2005/12/31

亡き友に捧げる鎮魂歌・・・  日記(今日思うこと)

もやもや病から復帰した徳永英明(以下敬称略)は、2006年で20周年を迎える。その徳永が今年9月に女性歌手だけのカバーアルバム「VOCALIST」を発売した。収録曲は、後に列挙するが、中島みゆき「時代」、竹内まりや「駅」、山口百恵「秋桜」、夏川りみ「涙そうそう」一青窈「ハナミズキ」等である。これまでの曲は殆ど自分で書き下ろしてきたが「音楽生活の区切りにボーカリストに徹したアルバムを出すのも面白いと思った」と、初のカバーアルバムを決意したという。

徳永英明/カバーアルバム「VOCALIST」のCDジャケット   クリックすると元のサイズで表示します

徳永は、2001年の5月頃から体調不良を訴え入院した。検査の結果、病名は「もやもや病」と診断された。もやもや病の正式名は、ウイリス(Willis)動脈輪閉塞症と言い、脳の働きを支える栄養動脈が、閉鎖することから起こる病気である。突然半身麻痺になったり、呂律が回らなくなったりする。原因は不明で予防治療も確立されていないとされ、幼児に多いが30代〜40代で発症するケースもある。脳をレントゲン撮影すると血管がたばこの煙のようにもやもや写ることから病名がついた。東洋人、特に日本人に多く、欧米ではまれな疾患で、難病と認定されている。
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以後、徳永は、壮絶な闘病生活の送り、2002年11月14日に復帰会見を行った。2003年1月22日に新曲「君をつれて」発売、と同時に名前を旧漢字に改名して心機一転した。その時の記者会見で徳永は、五分刈りのすっきりした髪型とセーターとジーンズという普段着で登場し。「病気を経験して格好つけずに楽しく歌いたいと思うようになった。過去はしかめっ面で歌っていましたからね」と取材陣を笑わせていた。
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私の元に30日の昼間、Amazonに注文した徳永のアルバム「VOCALIST」が届いた。早速聴いてみた。まずは中島みゆきの「時代」。『名曲』と呼ばれる楽曲をカバーするのには、徳永の声の伸びの無さが気になった。それは発病以前の透き通るような声とは、少し違う印象だった。しかし、聴きこんで行くと伴奏のピアノの音色と共に、徳永の空間すべてを包むような声に、暖かさが伝わって来た感じがした。以前のような声の通る状態では無いが、今回の楽曲に対する姿勢のようなものが伝わってきた。そう、女性ボーカリストの曲を、男性である徳永がカバーすることで、曲との間に程よい距離感が生まれているのだ。有名過ぎる曲達が、どれも新鮮に、初めて出会う物語として聴くことができた。女性が歌うにはリアル過ぎたり、距離が近すぎるが為に見えなかった作品の良さが見えてくる気がした。収録曲の中で特に「秋桜」は、作品の持つ『やさしさ』の部分が際立っていた。

★アルバム「VOCALIST」収録曲

 @ 時代 (作詞・作曲 中島みゆき)
 A ハナミズキ (作詞 一青窈、作曲 マシコタツロウ)
 B 駅 (作詞・作曲 竹内まりや)
 C 異邦人 (作詞・作曲 久保田早紀)
 D シルエット・ロマンス (作詞 来生えつこ、作曲 来生たかお)
 E LOVE LOVE LOVE (作詞 吉田美和、作曲 中村正人)
 F 秋桜 (作詞・作曲 さだまさし)
 G 涙そうそう (作詞 森山良子、作曲 BEGIN)
 H オリビアを聴きながら (作詞・作曲 尾崎亜美)
 I ダンスはうまく踊れない (作詞・作曲 井上陽水)
 J 会いたい (作詞 沢ちひろ、作曲 財津和夫)
 K 翼をください (作詞 山上路夫、作曲 村井邦彦)
 L 卒業写真 (作詞・作曲 荒井由実)

<徳永英明公式サイト>

http://www.tokunagaandtonys.com/index.html/
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30日の夜、仕事を終え、徳永のCDを聴いていた私の元に、高校の同級生、Kちゃんから、友達の訃報が届いた。亡くなった彼女は、6年前、母親から引き継ぎいだ岐阜市内の洋品店を、全面的に新装開店させた。友達として、また、同じ自営でお客様相手の仕事をする仲間として、開店時には、お祝いの花を持って駆けつけた。彼女も遠いので頻回ではないが、遥々来店してくれていた。最後に会ったのは7月だった。偶然ではあるが、彼女は徳永をとても好きだった為、アルバムを聴きながら、「年が明けてお店が落ち着いたら、来てくれるかな」…と思っていた矢先の事だった。Kちゃんの話だと銀行の貸し渋りで資金繰りが追いつかず、思い詰めて自分の命を絶ってしまったのだそうだ。
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絶句してしまった私に、Kちゃんは、「本当に辛い時って誰にも話せないんだね。人に話せる悩みなんて悩みのうちに入らないのかもね」と泣きながらつぶやいた。更に「一週間前に電話で話したけど、『年賀状は、もう書いて出しちゃったよ』と笑いながら言っていたよ」とも話してくれた。Kちゃんと亡くなった彼女は、大学も同じで親友だった。私以上に「どうして、何も話してくれなかったの」と言いたかっただろう。亡くなった彼女は、意志が強くてしっかり者だった。それゆえに、全部独りで背負い込んでしまったのかもしれない。元旦には亡くなった彼女からの年賀状が私にも届くはずだ。徳永英明の優しい声が彼女への「鎮魂歌」のように聞こえた。受けたショックがあまりに大きく、まだ心の整理は出来ていないが、せめて明日は、彼女の傍で年越しをしようと思っている。

★新年まで悲しみを持ち越さないように、というご遺族のご意向で帰宅しました。安らかにお眠り下さい。ご冥福をお祈り致します。
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