2005/10/11

臀部打撲全治一週間  日記(今日思うこと)

それは、10日体育の日の夜、起きた。10時30分頃、出張先からの帰り道レンタルビデオ
店に立ち寄ろうとした。三連休で借りられていたソフトが帰って来ている頃だろうと
思ったからである。案の定店に面した駐車場は満車だった。私は道を隔てた駐車場に
車を停めた。信号の無い横断歩道を渡りかけたその時、国道に対して鈍角に入り込んで
いる路地からワゴン車が左折して来た。と同時に私の背後から5才位の男の子が飛び出
した。「危ない」瞬間に私はその子のわき腹を掴んで引き寄せた。肩と腰にドーンと
衝撃が来た。宙に浮いた気がしたその後、男の子を抱き抱えた形のまま、お尻から道路
に落ちていた。きっと一瞬の事だっただろうが、私には随分長い時間に思えた。正に
スローモーションのように時間が流れ、自分がどうしたかもはっきりと覚えていたのだ。
例えば当たった瞬間「左手を着いてはいけない」と思ったり、「頭を打たないよう
に」と体を丸めたり、落ちた後も「動いてはいけない」と立ち上がらなかったり、妙に
冷静だった。男の子は大声で泣き出し、ワゴン車を運転していた男性は顔面蒼白で震え
ていた。私は腕にかけていたバックから携帯を出し119をプッシュした。「火事ですか?
事故ですか?」最初に聞かれた。いつの間にか人だかりになっていた。救急車が来て、
すぐにパトカーも来た。肩はバックミラーに当たり右腰はワゴン車のボディに当たった。
そして、私の体重と、男の子の体重が一気に臀部にかかったはず。なのに、全く痛みを
感じなかった。肩は痺れた感じで、お尻は何となく鈍くて重い感じだった。

救急車に乗せられた時、初めて痛みを感じた。だけど鈍痛だった。どくどくした波打つ
ような痛みではないから、骨は大丈夫かな?と自分で思った。実は子供の頃と、20代前
半に骨折をした経験があった。どの位痛かったかは忘れたが、確か波打つような痛み
だった記憶があった。救急車に乗りながら、これは乗馬を習った時の落ち方をしたのだ
と考えた。私は10年程前に、乗馬のブリティッシュスタイルに憧れて始めたのだが、
実の所は、馬の世話から始まって、まるで農場のお手伝いさん状態だった。何か違うぞ?
と思いながらも、だんだん懐いて来る馬の可愛さに(名前は「ベンツ」一馬力だった)
休みの度に、乗馬クラブに足を運んだ。そして並足、軽早足、駆け足と、ベンツ君との
呼吸も合い、割と早く上達したと思う。そして障害も越えられるように(まあ、馬が越
えるのだが)なった。某TV時代劇のスタントまでした経験がある(矢で射られた少年
兵の役)当時、徹底して叩き込まれたれた事は、落ち方であった。落ちる時は、たずな
を最後まで離さない事。そうすればお尻から落ち、手を骨折しないで済むからである。
最近は、諸事情の為暫く乗っていないのだが、落馬経験が役に立ったと、落馬して
お尻が泥だらけになった事を思い出していた。

病院に着いたら、肩、腰のレントゲン、頭部のCTと検査漬けになった。診断は右肩、
右腰、臀部の打撲、全治一週間。だった。そして男の子は、驚いて泣いていただけで、
無傷だった(靴が脱げて無くなっていたが)一番、重症に見えたのは、運転していた人
だった。ずっと震えが止まらず、辛そうだった。幸いその人の友人に消防署勤務の人
がいて、駆けつけて来て保険会社に電話したりとか、対応してくれていた。私の父は、
能天気に軽トラックで迎に来た。私が電話したから、安心していたのだろう。しかし、
軽トラックの直角シートは、私の臀部には過酷な環境だった。すると父は「布団も積んで
来たから荷台に乗れ」と言った。「何?」と、私が怪我人面をする前に、警官の一人が
「それは一寸違反になりまして」と止めてくれた。お陰で運転していた人の友人に
送って貰う事が出来、荷台に乗せられないで済んだのである。

