2006/3/31

新型・撥水性補聴器と共に…石井投手に思う事と野球雑感  日記(今日思うこと)

セ・リーグが開幕する。地元名古屋の中日ドラゴンズは、根拠地名古屋ドームでの始球式に浅田舞・真央姉妹を招き、対広島戦でスタートする。正直言って、ここ数年の私は、メジャーリーグに夢中になっており、落合監督になってから、ドラゴンズ戦は殆ど観て来なかった。しかし、今年は注目したい投手が2人いるので、出来るだけ観戦して行こうと思っている。まず1人目は、石井裕也投手。社会人・三菱重工横浜クラブを経て2005年、ドラフト6巡目で中日に入団した。入団2年目にして、初の開幕1軍スタートの知らせに、石井選手は29日から1軍へ合流し「びっくりした。先発でも中継ぎでも使って貰えればいい」と嬉しそうだったという。

クリックすると元のサイズで表示します ハンディを乗り越え、開幕1軍でスタートする石井投手。

石井投手は、左耳が生まれながら聞こえず、右耳も僅かしか聞き取れない先天性感音性難聴という傷害を持っている。しかし、耳は聞こえなくても相手の口の動きで読みとり、高校時代からハンディを感じさせない投球で三振を奪うことから『サイレントK』の異名を誇って来た。だが、着けて来た補聴器は汗が内部に染み、故障する 事もしばしばあり、時には外して投球していたという。そこで石井選手から「先発をやりたいから、防水の補聴器を」と要望があった地元眼鏡メーカーの『キクチメガネ』では、補聴器メーカー『ワイデックス』に協力を要請し、水を弾く 補聴器開発を計画。これまでと同じデンマーク製の機器を1度分解して、『キクチメガネ』 が持つメガネレンズの撥水技術を応用し、“石井モデル”を完成させた。このモデルが、開幕直前の29日、石井投手の元にようやく届いたそうだ。

私が石井投手の存在を知ったのは、手話を習っている社会福祉士の友達から年末に、NHKの教育TVで放映された『夢のマウンド 〜難聴の投手 石井裕也の挑戦〜』を紹介され観たのが切掛けだった。その番組によると殆どを2軍でプレーした昨季も、連係プレーなど不安視されていたが、1軍で投げた時、捕手の谷繁選手は「あいつが言っていることも分かるし、こっちが言うことも伝わっている」と語っていた。朝は携帯電話の振動で起きる石井投手。「とにかく1試合1試合、一生懸命投げたい。同じように障害を持っている人を球場に招待したいですね」 と語った。石井投手の夢が叶う日も近い気がする。

もう1人は、メジャーリーグへ行って父を探すのが夢と語っていたデニー友利投手だ。沖縄で生まれたデニー投手はアメリカ軍人だった父と生き別れている。今は音信不通になっている為、父が名乗り出てくれるのを待っているそうだ。母子家庭で育った幼い頃は、ハーフというだけで虐めにも遭い、そこから救ってくれたのは野球だったという。西武時代は松坂投手の指導にもあたり、球場の西武鉄道沿線に「デニーズシート」を設け、母子家庭の子供達を招待していた逸話も有名だ。昨季メジャー昇格を目指してボストンレッドソックスのマイナーリーグと契約し(ボストン・ロングウッド駅の傍のアパートにお住まいでした)プレーしていたが、昇格の夢は叶わず帰国、今季中日へ入団した。38才のデニーが、父の国アメリカで得た1年間の経験を生かし、どんな投球をしてくれるかも、楽しみなのだ。

334球を投げ抜いた斉藤選手を労うチームメイト。 クリックすると元のサイズで表示します 

さて、選抜高校野球は大会8日目に入り、ベスト8が出揃った。今日も1点を争う接戦が続き、延長戦が2試合あった。長崎・清峰は延長14回、東海大相模に競り勝ち、秋田商は、今治北(愛媛)に延長12回、4-3でさよなら勝ちをした。PL学園対愛知啓成は、息を飲む投手戦となったが、1-0でPL学園が完封勝ちをした。今日の試合のトリを飾ったのは、29日15回を戦って引き分け再試合となった早稲田実業(東京)対関西(岡山)戦は、前日231球投げたエース斉藤投手が、疲れも見せずに3回からマウンドに上がった。5回自らもホームランを打つなど気迫のプレーで、2日間合計334球を投げ抜き、合計24イニングの攻防に決着をつけた。灯りがともった甲子園球場には、試合終了のサイレンと同時に、関西の選手達の想いを包み込むように…はらはらと名残雪が舞い始めた。

明日(31日)は、準々決勝で神港学園(兵庫)-岐阜城北、横浜-早稲田実業の2試合が行われる。因みに岐阜城北のピッチャー・尾藤竜一選手は、岐阜県郡上市の出身で17才。商業科に県内進学したが実家からはかなり遠い為、下宿生活を送っている。姉はレースクィーン出身のタレントで尾藤ゆうさん。東京に住むゆうさんとは、電話やメール等でお互い励ましあっているそうだ。準々決勝の試合も6才年下の弟の応援に、忙しいスケジュールを塗って甲子園へ駆け付け、アルプススタンドから声援を送る。

