その方が電気代の節約にもなるし、扇風機たちが“行ってらっしゃい(^^♪”と、言っているようです。

1、浣腸排ガス日記 @=1本。A=2本。B=3本。C=4本。
 6月27日B+適便。28日A+適便。29日B+適便。便が下に降りてなくてなかなか出なかった。30日A+適便。7月1日A+適便。2日A+適便。3日A+適便。4日A+適便。5日A+適便。6日A+適便。7日B+適便。8日☆@+適便。9日☆@+適便。10日A+適便、ガスは出たけれど、便が少ない。15時の訪看で適便をしてもらったら大量の便とガスが出た。11日A+適便。12日@+適便。13日A+適便。14日A+適便。15日@+適便。16日@+適便。17日A+適便。18日@+適便。19日@+適便。20日A+適便。21日@+適便。22日A+適便。便の量が少なかった。夜間の訪看で適便をする。23日@+適便。24日A+適便。25日@+適便。26日A+適便。15時の訪看でも適便をする。27日B+適便。便の量が少ない。15時の訪看で適便をして朝と同じくらいの便が出る。28日B+適便。29日A+適便。30日A+適便。31日A+適便。8月1日A+適便。9時の検温で36度5分。朝にしては高い。寒気もする。昼食は普通に摂る。15時の検温で36度7分だったが、もっとあるような気分。30分後の検温で37度3分。様子を見る事にする。夕食を普通に摂る。じんわりと汗をかく。20時の検温で36度6分。訪看さんに連絡して、着替えと汗拭きやバスタオルの交換及びガス抜きチューブの入れ替えをしてもらう。その時の検温で36度3分。原因は夜中の寝冷えかな。2日@+適便。3日@+適便。4日@+適便。5日A+適便。6日:適便+@(浣腸の前に適便をして大量に廃便。)7日A+適便。8日B+適便。便が出ない。15時にも適便をしたけれど少ししか出ない。夕食後からお腹が苦しくて便が出そうにある。20時30分に訪看さんに来てもらう。浣腸1本と適便をしたら、硬い便と一緒に液状便が納得できるだけ出た。お腹も楽になった。9日@+適便。何時もの2倍出た。(^^♪10日A+適便。11日A+適便。12日A+適便。13日@+適便。14日A+適便。15日@+適便。16日@+適便。17日A+適便。18日A+適便。

2、第127回在宅支援会議
 6月27日:午後6時から127回目の在宅支援会議を11名の参加者で開催しました。
1、 緊急時の物品確認について
@ 救急箱……医療関係品(中身は、リスト表を作成して張る。)
A 緑のリュック……オムツ3種×3枚。タオル・ハンドタオル各4枚。ティッシュ1箱。おしり拭き1個。ごみ袋大1枚。Mチューブセット一式。薬4種(朝、昼、夕、眠前)×3日分=処方薬をその度に入れ替える。手動式吸引器。ゴム手袋5枚。
B 茶色のバッグ……2ℓペットボトル水3本。ストロー3本。
C 赤いバッグ……日常の外出用品一式。※変更のあった時は、チェック表とバッグの中で確認願います。
D 吸引器、バッテリー一式。
2、計画停電の対策について
   @ ソーラーパネルと蓄電池の設置を考える。
    昨日、スオー電工さんへ相談する。⇒専門の方へワット数を聞いてと言われました。
    吸引器MAX37W。呼吸器MAX90W。エアマットMAX7W。
  A 外部バッテリー充電器の取り扱い方法。
   バッテリーをコンセントに挿すと、赤ランプが点灯する。緑ランプが点灯すると80%チャージアップされているはず。5時間以上、両方が点灯するようであれば、再度、コンセントを抜いて、やり直します。緑ランプのみ点灯すると100%チャージです。
   1か月に1回充電する。(非常時に備えて)
   ※接続方法は、コンセント − 中継 − 本体
 3、歯の治療経過と歯磨きや入れ歯の注意事項など
   入れ歯の緩みも少なくて、調子良く噛めている。
 4、これまで2ヶ月間の健康状態について
   Mチューブを入れたのは、1月3日の夜が最後です。今のところスムーズにガスも抜けている様子。浣腸液も2本使用の日が多く、1本の日もある。浣腸と浣腸の間とラストには適便をする。⇒残便を出し切り、粘液を見る為。
   ホームケアクリニックより、7月に採血予定です。
   悪玉菌が減っている事を願いながら……入浴後に採血します。
 5、その他の意見や報告と次回の在宅支援会議について
   次回の在宅支援会議 8月22日(水)18時〜19時
   司会:ホームケアクリニック
   記録:医療生協