今日、改めて整形外科に受診した。お医者様もカルテを見ながら「柔道でも習っていたの?」
と真面目顔で聞いてきた。それは失礼だろう。でも、最近太った私はそう見えても致し方ない。
MRIも撮り今の所、打撲以外の異常は見られない。ただやたらとお尻が痛く、今も座っている
事が辛い。私の仕事がOLでなくて良かったと思う。それにしても、お尻は痛いだけでなく、
大きな蒙古班は出来ているし、情けない。だけど、警官も「よくこんなんで済んだなぁ」と
言っていたが、事故現場のブレーキ痕や倒れた傍のブロックやガードレールを見ると、
つくづく「世に憚る憎まれっ子」で良かったと、不幸中の幸いに感謝した。
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2005/10/11

応援のその後  Boston Red Sox・MLB

レッドソックスの最後の試合が終わってから、2日が経った。何処か
のサイトで見つけた、試合後のロッカールームでのティムリンの姿。
(お借りしてしまいました。貧しいブログ初心者です、お許しを…)
傍には、負けたので泣いているらしい?少年がいた。恐らくティム
リン
の息子さんだと思う(お姉ちゃんもいるらしい)マイク・ティムリンは、
1966年3月10日、テキサス州にて、姉2人の末子として生まれたが、
物心ついた時から父親が居らず、母子家庭で育ったそうだ。幼い
頃から優しくて、ガソリンスタンドで働く母親を思いやる子供だった
という。マウンドを降りた彼の優しい目は、その時代からのものだろう。
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しかし、このティムリンも今期限りで、FAになっている。他にもデーモン
ビル・ミューラー、オルルード、ケビン・ミラー、グラファニーノ、マイヤーズ、
が契約が切れる。そして、夏から噂されていたラミレスの去就問題。また
ウェルズ投手は引退を希望していると言う。ストーブリーグは一体どんな
トレードがあるのか?と主力選手がいなくなってしまったら?と、懸念して
いるが、もしかしたら、リーグ優勝決定戦シリーズに進めなかった、ヤンキ
ースから、本日5打席凡退でチャンスに打てなかった、松井秀喜が、レッド
ソックス
の外野手になるかもしれない?と想像してしまった。それと共に、
松井が住んでいるあの豪華なトランプタワーのマンションは、どうするのだろ
うか?と、一瞬下世話な心配をしてしまった。反対に松井ボストン
住んだとしたら、美味しい御寿司屋さんも出来るかもしれないと、食い意
地の張った私は喜んだりした。何より食欲の秋である。

ところで、私はボストンに行っていて、大変驚いた事がある。ボストン市内の
公立の小学校では「レッドソックスディ」という日があって、好きな選手の
ユニホームを着て登校する日があるそうなのだ。もしも、日本で東京都の
公立小学校側が「巨人のユニホームを着て登校しなさい」等と、そんな日
を設けたら大問題になり到底考えられない話である。アメリカでは「ボストン・
レッドソックス
」が地域に密着し、ボストン市民ぐるみで応援し、そして地域の
人々は、野球チームを持っている都市という事に、誇りを持っているのである。
因みにボストン市内の小学校で一番人気のユニフォームは、ゼッケン18番、
ジョニー・デーモンであり、子供用は品切れ続出だそうだ。やはり松井
ボストンに来て、美味しい御寿司屋さんが出来るより子供達の夢を潰さない
事の方が大切なので、デーモンには残って貰わねばと思いつつ、自分の卑しい
食い意地を、少しばかり反省してしまった。
      クリックすると元のサイズで表示します←子供用にと野球カードも売られている。
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2005/10/10

とりあえず、生きてます。  日記(今日思うこと)

 何と、この私が、
  交通事故に遭いました。
それもまた、私が、ぶつけたのではなくて、
横断歩道を歩いていたら、車の方がぶつかって来たのです。。
どうやら、少し飛んで地面に落ちたらしいのですが、
乗馬の時の落馬経験が、いきたのか?
骨も折れずに、とりあえず、生きてます。
何をしても、悲劇が喜劇になる私の事故のお話は、
明日の日記で、また、ゆっくりと。。。
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2005/10/9