岐阜城北・尾藤投手の姉でタレントの尾藤ゆうさん↓
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☆News
マリナーズのイチロー選手が、4月1日から毎週土曜日、22時54分より放映される90秒のミニ番組にレギュラー出演するそうだ。これは、イチロー選手がホストでゲストを向かえるトーク番組「ICIRO―MONDOW〜Two Chairs〜」で、放映地域は近畿と四国の一部らしいが、番組は3日からNTT西日本が運営するインターネットサイト「イチローBB on フレッツ」で無料配信されるほか、携帯電話によるイチロー選手の公式モバイルサイト「51CHANNEL」でも紹介される。 1日は中村獅童さんと「成功」について、8日は浅田真央さんと「プレッシャー」について「連想問答」するらしい。名古屋地区でも放映してくれないかと、製作の読売TVにメールでもしたくなった。
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2006/3/30

縮小傾向のプロ野球中継と、選抜高校野球を観て思うこと  日記(今日思うこと)

いよいよセ・リーグも開幕する。中日新聞紙上で発表されていた、プロ野球中継についての記事によると、今季のTV中継は、低迷している巨人戦視聴率を反映して、東京キー局が本数や延長時間の縮小を表明、在名局が中継する中日戦への影響が懸念されると記されていた。キー局の縮小傾向は一段と強まり、日本TVは、ナイター中継が4割減の69試合に。フジTVは延長時間最大30分を15分に。TV朝日も試合経過によっては延長をせず、シーズン後半の生中継を中止する可能性も明らかにしたという。
WBC世界一を追い風にしたいが… クリックすると元のサイズで表示します

反面、在名局はCBCと東海TVが中心となり、中日戦の主催試合を全て中継するが、差し替えの場合これまで通り延長中継は無しで、二次元中継もキー局の中継に合わせて延長時間は短くなってしまう。最後まで試合が見られない尻切れ中継が増えてしまう心配に、東海TVの山内公明編集局長は「今季から試合をスピーディにする動きがある。尻切れは少なくなるはず」と答えている。プロ野球の試合時間は、年々長くなって居り、2004年の平均だと3時間20分で50年前の約2倍に値するという。このデータを受けてプロ野球実行委員会は、長い試合運びの原因は、平均2分20秒〜30秒かかっている攻守交代時間が大きいとし、今季から2分15秒以内とするように決定した。高校野球球児達のように走れとまでは行かないが、機敏に動く事が義務付けされる。山内氏は、「仮に30秒短くすると、9イニングで10分の短縮になる」と計算した。私はWBCで、イチロー選手が軽やかにレフトから駆けて戻る姿を思い浮かべた。

プロ野球の視聴率はここ数年で急落した。著しいのが前記した巨人戦で、関東地区でのナイターで昨年は、ビデオリサーチ調べ平均10.2%と一桁目前だったそうだ。名古屋地区の中日戦など、他の地区では15%前後と踏み留まっているが、6〜7年前までは中日-巨人戦は30%台が当り前だったらしく球界全体が低迷している。この数字を目にしWBCの準決勝、決勝戦を思い浮かべたてみた。違いの原因は明らかに世界大会という名目ではあるが、その放映された映像を思い浮かべた時、国際映像のカメラワークに、現行のプロ野球中継との迫力の違いがあるように思った。私はそんなにプロ野球中継を観ている訳ではないが、その国際映像は『ホームー滑り込むシーンをズームアップするような、ダイナミックなカメラワーク』が確かにあった。WBCの決勝戦で、川崎選手が『神の右手』で滑り込んだ時も、土埃が飛んで来そうな程、近寄って撮影されていた記憶がある。スローで再現した時は更に間近に感じる事が出来た。中継TVカメラのカメラマンも一考して欲しいと思った。

しかしTV局とは勝手なもので、本数や時間を減らしながらもWBC世界一の余韻を追い風に、視聴率アップを期待しているようだ。今季は話題性も、原監督の巨人就任や、ヤクルトの古田兼任監督就任と交流戦での楽天・野村監督との師弟対決等豊富である。残念な事にWBCで活躍した選手達は30人中19人と3分の2がパリーグに属しており、交流戦以外では地上波では中々観られない。今更中継をパリーグの試合にするという大胆な変更は出来ないだろうが、WBCの余韻だけで視聴者は今季終盤まで続かない気がする。選手達にはお金を取っているプロだという意識を忘れずに、内容のある試合ぶりに期待したい。WBCから選手達が持ち帰ったものは、イチロー選手や大塚選手がメジャーで通用している所以は何か…チームメイトとして練習から試合まで、直接見て学んで来たものを大事にして欲しい。そしてキューバチームや強豪チームから学んだもの…どんな事も形のないものにこそ意義がある。WBCの遺産が金メダルやトロフィーという形あるものだけでは、あまりに淋しすぎる気がした。

クリックすると元のサイズで表示します 延長15回を終え握手をする両チーム。
 
さて雪が舞った甲子園球場では、白熱した試合が行われた。そんな中、岐阜城北が智弁和歌山を破ってベスト8入りした。岐阜城北は、少子化対策に伴う県の高校合併対策で、三田高校と藍川高校とが合併し2004年誕生したばかりの高校である。三田高校時代、2度甲子園まで辿り着いているが1勝する事が出来ず、真の意味でも初のベスト8入りである。三田高校時代は商業高校であった為、女子が圧倒的に多く、少ない野球部員でよくぞ…と思っていた。今度の対戦は兵庫・神港学園であるが、この勢いで良い試合をして欲しい。また今日の第3試合の早稲田実業-関西は、延長15回引き分け再試合となった。9回までは点の取り合いという流れで7-7だったが、延長に入ってからは、まるで別の試合のような投手戦となり、早稲田実業の斉藤投手は、15回231球を投げきった。関西のダース投手も途中からの登板だったが158球の力投だった。

