2005/10/16

EDDINGS GO HOME!!  Boston Red Sox・MLB

12日のホワイトソックスVSエンジェルス戦の「振り逃げ事件?」で、不審を抱かせる判定を下し、結果的に、エンジェルスのさよなら負けを招いてしまったその日の主審、ダグ・エディングス審判。ビデオを観れば、誰もが「誤審」と判るような微妙なジャッジだった為、各方面からも批判を受けたようだが、昨日からエンゼルスの地元、アナハイムでも審判をしなければならなかった。今日は、ライトスダンド側の線審。皮肉にも、エンジェルスの熱狂的にファンが集まる方であった。「エディングス、帰れ!」という大きな幕まで垂らされている(写真参照)また明日もブーイングの中、審判としてグラウンドに出なければならないだろう。彼の心中は、バッシングが減る為にも「エンジェルスに勝って欲しい」と、密かに願っているのかもしれない。
             クリックすると元のサイズで表示します MAJOR.JP Express より
反して?今日もホワイトソックスの、フレディ・ガルシア投手が完投し8対2で勝ってしまった。これで、ホワイトソックスは3試合連続、先発ピッチャーの完投である。これはレッドソックスファンとしては、羨ましい限りの話である。このような先発ピッチャー陣の安定がレッドソックスに勝った要因でもあろう。明日は第4戦、後のないエンジェルスには、打線が奮起して、味方のピッチャーを援護し、持ち前の粘り強い野球をして欲しいと願う。
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2005/10/16

中学時代の思い出(とみちゃん)  学生時代の思い出とちょうちんブルマ

何年かぶりに、幼馴染の同級生から電話があった。彼女とは家も同じ町内で、中学まで同じ学校に通った。成人してからも何かと声を掛け合い、色々な事でも助けて貰った。最近は彼女が育児に追われ御無沙汰になっていたのだ。しかし、同級生とは、いいものである。何年のブランクがあっても、たった一声聞いただけで、その時間は埋まってしまう。気心が知れていて安心出来るのである。彼女(とみちゃん)と私は中学時代、夏休みは殆どの時間を一緒に過ごしていた。当時私達の学んだ中学は、科学研究に重きを置いていたようで、夏休みの一番の課題は、それぞれが、テーマを選んで自由研究する事が必須であった。中2の時、とみちゃんと私は植物の蒸散作用をテーマに「水のゆくえ」と題し、植物が根から水を吸い上げ、光合成に使い、余分な水分を水孔から排出するまでを、様々な植物の葉で追いかけた。水にインクで色をつけ、植物に吸わせてその経路を確かめたりもした。
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それから、多くの広葉樹の葉を学校に持ち込み、顕微鏡で水孔や、酸素を出す気や気孔の位置を確かめ、記録して行った。形は様々でも殆どの葉が、裏側に水孔気孔も持っていた。ところが、ある日の早朝、我が家の庭にある亡くなった祖父の自慢の赤松が目に入った。「おっと針葉樹を忘れていた」と思い立ち、とみちゃんと「松の葉」を採り、学校へ持って行ったのである。いつものように顕微鏡を借りて「松の葉」を観た。しかし、何処にも水孔気孔も、見当たらない。針葉樹の事に気がついた事すら忘れたい位に、焦ってしまった。夜になって帰宅した父に、早速尋ねたが「知らん」と一蹴されてしまった。理科の先生なのに。と、父も知らないのだと、その時は、腹立ちながら少し馬鹿にした記憶がある。
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少し話は逸れるが私は、幼い頃から、「何々娘」と呼ばれていた。何でも「何で?」と聞くから、周りの大人は、さぞ、うっとおしかったと思う。しかし、私の父は教師でありながらも、鮎獲りのお供には連れて行く事はあっても、私の質問には、まともには、答えてくれず「自分で調べろ」の一点張りだった。かといって、「百科辞典」なる物は家になく「買って欲しい」と強請れば「お父ちゃんにに聞けばいい」と言って退けていた。偶々答えて貰ったとしても、悪戯心か、とんでもない嘘を教えられて、学校で得意げに話して、恥もかいたりしていた。父への失望?は、その時に始まった事ではなかったのだ。
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とみちゃんと私は、今までのデータで充分だから「松の葉」は無かった事にしようと決め諦める事にした。そのまま日は流れて、夏休みも終りに近づいて来ていた。だけど私の心の中にはどうしても「松の葉」の事が引っかかっていた。朝、目が覚めると、せせら笑うように「松の葉」には確実に露がついていたからである。その事を考えないようにすればする程、謎は深まり消化不良だった。
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そんな感じで過ごしていた夏休みの終わる3日前の事、私の机の上に、○○中学校と父の通う学校の名前の書かれた「注射器を大きくしたようなガラスの器具」が置いてあった。邪魔だなぁと脇に避け、父の忘れ物だと思い込んでいて、2日間はそれ以上気にも留めていなかった。2日経った夜の事、お風呂に入っていた時であった、あの注射器のような物体がふと頭に浮かんだ。先には勿論、針でなく、コルクの栓がついていた。私はその瞬間、お風呂から飛び出し、体を拭く時間も惜しんで服を着た。その物体に「松の葉」を入れ、押した。そして圧縮したのである。すると、何と、「松の葉」の先端部分からがプクプクと出て来たのであった。
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私は天にも登る思いで、とみちゃんに電話をした。夜にも関らず、彼女も自転車で飛んで来た。何度も何度も、2人で「松の葉」を採り、試して見た。同じく庭にあった杉の葉も同様に試して見た。朝が来るのが待ち遠しく学校に行くのが楽しみだった。翌朝、私達は、いの一番に学校へ行き、顕微鏡で確かめた。「松の葉」には、水孔気孔も、葉の先端にあったのである。庭の赤松等の針葉樹にも、他の植物同様「水のゆくえ」は成り立っていたのだ。その日、遅く帰宅した父に、大喜びの私は唾を飛ばす勢いでその事を話した。父は笑いながら「まぁ、お前も、よー気がついたわ」と言っただけだった。私達の自由研究「水のゆくえ」は、その年県知事賞を貰った。私達は今でも「松の葉」の件だけで、その賞を頂いたと思っている。電話で、とみちゃんとは、そんな父との係わり合いの思い出話も懐かしく話した。しかしながら、私の「何々娘」ぶりは、厳格な祖母にとっては、被害以外の何物でもなく、他にも珍事件?があり、とみちゃんが覚えていた事も多々あるのだが、その話はまた別の機会にという事で。。。
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