2006/8/31

はるみ之つぶやき22号  はるみのつぶやき

はじめに
 暦の上では処暑も過ぎて秋の気配を感じる頃ですが、昼間の温度計は30度を越える相変わらずの暑さが続いています。そこで、今回のはるみ之つぶやきは、暑さしのぎの思いも重なって、つぶやいていたら、長文になってしまいました。先ずは、障害者自立支援からです。
 大分市は、障害者自立支援法施行に伴う障害福祉サービスの利用者負担の独自軽減策を今年10月から導入することを決定しました。独自策は県内の市町村で初めてです。(別府市も同様の軽減策を検討中。)全国的には低所得者などに限定した軽減措置を設けている自治体はありますが、大分市は自己負担のない生活保護世帯を除く全部の在宅・通所サービス利用者を対象にしています。大分市は低所得者の負担上限を国基準の二分の一に軽減。一般世帯(市町村民税課税世帯)は年収に応じて三階層に分け、それぞれ上限額を設定し、国基準との差額を市が補助します。通所施設利用の一般世帯についても国基準との差額を市が補助します。そして、通所施設利用の一般世帯対象者が負担している食費代の人件費分(四百二十円)の九割も補助します。軽減対象者は在宅または通所施設の利用者約千三百五十人です。
 以上、大分合同新聞の記事を引用しました。国の悪い制度を補う対策として、大分市の軽減策は、大分市に住む障害者と家族にとっては朗報であり、大分市や別府市に続いて、県内全域に広がって欲しい思いです。
 又、授産施設の利用料が工賃を上回る現状の中で、障害者は働く意欲が薄らいでいます。そこで、大分県は、働く意欲向上の報奨金として、日額350円(市町村負担2分の1)を予算計上しました。大分県や大分市、別府市の障害者支援策は、大分に住んでいて良かったと、少しだけ、全国的に誇りたい気持にもなりますが、殆んどの自治体予算が厳しい中では、やっぱり、国の制度を良くするしかないと思います。
でも、社会保障目的として消費税を10%にするとか、まだ先の話とかいう一部国会議員の議論を聞くと、国民の健康を守る制度として1961年に誕生した“国民皆保険制度”を思いました。その頃、働いていた僕の母は、初診料の100円だけでしたが、子供の僕は、初診料の100円以外に薬代を数百円払ったような、そして、初診料はサービスしてもらった時もあります。国民皆保険の最終目的は、扶養家族も含めた100%支給でした。ところが、1983年の老人保健法の施行、そして翌84年の健保本人への1割負担が導入され、保険料負担は年々増えています。これからは、日常生活全て“国民生活皆1割負担”になるのでしょうか。年金生活者も生活保護者も無関係に。そして、1割が2割に。

もう一つの自立支援
 障害者が自立した生活をするためには、ある程度、余裕のある生活費が必要です。そして、何よりも住宅が必要です。県営、市営の障害者住宅に入居できる確率は低く、民間の住宅では、当初の入居内諾があっても、契約になると、入居を拒否されるケースが多くあります。主な理由は、保守管理や安全面の心配を出してきます。しかし、自立をしようとする障害者は、自分から火事や転倒事故などを起こさないように格別の注意をしているのです。その為に、手すりを付けたり、段差を解消することが問題になります。住宅改造資金の柔軟な運用と共に、民間住宅での生活がもっと容易になる為にも、県、市の支援策の拡充や啓蒙対策が望まれています。

簡単に思えて難しい
 尿バルーンの接続が抜けているのに気付いたのは、21時前だった。シーツもシャツもびっしょり。一人のヘルパーさんでは、どうしようもない。22時に交代のヘルパーさんを待って二人で対処するにしても、こんな経験は無い。思わず事故を予想してしまった。直ぐに訪看さんに連絡してもらうと、10分くらいで来てくれた。体交やレスピを付けたり外したり、吸痰もしながら、シーツ交換や着替え等をヘルパーさんと一緒にてきぱきと10分余りで手際良くしてくれた。やっぱり、訪看さんは頼りになる。この様なトラブルにも独自に対応出来るヘルパーさんも居ると思うけれど、レスピの事を考えただけでも、ヒヤリハットを少なくする為、これからも一先ず訪看さんに頼ると思います。但し、先日の停電対策やPCの取り扱いなど、ヘルパーさんの方が理解している事も多くあるし、ガーゼ交換やカフエアー交換は医療行為になるが、それくらいは…と思う時もあった。
それにしても、27日夜の雷雨には、ヒヤリ、ハットさせられた。

浣腸日記
 3本の日=7月12日、13日、18日、24日(※1)
8月1日、6日、21日、23日、28日
※ 3本目は腹満解消の為だったが何にも出ない。腹部マッサージをしてもガスも便汁も出ない。代わりにゲップと胃液が出る。ティッシュペーパーが減ったけれど胃の腹満も減った。下からでも上からでも出ると楽になる。そして、涙も出る。
◎7月12日の支援会議から約1ヵ月半、浣腸3本が9日でした。毎日の浣腸3本で、4本の時もあった頃に比べたら、経費の大幅削減です。そして、訪看さんの滞在時間がオーバーすることも殆んど無くなりました。これも、汗をかきかきの岩盤浴効果と思います。これに浣腸1本を期待するのは、岩盤欲?