官公庁やマスコミで、今や当り前のように多用されている外来語。その理解度を
調査し、正しい日本語に言い換えようと、国立国語研究所の外来語委員会が、
提案しているという。例えば「トラウマ」を「心の傷」。「クライアント」を「顧客」。
「サプリメント」を「栄養補助食品」。「ドナー」を「臓器提供者」等の言葉である。
以下、国立国語研究所HPより

http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian4_tyuukan/iikaego.html

既に外来語そのものが、固有名詞になり言葉として自立してしまっていて、
日本語にすると妙な意味合いになってしまう言葉も多いだろう。例えば「メール」
は直訳すると「電子手紙」となり?となってしまう。ただ外来語も由来を知る事が
大事だと思った。その由来を後世にいかに伝えていくか、今後、日本のことば
教育に必要となって行くだろう。
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私の場合、年に数回も渡米しているくせに、英語力は皆無に近い。流石に
耳だけは慣れて来て、相手の言っている事は何とか解っても、自分が話せない。
いつも言いたい言葉が蓄積するだけでの状態である。しかし言葉を何国語も
使いこなす事が出来る人程、日本語の美しさを大事にされているように感じる。
外来語を多用していると、賢そうに見えると勘違いされる人も多いように思うが
話している相手に意味が通じていないようでは、良い話し手とは言えないと
思う。結局外来語に限らず、難しい言葉を並べているだけで何が言いたいのか、
解らない人もいる。私の母等はは60代後半だが、頑張って外来語を使って
若いつもりなっていも、先日「バッシングを受ける」を「パッシングを受ける」と言った。
何をライトで照されるのだろうと一瞬思った。話の前後で違いに気付いたが、
なかなか笑えたりする。反対にボストンでは、たまたまある人からの留守電を
聞いた。その人は英語力に自信のある人らしく、日本人宛てのメールも英語
だったりする事が多いらしい。「私のテレフォーォンにかけて下さい」留守電
のテープにはそう録音されていた。ここはアメリカだけと、如何なものか?と、
思った。これでは日本語を覚えたアメリカ人のようだと感じたのである。数日後
その人からのメールを読んだ。漢字変換無し、句読点無しの非常に読み辛い
メールだった。私など、もっともっと英語を勉強しなければならない立場である
が、やはりもっと日本語を大切に、特に話す時は相手に解り易く話せるよう
努力したいと、改めて痛感した。

また、漢字とは読めても書けないと思っていて、読めるを自負していたが、
今夜のTV番組で、以下の漢字の読みがテストに出て、自分の漢字力に無さ
に愕然とした。少し書いて置く事にする。漢字も訓読みがなかなか難しい。

『 1,円ら 2, 連む 3,労う 4,労る 5,戦く 7,徐に 8,怠い 9,強か 10,予め 』
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2005/10/8

2005年、最後の試合  Boston Red Sox・MLB

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試合終了後、観客は、今にも泣き出しそうな空の下、なかなか帰ろうと
はしなかった。今シーズン最後のフェンウェイ球場に、名残を惜しんでいる
ようだった。レッドソックスの2005年が、静かに終わろうとしていた。
TV中継は、勝者ホワイトソックスの選手の歓ぶ姿を映し出していた。
昨日から、この光景を半ば予想は出来ていたが、やはり信じたくなく、
もう少し試合をしてくれる姿を観ていたい、そんな気持ちになった。
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TV中継を観る前から、当然ながら試合の結果は判っていた。しかし、
どんな風に頑張ってくれて、どんな風に負けたのか、ファンの1人として
見届けようと思った。また、フェンウェイ球場へ観戦に行かれた
Yさんから、試合の見所的なご報告を頂いていたので、ただ自分の目
で観るだけではない気がした。中継開始は19時10分。フェンウェイ球場
見慣れた景色が映し出された。グリーンモンスターには星条旗。そして
レッドソックスの赤い旗が、はためいていた。先制はホワイトソックス。
先発のウェイクフィールドは、ナックルの変化が良くないようだった。
しかし、4回の裏、レッドソックスが魅せてくれた。オルティース、ラミレス
2人続けてのホームラン。見事であった。そして6回、ラミレスの2打席
連続のホームランはファンの願いを運ぶ如く場外の空に消えていった。
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問題はその後だった、ノーアウト満塁になりながら、代打として登場した
バリテックも倒れ、グラファニーノが打席に入った。外野フライでも
同点になれるチャンスだった。TVは、第2戦のトンネルシーンを写し
出していた。汚名挽回のチャンスが訪れたと画像が告げているよう
だった。ファンも総立ちで声援を送っていた。しかし内野フライだった。
そのままデーモンも三振に倒れ、結局残塁のまま終わってしまった。