3、九州電力の計画停電<`ヘ´>
 AC充電器&インバータ各2個、人感センサーランプ(電池式)5個、AC&USB充電式扇風機1台、ソーラー充電&手回し式ラジオorランプ2個、手動式吸淡器1個、AC充電式吸淡器2台、電池式LEDランプ1個、ソーラー充電人感センサーランプ1個。その他、単1から単4乾電池を確保しています。
 これは、九州電力の計画停電を想定した事だけの対策ではありません。台風や地震、津波、雷など自然災害による停電に直面した時の備えです。この他に飲料水と食料も数日分確保しています。
昨年の夏から今年の冬も電力不足になっていない。今年の冬のある日、大分市内にある火力発電所の配管が凍りついて、発電の緊急停止する初歩的ミスを犯した時も、中国電力からの融通電源によって乗り越えられた。九州電力の電気予報を毎日チェックしているが、使用率90%になった事はあっても、95パーセントになった事はない。その電気予報の数字もある程度の余力を残した数字らしい話も聞く。だから、計画停電の可能性は0に等しく非常に低い事と考える。何とかして地域住民に緊急停電の不安を助長して、原発再稼働に誘い込もうとする魂胆が見えてくる。大地震や竜巻などに限らない想定外の事故で原発が破壊されて、長崎型原爆の材料になったプルトニュームの被爆者になる事を避けるには、原発再稼働を許してはならない。(広島に落とされた原爆は、ウランを材料にしていた。)
 別府市のある企業では、温泉の蒸気を利用した発電に成功して、3年後の実用化を目指している報道を聞きました。地下深くの高温水を利用する地熱発電や太陽光発電に比較して大幅なコストダウンに繋がるようです。
 因みに、九重町には、日本一の地熱発電所があります。大分県内を始め九州各地が火山の密集地である利点を生かした地熱発電の開発を推進して欲しいと思います。
 “八丁原発電所のある九重町は、大分県の中央部にあり、東と南を阿蘇くじゅう国立公園の九重連山、西側を耶馬日田英彦山国定公園の山々に囲まれた、高原と温泉の町です。
 町内には多くの温泉があり、なかでも筋湯温泉は最大の規模を誇っています。
 紅葉の名所として定評のある九酔渓をはじめ竜門の滝、瀬の本高原や牧の戸峠などの観光地も点在しており、四季おりおりの風景が楽しめます。
  八丁原発電所は、わが国最大の地熱発電所で昭和52年6月に1号機が、平成2年6月には、2号機が完成しました。九州では、大岳発電所(出力12,500kW、昭和42年8月完成)についで2番目全国では5番目に完成しました。発電所の運転や計器の監視は、約2キロメートルはなれた大岳発電所から行っています。
発電所の概要
  大岳発電所 八丁原1号機 八丁原2号機
運転開始年 昭和42年8月 昭和52年6月 平成2年6月
出力 12,500kW 55,000kW 55,000kW
”九州電力ホームページより抜粋。

4、“そこで考えた事ですが”について
 はるみ之つぶやき75号で、上臼杵駅に列車乗降用のスロープが用意されていなくて不便に感じて考えた事を書き忘れていました。そこで考えた事とは、運転席にスロープを配置して置けば、駅員が居る駅なら利用出来ると思いました。ところが、大分県立図書館に行きたくて、西大分駅に車いす対応のお伺いをしたら、貨物列車の出入りがあるため、駅構内の線路を渡ってホームに行くのは危険で対応出来ない。数人で車椅子を抱えて階段を使うしかないが、駅員が一人だから、対応は出来ないという事でした。スロープだけでは解決しない事を実感しました。

