2006/1/31

フジTV放送・奇跡体験…シベリア抑留者と忠犬「クロ」の物語(1  日記(今日思うこと)

先日、珍しくTVを点けていたら北野タケシ氏の「奇跡体験アンビリバボー(Unbelievable)」が放映されていた。もともと何かをしながら他ごとをする事が苦手の私は、新聞を取り出しTV欄を見て、内容を確認した。今日は是非見なければと、チャンネルはそのままにし、真剣に観る事にした。シベリア抑留者と賢い捨て犬の衝撃のドラマが放映される予定だったからだ。私の祖母の2人の従弟のおじさんもシベリアで抑留され1人は亡くなり、もう1人のおじさんは、私も会った事があるが、足先の指1本と、左手の指を凍傷による壊死で失くしていた。祖母からその悲惨さは、語り聞いていた。祖母は亡くなるまで、「ソ連だけは好きになれない」と、言っていた。戦争は憎しみしか残さない。そう言って話してくれた祖母の顔が浮かんでいた。以降、TVを観た内容と独活 章 著 の「クロ物語」を参考にその感動のドラマを私なりに書き残して置きたいと想った。
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1945年8月6日、広島に原子爆弾が落とされ、9日には長崎にも、原爆が投下された。その9日、ソビエト連邦は、日ソ中立条約を破棄し宣戦布告、満州国へ侵攻した。それから「7日間」の戦闘の後、満州国や南樺太で、捕虜となった旧日本軍兵や在満州民間人など、約60余万人がシベリアに抑留され、過酷な環境下で強制労働に従事させられた。その年季は短い人で3年、ハバロスク裁判での判決で長い人は25年にも、及んだ。京都府にある舞鶴港は、そのソ連からの帰還船が着岸する港だった。その港に、1956年、長い抑留生活を終えた旧日本兵をせ乗せた、帰還船「興安丸」に、1025人の抑留者と一匹の犬が乗っていた。
クリックすると元のサイズで表示します 「クロ物語」と井上さん(84歳)鳥取県のご自宅で…(photo by nihonkaishinbun)
その犬の名は、『クロ』日本人抑留者達が、収容所で飼っていた犬だった。勿論、抑留者達に最初から、犬を飼う事など、許されてはいなかった。抑留者の1人だった井上平夫さん(現在84才)は、陸軍中野学校を出て、特殊任務、つまりスパイ活動に携わっていた。その為、下された判決は重く「矯正労働25年」。気が遠くなるような判決だった。井上さんは、満州で捕えられ、一般の抑留者とともに収容所を転々としたが、判決後は、奥地のタイシェト近くの囚人用収容所に入れられた。僅かな黒パンと塩汁だけで、来る日も来る日も鉄道工事に駆り出された。50年4月、ソ連が「戦犯を除き、日本人抑留者は送還した」と発表した。しかし、戦犯とされた自分はまだシベリア残され、ハバロフスクに移されて、強制労働を強いられていた。
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ある日、仲間の1人が、労働先で黒い捨て犬を見つけ、何とか身体検査を通り抜け、収容所へ連れて来た。その犬は『クロ』と名付けられ、仲間の1人が自分の1日分の大事な食料である黒パンを与えた。クロは、美味しそうに食べ殺伐とした収容所の中には皆の笑顔が起きた。しかし、子犬の鳴き声にソ連兵は気付き、元居た場所に捨てて来るように命じた。皆泣く泣く捨てに行き、寒空で一匹残された子犬を想って涙していた。するとその収容所の外で犬の鳴き声がした。なんと外にはあのクロがいた。5キロ以上も先の労働先から餌をくれた恩を覚えていたのか、戻って来ていたのだった。
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その後、何度捨てに行っても、また戻って来てしまう為、ソ連兵も段々、黙認するようになった。抑留者の生活も、10年を過ぎ、徐々に処遇も改善され、日本からの小包みも許されるようになっていた。井上さんもその小包みに中から、お菓子等はクロに分け与えた、皆で心の拠り所のようにクロを可愛がった。井上さんは語っている「日本人には、なつくのに、ソ連兵を見るとけたたましく吠えてね。全く私らの心情を解った、賢い犬だった」と…。やがて、棒と綿糸で巻いた球での野球も愉しめるようになった。クロはいつも抑留者と一緒だった。そんなある日、仲間の1人が打ったボールが鉄条網を越えて飛んで行ってしまった。頭上ではソ連兵が、銃を向けて見張っている。貴重なボールだが抑留者は、取りに行けなかった。
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するとクロが走り出し、鉄条網を潜り抜けそのボールを咥えて来た。流石のソ連兵も犬を撃つ事は出来なかった。その野球はクロが球拾いをする事から、「クロ野球」と呼ばれ、抑留者の大きな楽しみになった。また、或る深夜、クロが、けたたましく吠えて仲間を起こし、収容所の火事も大事にならずに済んだというお手柄話も記録されている。井上さん達の、先の見えない抑留生活の中で、クロは、抑留者皆の心の支えだった。昼間の作業を終え、くたくたになって帰ると、クロがしっぽを振って迎えてくれた。すると疲れが和らいだそうだ。
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1956年10月、日ソ間で交わされた、共同宣言調印を機に、全ての抑留者の帰国が決まった。喜びに沸く収容所。しかし、全員がクロの事を心配した。犬は連れて帰れない。クロはまた捨て犬になってしまうのか。1956年(昭和31年)12月23日、収容所最後の夜は、誰もがクロの事が気がかりで眠りにつく事が出来なかった。
◎以降、明日に掲載します。体調が完全でない為、お許しください。

