2005/11/7

メジャー日本人初の正捕手に向けて  Boston Red Sox・MLB

FA宣言をしてメジャーリーグ入りを希望している、ソフトバンクの城島健司捕手が、メジャー屈指の辣腕代理人、アラン・ニーロ氏と正式契約をしたと、新聞が報じていた。城島の条件は、あくまでも正捕手として契約を結ぶ事や、家族が求める生活環境を含めて、希望を提示しているそうだ。城島は今月下旬には渡米して、ニーロ氏と合流、移籍交渉に望む。 これで、日本人初のメジャー正捕手が誕生する可能性が高くなったと言う。城島に対しては、マリナーズ、メッツ等7球団前後が、獲得に意欲をみせているらしい。
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アメリカでは、殆どのプロスポーツ選手が、代理人に年俸交渉等を依頼している。日本のプロ野球等、問題にならない程の契約金が、動くのだから必然であろう。ところが、日本球界では、代理人として交渉権を持てるのは、弁護士資格が必要な事に対し、アメリカでは弁護士、税理士などの資格は、全く必要なく、メジャー選手会の審査を受け、登録されれば、その活動ができるのだそうだ(従兄の弁護士談)反して日本球界は、2000年に、ようやく代理人交渉を認めたばかりで、代理人交渉をしているのは、上原浩治投手らの、ごく僅か。。。その状態に比べ、やはり、アメリカらしく、選手のみならず、代理人業界でも、実力第一主義の開かれた世界だと思った。
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☆アラン・ニーロ氏のクライアント

メジャー、現役選手
・ランディ・ジョンソン(ヤンキース) ・王 建民(ヤンキース) ・ダニー・グレイブス(レッズ) ・ジョニー・エストラダ(ブレーブス) ・ベンジー・モリーナ(エンゼルス)ビクター・マルティネ(インディアンス) ・田口 壮(カーディナルス) ・ファン・ゴンザレス(インディアンス)

日本プロ野球選手(メジャーより)
・アレックス・カブレラ(西武) ・グレグ・ロッカ(広島)
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☆アラン・ニーロ
1983年、スポーツマネージメント会社「CSGM」を立ち上げた。理学博士の学位を持ち、メジャーリーグ選手会の契約アドバイザーを務める他に、大学のレスリング部のコーチとしても実績を残している。米スポーティングニューズ誌が選ぶ「スポーツ界の陰の実力者100人」の中、6位にランキングされている。
                                 ◎参考 中日スポーツ誌
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2005/11/7

追悼 本田美奈子さんの曲 「つばさ」  日記(今日思うこと)

歌手であり、ミュージカル女優の本田美奈子の訃報が、日本列島を駆け巡った。昨年暮れ、体がだるいという風邪に似た症状が続き、今年1月12日検査入院、翌日、白血病と診断されたと報道された。以降、3度の化学療法の後、5月12日に臍帯血移植を受け、一時退院し、誕生日を自宅で迎えた。そして8月24日に骨髄移植を行ったが再発、しかし、更にアメリカからの新しい抗癌剤を投与したというニュースを聞き、来年予定されていた「レ・ミゼラブル」名古屋公演では、元気な姿が観られると、楽しみにしていた。帰って来て欲しかった。白血病を克服し、復帰した、三大テノールのホセ・カレーラスや、俳優の渡辺謙のように。。。
クリックすると元のサイズで表示します  遺作となったデビュー20周年記念アルバム                    
                          「アメイジング・グレイス」10月19日発売

しかし、結局、私にとっては、1998年3月公演の、中日劇場で観た「レ・ミゼラブル」のエポーニーヌ役の彼女が、公演で観る最後の姿になってしまった。その時、初めて彼女の声を生で聞いたが、流石、1年間の休職をして、歌のレッスンを積み、「ミス・サイゴン」のオーディションで、キム役を掴んだだけあって、彼女の歌った「オン・マイ・ウォン」は素晴らしい歌唱力で、中日劇場に響き渡っていた。

それ以前に、私が聞いた本田美奈子の声の第一印象は、デビュー曲の「殺意のバカンス」の時で、空に響き渡るような良い声だと、思っていた。お臍を出すコスチュームで歌った「1986年のマリリン」が、大ヒットとなったが、私は、彼女の歌ったCMソング(オッペン化粧品)の「つばさ」という曲が1番好きで、そのさびの部分や、30秒以上のロングブレスで歌うラストに感動し、そのシングルディスクを購入していた。その頃、「つばさ」のような静かなバラードを歌えばいいのに、と素人ながら思ったものだ。アイドルというイメージから脱皮し、バラード等をしっとりと歌える歌手となって欲しいと密か思っていたのだが、暫くして、ミュージカルのオーディションを受けたと、TVのニュースで聞いた。彼女自身も脱アイドルを目指していたのだろう。

話が前後するが、そのオーデションは、全ての役をプロだけでなく広く一般からも募るという、ミュージカル史上最大の規模だった。全国から1万5000人もの応募者が集まり、本田美奈子は2500倍という倍率を勝ち抜いた。それまで自己流でやってきた歌と踊りを、全て一からやり直し、トレーニングに集中しようと決心し、一年間仕事を休んでいた努力が実ったのだ。そして「ミス・サイゴン」での演技は高い評価を受けた。しかし、彼女は舞台装置に挟まれて、足の指を4本骨折するという大怪我を負ってしまう。だが、彼女は激痛をこらえ、 Wキャストのもう1人、入絵加奈子が到着するまで、一幕をそのまま演じきった。それは、仕事に対して真剣に取り組むミュージカルスター・本田美奈子の誕生の瞬間だった。

また、歌手・本田美奈子のデビュー時には、秘話がある。当時は松田聖子が全盛期だった。女優、工藤夕貴が、従妹にあたるのだが、デビューが重なった為、従姉関係を隠す為に、本名は伏せて、芸名が考えられたという。そして、全盛だった松田聖子にあやかろうと、車の「MATSUDA」に対抗して「HONDA」から名前を取り「本田美奈子」になったのだそうだ。私がそのエピソードを聞いた時は、名古屋人として、「TOYOTA」」を取って「豊田美奈子」にして欲しかった。と勝手に思ったりしたものだが、当時は「HONDA」がF1で大活躍していた頃だったので「やむを得なかったな」と、1人で勝手に納得していたものだった。
本田美奈子 本名 工藤美奈子 38才、闘病生活、10ヶ月。2005年11月6日、急性骨髄性白血病により永眠。 ここに追悼の意をこめて、「つばさ」の歌詞を、書き記して置きたい。(文中、敬称略)

………天使となって、天国でも、歌い続けてくれるように………

「つばさ」   作詞 岩谷時子

私 つばさがあるの 太陽にきらめいて 
羽ばたきながら 夢追いながら
はるかな 旅を続ける

私 希望があるの 心から 輝いて  
夜明けの色 夕日の色に
つばさを染めて 飛ぶのよ 
自由が私には 勇気と光をくれたわ

あなたもある つばさがある
飛立つのよ 空へと
美しいわ 幸せでしょう
風に乗り 虹を渡ろう


皆 つばさがあるの 未来へと 華やいで
月日を越えて 悩みを越えて
あなたの道をたどるの

つばさが大空の蒼さと優しさ 教えてくれる

○「本田美奈子さんが、工藤夕貴さんと従姉妹関係にある」と、書いた事について、私が間違った噂を記憶していたようでした。ここにお詫びして、訂正致します。-合掌-
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