2005/11/5

灯火親しむべし 作家・原リョウさん  日記(今日思うこと)

日没が早くなった、気がつけば11月…秋も深まり「灯火親しむべし」の季節である。原りょう(正しくは寮のウ冠を取った文字)さんと言うミステリー作家が、西日本新聞に寄稿した「読書論」の中の一節がとても興味深かったので、今日は、作家原リョウさんについて書いてみる。
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原リョウさんは、元ジャズピアニストで、私の友達のシャンソン歌手「堀田小夜子」と組んでいたジャズピアニストの故「吉田 克幸」氏の知人でもあった。原リョウさんは、著書としては2作目の、サスペンス・ハードボイルド「私が殺した少女」で平成8年、102回直木賞を受賞した。その「私が殺した少女」から第3作目の「さらば長き眠り」までは、5年が過ぎ、そして第3作目から7年という月日が経過した昨秋、前作の続編「愚か者死すべし」を発刊した。そのシリーズ全てに登場する、さえない私立探偵・沢崎の会話の下りは、和製チャンドラー版と言われる程、小洒落ていて味がありとても面白い。
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しかし原リョウさん自身は「古典文学好き」で、その「読書論」にも「古典の薦め」と名打って、古典としての本を評価する「私だけの2つの前提条件」が表されている。

1つは「著者が故人である事」
生きている人は、執筆後も何を仕出かすか分からないので、拙速に評定する必要もない。

2つ目は「その本が書かれて、50年以上が経過している事」
作家は亡くなると、急にブームになったりするが、50年過ぎた本なら、そんな喧騒とも無縁になり、古典の基準の最短期間をクリアする。
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まるで、原リョウさん本人の作品を否定するかのような記述であるが、最後に「今日、読まなければ価値がないような本は、明日読んでも価値のない本である」と結んでいる。まさしく名言であると感じた。原リョウさんのミステリーは、今日読みきってしまいたい程に、その世界に引き込まれてしまう。原リョウさんの前提によると、お薦めの古典文学ではないが、秋の夜長にはぴったりの著書である。
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また、原リョウさんのエッセイ「ミステリオーソ―」には、ご自身のデビューが、文学賞応募ではなく、持ち込み(正確には郵送)だという珍しい経歴だと、書かれていて、その作品には、盗作防止の為に、予め自らが書いたことを証明出来る暗号を、原稿内に仕掛けていたという、まるで自身の小説の内容ばりの下りがあり、なかなか小技を効かせていて、人間的にも、とても興味深い作家である。
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以下エッセイ「ミステリーオーソ」の中から、抜粋
……ジャズの時の失敗を糧にして、40才でスタートした遅れてきた小説家としては、10代、20代から小説家を志望するのが普通の小説家にはない、30年にも及ぶ「純粋読者」としての経験を軽視しないで、「読書の愉しみ」を忘れない小説家であり続けるつもりでいる。
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クリックすると元のサイズで表示します注「ミステリーオーソ」とは、ジャズピアニスト、セロニアス・モンクのアルバム名である。セロニアス・モンクの生涯については、1989年、ドキュメンタリーとして『ストレート・ノー・チェイサー』(Straight, No Chaser )をクリント・イーストウッドが制作している。
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