○参考  フジTV「奇跡体験アンビリバボー」
     「クロ物語」 独活 章 著 (けやき出版) 

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2006/1/30

イチロー選手、愛工大名電先輩の元朝乃若関の断髪式へ出席  Boston Red Sox・MLB

現・若松親方を名乗る元幕内力士・朝乃若の断髪式が、28日、両国国技館で行われ、愛工大名電高校の後輩のイチロー選手が、340人の中の1人として、初めて断髪式に参加したそうだ。3月に開催されるワールドベースボールクラッシックに向けての自主トレの合間を縫って駆け付けたイチロー選手は鋏を入れながら「先輩、お疲れさまでした」と労いの声を掛けたという。若松親方は、「本物のイチロー選手なんだ」と思いつつ、「恐縮した。でも『先輩』はいつまでも超されることはないからね」。と嬉しそうだったと中日新聞は報じていた。

クリックすると元のサイズで表示します 若松親方、断髪式の模様(photo by Chospo.com)
クリックすると元のサイズで表示します断髪式といえば、以前勤めていたスタッフの子のお父さんも元、お相撲さん(しこ名・切山)で、残念ながら十両までしか進めず引退をされていた。その方の断髪式は、幕内力士で無い為、国技館では出来なかったが、所属した部屋の稽古場で、やはり大銀杏を結い、断髪式行ったとお聞きした。その時は、苦労して十両に上がり初めて大銀杏の髷を結った時を思い出し、感無量だったそうだ。その切り取った髷はガラスのケースに入れて大切に取ってあり、見せて貰った。見て私が気になったのは、仕事柄、使用される鋏の事で、まさか羅紗鋏を使うのでもあるまいしと、聞いてみた所、やはり専用に買うか、幕内力士ともなると後援会が、専用の品を用意するということだった。若松親方の写真を見ても、親指と残りの指が入れられるような特殊な形をしているように見えた。
切り落とされた大銀杏の髷 クリックすると元のサイズで表示します
(写真提供・元切山関の長女Tさん)
クリックすると元のサイズで表示しますイチロー選手は、昔から千代の富士関(現・九重親方)が大好きだったそうだ。及ばすながら、私も大好きで、第58代横綱千代の富士関の精悍な顔立ち然り、そして、けっして体格には恵まれていなかったが、引き締まった筋肉質の体で、大きい力士を上手投げで投げ飛ばす姿を、応援していたものだった。平成元年6月に三女愛ちゃんを突然亡くされたが、その直後の7月場所で優勝。その遺影を抱かえた部屋での優勝インタビューは涙を誘い感動した。更に、父は私を上回る大ファンで、何と、写真付き切手(Pスタンプ)も、持っている。そのホルダーには、初優勝の1981年初場所をはじめとする優勝記念の写真や、断髪式の様子が描かれていて、プロフィールと戦歴も記されているのだ。父は、その写真つき切手を、一番価値があると思っているのか、金庫の中に閉まっていて、なかなか出して見せてはくれない。私が前見たのは、顧問弁護士さんが来られて「千代の富士ファン」と知り、話が盛り上がった時、得意げに見せていたのが最後だった。それを先程、拝み奉り頼み込んでやっと出して来て貰った。↓

