2005/10/20

審判に???と、マイク・ティムリン  Boston Red Sox・MLB

今年のプレイオフでは、審判の判定ミスが多かった気がする。微妙な判定が勝敗に大きく左右しただけに、とても残念である。今日のカーディナルスVSアストロズ戦でも、5回ワンナウト、内野ゴロで一塁から二塁を走塁したモリーナに対して、二塁塁審は、一旦セーフのアクションをとったものの、即アウトに訂正した。呆然とするモリーナ。抗議するラルーサ監督。結局アウトのままだった。恐らくタッチのポーズを重視したのだろうが、VTRで見ると、明らかにタッチされて居らず完全なセーフであった。つい、タッチするポーズが得意のジターを思い出してしまった。審判も人間、死角があるはずだ。きりが無いかもしれないが、大相撲や競馬のように審議とし、様々な角度からVTRで確認して欲しいくらいの試合が多かった。

結局、アストロズが5対1で勝利し、球団創設以来初めてのワールドシリーズへのチケットを手にした。レギュラーシーズンで11ゲーム差をつけていた首位のカーディナルスは敗れ去った。短期決戦ゆえの結果である。ヤンキースから高額な契約金で入団したクレメンスも、ペティットもとりあえず、肩の荷が降りた事だろう。それにしてもクレメンス、最後まで防御率1点台をキープした迫力ある投球は43才とは思えない。引退をほのめかした時期もあったが、まだまだ衰えは感じられない。アストロズにはもう1本の先発の柱である20勝投手、生え抜きのオズワルドも居る。守護神としてはブラッド・リッジがいて、70回2/3を投げて103奪三振、42セーブ。何と、救援失敗は4度しかないのだ。やはり;野球は、投手・守備が大切だと痛感したプレイオフであった。

さて、早くもストーブリーグに向けて、様々なニュースが飛び交い始めた。個人的に嬉しかったのは、Boston Herald誌で報道された、マイク・ティムリンが、レッドソックスのFA契約の第1号になるだろう、というニュースだ。心あられる方がボストンからメールにてお知らせ下さったのだが、2006年は1年契約の3M$近くで、2007年のオプション付きで、契約するのでは、と予測されているそうだ。ティムリンはブルージェイズ時代に、プルペンピッチャーに変更後、マリナーズ、オリオールズ、カーディナルスとクローザーとして活躍したものの、徐々に契約金が沸騰しそしてフィリーズに身を投じていた契約2年目、37才となった彼に高額な契約金5M$を支払うチームは無くなってしまった。そこに目をつけたのがも当時レッドソックスに就任したばかりの、エプスタインGMだった。1.85M$という安い価格でレッドソックスが買い取ったのである。
クリックすると元のサイズで表示しますマウンドに集まる選手達ゼッケン50番が際立っている

一昨年はワンポイント、セットアップとして活躍。私はその年、フェンウェイ球場で初めて彼の冷静で職人的なピッチングを見て以来、大ファンになった。それからは、球場へ行く度に、「50番のTシャツはないか」としつこい位に、聞きまくって来た。当時、ボストンでタクシーに乗った時に、ラジオで野球中継が流れていた。運転手さんに野球は好きか?と尋ねられ「Yes, I love Timlin」と答えたら、「本物のファン」だと握手まで求められ、ティムリンの名前を出すのは「マニアだ」とも言われた。昨年は右投げのセットアップとしてワールドシリーズ優勝に貢献。そして今年はセットアップからクローザーへと、81登板、14セーブ、防御率2.24という記録を残す。しかし、数字での貢献だけでなくプルベンピッチャーの要として活躍した。フェンウェイ球場でも、ティムリンの名前のコールがあると、大歓声が上がるようになったのだ。大歓声に迎えられ、赤いジャンバーを持って走ってくる姿は、鳥肌物であった。一旦、もう限界かと思われた37才の投手が、復活し活躍するのには、並大抵の努力ではなかっただろう。苦労人だけにチームメイトからの信頼もあつい。そして「50番のTシャツ」は今シーズンの終り頃から発売されたのだが、あっという間に完売してしまっていた。来季こそ、40才を向かえるティムリンの「50番のTシャツ」を身につけて応援したいと思っている。
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2005/10/20

怒ってます!!(えひめ丸衝突事件について)  日記(今日思うこと)