ここで勝負がついた気がした。その後レッドソックスの打者は、鳴りを
潜めてしまった。9回、快投していたペパルボンに変え、ティムリン
が登板した。もう1点も与えない気持ちだったのだろうが、もし同点
になって延長になった場合を想定していない気がした。既に首脳陣も
精神的に負けていて、冷静さを失っていたのだろうか。

そしてティムリンも絶好調ではなかった。二塁打を打たれ、三塁に
進塁された後、何とスクイズをされてしまった。バッテリーの意表
をついたホワイトソックス。駄目押しの1点が入った。しかし、
そのスクイズに反応してティムリンは、スライディングしながら
ボールを取り、バリテックにトスをした。バリテックは驚いたように
反応が悪く、ボールはミットに当たっただけで、後に逸れてしまった。
一瞬、先発のミラベリの大き目なミットだったら、思ってしまった
のは私だけだったろうか。痛恨の追加点を許してしまったが、ティムリンの体
を張ったこのプレイを観られただけでも、良かったと思った。彼の
土で汚れたユニフォームが、とても立派で誇りに思えた。
ご苦労様でした」と自然に呟いてしまっていた。
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確かに名残は惜しいが、振り返れば楽しいシーズンだったと思う。
ボストン滞在時は、フェンウェイ球場にも何度か足を運ぶ事もできた。
日本ではBS放送でTV中継がある時は、録画して観戦し、無い時はインターネット
のゲームディで追いかけた。彼らのプレイ、試合の結果に一喜一憂し、
楽しませて貰った。この試合を観終わった後、少しずつ涙とともに
ありがとう」という、暖かい感謝の気持ちがこみ上げて来た。

選手、関係者、ファンの皆様、お疲れ様でした。来春また会いましょう。
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2005/10/7

不如帰と秋明菊  日記(今日思うこと)

秋は紅葉も楽しみだが、私の好きな山野草が沢山花を咲かせる。
その中でも、茶花と呼ばれている類が楚々として、好ましい。
話が脇道に逸れるが、私の両親は双方共に長身で鼻も高かった。
だから私は、身長もいつか伸びるだろうと信じ続けて今に至る。
鼻といえば、摩り続ければ高くなるかと努力した時期もあった。
遺伝のシステム?に隔世遺伝があると知ってからは、絶望した。
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何故ならば、母方は良いのだが、父方の祖父は鼻は高いが小柄で、
祖母は身長は普通だったが鼻が低かった。全く、良い所は似ない
ものである。その小柄な所だけ遺伝子を頂いた祖父は茶道・華道
の師範をしていたし文字も達筆であった。祖父の弟などは書で立身し、
後世にも名を残した人である。その為、幼い頃から茶や花に親しみは
あった。書も祖叔父の弟子という人に習いに行ったし、お茶とお花も
祖父のお弟子さんから直々に習ってはいた。しかし、何故か体育会
系に育ってしまった?この私は、習字は半紙より顔を墨だらけにし、
お茶は茶菓子だけ人の倍を食べ、生け花は前衛的?過ぎたらしい。
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中学に入ると、ついに各師匠から匙を投げられ、部活に専念した。
ゆえに祖父母の期待を裏切り続け今に至っている。ただ祖父の
影響なのか、花はどうしても洋花より茶花、山野草が好きである。
そして花弁は八重より一重が美しいと思う。掲載した写真の花は
初秋に花を咲かせる不如帰(ホトトギス)である。鳥の不如帰の
模様と似ているから名付けられたらしい。地味な色合いだが、
一枝でも存在感があって、見れば見るほど味わいが出て来る。
初秋の茶室には、とても映える花だと思う。