体調不良日記
7月21日の往診でカニューレを新製品に替える。新しいものを受け入れる時は、それなりの勇気がいる。古くても、長年身体に馴染んでいる物を取り替える訳を知りたい。以前もメーカーが製造を中止したことで変更になったが…。それにしても違和感がある。息が苦しくなった訳ではないが、レスピとの接続や吸痰をするのに、前の方が良かったとも、チラホラ聞く。サイドチューブが長過ぎる等の不評もあるが、何か良くなったとは聞かない。カニューレの問題ではないが、もともと身体に無かった異物を受け入れるのだから、それなりの時も要する。異物に馴染むしかない。

偲ぶ会
 小手川さんの偲ぶ会でお会いした時は、元気な姿を見せてくれた森末隆さん。その森末さんを偲ぶ会に行くことになりました。2ヶ月も経たない内に続けて二人の偲ぶ会になりました。樫の木創設から現在に至るまで、小手川さんと森末さんの果たして来た役割は、とても大きい。小手川さんが側面から的確な意見を発するとしたら、森末さんは施設長として内面から、職員には妥協せず、常に向上心を追求していました。利用者にはやさしく、小さな努力も大きな成果に繋げてくれました。それは、一人だけの力ではない、利用者全員の努力という思いを大切にしていました。その思いは、樫の木の玄関ホールに飾った自筆の“樫の木に想う”で、今も生かされています。個人的には、文章の作り方の基本“起承転結”を教わったことや、旅館のカラオケで奇しくもお互いの18番としてフランク永井のヒット曲“おまえに”を唄ったことなどを懐かしく思い出しました。

息苦しい
 濡れタオルを顔にかぶせて、苦しくないですか?と聞かれる。レスピから空気が正常に送られる限り、24時間、365日苦しくない。と、思ったら大間違い。小腸にガスが溜まっているうちは良いが、胃袋に拡がってくると、苦しくなる。濡れタオルで遊ぶ余裕も無くなり、レスピの空気も疑わしくなる

遊び心のバリアフリー
 段差を無くしたり、オープンスペースにする事が代表的なバリアフリー。それだけなら、我が家ではヘルパーさんや来訪者に便利であるが、何か物足りない。そこで、廊下に鏡を付けたり、らんまを棚に変えたり、思い掛けない事をする。押入れにダーツを付けても僕には出来ない。でも、来訪者の10人に一人でも遊び心を出してもらえたら、一瞬の時間的なバリアフリーを見る思いになれる。アサガオに水をやっている様子も楽しい空間。口には出さないけれど、きっと無駄に思われる物も沢山あるだろう。無駄なことが出来るのもバリアフリー人生。でも、病気になったことや失恋の数々など、何一つ無駄になっていない。

思いも寄らない入院
 つぶやき21号の編集後記でも、入院したくない気持を書いているが、もし、自宅での尿検査で膀胱炎が判っていたら、入院しなくて済んだと思う。でも、病院の診察室から我が家は遠かった。99.999%通用しないと分かっていたけれど、“入院したくない!”と、駄々をこねて、困らせるつもりだったが、一向に困った様子を感じなかった。残念! でも、在宅生活を続ける上で、今回の抵抗は決して無駄ではないと思った。
 ついでに一言。入院したら、吸引カテーテルを毎日交換するのに自宅になると1週間に1本の交換になる。訪問看護の点数が低いのか? 入院はやっぱり点数が高いのか? もしもそうなら、我が身にしたら点数を逆点して欲しい思いになる。入院して良い事もあるが、又の機会に書くかな。

編集後記
 何度か激しいにわか雨を繰り返しながら、夏が過ぎようとしています。この文章の多さは吉田さんのひと夏を物語っているのかも知れません。福祉関係者はこの10月から新事業への移行を迫られているところです。ここに及んで尚、情報が十分でないのもあって、まさに混乱、混沌の毎日です。でも、この波を乗り越えるだけのパワーが必要な時でもあります。この障害者自立支援法でそのままケアマネージメントをすると障害者は死んでしまいますよと、必要なのは、もっと広い意味でのケアマネージメントですと、某大学の先生は憂いてました。私たちの吉田さんに対する支援こそが、本来のケアマネージメントなのです。そういう意味で、私たちは大きな財産を持っているわけです。一緒に乗り越えて行きましょうね。

追伸、県立図書館から吉田さんの本の寄贈依頼がありました。
早速、来週にでも5冊、届ける予定です。
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2006/7/15