同じカードで、2試合を見たような感覚だったが、試合終了のサイレンと共にお互いを讃えあって握手する姿が忘れられない。どうしても私の中には、WBCの試合ぶりが焼きついており、日本-キューバ戦でキューバチームが残してくれた清々しさを彷彿させた。30日の第4試合で再びこの好カードを観る事が出来る。再試合は、この制度が出来てから2度目で2003年の準決勝、東洋大姫路-花崎徳栄の対戦以来だそうだ。因みに再試合も延長戦となり、東洋大姫路が6-5で勝っている。試合を観ていて、両チーム共勝たせてあげたい気持ちだったが、終わった後の監督・選手達のインタビューは実に爽やかだった。「甲子園でもう1試合できて嬉しい」。勝負よりも大切なものを選手達は掴んだように思った。ここに来てベスト8を目前に、惜しくも敗退した…日本最南端の高校八重山、昨年46才で亡くなった上村監督の為に戦って来た智弁和歌山、冷え込んだナイター試合で戦った北大津…各高校選手達の健闘も讃えたい。
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2006/3/29

イチロー選手も出場・「選抜高校野球大会」第1回は名古屋開催…  日記(今日思うこと)

第78回選抜高校野球大会は、今日28日から2回戦に入り、ベスト8入りをかけての試合が始まったが、今日の第3試合の岐阜・城北対智弁和歌山の試合開始直前に、雷を伴った激しい雨が降り、第3試合は明日29日に順延となった。グランドの土へ叩き付けるように雨が降る様を観ていて、WBCのぺトコパークのような大きなシートがあればいいなと思いつつ、いつかこの甲子園もドームになるのだろうか?とも、想像してしまった。春の大会は、春休みが短いゆえ、雨天が続くと運営にも大きく響く…ドーム式の全天候型球場なら、そういう心配もないな、とふと考えてもみたが、高校球児にとって、「甲子園」という球場そのものが、憧れの地となって居り、伝統を守る為にも変更するのは、いささか無理な現実だと思った。
80年を越す伝統ある甲子園球場クリックすると元のサイズで表示します 

実は、あまり知られていないが、この春の選抜高校野球大会の第1回大会は名古屋で開催されているという史実がある。春の選抜高校野球の前身、全国選抜中等学校野球大会は、1924年(大正13年)名古屋市八事(やごと)の国鉄・山本球場で「過去1年間の試合で最強チームと認められた」…早稲田実業・横浜商業・愛知一中・立命館中・市岡中・和歌山中・高松商業・松山商業8校が出場して開催された。その栄えある第1回優勝校は、松山商業だった。そして、同じ年、落成したばかりの現・甲子園に第2回大会から移されたのである。それは、春の大会より以前に夏の大会が大正4年から、大阪の豊中球場で始まっており、その後西宮の球場に移されていた為、阪神甲子園球場が完成した事によって、春・夏共に統一されたと思われる。選抜という意味で、今も選択方法は変わらず、夏の各県によるトーナメント方式とは異なっている。現在の32校に統一されたのは、昭和58年の第55回大会からだそうだ。

この春の選抜には、WBCで日本代表チームを率いた王監督も、1957年、29回大会に早稲田実業時代に投手として出場して居り、優勝投手となっている。同じくイチロー選手も投手として1991年、63回大会に出場しているが、残念ながら準優勝校の松商学園に1回戦で敗れた。王監督は勿論だが、イチロー選手の強肩ぶりは並外れていて、恐らく今でも投手を勤められる程のコントロールを持っているらしい。実際にオリックス時代のオールスター戦(1996年)で9回に、仰木監督が当時、巨人の松井秀喜選手がバッターボックスに入った所でピッチャーとして起用したが、セ・リーグ側の野村監督は、代打として投手の高津投手を送った。結果は高津投手のショートゴロだったが、イチロー選手の投球は、146キロを記録したそうだ。この起用は後に物議を呼んだが、オールスターという大会をファンにとっての最大のエンターテイメントと考え、高校野球では在りがちな起用をして、ファンを喜ばせようとした仰木監督と、栄誉ある舞台に、打者をピッチャーとして送り込むのは、対戦する打者にとって最大の侮辱と捉えた野村監督の考え方の違いによるものだった。

クリックすると元のサイズで表示します 28日は休息日だが、オープン戦大活躍のイチロー選手

さて、選抜高校野球大会も、天気が回復すれば、明日と明後日でベスト8が出揃う。高校生達も、連日良い戦いぶりをして居り、大会前の駒大苫小牧高校の辞退という残念なニュースなどを吹き飛ばす勢いだ。開幕したパ・リーグも良い試合が続いているようだ。そして31日にはセ・リーグも開幕する。池井優氏著の『白球太平洋を渡る』によると、1931年(昭和6年)に日米野球親善試合が日本で初めて行われた。その時、太平洋を越えてやって来た大リーグ選抜チームが、全日本チームに17戦全勝した。その帰国前の記者会見で、大リーグ選抜の打の主軸だったゲーリッグ選手は、「凡打だと笑いながら一塁に走ってくる選手がいた。私はぶん殴ってやりたかった。私は日本に大和魂があると聞いて、これを学ぼうと思って楽しみにやって来た。だが、残念ながら大和魂はどこにもなかった」と語ったそうだ。

私はWBCの戦いぶりは勿論だが、選抜高校野球大会然り、パ・リーグの試合など、「これが大和魂と言える」…日本野球界の成長ぶりを、その時来日した今は亡きゲーリック選手達に観て欲しいと思った。そして我々ファンも、世界一を獲得した日本野球のファンとして、誇りを持って応援するべきだと、自分にも言い聞かせた。