千代の富士記念切手付きホルダー クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します1991年、5月、若貴ブームの前触れともなり。角界の新旧交代の瞬間となった千代の富士関の涙の引退時のあの一言、「体力の限界!」も、忘れられないが、翌年2月に行われた断髪式は、とても印象的だった。その時の千代の富士の断髪式に使われた鋏は、千代の富士のファンだった上記の弁護士さんにお聞きした所によると、学校教育においてのみ使用可 として、岐阜大学カリキュラム開発研究センター に保存されているそうだ。写真は見せて頂いたが、本物を是非見てみたいと願っている。また、千代の富士関は、角界で初めて国民栄誉賞を受賞した。イチロー選手も、2度の国民栄誉賞の打診があったが「まだ若いので、今の段階で国家から表彰を受けると、モチベーションが低下する」という理由で辞退している。今後も、イチロー選手にはその栄誉賞に相応しい活躍ぶりが期待できると思っている。若松親方がイチロー選手の声かけに、恐縮しながらも「先輩はいつまでも超されることはない」と言った言葉は、最高の敬意の言葉であったに違いない。

千代の富士関、断髪式に使用した鋏(写真提供・K法律事務所)クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します尚、過去プロ野球選手で国民栄誉賞を受賞したのは、通算ホームラン世界記録を持つ王貞治氏と、連続試合出場最多記録保持者の衣笠祥雄氏である。しかし、通算盗塁最多記録保持者の福本豊氏は、国民栄誉賞を辞退している。その理由は「そんなもんもろたら、立ちション、でけへんようになる」だったそうだ。
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2006/1/30

「ほたる」がへたって「へたる」になる…  日記(今日思うこと)

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28日、29日と、早朝着付が続き、お陰様で仕事が忙しく走り回ったのですが、さすがの?ほたるも、体調を崩しました。その為、昨夜は、ブログを書き始めて、初めて休んでしまいました。色々心配してメールくださった方々、本当に、ありがとうございました。今日一日、完全休養をとって、また、元気に書き始めますので、期待?しないでお待ちください。また、コメントのお返事も遅れてしまっています。ごめんなさい。以上「ほたるが、「へたる」になるの巻でした。

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2006/1/28

元ライブドア社長の堀江氏と、稲盛和夫氏の「成功への方程式」  株式

IT企業のはずだった、ライブドアの組織図を改めて見ると、傘下に並んだ子会社には、金融関連企業がずらりと並んでいる。新聞の経済面には、ライブドアグループの収益金の70%が、金融企業からだ。とも書かれている。それもただの金融業者ではなく、「ライブドアの最大の商品は自社株」でもあったようだ。捜査が進むに連れて、ひたすら自社株の値を吊り上げて、時価総額世界一の会社を目指した、その手段を選ばぬ姿が浮き彫りになって来ている。
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1年前、フジTVと争ったニッポン放送株に使った時間外取引も、「脱法行為」との批判の声に「ずるくても合法なら許される」と堀江氏が口にしたのは、記憶に新しい。知り合いに堀江氏の著書「稼ぐが勝ち」(光文社)を持っている人がいて、貸してもらった。その著書の中には「金をもっている奴が偉い」「人の心はお金で買える」「善悪は儲かるか、儲からないかで決まる」もう、お金の欲の話ばかりで、その考え方は、お金が全てというもので、金・金・金の文字が溢れていてお腹一杯になり、ゲップが出そうだった。結局、プロ野球界への参入しようとしたのも、お金儲け目的にしか過ぎなかったのだろう。
クリックすると元のサイズで表示します 『成功への情熱』稲盛和夫・著 発行:PHP研究所

2001年の2月の半ば頃だった。その前年10月、KDD、DDI、IDOの合併により KDDI(株)が、設立された。その名誉会長には、京セラ(株)を設立し、1997年から名誉会長を務められている、稲盛和夫氏が就任された。その設立パーティに列席し、稲盛氏の講演を聞いて来たという仕事先の工場長さんが『成功への情熱』という稲盛氏の著書を貸して下さった。その本の中には、稲盛式「成功の方程式」として…

      人生の結果=考え方×熱意×能力

…が書かれていた。この方程式は、足し算ではなく、掛け算だという所に、ポイントがある。この中の何が優れた数字であっても、掛け算では、1つが−になれば、全てが−になり、更に他が大きい程、−がどんどん大きくなってしまうのであった。当時の私は、そのバランスが大切だと、読んだものだった。その『成功への情熱』の本は、お返ししてしまい手元にはないが、今でも、何かでガツンと叩かれたような、衝撃的な印象を持った事を思い出す。
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その稲盛式方程式を、IT企業の風雲児とも、時代の寵児とも言われた堀江氏に当てはめてみた。堀江氏には、確かに能力もあった。熱意も充分だった。しかし、考え方が法を逸脱してまででは良くなかったのだと思った。方程式に従えば、その能力と熱意が膨大すぎたゆえの、大暴走であり、−が余りにも大きくなり過ぎたのではないかと、改めて稲盛氏の方程式が、起業し事業を続けていく者にとって、鋭い指針となる気がした。堀江氏の会社創設当時の社名は「オン・ザ・エッジ」だった。「エッジ」をジーニアス英和辞典で引くと、「刃、刃先」や「縁、へり、角」の意味の他に「(欲望の)激しさ、熱意」という意が見つけられた。偶然とはいえ、その軌跡を暗示していたようで皮肉なものだと思った。