はるみ之つぶやき21号  はるみのつぶやき

はじめに
 昨日も今日も、毎日、毎日、淋しい悲しい事件が続いています。僕が子供の頃に記憶している凶悪事件は、身代金要求誘拐殺人の“よしのぶちゃん事件”と“連続女性誘拐殺人事件”です。この事件だけでも日本中、隣近所で緊張と怒りの渦になっていました。幼児虐待事件の記憶はありません。たまに継子いじめがあっても、隣近所の人達がかばってくれました。そこからも命の尊さを教えられました。今と昔、命の尊さも教え方も違わない筈です。お金、名誉、学歴? 昔も隣近所の噂になっていました。今はお金の桁が違う。3億円の保釈金を右から左に払える人がいるかと思えば、障害者施設の利用料の2万円を払えない人もいる。大分県内では、150人が施設を退所したり、利用回数を減らしている。こんな事から、昔と違うのは生活の格差が広がった事だと思う。そこにも人間本来の愛や命の尊厳が忘れられるのかなと思ったりもする。

浣腸日記
目指せ! ワールドカップ決勝進出。ジーコジャパンに奇跡は起きなかった。4年前は、病院のベッドから応援した。4年後も牧3丁目の我が家から応援したい。その為にも先ずは、目指せ!浣腸2本! 更に1本を目標に1ヶ月、2ヶ月、3年、4年となったら、僕には大きな奇跡が起きるかも。
3本の日=5月29日、31日、6月3日、19日、25日、7月6日
4本の日=6月21日、
6月9日より、眠前のラキソベロンを2錠から1錠に減らす。15日朝の浣腸後も腹満があるので昼食後にラキソベロンを1錠飲む。21日からラキソベロンを2錠に戻す。
※ ラキソベロンを減らすのに今回は失敗した。再チャレンジ!
※ 26日19時ごろ、浣腸1本。

体調不良日記
6月12日の夕方から、Q痰の回数が増える。夕食のうなぎが美味しくない。無理して喰った。13日の朝まで30分に1回のQ痰、カニューレの奥(気管分岐部あたり)が痛い、舌打ちをしにくい、腹満激しい。
13日9時、検温37.3℃。それでも入浴する、食欲なし、ビスケット数枚と水分摂取、パソコンを開く気力無し。21時、検温38.4℃。解熱剤を飲む、翌朝まで数回の吸痰のみで良く寝た。
14日9時、検温37℃。まだ気分良く笑えない、これが僕の風邪かもしれない。15時、検温36.7℃。夕食に鱶鰭雑炊。20時、検温37.2℃。ヘルパーも検温37.5℃。二人で笑った? 23時、検温37℃
15日9時、検温36.9℃。浣腸の後にガスがでない、気分不調。11時30分前後にガスが出る、気分やや改善。昼食は、おかずのみ摂取、ラキソベロン1錠飲む。14時にコーヒー摂取、腹満やや改善。15時の検温36.9℃。ガス少し出る。夕食に小鯵の南蛮2匹、味噌汁、おかゆ、通常の半分以下の摂取、昨日までの腹満は無い。20時頃から、鼻水が出る、アイスノンを外す時かなと思いつつ、チョコボウルを食べる。22時にタオル枕に替える、眠剤を飲む。23時にアイスキャンディを食う、ほぼ全快かな。23時30分、検温36.9℃。
 16日9時、検温35.7℃。訪問入浴後の検温36.7℃。これで平熱。
26日昼食の前から前頭葉に違和感、腹満あり。15時、検温37.1℃。血圧120と高かった。夕の食欲無し、寒気と熱さの繰り返し。検温38度台と36台の繰り返し、呼吸苦しい、我慢の限界、訪看さんに連絡、浣腸や腹部マッサージ、着替え、解熱剤服用など約2時間の処置で呼吸も安定、平熱になる、飲水に努める。
/// 中略 ///
 27日5時、検温38,4℃、解熱剤服用、食欲無し、入浴辞退。以下、パソコンに向かう気力失せる。
 26日、27日の同じ時刻に悪寒、高熱、呼吸困難。
28日、入院。同じ時刻に悪寒、高熱、呼吸困難。検査の結果、膀胱炎。抗生剤点滴治療。
/// 中略 ///
 7月2日、退院。

あさがお日記
 5月25日=15個の種を植える。5月31日=4本の芽を確認。6月11日=6本の芽を確認、物干し下に植え替える。6月15日=2本の芽を確認。
 

1年3ヶ月ぶりの入院
2004年5月26日付けのはるみ之つぶやき第3号に膀胱炎の記述がある。あの時も同じ症状だったが、在宅の投薬治療で治癒したことを思い出した。今回は入院した。初対面の看護師が多くて、お互いに緊張と戸惑いの4日間でした。我が分身のベンチレータとのコミュニケーションで我が家のヘルパーさんが90点としたら、35点に思えた事もある。訪看さんの95点に近づけるには、たまの入院も必要に思う。先ずは、分身を理解してもらわないことには、本体は安心して入院できない。

すこやか祭り
 6月4日11時から木高さんと武宮さんと薄田さんと僕の4人で行く予定だったけど、お迎えの薄田さんがウッカリしていた。以前だったら行かなくても良かったが、今回だけは行く目的が大きい。先ず、自分史を売りまくる。ついでに、安値落札品で儲ける。取らぬ狸の皮算用はともかく、デートに誘った木高さんと武宮さんをすっぽかしたくなかった。2時間近く遅れて行った。短くても楽しいデートが出来た。

樫の木まつり
 7月29日(土)は樫の木祭りです。昨年は、迎えに来るのを忘れられたけど、訪看さんとヘルパーさんが連れて行ってくれたことが、何よりでした。今年も迎えを忘れられても、沢山のヘルパーさんと訪看さんや、友達が来て欲しいと思っています。

岩盤浴、岩盤欲
 はるみ之つぶやき20号に“岩盤浴”と書くところを“岩盤欲”と書いてしまった。わざと“欲”にしたと、善意に見てくれた人が多かった。残念ながら文字変換ミス。岩盤浴の効果を信じていたので、欲も浴に見えた。岩盤浴を始めて1ヶ月になるけど、なんだか効果がこのままありそうな予感。そして、浣腸1本の時もあったらと思う。これが本当の岩盤「欲」?