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もう一枚は、シュウメイ菊である、葉を見ると菊科だと良く分かる
が、花は一見洋花のようにも見える。葉は節にのみ付き茎は長く
折れそうにも見える。秋風に揺らぎながら咲いている姿は、何となく
可憐でそして清楚な美しさがある。(色は白とピンクがある)

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また、野草で有名なのは秋の七草である。桔梗・萩・尾花(ススキ)
葛・女郎花・藤袴・撫子(ほっ、何とか覚えていた)この七草も、今は
入って行けるような山野では、殆ど見かけなくなった。その代わり
花屋さんで見かける事が多くなった。しかし、花屋さんにある花は
栄養を与えられて栽培されている為、茎も太く花も大きい。何だか
違う種類の花に見えて、趣がないように思う。秋桜・りんどうの花
然りである。私は、子供の頃、自然に馴染む事ができ、自然の中で
生息し花を咲かせていた山野草を見る機会を持て、好きになったのは、
やはり祖父の影響かと思う。「やはり野に置け蓮華草」先人の言葉
通り、花は野で見る姿が1番美しい。和室に生けてある不如帰を眺
めながら、亡き祖父に、感謝したいと思う秋の夜長であった。
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2005/10/6

防御率 4.74  Boston Red Sox・MLB

現地時間の夜7時、日本時間の朝8時レッドソックスVSホワイトソックスの
ADSL 第2戦が、始まった。TV放映は無いので、ネットをつけて見守った。
先発投手、ウェルズは、流石プレイオフ投球の経験があるだけあって、
落ち着いた投球のようだった。デーモンにヒット、ラミレスにも打点が出て、
先取点を取った。このまま行けるかも?と期待し私は、仕事に入った。暫くして
手が空いた為、ネットをチェックしてみた。すると、ボストンからインスタント
メッセージが入っていた。二塁手グラファニーノのトンネル。エラーが有り
Wプレーが取れなかったそうである。私は急いでPCを見た。バッター井口
ネットのゲームデイは、少し間が空いてホームランと表示された。逆転の
スリーランホームランだった。因みにインスタントメッセージの主・特派員さんは、
その後電話で話したが、意気消沈。息も絶え絶え、飲ませる薬も無い?状態だった。

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その後、レッドソックスには得点が入らず、1点差で負けてしまった。
まるで、夢を見ているような放心状態になった。でも気持ちを取り直して、
仕事に戻り、夜になってTV放映される試合をしっかり観ようと心に決めた。

昨年のアリーグ優勝決定戦の第4戦。9回ツーアウト、ロバーツの盗塁で
始まったレッドソックスの逆転劇。彼は第5戦でも代走で出て盗塁を決め
打線にカツを入れホームベースを踏んでいる。バットを1度も振らずに
ヒーローとなったのだ
。あの盗塁に始まった3連敗からの4連勝は、奇跡
とも言われた。1つの盗塁で試合の流れが変ってしまう。今日は反対に1つのエラーが
勝敗を分けた。ウェルズは、試合後の会見で、井口にホームランを打たれた
あの回の事を「甘いカーブを投げた俺が悪い」とグラファニーノを庇ったと
いう。TVを観ていたら、グラファニーノが顔が蒼白で強張っていたのが、私にも
分かった。Wプレーを取ろうと焦ったのだそうだが、彼の野球人生の中で、忘れ難い
悔いの残るプレーになってしまうだろうか。失敗するから人間、だけどプロには
許されない。グラファニーノが気の毒にも思えた。9回表グラファニーノ
は汚名挽回のようにツーベースを打った。1打同点のチャンスになった。
しかし、結局、打線が繋がらず、残塁のまま、空しく終わってしまった。