◎箸休め
「私が選抜高校野球の第1回開催は名古屋だよ」と口頭で誰に言っても、なかなか信じてもらえない。甲子園というイメージで焼きついているからか…と思っていたが、実は私が悪戯心で、よく妙な事を言ったりするので信用がないのでは?と今更ながら気がついた。しかし、もうすぐ4月1日、この日だけは、大手を振って悪戯できる日だと楽しみにしているが、何事も程々にしないと、自分に帰ってくるとも…これもまた言い聞かせている今日この頃である。

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2006/3/28

フィギュア世界ランキング発表と、荒川選手仙台でパレード  フィギュアスケートと浅田真央選手

26日、国際スケート連盟は、今季最後の大会、世界選手権を終了し、過去3シーズンを対象とした「フィギュア世界ランキング」を発表した。この点数は、オリンピックと世界選手権1位を1200点と設定し、GPファイナル優勝で800点となり、今季と昨季は100%、3シーズン前はその70%の得点で換算する計算方法だという。その結果、女子の1位は、ここ数年フィギュア界のトップとして君臨してきた、ロシアのスルツカヤ選手(4650点)となり、2位に荒川選手(4030点)そして、3位には安藤選手(3780点)が入った。この他トップ10に、5位の村主選手(3735点)、今季シニアデビューしたばかりの浅田真央選手が8位、恩田選手が9位と、日本選手だけで5人が入り、その層の厚さを見せつけた。また男子は織田選手が10位につけた。

2006年3月発表・世界ランキング2位の荒川選手。
トリノで、金メダルのウィニングラン(スケート?)。
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「オリンピックの金メダルを取る為には、金メダル候補を3人育てなければならない」。ある識者の言葉だが、今回の世界選手権で、上位が日米対決になった結果を見ても、この言葉が尤もだと納得してしまう。来年3月、東京で開催される世界選手権は、代表枠が3人。この枠を巡って日本選手内で、熾烈な戦いが行われる事になる。アメリカも同様、国内で代表の座を勝ち取ることこそが厳しい状況だ。この先一年間、選手達はどのように演技に磨きをかけ、照準をどの試合に絞って調整していくかが重要なポイントとなるだろう。アメリカでは、新女王となったマイズナー選手も、得意のジャンプに加え、スピンやスパイラルのレベルを上げてくるであろうし、コーエン選手もまだ21才、このまま金メダルを取らないまま引退する事はないと予想され、エメリー・ヒューズらも、レベルアップして来るに違いない。そして世界Jr.金メダルの韓国のキム選手、カナダのロシェット選手、イタリアのコストナー選手らの成長ぶりも楽しみで、メダル争いの為には、日本も安閑とはしていられない状況だ。

仙台市内をパレードする荒川選手クリックすると元のサイズで表示します

このランキングのニュースを、荒川選手は地元仙台で耳にした。荒川選手は、4月中旬並みの暖かさの中、詰め掛けた7万人のファンに手を振りながら、オープンカーで凱旋パレードを行った。ハレード後の会見では、「普段静かな街なのにびっくりした」と、また驚きの表情を見せた。更に、自身が育った市内のスケート場が2004年12月に閉鎖された事により、選手が通年で練習できる公式スケート場がなくなっていることにも触れ、「(リンクを)造って頂ければ将来コーチとして、選手の育成にも協力したい」と示唆した。

私は、そんなニュースを聞きながら録画して置いた、世界選手権のエキシビションのVTRを観た。いつものことだから、エキシビションは、競技とは違った選手達の演技・表情を観る事が出来て楽しかった。5位以上が参加できるエキシビション…井上玲奈さんの演技もまた観ることができた。そして中野選手は、「アメイジンググレイス」の曲に乗り、しっとりと女性らしい演技を見せてくれた。ラストでのイナバウアーからのドーナツスピンには、会場から熱い拍手がおくられた。試合の時の緊張も取れ滑らかでそして速い世界一の(と私は思っている)ドーナツスピンだった。また、村主選手は、今季のエキシビションには、ボールを使用した演技を取り入れており、カナダの劇団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の「キダム」を熱演した。「村主ワールド」と呼ばれるその演技力にカルガリーの観客は、酔いしれていた。
クリックすると元のサイズで表示します 村主選手、エキシビションの演技。

さて、私は4月1日名古屋で開催される「フィギュアスケートフェスティバル」のチケットを、トリノオリンピックより以前から手に入れていた。その出場する豪華なメンバーを知り、大変楽しみにしていたが、今回は、そのチケットをある親子さんへお譲りする事にした。譲らせて頂く相手は、名古屋市内の某病院へ入院し抗癌治療を受けているお嬢さん(Sちゃん11才)と、そのお母様だ。私と一緒に行こうといていた友達が、病院勤めという事もあり、その友達から「荒川選手が大好きで、是非観たいけどチケットが取れなかった」という話を聞いた。お母様は「娘に次の機会はないかもしれないから、オークションででも何とか手に入れたい」とおっしゃっていたそうだ。私は友達の話が終わらないうちに、どうするべきか決めていた。友達もそのつもりで話してくれていたようだった。

 夕方、そのチケットをお父様が取りにいらした。「ありがとうございます」と何度も何度も頭を下げられ、私の方が恐縮してしまった。「お役に立てて嬉しいです」心から自然にその言葉が出ていた。私は、チケットと一緒にカードを添えた。「来年は4枚取るから、一緒に行きましょうね」と…。お父様の車を見送る私の頬に止め処なく涙が流れ続けた。その涙にも麗らかな春の風は温かかった。
クリックすると元のサイズで表示します★名古屋スケートフェスティバルHP
http://event.chunichi.co.jp/figure/
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2006/3/27