我が家のヒット商品
 我が家のインターネット商品で最も高額なのが、プリンタ複合機。最も安いのが、缶コーヒー。複合機は、印刷やファクスに重宝している。他にも、1年に一度でも使えば、便利に楽しく思えるものもある。そんな中で、一番のヒットは、缶コーヒー、1本100円。 安い! 味は案外いける。そして12円も儲かる。
編集後記
 暑い夏の到来ですね。吉田さんも十分過ぎるほどに、注意はしていても入院なんてことになってしまいました。入院前後の体調のことは、しっかり書いてますが、心のやり取りは書かれてないですね。代わりに言うと、こんな感じでしょうか。−入院前−「ここまで頑張ったんだ。入院だけはしたくない。ヘルパーさんや訪看さんが何を言おうが、俺は絶対に入院しないんだ。」−退院前−「早く退院したい。月曜なんて言わずに、今からでも退院したい。なんとか体制を作って欲しい。在宅が恋しい恋しい。」
本当に吉田さんの入退院の瀬戸際は、気持ち伝わるものがありますね。きっと、このやり取りが回りを鍛えるのでしょうね。


」」」余白を活用して」」」


在宅支援会議

1.経過報告


2.自立支援法10月以降の体制について


3.樫の木利用者の在宅支援について


4.その他
 ・次回の会議日程について
   8月30日(水)
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2006/6/6

はるみ之つぶやき20号  はるみのつぶやき

はじめに
 みなさん今日は。98年1月に初めて開かれた支援会議も85回を迎えました。最初の頃の支援会議で今の僕の生活を予測出来た人は一人も居ないでしょう。そして、支援会議開催の口火を開いてくれた小手川さんが、僕より先に逝ってしまうなんて誰も予想しなかった事です。もし、小手川さんが生きていて、ネットオークションに熱中している僕を見たら、きっと、苦虫をつぶした顔をしながら、心では笑っていると思います。だから、僕は、これからも我がままに真剣に生きて行くつもりです。ありがとう、小手川さん。
 
我が家の連休
 4月29日から5月7日まで9日間の大型連休だったが、我が家では取り立てて変化なし。もしも,この連休に入院していたら大変だ! 平日は、5,6人の看護師が、2,3人になっている筈。そんな所へ飛び込むことは我慢と忍耐を試すことになる。とても休み気分にはなれない。我が家の生活こそ毎日が日曜・祝日になる。

我が家の禁句
 “分からん。難しい。出来ん。”何気ない言葉。我が家では少なくしよう。今、急に今出来なくても良い。難しい事があれば、それは、お休みして他の事をする余裕も時間もタップリある。難しい事で、パソコンの問題解決の一つは、裏側の線を抜く。それが駄目なら、ボタン一つを長く押すだけ。文字入力を甘えられる人は少ない。難しいと言いながら、Qちゃんは24時間何とか無事にクリアしている。もっと手早くと思う事も採り損ないもあるが、何とか出来ている。それで良い。何が難しいと言って、親子か孫の差もあるヘルパーさんと訪看さんが入れ替わり立ち替わり。それに合わせたBGMの選曲。それだけでも僕の生活は難しいと言ったら終りです。
緊急時対応の訓練になった?
 久し振りに緊張した。わずか1時間余りに2回も続けてのトラブル。ヘルパーさんの不安そうな顔を見たら、気持が引き締まる。先ずは自分を信じて平静を保つしかない。入院中に何度も数々のトラブルを経験したことだし、何といっても自分自身がパニックにならないことと分かっているけど、ちょっと不安になった。1回目のカニューレと呼気弁の関連があったから、他の原因へ頭の回転も遅くなってしまった。アンビューの場所と指示は忘れなかったが、ウォータトラップからの空気漏れに気付くのが遅くなった。でも、訪看さんのケータイ1から2への連携プレイは、上手く行った。衛藤所長、恵良さん、薄田さん、藤原さん、上野さん、松葉さんが顔を見合わせるまで約20分。その5,6分前には問題解決して、僕はケロッとしていた。ところで、緊急時に駆けつけたのに僕の記憶から忘れられている人はいませんか?