5、樫の木訪問と散歩
 7月6日:金曜日。12時に後藤さんの介助で樫の木へ出掛ける。暫く待って脇田さんの介助で昼食を摂る。大好きなカツカレーだったから残さず食べてしまった。その後、みらい信金に行ってお金を下ろそうとしたら、通帳と印鑑がバッグに入ってなかった。以前の保管場所にヘルパーさんが入れていたのを思い出したところで、次の目的、インターネットショッピング代金の振り込みに高城駅前のコンビニまで行きました。そして、線路沿いに我が家まで帰って、通帳と印鑑を持って再び、みらい信金に向けた散歩を開始しました。途中で脇田さんから何度も声掛けを貰ったが、カツカレーを食べた満腹感の苦しさを気にしながら舌打ちを返すだけでした。

6、樫の木訪問と5億円の夢
 7月9日:月曜日。10時30分に朝の便処置が終って外出の着替えをした所へ後藤さんが来て車椅子へ乗せてくれました。11時にヘルパーさんの引き継ぎをして、中村さんの介助でドラッグイレブンに行きました。先ずは必需品の沖縄黒糖黒飴を2袋膝に乗せる。ふと目に入った玄関に掛ける虫取り器も買った。次に、みらい信金に行って通帳の記帳をする。今日は、通帳を忘れなかった。12時30分、樫の木に帰還して昼食を食べる。13時過ぎ、スオー電工に行って、停電対策充電器の購入確認をする。15時の訪看まで時間があるので、5億円の夢を買う為にイオン高城店に行くのでした。帰り道は6日と同じでしたが、昼食の好まない物を残した事もあって、苦しい腹満が無かったから、中村さんの問いかけに気楽に応えられました。途中で高橋製菓の美味しい煎餅を買って樫の木に帰って来ました。

7、看護学生の訪問看護実習
 今年も恒例の訪問看護実習を歓迎しました。何時もなら、つる訪看さんから一つの看護学校の学生が2,3人実習に来るのですが、今回は、もう1校増えました。更に、メイプル訪看さんからも大分市内の看護学校の学生が3人くらい実習に来ましたから、約1ヵ月間は、とっても賑やかでした。血圧や体温、サチュレーションの測定をしてもらいますが、脈拍を探すのに疾駆八苦している様子でした。そして、在宅で人工呼吸器を付けていて、パソコンを操作する場面も見てもらいました。

8、土砂降りのドライブ
 7月13日:金曜日11時。13日の金曜日に出歩くのも何か良くない事が起きない事を願いつつ最初の目的地の“独楽喫茶:風じん雷じん”へ向けて介護タクシーで出発しました。こんな土砂降りの中をドライブしたのは初めてでした。田んぼの中の喫茶店に到着して一安心しました。お客さんは来ていないだろうと思って中に入ったら、5,6人のお客さんが昼食でくつろいでいました。店主ママのさりげない応対が落ち着ける雰囲気を感じます。思い掛けなく初対面の全障研会員の女性から声をかけられました。全障研の集まりには全くご無沙汰している僕ですが、僕の話題もするらしく、忘れられてない事に嬉しくなりました。今日の目的の一つは、5月6日に家族に見とられてあっちの世界へ旅立ちをした看板犬クロ君のお墓参りでした。あいにくの土砂降りで、お墓に行けなくて残念でした。タクシーの中から、お墓に向かって、また来るよと言いました。次に、天気が良くて歩いたら20分くらいの所の新生支援学校を見学させてもらいました。僕からの連絡不行き届きで迷惑をかけてしまいましたが、教頭先生の温かい配慮で、友人の看護師さんと一緒に高等部の教室を案内してもらいました。先生も生徒も明るく元気に挨拶をしてくれて、とっても楽しかった一方で、教室が足りなくて、いろんな工夫をしている事や卒業後の進路開拓に思いを傾けているお話を聴けました。本当に貴重な良い勉強をさせてもらいました。ありがとうございました。

