2005/10/22

とみちゃん 現在進行形  学生時代の思い出とちょうちんブルマ

とみちゃんとの中学時代の思い出については、過去のブログで2件書いた。本当は、まだまだ、数え切れないくらい、笑える?話があるのだが、私自身の品位にも(今更遅いが)関る可能性があるので、ネタが尽きるまで?、控えておく事にする。今日は、生放送とまでは、行かないが、近い時間に起きた、とみちゃんとの出来事を書こうと思う。

さて、今夜の私は久しぶりに仕事がオフで、友達と車で20分くらい離れたパスタ屋さんに行った。とても美味しい(と私は思う)パスタ屋さんで、友達も私もご満悦だった。外に出たら息が白い。天気予報が言っていた通り、12月上旬並の気温になっていたのである。しかし空は雲ひとつ無くて、そのパスタ屋さんが街並みから外れた場所にある為、周囲の灯りが少なく、星が満天に見えた。私と友達は、「週末に 女2人で 星を見る」「俳句にしては季語が無いね」等と言いながら、例の地球と近づいて大きくなっている火星を見上げていた。月も煌々と輝いて綺麗だった。

そこへタイミングよく、とみちゃんから携帯メールが入った。そのメールには

「ほたるが、言っていた火星を、家族揃って今見てます。近所に住んでる親戚の人も来ました。火星について聞いた事を皆に話したら、子供に『お母さん頭いいー』と、誉められました(^_^)v。親族の中で鼻高高でした。サンキュ。火星南の空で、とっても綺麗に光ってますよ。ほたるも見てチョーダイ!」

と書かれていた。読んだ私は『ん???』と、思った。南の空?火星はこの時間、東に見えている。。。まさか、150キロ北でも、南には見えないだろう…もしかして…それは…金星?私は一緒にいる友達に承諾を得て、電話をかけた。とみちゃんは相変わらずの大声で「メールでいいのに、私の声が聞きたかったん?」と言った。「あのさ、言い難いけど火星は東にあるよ。南に光っているのは、金星だと思うけど…」何故か、私は遠慮気味に言った。すると、携帯電話を持ったまま、外に出た、とみちゃんは、「あれ?あ、あるある、あるわ。東に」「ま、いいわ、子供にだけ話しとく、あとの大人は、火でも金でも、わからん、わからん。あはははっー」と笑い飛ばされてしまった。私も「変っていない」と、よく言われるけれど、とみちゃんは、もっと変わっていなかった。。傍に居た友達は、「お腹が苦しい」と、うずくまって笑っていた。とみちゃんの親族の知り合いに、星に詳しい人が居ない事を、ただひたすら、祈りたい。
0

2005/10/22

20才の彼女の晴れの日  着物の着付関係(和服)

今日も、朝から晴天で、さわやかな涼しい日となった。また、今日は、天気とは関係ないが、ブログを書き始めて1ヶ月記念日?である。仕事の合間に書き綴って来たのだが、よく毎日続けられたものだ。と感心?している。私は、一応自営で、お客様相手の仕事をしている。その日その日に出会う、お客様の笑顔を見せて頂く事が毎日の楽しみである。お客様にとっての特別の日のお支度を、させて頂く事も多く(これを書くと職業が判ってしまうが)そういう日は、特に光栄に思って、心を込めて仕事をさせて頂いている。
クリックすると元のサイズで表示します
今日は、暦の上で言うと仏滅、結婚式等のお目出度い行事は、なさらない方が殆どである。しかし今日、20才のお嬢様の振袖姿をお支度させて頂いた。2日前の事だ。1人のお嬢様が、私を訪ねて来てくれた。「今年20才で来年成人式だけど…」とお聞きした時には、成人の日のご予約かと思ったが、彼女の話は違っていた。現在、彼女のお父さんが肺癌のステージ4で、肺炎を併発、前日にお医者様に呼ばれ「覚悟をして置きなさい」と言われたのだと話してくれた。私は彼女の話を固唾を飲んで聞き入った。「成人の日までは、待っていられないので、どうしてもお父さんに見せたいから、此方の都合の良い日に、振袖もレンタルし、着付をして欲しい」という相談だった。更に彼女は昨年12月、お母さんを『ミトコンドリア脳筋症』という原因不明の病で亡くしていた。昨年は、御両親共に入院されていて、彼女が一家の生計を担っていたそうだ。何という運命なんだろう。神様がいるとしたら残酷だ、と私は思った。しかし彼女は、とても明るく、笑顔が素敵で、前向だった。
クリックすると元のサイズで表示します
私は、彼女の話をお聞きしている内に、彼女のその綺麗な瞳に、引き込まれるようだった。思わず「私の持っている振袖で良かったら、着て頂けないですか?」と言っていた。箪笥から出してお見せした所、その中の一枚を気に入って頂いた。自分の振袖姿を、病床のお父さんに見せたい…そう思われた時に、このお店を選んで下さったのだ。感謝して、着付させて頂かなければと、光栄に思った。昨夜、帯や小物も、組み合わせを、私自らが楽しんで、コーディネイトした置いた。彼女の今の輝きを、もっと輝かせるよう、着付させて貰うように心がけた。今日、彼女は、初めての振袖姿になった。とても可愛く、(お着せした私が言うのも変だが)よく似合っていた。他のお客様も誉めて下さっていた。彼女は少し恥ずかしそうだった。迎に来たスーツ姿の彼氏は、目を見張っていた。そして呟いた。「もう飲み物しか駄目だから、りんごジュースを持って、挨拶に行くんだ」と。彼女のお父さんと会うのは、初めてなのだそうだ。2人の姿が眩しかった。2人は「ありがとうございました」と何度も何度も、頭を下げ、お店を出て、そしてお父さんの入院されている病院へ向かって行った。私は見送りながら、一生懸命、生きている彼女の、お役に立てた…それだけで、お金では買えないものを、私の方が、頂いた気がした。振袖も、箪笥の中で眠っているより、こんな素敵な親孝行のお役に立てて幸せだろう、と、涙が止まらなかった。
クリックすると元のサイズで表示します
私の友達にも20代にして、同じ一年間に、両親を癌で亡くした子が居る。思い出が多すぎて辛いからと、自宅には住まず、近い所にマンションを買って生活している。今年で13回忌を向かえ、ようやく母親の和服を着たい、という気持になったと話してくれた。そして、「虫干しも兼ねて母親の和服を出すので、寸法とか見て欲しい」と言っている。この秋、休みを合わせて、和服姿で一緒に出かけられたら…とも2人で考えている。私の手元にも、祖母や伯母達の形見の和服がある。このように和服は、何代も受け継いで着る事が出来るのだ。しかし、最近では、箪笥から出して小物を合わせたり、後で沁み抜きをしたり、「手入れが面倒だ」と言う人も多い。でも私は考える。箪笥から出し、小物を合わせ、そして着た後は手入れをして、また箪笥に返す。この流れこそが「心のゆとり」であり、日本人が大切にして来た「雅の文化」なのだと。。。
クリックすると元のサイズで表示します
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