メジャーリーグ、カーディナルスVSアストロズの試合放映の途中、BS NHKニュースを観た。すると、4年前のえひめ丸衝突事故に対して、米国家運輸安全委員会(NTSB)が事故調査報告書を発表したと放送された。当時、森首相が賭け?ゴルフをしていて対応が遅れた事が問題にもなった事件である。この事件は、平成14年2月10日、ハワイ沖で起きた愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」へ、米原子力潜水艦「グリーンビル」が衝突し、未来を海に託した若い高校生達4名を含む、乗組員9人が行方不明になった。当時も全ての対応に対し、解せない事故だった。米国家運輸安全委員会は(今更だが)「艦長が安全確認をしていれば避けられた事故」と公式発表したそうだ。私は「はぁ?」と思った。安全確認していれば、ってそんな「たら、れば」当り前の事だろう。更に報告書には「体験航海で搭乗していた民間人の管理が、不適切で航行作業を妨げた」とも書かれているそうだ。乗せている民間人の為のデモンストレーションで急浮上し、何とその操作には民間人も加わらせていたとも言うのだ。何と言う愚かな失態。遊び半分で急浮上し、尊い命を奪ってしまったのだ。治外法権だか何だか知らないが、これは過失致死では片付けられないはずだ。しかし、それどころか、この事件、アメリカでは、既にさっさと、解決されてしまっているのだ。ワイズ艦長は4月に艦長職を解任され、懲戒処分になるものの、軍法会議にはかけられず、刑事責任を執らないまま退役しているから、びっくり!である。艦長であり、上に立つ者は、責任を執るのが仕事ではないのか?!そんな事、万国共通の常識だろう。もしもこの事故の立場が反対だったら、アメリカはどうしただろうか?ブッシュさんも胸に手を当ててよく考えて貰いたいものだ。それに、日本の舵を執る方達、国会で幼稚園児の喧嘩のような野次の中、罵り合っている場合ではない。TVで昨日国会中継を観、心の中に鬱積していた何かが噴出しそうで、強い憤りを感じざるを得なかった。
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2005/10/20

常滑焼・人間国宝・山田常山さん逝去  日記(今日思うこと)

愛知県で唯1人の人間国宝常滑焼の陶芸家の山田常山さんが、肝臓癌でお亡くなりなった。81才だった。亡くなったのは、昨日(19日)の夕方だったそうだ。偶然だが、丁度ブログで焼き物についてを書いていた時間だった。今年1月には、瀬戸市加藤卓男さんがお亡くなりになっており、これで愛知県には人間国宝の方は、ついに不在になってしまった。

山田常山さんは、朱泥の急須造りで、平成10年、重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)に指定された後も、「わしは名人ではない、職人じゃ」と、奢られる事無く、気さくな気質のまま、ご自宅を訪ねて行けば、誰でもに、「近頃はペットボトルやらで茶を飲むのが流行っとるそうじゃが、こうして飲むと上手いじゃろ」と必ずご自分の急須からお茶を入れ、持て成して下さっていたそうだ。傘寿を迎えられた昨年、年齢と同じ数の「急須80点」の個展前に、私の知人が地方紙の取材で伺った時も、「よくも、80までもったものじゃ。自分でもびっくりしとるわ」と、笑いながら答えて下さったと教えてくれた。
     クリックすると元のサイズで表示します 2004年 新作工芸展出品作品 <朱泥急須>
また、愛知万博の開幕寸前に、長久手会場迎賓館へ、県陶磁資料館から貸し出された常山さん作の急須が盗まれた時も、入院中の病室から「盗られるようなものを作ってこそ本物」と笑い飛ばし、「(関係者が)困るじゃろ」と代わりの急須を改めて寄贈された。幼い頃から、おもちゃで遊ぶ代わりに、粘土細工をし、小学校6年の時には、「日本一の陶工になる」と作文に書かれていた。急須造りは、その技法課程が非常に難しい上に、地味である、日本茶を急須で出して飲む習慣も減り、後継者も少なく死活問題にもなっている。そんな現状の中、ご自分の夢を全とうされた常山さん。惜しい方が逝ってしまわれた。。ところで常滑焼の朱泥は、急須お茶を美味しくするというだけでなく、その徳利は、2級酒を1級酒に変えてしまう程に美味しくなると言われている。今頃は、お体を患われてから飲まれなかった御酒を、先に逝かれた加藤卓男さんと御二人で、朱泥の徳利から、唐三彩の杯に注いで、一杯飲んで居られる事だろうか。。。ご冥福をお祈りします。

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