9、トキハで夕食
 7月14日:土曜日16時。最近、電車に乗る楽しみが増えました。脇田さんの介助で高城駅に行って、入り口のボタンを押すと直ぐに駅員さんが来てくれて、駅構内の線路を安全に横切ってホームまで案内してくれます。大分駅に行く事を伝えると直ぐに大分駅に到着列車の時間と車いす対応の連絡をしてくれます。大分駅から帰る時も高城駅に連絡をして、駅員さんがスロープを持って待ち受けています。大分駅で大平さんと中村さんに合流して、大平さんの買物に便乗して、トキハ本店に向かいました。トキハ1階で買う予定も無い宝石を見て回る女性心理は分からないが、早く通り抜けたい気分でした。エレベータで降りた所は5階だったような、その階の食堂で食べた海老フライ付きのオムライスは美味しかったけれど、大きく見えた海老フライの噛み口をじっくり眺めて感心する楽しい夕食でした。

10、2012大分県障がいフォーラム
 7月22日:日曜日。11時にヘルパーの三代君が来るのを待って外出の準備を始めました。軽い昼食を食べて、13時30分から開催される2012大分県障がいフォーラムに参加する為、12時30分に介護タクシーに乗って社会福祉センターへ出発しました。会場は満席で皆さん真剣な顔をしていました。障害者自立支援法を少し突いただけの根本的法改正になっていない障害者総合支援法の不備や問題点を学び、現場の声を活かした活動と真の法改正に向けた熱気を感じる集会でした。

11、夕食後に便が出る
 7月22日:日曜日。朝の便が少なくて不安だったものの、15時過ぎに外出から帰って大量のガスが出たから安心していた所が、訪看さんが帰った後から肛門に便が出そうな違和感がありました。そして、夕食後の7時過ぎに便が出たため、訪看さんに来てもらって、適便をしてもらいました。昨日の昼食から麺類を続けたための消化不良と思います。

12、梅雨明けの街を散歩
 7月23日:月曜日11時。佐藤さんチーム3人が我が家に到着しました。吉田チームと佐藤チームの5人は、先ずは、美味しい昼食を求めて牧町から萩原周辺をさ迷った結果、ジョイフルに落ち着きました。昼食が終って、お日様に照りつけられてイオン高城店へ向けた散策を始める。イオン2階のゲームコーナーで雑談をしながら、ゆっくりした時間を楽しむのでした。16時30分になって高城駅へ向けた一歩を開始する。最終目的地の妙心寺に行く為に電車に乗って鶴崎駅で下車する。駅員が出口まで親切に案内してくれて嬉しかったです。ちょっと時間があるので、岡病院の待合室でお茶休憩させてもらいました。ありがとうございました。m(__)m。そして、妙心寺に行くのに立ち寄らない事はあり得ない“共同作業所ゆず”で1年ぶりの再会をしました。ゆず特製のたこ焼きを夕食にしました。加藤清正公由来の妙心寺で、美味しい豆茶を頂きました。これから、鶴崎23夜祭が始まって楽しくなるのだが、時間が無い。佐藤さんチームとお別れして早速、鶴崎駅から電車に乗って高城駅で下車して、暗くなった線路沿いの道を歩くのでした。19時45分、我が家に帰宅しました。
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13、血液検査結果
 7月24日:火曜日。血液の定期検査結果を往診で聞く。コレステロール悪玉菌も正常値になっていた。薬の効果らしいが、そういう秋月先生も同じ薬を飲んでいる話を聞くと、より一層安心出来るのでした。前立腺も正常数値だった。気にする程ではないが、肝機能の何とかいう数値がやや高いと聞いたけれど、半年後の検査が楽しくなりました。

14、樫の木20周年記念実行委員会
 7月30日:月曜日。朝の便処置が終って外出の体裁を整えて車椅子に移乗させてもらう。13時から開かれる樫の木20周年記念実行委員会に出席する為です。中村さんから山村さんへ11時の引き継ぎを車椅子の上で聞くのも悪くない。洗濯物干しや外出グッズを手慣れた様子で揃えている山村さんを見ながら、レスピの不具合が発生した時の連絡指示を頭の中でフル回転させていました。前置きで終わりそうでした。本題に移ります。20周年記念の会場と期日について、牧地域の人たちが行きやすい場所と地域の行事と重ならない最善の日を検討しました。その他、記念行事についても、樫の木グループ利用者の主体性を生かしたいと言う女性パワーに圧倒される楽しい会でした。ふと見回したら、男は僕一人だった。そして、15時前に帰宅して訪看さんを待ちました。ベッドへの移乗は山村さんにしてもらって、レスピの移動を訪看の山田さんにしてもらいましたが、その時にレスピ回路が抜け落ちそうになっている事も分かりました。