クリックすると元のサイズで表示します高知競馬場で28、29日のレースに出走停止になった「ホリエモン」(オス4歳)…馬には罪がないが…

新生ライブドアは、『脱堀江』のイメージを鮮明に打ち出して経営を立て直す方針を打ち出しているという。ライブドア関連のサイトから「堀江」「ホリエモン」の文字が続々と“消去”されている。ポータルサイトからは「堀江貴文日記」「堀江貴文のお仕事Biog」など堀江氏に関るサイトへのリンクが削除されている。身内の“ホリエモン離れ”が加速する背景には、フジテレビとの関係がある。再建に向けてはフジとの提携問題が焦点となる。フジ側は違法行為に関ったとされる堀江氏ら旧経営陣が、経営から手を引いたことを評価し、支援策を検討しているのだ。法令順守と企業統治体制が確立した時点で具体的な支援策を打ち出すとしている。一方堀江氏は、東京拘置所で「資金繰りは大丈夫か」等と経営を気に掛けているという。拘置所内では、新聞も自身に関連する記事は、黒塗りされて読むことが出来ない。情報社会で時代を先取って来たはずの堀江氏。今では身内の『脱堀江』のニュースさえも知る事が出来ない。
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2006/1/28

癌克服、井上怜奈選手、フィギュア4大陸選手権ペアの部優勝!  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

女子シングルはショートプログラム後、中野友加里選手が3位に、浅田舞選手が4位につけた。また、男子シングル、ショートプログラムは、織田信成選手が首位に立った。フリー演技は、現地時間の28日に行われる。

表彰台で手を振る井上選手。左が2位の若松選手。後には日の丸の旗も…
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共同通信によると、フィギュアスケートの4大陸選手権は、現地時間の26日、米コロラド州・コロラドスプリングズで行われ、井上怜奈、ジョン・ボルドウィン組(米国)が168.89点で全米選手権に続き優勝した。2人にとってオリンピックへの幸先の良いスタートとなった。また、日本の若松詩子、ジャンセバスチャン・フェクトー組(カナダ)が2位に入った。癌を克服して全米優勝に続く金メダル。まったくをもって「素晴らしい」の一言である。この勢いで、是非オリンピックでも、金メダルを取り、天国のお父様に捧げて欲しい。
全米一の実力の素晴らしい演技 クリックすると元のサイズで表示します 

シングルは、SPを終えて、3位につけた中野選手、4位の舞選手も、フリーで頑張って欲しい。2人とも、その技術、表現力ともに、順位を上げられる実力は充分備えていると信じている。
然しながら、井上選手のこの朗報…日本メディアでの報道が余りにも少ないのが、とても残念である。

◎4大陸選手権とは…
ヨーロッパ選手権対し、それ以外の地域の選手達が、世界選手権の前に集う大会。1999年から始まった。南米やアフリカ、アジア諸国など、オリンピックには出場枠の無い国の選手の演技が見られる、貴重な大会である。


◎当、ブログ内、関連投稿記事。
肺癌を乗り越えトリノへ…フィギュアペア全米V、井上玲奈選手
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060124/archive
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2006/1/27

可愛い記者さん達…「職場見学・取材学習」の訪問を受けて  日記(今日思うこと)