あと10年は
 こげんビクビク慌つるこつう何べんやっち来たか憶えん。こん先もおんなじこつうやっちいかなならんちしたら、あと10年ちゅうのは並大抵なこっちゃねぇ。けんど、退院した時も昨年も,“ あと10年は……。 ”ち聞いたごたん。来年も聞くじゃろうな。そげんこげん言いよったら、10年ちゅうのは、ずーっと来んごたる。

※ 久し振りに大分弁でつぶやいて見ました。これは、僕を知っている人や支援者に向けての自己表現だから、苦笑いしながらも理解してもらえると思っています。しかし、支援費減免申請に行った先の初対面の担当官から、親兄弟や親戚の財産の話などを大分弁で突っ込まれた友達が居ます。福祉現場での方言乱発は相応しくないと思います。威嚇や暴言にもなります。方言は、貴重な地域文化です。正確に大切に守り育てたいです。

岩盤欲
 ワードに「がんばんよく」と入力したら正確に変換された。文字の違いは無い。実際に使ったら汗が吹き出た。翌朝の浣腸は2本、その翌朝は1本。これはスゴイ。でも、5日目には3本もあった。まだまだ信用しない。薬も最初は効く。岩盤欲よ、薬に負けるな、裏切るな。

岩盤欲その2
朝昼、寝る前の1日3〜4回、岩盤欲を使い始めて20日。この間に浣腸3本は一度だけ。大便の出方もスッキリに近い。後の便汁は薄い。食後にお腹の張りはあるけれど、以前のような苦しさが無い。自分で良いと思って落札した岩盤欲。これは、値打ちのある買物だ。腸管麻痺もビックリさせる本物に思えて来た。

魚の骨
 10歳の頃、魚の骨を喉に引っ掛けて医者に行った。あの時から魚を喰う時は直ぐに奥歯で噛まなくした。前歯と舌先で骨を選り分けて身だけを奥歯に運ぶのが魚を食べるコツ。入院中に小骨のある魚を喰った記憶は無いが、我が家だからこそ、30回はモグモグノンビリ喰える魚です。
春鯵の 骨をしゃぶりて 笑い顔

ベンチレータの警告音
 ベンチレータの警告音は、3種類あります。先ず良く聞く、痰が出た時とむせた時の途切れ途切れの音。次に途切れなく鳴り響く音で、回路が外れるなど何らかの異常。そして、めったに聞かない音として、ベンチレータのコンセントが抜けて、バッテリー切れになった警告。それは、チッチッチッとネズミが鳴くような音が数分続いた後、ジーッジーッという音がして来ると空気は送られなくなります。

初心に帰ります。その2
レスピのアラームが鳴り止まなくて原因の分からない時は、直ちに文字盤で意思確認をしましょう。意思確認の上でする事は、@カニューレからレスピ回路を取り外して、自発呼吸を可能にする。Aレスピの異常が解消されない時は、緊急時対応マニュアルに沿って、真っ先に訪問看護に連絡する。Bアンビュー等の指示を受ける。C薄田さんに連絡する。D看護師と薄田さんを待ちながら本人の意思確認と問題解決に努める。

アンビューの仕方など
レスピの回路が破損したり、空気が送られないなどの異常が発生した時は、早急に取り替えるか、原因と思われる箇所をチェックして欲しいけれど、回路が外れて抜け落ちたのを元に戻すのは簡単でも、破損箇所を見つけたり、回路交換は誰もが容易に出来ることではないので、先ず、訪看さんに緊急連絡する。到着するまでに手動式人工呼吸バッグ(アンビュー)で気管カニューレに空気を入れましょう。アンビューを両手で持って、利き手の方で4秒に1回程度の間隔で押します。アンビューの丸みが半分つぶれる程度にやさしく握ると良いでしょう。
先ずは、慌てないことが肝心です。最初から実演に応えるのも疲れるから、テストバッグで試してみましょう。(写真)
 ※ アンビューは、ラジオの上に目立つように吊り下げています。
※ ベンチレータの異常で外れる可能性のある回路は、
1、呼気弁ラインと気道内圧ラインのレスピ本体側。(2本の細い管)
2、カニューレ側の水滴が溜まりやすい回路。(フレックスチューブ)
3、加温加湿器に接続されたゴムの部分。
4、加温加湿器とレスピ本体をつなぐ回路。
5、ウォータトラップ。
6、呼気弁とその付近。
※ 加温加湿器に補充するときは、ゴムの部分に力をなるべく加えないこと。
※ 精清水を補充する時とウォータトラップの水を破棄する時は、一声掛けましょう。一瞬、空気が止まってビックリします。

編集後記(薄田)
 在宅支援会議を二月連続で欠席することになってしまい、皆さんには大変ご迷惑をお掛けします。前回は子供の家庭訪問で、今回は東京出張と重なってしまいました。東京へは、きょうされん大分支部の代表として国会議事堂に行き、障害者自立支援法施行に伴う作業所の施策についての請願書(別紙)を地元選出の議員さん8名に手渡す予定です。若い頃は心躍る東京でしたが、この年になると都会は目まぐるしくて息苦しいところです。この時の様子は、次回の支援会議で報告させてもらいます。
それでは、樫の木の若き支援員に後は任せますので、吉田さんの5月の様子と合わせて、皆さんの事業所の様子など、情報交換して頂きたいと思います。