15、ゆうあい訪問歯科の往診
 7月31日:火曜日。入れ歯の緩みも気になる程でもなくて、他に困る事も無かったから、13時に往診が来る事を忘れていました。ごめんなさいm(__)m

16、散髪ボランティア
 8月3日:金曜日。お風呂の前に散髪をしてもらえるのは気持ち良いです。夏の散髪も寒くなくて大好きです。10時からのお風呂で頭を洗ってもらうのが楽しみです。

17、七夕まつり“祭りda OBS”
 8月4日:土曜日16時。ヘルパーの三代君にお姫様抱っこしてもらって車椅子へ移乗しました。7月22日に介護タクシーの生野さんが抱えるのを見てもらっていたから安心でした。高城駅から大分駅まで脇田さんの介助で電車に乗って七夕会場に向かう。浴衣姿の若者が多かった。七夕飾りを見たのは20年ぶりかも。遠い昔の記憶になった。七夕の中に森島さんの娘さんの習字を発見した。どの七夕飾りよりも見応えがあった。若草公園の“祭りda OBS” では、九州各県ご当地キャンペーンガールの宣伝を聞いたり、キャラクターぬいぐるみのパフォーマンスやOBS男性アナウンサーの激辛カレー早食い競争を観戦しました。中津唐揚げも食うちみたけんど、大した事ねえ。どっちかちゅうたら、大分鶏天の方が口に合う。そんげこんげしち、20時30分に帰宅して、訪看の楠本さんと脇田さんの二人で、ベッドに移してもらいました。初めてにしては、上手く行ったと思った。
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18、けんせいホームケアクリニック往診
 8月6日:月曜日11時35分。玄関に数人の気配と声がしたけれど、誰が来たのか分からなかった。来客予定も記憶になかった。排便処置もスッキリ終わって、人心地ついて、早めのパソコン態勢を整えていた所へ、秋月先生御一行の挨拶を受けて、ようやく思い出しました。お盆休みの関係で往診予定が今日になっていた事を忘れていました。血液検査結果もまあまあ良かったから、聞く事も無くて慌ててパソコンを止めました。ごめんなさいm(__)m

19、新日鉄の手前まで散歩
7月11日:土曜日15時30分に車椅子へ移乗させてもらいました。今回は、ベッドと車いすを平行にならべて、ヘルパーの江口さんと訪看の坂本さんの二人で背中のバスタオルを持ち上げて横移動で車椅子に移乗を試みて容易に成功しました。16時の引き継ぎが終ってから、脇田さんの介助で近くに出来たコンビニで買い物とネット通販の入金。その後、東部公民館⇒近くの公園で遊ぶ女の子たちと挨拶を交わす。⇒大平さんのアパートまで何歩か散歩する。⇒中村さんが自転車で到着。⇒4人揃って新日鉄方向へ歩行開始する。僕は乗っていると言う人は?⇒日岡公園で休憩。⇒40m道路を渡る。横断歩道信号が短い。⇒社会福祉会館方向に散歩する。⇒新日鉄前から横断歩道を渡って大平さんと中村さんは左方向に帰る。僕と脇田さんは真っすぐ我が家に向かわない。⇒ぶらぶら歩いてコンビニに寄り道していたら、中村さんが来てくれた。⇒中村さんも我が家に来て、お姫様抱っこでベッドに移乗させてくれました。20時40分に帰宅する。
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2012/6/30

はるみ之つぶやき75号  

はじめに
 はるみ之つぶやき75号を発信します。前回の支援会議以降、体調の悪化で訪看さんを緊急に呼ぶ事はなくて、浣腸も2本の日が長らく続いたので、浣腸日記を止めようかなと思っていた矢先の夕食後に大量の便が噴き出して、訪看さんのお世話になる事が数日ありました。その後、整腸剤のセンナリドを3錠から1錠に減らした結果、夕食後に便が噴き出す事はなくなりました。外出も10数回の楽しい生活をしています。