今日27日は、地元中学の「職場見学・取材学習」の依頼の為、中学1年生の子達がやって来た。当店に来てくれたのは、レナちゃんとカナちゃん。(けっして双子ではない)の2人のチームだった。一週間前に予め、質問内容が本人直筆で送られて来た。此方もワードで打ち込み、プリントアウトして置いた。12の質問があったが、その中で「美容師になるのに、何時間くらいかかりますか?」という質問があったが、年数を時間に換算すると気が遠い数字になるので、確認の電話があった時、「せめて日数いや、年数にして下さいね」と言ったら、「はい、いいです。すみません」という答えだった。「チーフ、当り前ですよ。13才の子をからかってはいけないです」と、傍に居たスタッフに注意を受けてしまった。どうやら当社のスタッフは、年功序列に反比例して、しっかりしているらしい。
ヘアカラーの施術を真剣に撮影する2人クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示しますお店に入ってきたばかりの2人は、恐らく先生に教え込まれた通りの挨拶を、頑張って言ってくれた。(一気に読んで下さい)→「本日はお忙しい中、私達の職場見学取材学習を快く引き受けて下さりありがとうございます。宜しくお願いします。ふぅー」。忘れないようにと、息継ぎ無しで一気に言ってくれて、笑えて来たが、「はい、此方こそ宜しくお願いします」と、笑いを我慢して答えた。プリントアウトした用紙を見ながら、色々説明した。2人はペンを出して書き込みながら、とても熱心だった。話すうちに段々慣れて緊張感も取れてきたようだったが、とても爽やかな印象の子達だった。それにしても、美容師の仕事に興味を持っている子は、クラスで3分1位はいると言う。随分と憧れの仕事になったものだ。でも、けっして自分が着飾り派手に出来る仕事とも勘違いしないで欲しいと、お願いした。
クリックすると元のサイズで表示します一通りの質問に対する説明が終わると、写真を撮らせて欲しいとの事。「撮りたい所は何処を撮っても良いですよ」と言ったら、彼女達なりに相談して、撮り始めた。まずヘアカラーの施術をしている所。これは私の方から、お客様にご許可をお願いし、撮影した。カットしている所、次にパーマを巻いている所と撮っていた。さながら何処かの雑誌のカメラマンのようで、2人で「あーでもない、こーでもない」と言いながらアングルを変えて撮っていた。次に道具を撮らせて欲しいとの事で、説明しながら台の上に並べた。2人はネイルケアの道具に興味を示していた。そしてお店の中の彼方此方を写して行った。傍で聞いていると2人の会話が、とても面白かった。「こんなに撮ってったら、先生怒るかなぁ」←レナちゃん。「怒ったら消しゃ、いいじゃん」←カナちゃん。そうか、この時代『デジカメ』だから、フィルムの使いすぎに気を使う必要はないようだ。観察していると、(失礼だが)ボケと突っ込みという雰囲気でコンビで、なかなかいい感じだった。

ヘアカラーのチャートを撮影。角度を変えたりして撮る姿はカメラマン並?クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します2人の会話の続きである。「美容師の仕事は楽じゃないし、けっこう難しそうだね」←レナちゃん。「楽で簡単やったら誰でもなっちゃうじゃん」←カナちゃん。しかしながら、カナちゃんの答えは実に的確で素晴らしい。そうなのだ、簡単だったら誰でも出来てしまう。難しい事を身につける事こそが手に職をつけるということなのだ。私は傍で頷いていた。最後に「美容師の仕事は、体で覚える仕事と頭で覚える仕事の両方あって、いつまでも勉強や練習をしなければならないよ。だからこそ、覚える事が出来た時、何か出来るようになった時、嬉しくて楽しいんだよ」。と話した。2人は帰る前も、また直立して「ありがとうございました」と深々とお辞儀をしてくれた。今日の取材学習の結果は、新聞のように記事にしてクラスで発表するのだそうだ。「新聞が出来たら持って来まーーす」と2人は笑顔で、そう言って帰っていった。ガラス越しに見える2人の帰る足取りは軽やかで、表情は輝くような笑顔だった。そして、2人が外に出た途端、スタッフの1人が言った。「どうしよう、有名人になっちゃったら…サイン求められたら…」←スタッフ。「どうぞ、どうぞ、芸能界でも、漫才界でも行って下さい」←私。。全く、オーナーの顔を見てみたいものだ。
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2006/1/27

可愛い記者さん達…番外編  日記(今日思うこと)

スタッフの控え室に、「美容師という名脇役」という詩が貼ってある。美容師の仕事をとてもよく表していると、思ったので、来店してくれた中学生の子達に、コピーして渡した。朗読したら、1人の子が涙ぐみ、2人とも、感動したと言ってくれた。私も、それくらい価値のある、素敵な詩だと思っている。
「あなたは美容師」 美容師という名脇役 クリックすると元のサイズで表示します

いつものように 見えていたお客様が
ふと見えなくなった。
ある日 よそのお店に行って居られると
耳にした。
黙って唇を噛んだ。

行く店を選ぶのは「お客様」
あのお店に行くのも
このサロンを選ぶのも
それは お客様の自由
選ばれなかったお店が負けだ。

思い出してみよう
初めて お店をオープンした
あの年、あの日、
初めて 美容師として 髪に触れた
あの日 あの時
朝一番に 扉を開けて入って来られた
あのお客様。

そのお顔を その方のお名前を
今でも しっかりと 覚えているだろうか?
あの時の 胸の高鳴りと喜びを
忘れ去っては いないだろうか?