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2006/4/26

はるみ之つぶやき 19号  はるみのつぶやき

はじめに
 支援会議スタッフのみなさん今日は。桜の季節も終わって早いもので1年の3分の1が経過しましたね。あっという間の4ヶ月でしたが、念願の自分史が完成して一段落しているところです。ところが、自分史の誤字脱字が沢山発見されて、反省もしています。そこで、ワークスペース樫の木の花見に参加して気分転換をしました。日に日に暖かな季節になることだし、楽しいイベント等、外出の機会を増やしたいと思います。差し当たりは、樫の木ふれあいバザーが5月28日(日)です。そして、盆までには臼杵に帰りたいと思っています。

花見
 去年も一昨年も行けなかった桜見物に行きました。前夜は雨が降っていたので中止になるかなと思っていましたが、当日は風もさわやかに感じる最高の花見になりました。入院中にも同じ場所で花見をしましたが、あの時は、人工呼吸器が無かったので、息が続く限りの外出でした。それもまた、生きている喜びの花見だったことを思い出しました。

蟹コロッケと海老コロッケ
 ネットオークションで蟹を購入したが、予定よりも高いものになった。何となく悔しい。そこで、料理自慢のFさんに蟹コロッケを作ってもらって付加価値を上げた。ついでに海老コロッケも作ってもらった。いざ喰ってみたら、どっちがどっちか良くわからない。どっちも蟹と思えばよいけれど、それじゃ、Fさんと海老が可哀そう。

腸管マヒ
 医学的に腸管マヒと言うけれど、分かり難い。手足をスムーズに動かせない脳性マヒと同じと思えば分かり易い。腸は第2の脳に思われる。消化機能が低下したのをはっきりと感じたのは、10年前に腸閉塞を患った時だった。あの頃から手足の動きも悪かった。呼吸機能も衰えていたように今だから思える。でも、1年後の腸管機能がどうなっているかは、わからない。

人工呼吸器と安楽死
 1人の医師が7人の末期患者の人工呼吸器を外した。それは安楽死(尊厳死)か殺人か。機械で生かされるくらいなら死にたいと思う人もいる。ふと、呼気弁を見て思う。僕も機械に生かされている。これも延命装置なのか。薬を飲まないと明日でも死ぬ病気もある。それを延命薬と言わないのか。人工呼吸器で生きてる人間は万といる。中には家族に気兼ねして生きている人もいる。脳死で人工呼吸器につながれているのを苦しいと感じるのは誰だろう。脳死が人間の終りと思いたくない。僕は気兼ねしない。僕は万が一の奇跡を信じる。ありとあらゆる延命対策で生きてやる。少なくても人工呼吸器は身体の一部なんだから。

僕のキャッチボウル
 その1、介護に匹敵する看護と看護に等しい介護が上手くキャッチボウルしている。その2、看護と介護の基礎知識と経験は、一先ず箪笥の引き出しに覗かせて置く気持ち。その3、常識を横目にした冒険とも思える度胸と勇気(あの時はビックリ、大変、苦労した等)。この3つのどれか一つでも抜けた生活は面白くないが、一つでも一致しあえた時がまた、阿吽の呼吸とも言える。

♪時の流れに身を任せ♪
 夕食後に薬を飲むのは長年の習慣だから飲み忘れる筈が無い。夕食1時間後に自分の思いを疑いながら尋ねてみた。ビックリ!ヘルパーさんも忘れていた。時の流れを見直すことも必要。何時も舌の上で薬を数える。疑うことから信頼関係も生まれると思う。

僕のマニフェスト
 病院の個室にいた頃、食事の時以外にギャッヂアップするのが嫌いだった。目的があれば何時間でも起きると約束したように今は幾らでも起きている。個室に一人で起きているのは辛くて淋しかった。今は、ヘルパーさんが傍にいるから淋しくない。起きているのが苦にならない。

小手川さん・・・さようなら
 4月12日午後11時36分、小手川さんは永遠の眠りに就きました。享年48歳。16日、お別れの会に行く。何年振りか10年ぶりかの友達に会う。小手川さんが会わせてくれた。小手川さんに初めて会ったのは、県病から健生病院に転院する22年前だった。受付の夜勤の時は、オセロゲームの相手をしてくれた。ある夜、二人で向かい合って出前のから揚げを食べているのを上司に見つかった。あの頃、夢を語り合ったから、今がある。常に冷静な姿勢は、冷たく思える時もあったが、いざとなったら自らを犠牲にしても先頭になって助けてくれた。みんなから信頼されていた小手川さん。死んじまったら終りだよ。悔しいね。小手川さんは、もっともっと悔しいと思う。僕は生きるよ。小手川さんと出会って、どんぐりの家を設立した20年前に折り返す気持だよ。

『牧三丁目のわが家から』
(亡き母へ贈るメッセージ・生きてて良かった)

 1999年に発行した第1版をさらにボリュームアップしました。入院から、気管切開、闘病、在宅復帰を主題に、さらに半生の記録も断片的に織り込んだ内容となっています。障害のある方も、障害者やその家族を支援する方も、是非、読んで欲しい内容です。
一冊700円で販売しています。
取扱いは吉田宅とワークスペース樫の木です。
他にも取り扱っていただけそうな所をご存知の方は是非、ご紹介をよろしくお願いします。