フィギュア世界選手権・女子フリーの演技を観て…  フィギュアスケートと浅田真央選手

「攻撃は最大の防御」…スポーツの解説でよく使用される言葉だが、本日観たフィギュア世界選手権の最中、私が始めに思い浮かべた言葉だった。4分間というフリーの演技の中に、選手達のドラマが集約されている。トリノオリンピックのフリーの演技から1ヶ月…それぞれの選手が描いて来たドラマはどんなものだったか?TVの放映が録画だった為、先に結果を知って観る事となったが、事実上、日米決戦の表彰台の中央に輝いたのは、全米チャンピオンのコーエン選手でも、全日本チャンピオンの村主選手でもなかった。私の中でその光景が、昨年12月のGPファイナルのシーンと重なった。金メダルを獲得したのは、全米2位、16才のキンバリー・マイズナー(愛称・キミー)選手だった。それは、他の選手がミスをしたからという「幸運」からではなかった。オリンピックとは違い予選がある為、総合得点で比較は出来ない。しかしマスズナー選手のフリーの得点、129.7点は、リンクコンディション等の違いはあるとしても、仮にどの試合に出ても、金メダルに値する程の高得点だった。
クリックすると元のサイズで表示します 堂々たる金メダルのマイズナー選手。

マイズナー選手の演技は「シバの女王」の曲に乗ったオリエンタル風な振り付けで、手首の動きの美しさが強調されていた。マイズナー選手は、中野選手同様、トリプルアクセルを跳んだ実力を持っているが、アクセルは2回転に留め、連続ジャンプの難易度の高さで加点して行った。私は、マイズナー選手の演技をトリノのSPで観た時、ジャンプの着氷が素晴らしく綺麗で、ジャンプから次のエレメンツへの流れの美しさに驚いていた。フリーでは転倒があったものの、16才という年齢も踏まえ、浅田真央選手と共に次世代を担って行く選手に育つ予感がした。トリノの後、浅田真央選手もTVのインタビューの中で、荒川選手の金メダルを讃えながら、世界ジュニアで戦ったマイズナー選手の事を話していた。トリノでは6位入賞。オリンピックという大舞台を経験し、自身の持つ全ての演技をその4分間で、見事なまでに演じきった。演技後半、3分50秒からの3連続コンビネーションジャンプ…はちきれんばかりの若いエネルギーが美しく爆発した。プレッシャーを感じさせず、自分自身の沸点に挑戦するかのような攻撃的な演技だった。

最終組6人の中で、SPを終えた時点でトップのコーエン選手が、トリノでの前半ジャンプ転倒の呪縛から解き放たれ、得意のスパイラルシークエンスに満面の笑みが戻ったその後、緊張の糸が切れたかのように、後半からジャンプが乱れ始めた。フィギュアスケートとは、こんなにまで心の中が現れるものなのか!?私は、今まで何試合もTV観戦して来たが、新たなスポーツを観たような感覚がした。オリンピックのリンク上では、スルツカヤ選手もコーエン選手も、金メダルのプレッシャーのせいというより、技能的に不調だと思っていた。スルツカヤ選手は、病気のせいではないか?コーエン選手は、足首を痛めているのではないか?と、思ったものだった。今改めてメダル獲得への道には、並大抵以上の努力は勿論なのだろうが、それ以上に集中力・精神力が重要なのだと痛感した。荒川選手の「メダルを意識せず平常心で滑った」という言葉を思い出した。

会場がコーエン選手の演技にどよめき、マイズナー選手の演技にスタンディングオべーションで沸き返る中、村主選手は演技を始めた。トリノから1ヶ月、体調を崩しながらも、彼女が取り組んできたものは、スピンやスパイラルのレベルアップだった。その改善したポイントが、演技中、素人の私にも見つける事が出来た。コンビネーションを取り込んだり、エッジを切り替えたり、1つずつ難易度を上げる為の構成だった。そして何より、トリノと大きく違ったのは演技中、始終笑顔があった事だった。正直言って過去の村主選手の切なそうな表情に対し、私は、スケートは演劇じゃない…というイメージがあった。それはその様なプログラムであり、情感を出していたのに違いないが、スケートを愛する国カナダで、選手達がシーズンを締めくくる演技には、やはり笑顔が最も似合うと感じた。
表彰式で…村主、マイズナー、コーエン各選手。 クリックすると元のサイズで表示します

また、初の世界選手権出場でSPを終えてメダル射程圏内の4位、更に最終滑走という大きなプレッシャーと戦ったのは、中野選手だった。演技を始めるその前にも、その緊張振りが見て取れた。トリプルアクセルを封印し、ジャンプでの大きなミスは抑えたが、得意のドーナツスピンにも、その硬さが出てしまった気がした。笑顔もSPの時の輝きがなかった。得点も伸びず5位と後退してしまったが、今季シンデレラストーリーを一気に駆け抜けた中野選手には、その圧力の大きさ事態が良い経験となっただろう。追うべき立場の選手と、守るべき立場の選手の新しい交代劇が起きたような試合だった。そんな中、私は恩田選手の演技後の涙も忘れられない。

引退を考えた状態からリンクに戻って2週間、その痛々しいまでの努力が「跳ばなくては」「回らなくては」と言い聞かせながら演技しているような姿に映し出されて見え、何処かぎこちなく自然ではなかった。しかし、恩田選手も今日の試合を通過点とするならば、その涙の中にまた新たな希望の光が、見えているように感じた。只1つ残念な事は、城田スケート連盟強化部長がそのコメントの中で、上位2人を讃えていても、恩田選手の健闘ぶりには、一切触れていなかった事だった。来年の開催国という立場からも、一番彼女の努力を讃えるべき人がこれでは、見えたはずの光も消えてしまう気がして、とても悲しかった。