お客様は 鏡。
あなたの こころの姿が 
そのまま そっくり 伝わって行く。
あなたが 微笑むと
お客様の気持ちも 微笑むはずだ
あなたの目が きらきらしていれば
お客様のこころは
光り始めるだろう。

お店は 晴れの舞台。
主役は お客様。
けっして あなたではない。
あなたは 主役を支える
名脇役………
脇役次第で 主役が光る。

ドラマの感動は
脇役のあなたが 作る。
鳴り止まぬ観客の拍手を呼ぶのは
あなたという
決して 有名ではない ひとりの脇役。

あなたの名前
………「それは 美容師」。
          ―景山精二―

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2006/1/26

一筆啓上 『日本一短い手紙』  日記(今日思うこと)

「あの人と、幸せでしょうか、お母さん。 父さんは、無口なままで逝きました」。
1993年から福井県丸岡町が、住友グループ広報委員会の後援を元に、始めた「一筆啓上賞」。全国から募集した「日本一短い母への手紙」で大賞を受賞し、1996年映画化された手紙の文面である。この手紙の差出人の方は、私の環境とほぼ似通った環境だった為か、当時上映された映画は涙せずには、観られなかった。
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私は、病弱だった実の母と4才で生き別れ、実の父は私が19才の時、急死した。しかし私は育ての母にも恵まれ、とても幸せに暮らして来ている。生き別れた母が、再婚して暮らしている事は、子供の頃から風の便りに聞いていたが、やはり離れて暮らしている母の事を忘れる事は出来なかったと思う。母親が子供を想う気持ちも然りだが、子供も親を想う気持ちは、離れているほど強いように思う。その生みの母も、3年前、脳梗塞で逝った今、遺された私にとって、恵まれている様々な出会いに感謝しなければと、心から思える今日この頃である。
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さて、その丸岡町が「新一筆啓上賞」として、「愛」をテーマに夫婦間で往復書簡箋を送りあう、企画が昨年も実地され、24日その各賞が発表された。

大賞は……
妻から夫へ
「今度、生まれ変わるとしたら、スラッとした女らしい 出来る女に生まれ変わりたいわぁ」
と送り
夫から妻へ
「何や、今度は俺と一緒になりたないんか?」

と返した、作品だったそうだ。
私は、その暖かいご夫婦間の言葉のやりとりに、心温まる思いがした。
しかし、私が、とどめなく涙を流してしまい感動した作品は、秀作に選ばれた『抗がん剤の副作用を悲しんで書いた妻と、その妻を想う夫とのやり取り』の言葉だった。

妻から夫へ
「いよいよ脱毛が始まった。一週間でくりくり坊主」

夫から妻へ
「生きているだけで、丸もうけ。俺も坊主頭を付き合ってやるよ」

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勿論、私は、このご夫婦とは、お会いしたことも無いのだが、決して器用そうではないご主人の、丸刈りの頭を照れくさそうに撫でる姿と、それを病床でご覧になって微笑まれている奥様の姿が、目に浮かぶようだった。暫く止まらぬ涙をぬぐう事すら忘れていた。病気の時、そして、淋しくて心が病気になりそうな時、傍にいてくれる人、傍に居られなくても、気持ちだけでも隣にいてくれる人…は、魂の宝物のような気がする。そして、言葉を掛けられずとも、暖かく見守り、じっと待っていてくれる人もいるものだ。少なくとも、私も誰かを「静かに、そして暖かく、待つ人」になりたいと思う。
クリックすると元のサイズで表示します 郵便局で売られているミニレター
尚、意外に知られていないが、郵便局には、第一種郵便物として、郵便書簡(ゆうびんしょかん/愛称ミニレター)が販売されている。郵便書簡箋は葉書よりは正式な感じで、送料込みで、60円と、お手ごろである。メールやインターネット電話など、通信のスピードが速まり、どんどんと便利になって来ているが、時にはペンを持ち、誰かに手紙をしたためてみたいと思った。今なら寒中見舞いだろうか。長く会っていない私の師宛てに、今夜は手紙を書く事にした。
クリックすると元のサイズで表示します◎以下、丸岡市のHPから抜粋
『1993年(平成5年)から、行われている一筆啓上賞は、日本で最も古い天守閣を持つ福井県丸岡町にある丸岡城の、最も短い手紙文を刻んだ碑、「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」からヒントを得て、同町が日本で一番短い手紙文の再現、手紙文化の復権を目指そうということから始まりました。…中略…「日本一短い手紙」から「日本一小さな物語」へ。丸岡町は手紙を通した心のこもった町づくりをこれからも進め、手紙文化から手紙文学を目指します』。
◎丸岡市HP →http://maruoka-fumi.jp/
 ★素晴らしいHPです、是非、ご覧下さい。
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2006/1/25