1、浣腸排ガス日記 A=2本。B=3本。C=4本。
 4月17日A。18日A。外出の帰りにガスと便が出る。19日A。20日A+適便。21日B+適便。22日A+適便。23日A+適便。24日A。25日A+適便。26日A+適便。27日B+適便。ちょっと出にくかった。28日A+適便。29日A+適便。30日B+適便。5月1日A+適便。2日A+適便。3日A+適便。4日B+適便。5日A。6日A+適便。7日A+適便。8日A+適便。9日B+適便。10日B+適便。浣腸では出なくて、適便をして液状便が大量に出る。11日A+適便。12日B+適便。13日A+適便。14日A+適便。15日A+適便。16日A+適便。17日B+適便。18日A+適便。19日A+適便。20日A+適便。21日A+適便。22日A+適便。23日A+適便。24日A+適便。25日A+適便。26日A+適便。27日A+適便。28日A+適便。夕食後から大量の便が出て、訪看さんに緊急連絡する。適便と便処置をしてもらう。29日A+適便。30日A+適便。31日A+適便。6月1日A+適便。夕食後から大量の便が出て、訪看さんに緊急連絡する。適便と便処置をしてもらう。2日A+適便。夕食後にガスが出た後に便が少し出る。寝る前に大量のガスと大量の便が出る。脇田さんに便処置をしてもらいました。3日B+適便。夕食後の薬の赤い薬を3粒から1粒に減らす。4日B+適便。5日A+適便。15時の訪看で適便をする。6日B+適便。7日B。8日B+適便。9日A+適便。15時の訪看で適便をしてもらう。10日B+適便。11日B+適便。12日A+適便。13日B+適便。14日B+適便。15日A+適便。16日B+適便。17日B+適便。18日A+適便。19日B+適便。20日B+適便。21日A+適便。22日B+適便。23日A+適便。24日B+適便。23時に便が出て大谷さんに便処置をしてもらいました。25日A+適便。26日A+適便。

2、第126回在宅支援会議
 4月18日13名の参加者で在宅支援会議を開催しました。最初にベッドから車椅子へ力持ちの山村さんに抱えられて移る様子を見てもらいました。人工呼吸器も車椅子へ移しました。普段の外出では、体重50kgの僕を一人で抱えられるヘルパーさんと人工呼吸器を移す訪看さんや脇田さんで対応している事を思うと、緊急時も二人の介助が無ければ避難は難しいという意見や、僕を引きずって外に出して、人工呼吸器が駄目なら、アンビューをして助けを待つ事もあると言った意見もありました。次に避難経路の確認で、隣のブロックにスロープを付けたら早く避難場所に行けると思いましたが、駐車場の車と自販機で通り抜けられない残念な報告がありました。続いて、2ヶ月間の健康チェックと投薬の変更を話し合いました。

3、おおいた人と緑ふれあい市
 4月18日11時から、平和市民公園で開かれている“おおいた人と緑ふれあい市”に出掛けました。庭園や植木、鉢植えだけかと思っていたら、仏壇とお墓も展示されていました。そして、過去、現在は抜きにして(^^♪若妻の会の人たちが作っている饅頭と、やせうまを買って食べました。母の味を感じた美味しさでした。ついでに、武漢の森を散歩して、美味しそうな竹の子を撮って来ました。

4、ちょっとしたこと
 はるみ之つぶやきを2か月に1回発行しています。2か月前から書いていれば良いと思うのに何時も支援会議の10日くらい前から思い出しながら書いている。その時に書いたら楽なのに、ちょっとした事が出来ない。そこで今、はるみ之つぶやき1号から74号までを一つにまとめています。大変な作業です。280ページを超える大作になりそうです。

5、おめざフェア
 4月28日11時からトキハ本店で催されている“おめざフェア”に出掛けました。インターネット通販で購入した事のある商品も幾つかありましたが、そこは、すっと通り抜けて、試食をして美味かったジャコカツを買いました。そして、お馴染の喫茶DENさんで遅い昼食を食べて帰宅しました。