★スパイラルさんが、カルガリーでご覧になったようです。26日のコメント欄をお読み下さい。
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2006/3/26

パリーグ開幕・荒川選手の始球式と、フィギュア世界選手権  日記(今日思うこと)

WBCの世界一効果で昨年より25000人多い、総入場者数10万6000人となったパリーグの開幕戦、西武VSオリックス戦で、荒川静香選手が始球式を行った。打席に立ったのは、今年からオリックスでプレーする清原選手。荒川選手の投げたボールは、清原選手の頭上を超えるボール球だったが、清原選手はバットを勢いよく振ってその投球に答えた。荒川選手は24日、横浜市のスケートリンク近くのグランドで、元西武で現野球解説者の大塚氏をコーチに、丸秘特訓を行ったという。先日民放の特集で、荒川選手のずば抜けた運動神経について報道していたが、野球のボールを握るのは殆ど初めてだったと言う。
クリックすると元のサイズで表示します  始球式の大役を務める荒川選手。

荒川選手は、3才で鉄棒の逆上がりをし、母の薦めで通ったスイミングスクールでは6才の時、全て泳法をマスターしていた程の、運動神経の持ち主だが、バッターボックスが清原選手と聞いて「いつもTVで観てる人に投げるなんて、一生の記念ですね。当たっちゃったらごめんなさい」と先に謝って置いたらしい。しかし、むしろ清原選手の方が、荒川選手の勝負強さにあやかって、起死回生の活躍をして欲しいと思った。荒川選手は、西武が用意したゼッケン1の特製ユニフォームを身に纏っていたが、スラリとした体型にとてもよく似合っていた。大役を終えた荒川選手は、スタンドに笑顔で手を振り、アイスクリームを用意して待つ伊東監督に挨拶した。観ていて、この1ヶ月間の間に、日本人選手が取った、2つの金メダル種目の夢のコラボが、今後両業界の発展に繋がるといいなと願った。

さて、その荒川選手が辞退した、フィギュア世界選手権では、24日、女子のSPと、アイスダンスのフリーが行われた。SPでは、地元カナダの期待を一矢に背負った、ロシェット選手が予選1位と好スタートを切っていたが、やはり、自国開催のプレッシャーか、SPではジャンプなどの失敗が目立ち、5位と後退した。その結果、日本選手VSアメリカ選手対決のようになってしまった。スルツカヤ選手も辞退しているが、5位以内にロシアの選手がいないのはとても珍しい事だと思った。1位につけたのは、予選で転倒し5位と出遅れるものの、圧倒的強さを見せたアメリカのコーエン選手だった。体操で培った柔らかい体を生かしての、180度開脚のスパイラルやI字スパイラル、華麗なステップで次々と加点し、今度こそ「シルバーコレクター」を返上する勢いだった。3位には溌剌とした演技のマイズナーがつけている。

しかし、日本選手達も負けずとも劣らない演技だった。TVは録画放送だった為、ゲストの荒川選手がじっと見守る中、恩田選手は、彼女としては珍しいワルツの調べに乗り「2週間の練習でよくぞここまで…」という程のノーミスの滑りを見せた。予選の結果が響いて11位だったが、大健闘だったと思った。4大陸選手権を辞退し、1度は引退を考えた恩田選手が、また滑ってみたいと思い始めていたのは、トリノでの荒川選手の活躍ぶりが切っ掛けだそうだ。練習時間が足りない恩田選手には、大会に入っての公式練習も貴重な時間…。本番さながらの気持ちで滑り続けていたという。恩田選手の健闘ぶりを讃えるかのように、客席では日の丸が揺れていた。

また世界選手権初出場の中野選手は、最終グループの1番滑走として演技した。大好きな「ムーランルージュ」の曲に乗って、ノーミスの演技…途中のスパイラルでは笑顔が零れた。結果は自己ベストを更新して4位。中野選手は、得意の高速回転のドーナツスピン、そして伝家の宝刀「トリプルアクセル」を持っている。フリーでは、表彰台の可能性も高い。しかし本人は「自分が何位になるかも判らない大きな大会、滑れるだけで満足です」とリラックスしているようだ。一方、トリノから1番に帰国し、この世界選手権に向けて練習を始めた村主選手は、3回転ジャンプの着氷がやや乱れた部分もあったが、スピンやスパイラルで、確実に難易度を上げており、トリノの時より笑顔も見られる演技で自己ベストを更新し2位につけた。
氷上でフラメンコを舞う村主選手   クリックすると元のサイズで表示します

私は、村主選手が出国前の記者会見で、来年日本で開催される世界選手権の枠取りに関して質問された時「急遽決まって出場してくれる恩田さんに負担がかからないよう、自分が頑張らなければと思いました」と答えた姿を思い出した。今回日本がカルガリーに送った3人組は、元々練習量なら誰にも負けない選手達である。努力を惜しまない選手だからこそ、仲間の気持を理解し思いやる事が出来るのだと、胸が熱くなった。フィギュアスケートの知識抱負なカナダの観客の人達は、どの国の選手であろうと、素晴らしい演技には惜しみない拍手を送っていた。村主選手の演技に惜しみない拍手が送られていた。WBCでも感じていたが、世界大会と呼べる大会は、その競技自体を心から愛する国で行うべきだなと思った。