ボストンの新聞メトロの記事情報をメールで送って下さった方がいる。
その方のお話は、いつも理路整然として判り易い上に、小粋な味付けが効いて
いて、とても面白い。私はボストンに行く度に、お話を聞けるのを楽しみにして
いるのである。またその方(Yさん)も、大のレッドソックスファンである。
忙しい方なのだが、メールにてレッドソックスの分析や解説?をして下さる為、
拝読するのも、成る程と頷きながら熱中してしまう。そのYさんからの情報によると、
今年のレッドソックス防御率4.74というのは、プレーオフに進出した
チームの中で、2000年のヤンキースをのぞけば、最も悪い数字
なのだそうだ。正に数字は正直であった。Yさんも書かれていたのだが、
ピッチャー陣が5点は、取られてしまうのだから、6点以上取らないと、
勝つことができない計算なのだ。今日の試合はその典型であった。

移動日を1日挟んで、レッドソックスの本拠地フェンウェイに帰ってくる。
レッドソックスが勝つ為には、やはり打つしかないのだ。神頼みだけ
では勝てない。実力が無いと奇跡も起きない。レッドソックスの強力打線
が奮起して、火を噴き、しぶとい野球をしてくれる事を心から願っている。


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2005/10/6

今日思うこと  日記(今日思うこと)

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秋たけなわ。お客様から、運動会の話、ご旅行の話を聞くようになった。
国内のプロ野球では、阪神優勝、巨人原監督就任のニュースが新聞を
賑わせているが、昨日、高校球児の運命を担うドラフト会議が開催された。
プロ志望の若者の一生を左右するべき重大事に、関係者らのお粗末な
手落ちがあった。交渉権獲得の当たり以外にも、日本プロ野球の印が
あり、外れの球団が勘違いした。2名の高校生球児は、記者会見途中で
訂正の知らせを聞いたのだそうだ。間違いは誰でもある…と言っても
お粗末過ぎる。更に謝罪会見後のコミッショナーは、蛇足な一言を付け
加えてしまった。「冗談だけど、大学受験だって宝くじだって、1番違い
で駄目になるんだ」昨年の「たかが選手」発言同様、聞き捨てなら無い
台詞である。吐いた唾は飲み込めない。マスコミに登場する以上、公人
たる者と自覚して、言動に責任を持ってもらいたい。選手軽視の改革では、
日本のプロ野球ファン離れが起きても仕方無いと痛感した。
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2005/10/5

ホワイトソックス1戦目制す  Boston Red Sox・MLB

朝目覚めた時、頭痛がひどかった。急いでネットをチェックして目を疑った。
既に12失点。紅白ソックス対決の第1戦は白組の勝ちであった。ポストシー
ズン地区シリーズは3勝したチームが勝ち残る。惜しい初戦を落としたが
この大差(14対2)に奮起して、明日は勝ってくれると信じている。

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微笑ましいワンショット

ところで、メジャーの選手達がバッターボックスに入る時のヘルメットの左側
に赤い十字のマークが付いている事に、気付かれた方も多いと思う。これは
ハリケーン・カトリーナの被害で亡くなった方々への追悼の意なのだそうだ。
昨年の自然災害による死者が発表になり239600人と前年度の3倍だそうだ。
スマトラ沖地震の被害者で大きく占めているが、人間同士が醜い争いをして
いる事への大自然からの警告かもしれない。昨日、バリ島の爆弾テロの犠牲
となった青森の女性が無言の帰国をした。プロ・アマを問わず、スポーツを
する事が出来る・・・観戦する事が出来る・・・平和への感謝をするとともに、
暫し手を合わせ、犠牲者の方々の魂の安らぎを祈りたいと思う。

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          一昨日フェンウェイの手動掲示板、2位と言えども同率である為
           ボストンが上に掲げてあった。いかにもフェンウェイらしい
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2005/10/4

ワイルドカードを勝ち取る  Boston Red Sox・MLB

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                史上初 3年連続ポストシーズン出場