6、天気予報が外れる<`ヘ´>
5月2日。昨夜の天気予報では雨が止んで曇りになるはずだったが、雨の止む気配がしない。晴れ男の念力も及ばず、楽しみにしていた西寒田神社ふじ祭に行くのは諦めて、パークプレイスに行って遊びました。8年前に樫の木の行事でパスタ料理を食べに行った事があったが、あの時はパークの中を全く見学出来なかったけれど、今回は、11時30分ごろか15時30分まで、のんびりウインドショッピングを楽しめました。そして、回転寿司を懐かしく食べました。

7、手動式吸引器とサチュレーションを購入
 5月3日。緊急避難や電源が確保出来なくなった時の必需品の一つ、手動式吸引器を購入しました。電動に比較したら吸引力は弱いけれど、引けない事も無いです。そして、話に聞いていた高額な携帯サチュレーションを安価で購入しました。

8、人工呼吸器も忘れて処置に熱中<`ヘ´>
 朝の浣腸や便処置、身体拭きなどをする時、人工呼吸器を付けるのも忘れて、次々に作業を進める訪看さんが居ます。ふるーい慣れた訪看さんの時は、もうちょっと待って互いに笑える余裕がある。でも、新しい訪看さんが忘れている時は、直ぐに“キカイ、キカイ”という。訪看さんは慌てて人工呼吸器を付ける。

10、お墓参り
 5月5日。夕方4時から樫の木のリフトワゴン車を借りて、城さんの運転で、脇田さんと僕の3人は実家の墓参りに帰りました。

11、扇風機作動
 5月9日。昼前から部屋の温度が30度に達した。湿度は40%で汗をかく程でもないが、昨年購入した新品の扇風機を設置する。今年の夏も扇風機で乗り越えたい。

12、人工呼吸器の定期交換
 5月10日11時30分頃だったような?記録していなかった。秋月先生の往診に合わせてメディック呼吸器センターの福本さんが人工呼吸器の定期交換に来てくれました。僕の胸を膨らませてくれる相棒として在宅生活と楽しい外出に活躍しているレジェンドエアー人工呼吸器です。

13、便が残っていた
 5月11日。朝の浣腸ですっきり出たと思っていたが、昼食後から腹が張って来た。ガスが出ないからチューブが詰まっていると思う。チューブの横から液状便が出たから確実に詰まっている。15時の訪看でチューブを抜いてもらった途端に大量のガスと便が出た。念のために適便をしてもらった。

14、レスピのアームフック
 5月12日11時。10日の人工呼吸器交換時にアームフックを注文して、早速送ってもらいました。ヘルパーさんに交換してもらったけれど、蛇腹が固定できません。良く確かめたら、アーム本体のネジが摩耗していました。そこで、福本さんに電話をして事情を話しました。2日後にアーム本体を送ってもらって、蛇腹をしっかりと固定できました。ありがとうございました。

15、母の命日
 5月12日は、母の命日です。因みに、父の命日は1月11日です。来年の1月は帰ろう。

16、歯の定期往診
 5月15日12時50分。玄関チャイムが鳴っても、誰が来たのか分からなかった。玄関を上がる時の声で、歯医者さんご一行と分かった。新しい入れ歯が緩んだから古い入れ歯に入れ替えて不自由していなかったから、歯の定期往診を忘れていました。

17、樫の木評議員会と理事会
 5月17日。昼は評議員会、夜は理事会が樫の木で開催されて出席しました。昼も夜も僕の外出支援は初めてのヘルパーさんだったので、とても良い経験になりました。

18、星野富弘“花の詩画展”
 5月18日12時からトキハ本店に介護タクシーで出発しました。18年前の星野富弘展には電動車いすで観て回りました。見覚えのある絵と詩を懐かしく見ました。絵も詩もその時々の気持ちを感じられて良かったです。