ところで、ブログを書いてる私に、NHKのスポーツニュースから、嬉しいニュースが聞こえてきた。それはキューバのカストロ議長の代理の方から、日本チームに向けて届けられたメッセージだった。「日本選手は、唾を吐かないし清潔で紳士である。更に技術の高さは素晴らしい。日本にも、もう1つのメジャーリーグがあると感じた」だった。野球を国全体で愛するキューバからの最高の誉め言葉だと感激した。WBCでの優勝で、日本はキューバも含めカリブ沿岸の国々からも注目され始めたという。今後、選手達には、WBC・ディフェンティングチャンピオンの国として、世界に恥じないプレーを続けて行って欲しいと願いたい。それに伴いプロ野球連盟や関係者も、自覚して運営して欲しい。そうすれば、メディアの広報に頼らずとも、自ずとこの人気が続く気がした。
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2006/3/25

スポーツ観戦を楽しみながら、ニュースを観て思う事  日記(今日思うこと)

カナダ・カルガリーで開催中の世界フィギュア選手権は、現地時間の23日、男子フリーが行われ、SP・2位とメダルの期待がかかった織田選手は、演技初めのトリプルアクセルのコンビネーションジャンプで、手をついてしまい、コンビネーションに出来なかった。その後、次々と3回転ジャンプ、コンビネーションジャンプを見事に決めて行ったが、挽回するつもりだったのか、何とコンビネーションジャンプを4度も跳んでしまい、3度までという規定から外れた為、加点0とされてしまった。単体の3回転ジャンプなら加点されたにも関らず、跳び過ぎて損をしたという残念な結果だった。
クリックすると元のサイズで表示します 織田選手・初出場で4位は大健闘だが…。

実は織田選手は、日本選手権でも同じ失敗をしており、あってはならない事だが、審査員の採点間違いを誘ってしまっていた。本人も授賞式後の順位変更で、オリンピック行きがかかっていただけに、かなり辛い思いをしたはずだった。確かに初出場での4位ということで、大健闘だったと思う。それに来年の世界選手権代表2枠は確保できたが、トリノ銀メダリストだったランビエール選手や、ソルトレーク金メダリスト・ヤグディンの教え子、フランスのシュベール選手らが、最高の演技を見せる中、とても辛苦を舐めた経験が生かされているとは言えず、いささか、お粗末な失敗だと感じた。

23日、その前日、WBCの日本チームのメンバーが到着した成田空港に、パラリンピックの選手団が、合計9個のメダルを持って凱旋帰国した。何とIPCの発表では、計242件のドーピング(薬物使用)検査を行ったが、違反者はいなかったそうだ。真にスポーツを愛する姿の証だと感じた。私はパラリンピックの競技種目や選手について、調べたりしていくうち、長野の時の予算の少なさは、チャアスキーのショックアブソーバーを開発した「カヤバ」を見学した時知ったが、8年経っても殆ど増えていない事に驚愕した。これで福祉に理解がある国とは、恥ずかしくてとても言えないと思った。そういえば、昨年、叔母が勤めている障害者施設の人達が社会見学へ行く時に、何回かお手伝いをさせて頂いた事があったが、一見バリアフリーとされているスロープも、急勾配であったり、距離が長すぎたり、またトイレへ行くのに角が曲がり難かったりと、車椅子ではかなり無理な造りになっていた事に驚いた記憶がある。ハートビル法の施行で、公共施設などはバリアフリーが義務化されているが、それは見せかけだけで、実際に設計している人は、車椅子を使ってみたのだろうか?と疑問に思った。

パラリンピックの閉会式の様子。 クリックすると元のサイズで表示します

そして昨年、大きな社会問題として浮き彫りになったのが、耐震偽装事件と、ビジネスホテルの違法改造だった。違法改造していたビジネスホテルの社長は「商売重視」との強気の発言を撤回し謝罪した。最初はその傲慢ぶりに嫌気がさしていたが、謝って早速改築しているのなら反省があったとしよう。しかしながら、耐震偽装事件については、国会を見ていても、どうも胸がすっきりしない。私は知り合いの方に、ホテルを建てて被害に遭われた人がいるので、余計憤りを感ずるのかもしれない。そのホテルは取り壊しが始まった。窓から見える景色が、こんな気持のまま変わるのは哀しい気がする。…と思いつつ、今日のニュースを見ていると「偽メール」情報を渡した元の人物の名前が公表されたようだ。まるでサッカーのオウンゴールのような(サッカー選手に失礼かもしれない)失態だったこの自爆事件。ニュースを観ていても、何故今までその人物の名を黙っていたのか?肝腎の質問の答えは、どうも釈然としない。さらに、確かに途中まで味方であったはずの周りの者達が、本人一人がボールを蹴ったような振りをしている。最近スポーツばかり見ているせいか、あまりにもフェアプレイからかけ離れている気がして、妙に腹立たしさと憤りを感じてしまう。

クリックすると元のサイズで表示しますパラリンピックのメダリスト達。左前が大日方選手。

話を戻し23日帰国した、パラリンピック、アルペンスキー・女子立位で、金1個銀3個のメダルを獲得した主将の大日方選手は、帰国直後の会見で「自分としてはもう少し上に行けるチャンスがあったかなと感じている。自分の甘さ、至らなさを感じた大会だった」と答えた。パラリンピックに充てられた国の予算は、アルペン競技全体で120万円。また、23日、地元常呂町へ帰省したトリノオリンピック代表のカーリング女子「チーム青森」の小野寺さん、林さん、本橋さん達は、嘱託職員扱いで月12万円だったと聞く。国の政を動かしている人達も、スポーツ選手を支援するという形で、自分達の給料を下げた方が、謙虚になれて自分の姿が見えるのかもしれない…等とつい考えてしまった。外は晴天。桜も咲き始め、まもなく春たけなわとなる。昨日開幕の高校野球の選手達など、連日、一生懸命プレーするスポーツ選手を見ていると、気分はとても清々しいが、ふと政治関連のニュースに目を向けると『春愁』の言葉しか浮かんでは来ない。