これらの写真を提供して下さった。ボストン在住の特派員さんが、
コメントを下さいました。感謝の気持を込めて、掲載させて頂きます。
↑の写真のスクリーンには↓この時のティムリンが写っているそうです。

特派員(ボストン)さん
試合後、真っ先にマイクを握ったのはcloserとして大役を果たしてき
たTimlinでした。ファンの皆に感謝したあと、これからも、みんなで
頑張っていこう、と話して喝采を浴びていました。勝負に徹する厳し
さに加えて、周囲の人に優しく人望のある彼は、間違いなく野武士軍
団の要ですね。背番号50のTシャツが、少し前に売り出されたのです
が、あっという間に売り切れてしまった、とお店の人が言ってまし
た。実際に着ている人も球場にいました。ポストシーズンでの活躍を
期待したいです。

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3日、レギュラーシーズンの最終戦が始まった。日本時間は深夜の2時。
仕事があったのでかなり眠く、片目だけでも、寝たかったが、頑張って
起きていた。投手、シリングVSライト。ヤンキースは東地区優勝が決まり
ムッシーナからライトに変えてきた。ムッシーナは温存したのだろうか?
観客動員は34534人と発表され、フェンウェイ球場のキャパを
超えていたので、恐らく立ち見のファンも多かった事だろう。

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試合経過はレッドソックス打線が爆発し、10対1で、大勝した。
6回裏ラミレススリーランホームランの後、
インディアンスが負けたとの知らせが入り、ワイルドカードプレイオフ
出場が決定した。フランコナー監督の「ほっ」とした表情が印象的だった。

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その様子を見届けた私も、ほっとして睡魔に襲われ、迂闊にも眠ってしまった。
録画をしていたので、良かったのだが、月曜日は終日、施設にてボランティア
活動があり、留守にしていた。帰宅するとボストンの特派員?から最終戦
の写真が届いていた。彼は最終戦を観戦していた貴重な1人だったのである。
話は逸れるが、私は一昨年からティムリンのTシャツ、ゼッケン50番を探して
いた。手持ちのレッドソックスのTシャツに自分でプリントしようとも思ったほどだ。
そろそろ売られていると依頼したのだが、試作で作成した物が完売したという。
少し、残念だったが、反対に既に着ている人も居たと聞いたら、逆に嬉しかった。

今日になって、ビデオを復習を兼ねて、見直した。途中からヤンキースは
殆どの先発メンバーを休ませていた。それでもレッドソックスは、アローヨ
パペルボン。デクラーマン。マイヤーズと継投させ、最後はティムリンで締めた。

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BS放送では、試合後も松井を中心の画像ばかりで最後の試合後、お互いを
讃え合て、労いあう、素敵なシーンは、なかなか写らなかったのだが、
ボストンのTV・38チャンネルが選ぶ、MVPティムリンが選ばれて、
表彰されたそうだ。縁の下の力持ち、昨年はフォークの前のセットアップ
を引き受け、今年は独りでクローザーとして87登板してきた。これは
メジャー第1位の記録である。常にプルペンに居て、チームメートを見守り
そしても自分の仕事をし続けてきたのである。月刊メジャーリーグに彼の特集があり、
必殺仕事人」というキャッチフレーズが付けられていた、けっして若くない
ティムリンが、どんな状況でマウンドに上がっても、押さえの投手として
仕事をきっちりする。正に彼には「職人」という言葉が相応しいと思った。

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                     最終戦スコアボード
            
さあ、今日1日あけて、明日からシカゴで「紅白ソックス」対決である。
ホワイトソックスは、ピッチャー陣には隙が無く、器用な選手が多いそうだ。
優勝後も、手抜きをせず、インディアンズをワイルドカード敗退に追い込んだ。
強豪だが、我らが野武士軍団・レッドソックスは、打って打って打ち続け、
アメリカンリーグのチャンピオンになり、さらに、2年連続、
ワールドシリーズ制覇への道を進んで行ってくれると信じている。
         
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それにしても、BS放送で、レッドソックスの生中継が無いのは遺憾?である
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