『ライブドア』株の行方…「監理ポスト」の意とは?  株式

株には全く興味の無かった私が、最近新聞紙面の株の欄を開くようになった。自分に持ち株もないのに、見ているのも妙なものだが、ライブドアショックの余波を受けた他の株価がここに来て、安定して来たようで良かったと安堵している。さて、その株価欄の紙面の末尾に「監理」と書かれた部分があり、マザーズのページの「監理」の部分に『ライブドア』と『ライブドアマーケティング』が記されている。
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では、この「監理」と書かれた「監理ポスト」について質疑応答式に書いてみようと思う。尚、素人が調べたデータなので、詳しい方は間違いは勿論、説明不足の点等、ご指導願いたい。

<font>Q1 管理ポストとは?<font>

上場廃止の可能性を、投資家の人達に知らせる為区別してある。東証は今後、上場廃止基準に触れるかどうかの審査を行い、違反しているとみなされば、「監理ポスト」から、「整理ポスト」に移し、原則として1ヶ月後に上場廃止となる。それまでは、基本的に株の売買は通常通り行える。

<font>Q2 『ライブドア』と『ライブドアマーケティング』 両者株が何故、「監理ポスト」に置かれたか?<font>

ライブドアに対する強制捜査後に、東証は情報開示が不十分として、両者の株を21日付けで「開示注意銘柄」に指定した。しかし、堀江氏らの逮捕により、上場継続を認めると、公益や投資家の保護を定めた東証の「包括規定」に触れる恐れが発生した為、投資家に更に注意喚起する必要が出来た。堀江氏らの逮捕容疑である「偽計取引」や「風説の流布」については、明確な上場廃止基準が定められていない。その為、東証は捜査の進展に注意しながら、粉飾決済など他の明確な上場廃止基準に触れる行為が無かったかどうか、調査中である。

<font>Q3 過去に包括規定だけで、上場廃止になった例は?<font>

伊豆箱根鉄道など4件ある。包括規定は、その裁量の余地が大きいので、東証は客観的な証拠や事実を積み重ね、慎重に判断するのではと思われる。

<font>Q4 一部で既に報道されているが、ライブドアグループの粉飾決算が明白になった場合は?<font>

西武鉄道、カネボウなどの例のように、明確な上場廃止基準である、有価証券報告書の虚偽記載に当たり、上場廃止になる可能性が高い。

<font>Q5 『ライブドア』と『ライブドアマーケティング』 両者株が、「整理ポスト」に移った後に上場廃止になった場合の売買は可能か?<font>

「整理ポスト」でも売買は可能だが、まもなく市場で取引できなくなる不便さを嫌い、大きく値を下げるケースが殆ど。ライブドアの株主は22万人いて、上場廃止の影響は大きい。そして市場から資金調達できなかったライブドアが、グループ企業を身売りするなど、グループ解体をする可能性も出てくる。

<font>Q6 『ライブドア』と『ライブドアマーケティング』 両者株の上場を認めた東証に責任を問う事が出来るか?<font>

長友英資・東証常務曰く「上場会社が最初から誤魔化しを行った場合の解明は、なかなか難しい」と説明しているが、両社株を商品として並べた責任は免れない。仮に「包括規定」だけで両社株の上場廃止を認めた場合、ライブドアの株主が、東証に対して損害賠償を請求する事態も考えられる。

<font>Q7 『ライブドア』の株を持っていて、手放したいが?<font>

株価は下がる一方で、損が膨らんでいく帰来の為売りたい人が多い。現実に16日の強制捜査以降は売りが殺到していて、なかなか思うようには売れない状況が続いている。今日もライブドア株は137円で終え、売買高は4億2155万株となったが、システムダウンを防ぐ為、取引時間は午後1時半から3時までの90分間に制限された。明日は更に30分間、短縮される可能性もあるそうだ。

クリックすると元のサイズで表示します◎閑話休題
「ライブドア」株価の推移は、昨年12月20日、株式分割後の最高値794円から、700円前後で安定していたが、強制捜査後から下がり続け、売り手が殺到してなかなか買手がつかず、取引終了時に比例配分される現状が続いている。以上、株は人気次第で流動物とは解っているが、なかなか厳しい状況にあるようだ。堀江氏が社長の座を退き、ライブドアが買収したソフト会社「弥生」の社長、平松氏が新社長に就任し、急遽新体制を整えたが、社会や株式市場の信用を取り戻す事への道程は、かなり険しそうだ。