重箱の底
 Yヘルパーさんが僕の自分史を読んでいる。何やらメモしている。視線が合ったので訳を聞いたら、自分史重箱の底をこさいでいるとの事。完璧に仕上げたつもりだったのに、誤字脱字、訂正ミスを何箇所も見つけられた。薄田さんがチェックしても分からなかったのに…。当時を知らない人だから分かったのかな? ありがとう、Yさん。そう言えば僕も、二条印刷に勤めていた頃から、誤字脱字を探すのが好きだった。

初心に帰ってみます‐1
 在宅生活に戻った当時は、ホームヘルパーさんも訪問看護師さんも、そして僕も何から何まで始めての体験・チャレンジだったから、不安と緊張の毎日だった。それが、2年も経過すると多少のことにはアタフタしなくなった。若干、水滴が気管に逆流して、ピーピーいうのを痰が溜まっていると勘違いされることや、新人さんも増えてきたが、当初のような1から10までの細かい説明をしなかった。これでは不味い。初心に帰って緊張し直すことにします。今回は、舌打ちと口パク語を復習します。
1回の舌打ちに含まれる意味は、イ、良い。ロ、分かった。ハ、こんにちは。ニ、ありがとう。ホ、はい、イエス等である。因に、悪い、違う等の反対語を表す時は、首を横に振る。
2回の舌打ちは、用事の合図である。側に来て、口パク語の通じない時は、舌打ち2回を繰り返すので、その時は、指し棒を口にくわえて文字盤で意思疎通をする。
3回の舌打ちは、痰を採ってである。何となく○○-○○-○に聞こえる。これを舌掛かりに、チョコレート、換気、感度、顔、肩、掛けて、ケーキ、機械〈レスピの意味〉、天ぷら等、五十音のカ行とタ行が頭に付く単語が発信しやすい。因に発信が難しい単語は、ハ行とサ行が頭に付く単語であるが、此れ等の口パク吉田語を解読するには、文字盤を併用した地道なコミュニケーションを重ねることでしかない。
4回以上の舌打ちを連発する時は、気持が通じなくて興奮状態になり、文字盤を要求していると思うこと。

編集後記
 桜の頃も終わり、季節も落ち着きを取り戻したいところなのに、毎日の寒暖の差が続いて、こんな時期にもインフルエンザでの休校が出てる地域もあるとのこと、私たちが子どもの頃の春はもっと分かり易かったような。。。さて、分かり易さと言えば、反対に障害者自立支援法の初回の請求時期が近づいてます。先日、大分市の説明会がありましたが、説明する担当者も辟易する程に分かり難いものでした。多くの方が事業所を超えて複数のサービスを利用している状況の中で、連休明けには事業所それぞれに複雑怪奇かつ膨大な事務処理が押し寄せて来ます。頑張って乗り越えましょうね。
ところで、先日、吉田さんの呼吸器が体調を崩して、夕方のヘルパーさんがアンビュで対応するという場面がありました。忘れた頃に訪れる緊急対応でしたが、実に適切にアンビュを使い、連絡体制もマニュアル通り、担当していたヘルパーさんは慌てていたものの、大事には至らずに済みました。ヘルパーさんも訪看さんもご苦労様でした。この時、一番慌てなかったのが吉田さんだったことは言うまでもありません。でも、いい教訓になりましたね。避難訓練と同じで、時々は何かしないと、頭では分かっていても行動に移せないことは、よくあることですからね。
それから、今日、合同新聞さんが吉田さんの本のことで取材に来てくれました。近々に吉田さんと本が並んだ記事が掲載されると思います。どうぞお楽しみに。
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2006/3/17

はるみ之つぶやき 18号  はるみのつぶやき

はじめに
 支援会議スタッフの皆さんコンニチハ。2月1日の新年会から、あっという間も無く一カ月が経過しました。新年会に来られなくて後悔している人もいるだろうと思いたくなるくらいに楽しい新年会でした。幸先の良い一年の始まりになりましたと言いたいところですが、ちょっと周りに目を向けて考えたら、厳しい社会情勢になっています。生活の格差是正や景気回復を実感している人は、僕の周りには一人もいないと思います。施設利用も福祉サービスも医療費も補装具(車椅子など)も、何もかもに1割の利用料負担がかかります。通所施設とホームヘルプを利用している人の場合、サービス利用料28,000円、食費など14,300円、合計42,300円が1ヶ月の負担です。実に障害基礎年金(1級)の半分を国にお返しする事と同じです。これでは、意にそぐわない生活保護者が増えて、生活の格差は広がるばかりです。また、灯油やガソリンは、バブル最盛期の高値です。耐震設計偽装を見逃したり、障害者用の部屋やトイレ、駐車場を一般客の部屋や物置に改造して儲ける事が構造改革の実態に思えて来ます。株の偽装取引・粉飾決算で儲けるに至っては無縁の世界であり、私たち一般市民には実感のない景気回復です。もしも構造改革を評価し、景気回復を実感する時があるとしたら、障害者自立支援法を支援費制度に戻し、予算を増やすことです。更に、就労保障や生活できる年金が実現できた時だと思います。