19、フンドーキン工場見学と街中散策 
 5月21日11時45分、高城駅発の電車に乗って臼杵駅に出発しました。3月も別府駅まで電車で小旅行をした時と同じ佐藤美穂さんとヘルパーの下川さんと中村さん。そして、僕とヘルパーの脇田さんのグループ旅行です。目的は、フンドーキンの工場見学でした。期待していた醤油工場は、臼杵石仏近くの山の中にあるので、行く方法も時間的にも難しく、あきらめて、海の近くの臼杵川沿いの味噌工場を見学しました。製造ラインには階段があって行けませんでしたが、機械オートメンション化された配送工程を見学しました。そして、フンドーキンで営業をしている小学校の同級生で友人の仲松さんに案内してもらって、川向の小手川酒造を思い掛けなく見学出来ました。ひな祭りでも行った事のある二王座の公共施設“サーラ・デ・うすき”で人工呼吸器内蔵バッテリー充電の電源を借りて休憩しました。帰りの電車は、臼杵駅の1番ホームに停車しない為に階段を渡って2番ホームに行かなければなりません。仕方なく、上臼杵駅から乗ったのですが、車椅子乗降用の鉄板が駅に無くて不便を感じました。幸いに親切な駅長さんと通り掛かりの臼杵商業男子高校生の優しい気持に助けられて、無事に乗車できました。ありがとうございました。

20、樫の木ふれあいバザー
 6月2日11時にバザー会場のイオン高城店の駐車場に向けて雨が今にも落ちて来そうな雲が立ち込める中を線路沿いの道を進みました。あと一歩のところで小雨が降って来ました。今年のバザーも雨になりました。イオン店内とバザー会場を数回往復して雨を凌いだ昨年と同じ行動になりました。今年は、東北地方大震災被害者支援の取り組みとして、被災地の仲間たちが作った缶バッジとロジップコーヒーと芋かりん糖を販売していましたから買いました。磁石の缶バッジは我が家で重宝するので6個買いました。雨が止みそうな小降りになった14時20分頃、我が家へ向けた歩みを開始しました。

21、ケアハウス高松
 6月2日15時の訪看さんのガス抜き処置が終って再び江口さんから車椅子に乗せてもらいました。次は、脇田さんと一緒にケアハウス高松の見学に出発しました。到着寸前に小雨が降って来ました。そこに中村さんと大平さんが待っていてくれて、一緒に見学しました。工藤看護師と衛藤看護師に会う事が出来て懐かしい話をしました。そして、昔お世話になった補助看さんの案内で見学しました。帰りも怪しい雲行きの中をマルショクの手前で雨が落ちて来ました。雨が止むのを待つようにマルショクで夕食の買い物をしました。小雨の中を帰っていたら、線路の近くで待っていた中村さんの娘さんが傘を差してくれて嬉しかったです。ありがとうございました。

22、悠愛訪問歯科
 6月12日12時40分に訪問歯科の何時もの皆さんが到着しました。1ヶ月経っても入れ歯の緩みが殆どないという事は、入れ歯の出し入れでヘルパーさん達が上手くなったからと思います。口腔ケアと虫歯の有無や治療痕のチェックをしてもらいました。

23、フレンドスクエア
 6月13日11時にフレンドスクエア(デイサービス)の見学に出発。途中、ジョイフルで昼食を食べる。約束の13時15分よりも早く到着したけれど、快く迎え入れてくれて楽しい見学が出来ました。パソコンで新聞づくりをしている所とボウル遊びやビーズの組み立てなどを見学させてもらいました。若いスタッフが多くて、マンツーマンに思える対応をしている事に魅力を感じました。

24、有料老人ホームグランドホーム古国府
 6月22日12時30分出発。見学ではありません。看護主任の高山さんに会う為です。軽い昼食を食べている所へお馴染の福祉介護タクシーが来ました。少し待ってもらって、脇田さんの介助で出発しました。1時前に到着しました。高山さんには約6年前まで、とっても親切な介護をしてもらいました。2時前まで楽しい話が出来ました。そして、近くにある二条印刷まで歩いて行きました。そこでまた、40年前に働いていた頃の思い出話をしました。

25、雨の街中散策
 6月25日。天気予報では昼から曇りになることを信じて、吉田、佐藤、中村、山村、脇田の5人は、小雨の中を高城駅に向けて歩きました。目的は県庁最上階のレストランで食事をする事でした。しかし、大分駅に着いた時は、小雨が強くなっていて、県庁行きは諦めました。それでも、中央町商店街から竹町商店街を散歩して、何とか云うアーケード内の魚料理屋で海鮮丼を完食した佐藤さんのパワーに圧倒されながら、雨の街大分から高城駅と牧3丁目の我が家を往復するぶっつけ本番コースを無事に生還しました。皆さん本当にお疲れ様でした。
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