○引用参考  中日新聞

クリックすると元のサイズで表示します◎<font>☆補足<font>
昨日、25日は、株価の下落に「買い」も殺到したという。株式市場の「寵児」も今や買収の標的となりつつあるようだ。筆頭株主の堀江氏は、取締役も辞任したと報じられた。堀江氏は、1億8千万株を所得していた為、16日からの9日間で千億円を超える資産を失った事になるそうだ。1年前は、ニッポン放送株の買収合戦を演じていたのだから、その流動性の大きさに鳥肌が立つほどの、恐怖感さえ感じてしまった。
<font>
◎1日前の投稿にコメント頂いた「毎日父さん」様が、ライブドアの宮内氏と耐震偽装事件の姉歯氏を対比して書かれています。以下にご紹介させて頂きます。
http://diary.jp.aol.com/applet/xwbsua/20060126/archive
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2006/1/24

ライブドア王国崩壊か?…ゲーテの「ファウスト」との共通点…1  株式

昨夜(23日)から、各TV局、新聞各社(一部地区では、昨夜号外も出たらしい)が報じるライブドア、取締役(元)社長の堀江氏を含む4人の取締役の逮捕劇。警察特捜部の発表によると堀江氏は、子会社「ライブドアマーケティング」の株価をつり上げ、多額の売却益を得る目的で、2004年10月、既に実質支配する投資ファンドが出版会社「マネーライフ」を買収していたにもかかわらず、買収による相乗効果があるかのように虚偽の買収計画を発表した。更に同年11月、マーケティング社が赤字だったにも関らず、架空の売り上げを計上させ、黒字に粉飾した決算短信を公表した。…このような容疑が持たれている。
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フジTVは既に契約解除と保有株を売却する決定し、更にライブドアを控訴する準備をしているようだ。そしてライブドアと提携している不動産販売・開発会社のダイナシティや、出版の幻冬舎等も、提携解消を検討している事を明らかにした。インターネット等で調べると、米誌ワシントンポストは、『日本で起きた最大の金融不祥事の一つ』と位置づけ、ニューヨークタイムズは、『皆が走っている高速道路で、その路肩を走り抜けたやり口』とその経営法を批判し、結局は『路肩から泥地に落ちた』と報じた。また、イギリスのファイナンシャルタイムズでは、『貧乏から金持ちになった(堀江社長の)物語は、多くの起業家に希望を与えたようだが、結局は神話だった』と論じていた。(一部、日本経済新聞引用)

クリックすると元のサイズで表示します ライブドアが本社を構える六本木ヒルズの森タワー。

このように、日本経済界をも揺るがした堀江氏であるが、朝から新聞各紙を読み比べながら、堀江氏を連想していると、私の中に、思い浮かんだ一つの物語があった。それは18世紀から19世紀初頭にかけ、ドイツの戯曲作家であって、小説家・科学者・哲学者でもあり、そして政治家としても活躍したゲーテが、58年の歳月を掛けて書き下ろした戯曲、「ファウスト」の主人公、ヨハン・ファウストという人物の物語だった。私は高校の時、夏休みに、従姉から半強制的にその本を読まされた。かなりの長編なので途中で嫌になるかな…と自分では思っていたが、原作が傑作だったのか、森鴎外氏の訳が良かったのか、双方揃い踏みだったのか、当時の私には解らなかったが、面白くて夢中で読み進んだ。
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その主人公「ファウスト」像としては、16世紀、ドイツに実在したと言われる同名の学者を描いていた。医師の資格を持ち、占星術を用い、錬金術師とも詐欺師とも言われた。読んでいるうちに、ノンフィクションを匂わせて、フィクションの部分も含むのでは?と感じたのは、ファウストが、悪魔と契約して魔術を操り、詐欺行為を繰り返したという内容だった。しかし残されている史実に基づくと、当時は、魔女狩りの全盛期であり、新旧両キリスト教は双方ともに「悪い魔法使いの実例」を探していた時代であったのだ。このファウストの同郷で、彼の事を「うさん臭い」…と思っていたルターは「ファウストは、悪魔と義兄弟の約束をしたのだ(悪魔との契約した)」と言って彼の悪評を流したという記録も残っている。ゆえに、史実と神話的ロマンを織り込んだ戯曲ファウスト」は、ゲーテが書いた「戯曲の最高傑作」とも言われ、その物語は演劇にとどまらず、オペラから人形劇に至るまで脚本化され、後世に受け継がれて、現在に至っている所以だと感じている。
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