障がい者
 大分県の公文書から障害者の害を“がい”にする配慮をした。害のイメージを考えての事らしい。全国的には福島県に続く2番目の県です。言葉は、言い換えや取り消しが容易だが、文書は、簡単に取り消せない。そして、障がい者の頭には、肢体、精神、知的、学習、発達など、取ることも変えることも出来ないものがある。肢体障害だけでも全部知って理解することは難しい。それらの害を無くす表現なら、差し障りの悪い“障”も、“しょう”にしたら良いかなと思ったりもするが、何よりも直面する障害者と家族の生活に大きな障害になっている1割負担を無くすような方策も示して欲しいと思います。
※ 島根県松江市や京都府の亀岡市と宮津市、大山崎町、そして、東京都狛江市で、障害者自立支援法の4月施行に伴って発生する1割負担を軽減する助成の予算を決めています。この際、大分県下の自治体にも1割負担の軽減策が図られることで、しょうがい者が大分県人で良かったと思えるような名実共に福祉の先進県をめざして欲しいと思います。
退院2周年記念新年会
 2月1日の新年会は、30名を越える支援者が集まって楽しく盛り上がりました。開催予定の6時になっても、参加者の姿は、広い会場にちらほらでしたが、少しの不安もありませんでした。それは、新年会の直前までメールのやりとりをして、子供たちを含めて40名近くの参加者を見込んでいたからです。5,6分を過ぎた頃から一人二人と野菜や飲み物を片手にやってきました。そして、6時30分には会場一杯の人になっていました。早速、ワークスペース樫の木施設長(松田)の開会挨拶と乾杯の音頭で新年会の幕は開かれました。お目当ての蟹シャブと地鶏の刺身が登場するまで、松田施設長差し入れのオードブルが花を添えてくれました。そして、待ちに待った蟹を口にした瞬間、カニ蒲を思い浮かべてしまいました。生まれてこの方、カニころっけは、レストランで食べたかもしれないけれど、カニその物を喰った記憶がなかったので、何とも例えられない美味しさを感じました。次に朝まで掛け回っていた地鶏料理のお目見えです。水炊きも焼き鳥も美味しいのに舌を巻いていましたが、地鶏の刺身を口にした殆んどの人が初めてで新鮮な味わいに感激したことでしょう。こんな楽しい雰囲気の中だからこそ話せた、聞けたこともありました。入院中にひまわり号で福岡ドームに行った時の苦労や製清水を探し回ったエピソードから、入院間も無くに始まった支援会議を思い浮かべながら、この新年会が夢を現実にした形として、みんなの顔に見えたと思います。また来年、2年、3年と、こんな楽しい催しを積み重ねて、生きる勇気と自信、喜びをみんなで感じたいと思いました。

薬(くすり)
 25歳のときから毎食後に薬を飲み続けていた。薬を飲む為に飯を喰っているのか、飯を喰う為に薬を飲んでいるのか分からなかった。朝昼の薬を止めてから、薬と飯の区別が分かった。もう直ぐ1年になるが、腹の機嫌は良い。

寿退職
 在宅復帰して2年余り、多くのヘルパーさんのお世話になっているが、1年以上ご無沙汰でも、退職の噂を聞かない人も少なくない。忘れた頃に来るかもしれない。でも、こっちが忘れて無くても、ヘルパーや支援会議のメンバーとして来る事の無くなった人が8人もいる。理由に関係なく寂しい。そして、3月には2名のヘルパーさんが退職するけれど、二人とも寿退職だから、おめでとうの挨拶が出来た。これから何回も、寿退職に巡り合いたいと思う。でも、それも寂しい。

古着を切る人、着る人
 排便処理を第1目的に古着を集めています。10cm四方くらいに切ることに張り切っているのが松葉さん。切られる前にまだ着られそうなのを選り分けているのが脇田さん。それを着るのは、この僕なんだ。子供の頃に母の知り合いの息子の着れなくなった服やズボンを貰って着ていた。学生服は買っていたが、普段着を買うようになったのは、中学校を卒業した時からだった。そして、僕の着れなくなったものは、襤褸(ぼろ)屋にただ同然に引き取ってもらっていた記憶がある。

支援会議の回数は?
 毎回の支援会議の冒頭挨拶で恒例になっているのが支援会議の回数ですが、正確な回数は明らかになっていませんでした。日々の出会いふれあい、別れなど、一喜一憂の積み重ねが80回の数字になっています。1月をお休みしましたが、2月1日の新年会を支援会議に位置づけたら、平成17年1月26日(水)が、第70回の支援会議という記録があることから計算して、今回、3月8日で83回目の支援会議になりました。

失敗の積み重ね
 入院していた時から何回聞いたか分からない始末書。一度も見たことが無い。見たいとも思わないし、書かなくても良さそうに思うこともある。どうも当事者の一方が抜けてる思いもする。管理社会の約束事とあきらめているが、始末書の数も経験と知識の積み重ねと思い、そして信頼関係の構築につながって欲しいと思う。





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