◎当ブログ内で、パラリンピックついて書いた記事。
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060313/archive
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060316/archive
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2006/3/24

選抜高校野球開会式とWBC世界一の余韻に思う事  WBC・ワールドベースボールクラッシック

WBC、日本チーム世界一の余韻が残る23日、第78回選抜高校野球大会が開会した。日本の野球界の将来を担うであろう選手達の活躍ぶりが、今からとても楽しみである。開会式を見ていて、印象に残った事は、岐阜・城北高校の太田選手の、選手宣誓の言葉と、愛知県立明和高校3年の古沢加奈子さんの国歌斉唱だった。岐阜・城北高校は、初出場とされているが、実は2004年から実施された、少子化に伴う県立高校の合併に伴い、藍川高校と三田高校が合併した高校で、三田高校時代には、確か2度程、甲子園へと出場している。太田選手の宣誓の言葉の中に、「…前略。この憧れの夢舞台でプレーできる喜びを全力疾走で表し、私達を支えて下さる方への感謝の気持を忘れず、多くの方に勇気と希望を与え、未来まで語り継がれる第78回選抜高校野球大会にする事をここに誓います」。とあった。凛々しくて素晴らしい宣誓だった。WBCには無かった選手宣誓…。久しぶりに新鮮な気持で聞く事が出来た。

開会式・凛々しく選手宣誓をした太田選手。クリックすると元のサイズで表示します

そして、アカペラで見事に国歌を歌いきった古沢さんは、昨年11月開催された全日本学生音楽コンクール声楽部門・高校の部で優勝したという、これもまた素晴らしい喉の持ち主だった。大学受験の終わった8日から「君が代」を猛練習する傍ら、愛知県代表の啓成高校(稲沢市)を訪れ、その練習振りを見学した。野球に懸ける同世代の若者の気持を少しでも理解し頑張って貰えるよう、心をこめて歌ったそうで、甲子園に響き渡る古沢さんのソプラノは、甲子園で戦う選手達にとって、より新鮮に、かつ神聖に、心に響いたに違いない。高校生の歌声での国歌斉唱…このような試みは、とても良い事だと思った。心が洗われるような開会式だった。更に、第一試合の兵庫・神港学園高校、第二試合の千葉・成田高校、第三試合の智弁学園・和歌山高校が、揃って完封勝ちをした。敗れた高校の選手達もひたむきだった。私はこの高校野球の一生懸命さが好きである。何となく、WBCの準決勝・決勝に通じる、野球の原点のようなものを感じた。

さて、WBCに参加した選手達が凱旋帰国し、一夜が明けた。帰国を報道するメディアでは、それぞれ特集が組まれていたが、観ていて私が思った事は、まず王監督の体調の心配だった。私のような素人が心配するのは余計ではあるが、次回からは、代表専任監督を選ぶべきでは?と、思った。主催者側も見切り発車の感は否めなかった。日本も然りであっただろう。今回は「世界の王」さんに甘えた形になってしまい、結果「王監督だからこそ」だったとは感じるが、現役の監督に”兼任”させてしまうのは、あまりにも負担が大きすぎる気がする。サッカー同様、そうあるべきだと感じたのは、私だけではないと思う。帰国後記者会見をし、そのまま福岡に移動、3時間弱の睡眠でソフトバンクのユニフォームに着替えた王監督の姿を見て、つい体調の事を懸念してしまった。そして、試合途中、怪我をした岩村選手や、川崎選手も大事に至らないように願っている。

解散前の記者会見で大塚選手・王監督・イチロー選手 クリックすると元のサイズで表示します

他には、アメリカに残ったイチロー選手や大塚選手のその後も、とても気になった。TVでは、サンディエゴのホテル前で、日本に帰国する選手達を見送る2人の姿が、写されていたが、本当に淋しそうだった。イチロー選手が「このままのチームでメジャーでやりたい」と言ったのが本音だったと頷ける。「ヤバイです」と言ったイチロー選手の目には涙が一杯だったようにも見て取れた。そして更に、私が感動したのが、大塚選手の姿だった。バスに乗る選手達と握手を交わしたのち、改めてバスに乗り込み「ありがとうございました」と全員に向って挨拶していた。世界一となった守護神のマウンドとは、一味違ったその素顔に、苦労人・大塚選手の謙虚な人柄を覗わせた。

また、大塚選手は、解散前の記者会見で、投手2人が離脱した理由に「2段モーションの禁止」と関連があるのではないかと考え「僕のフォームでも問題ない。その辺を日本プロ野球連盟にも考えて貰いたい」と再考を訴えている。エコノミークラスで移動する世界一のクローザーは、次を見据えての提案を残した。単に歓喜に酔っているだけでない、一流のプロ選手だと感じた。今後も、大塚選手を応援したいと思った。どうやら私は、レッドソックスのマイク・ティムリンにも共通するが、先発投手より抑えの選手が好きである。あの危機に集中して投球できる姿に、敬意を持つのかもしれない。奇しくも大塚選手の移籍先のレンジャーズはアリーグなので、今後イチロー選手達との対決もある。即ち、日本でのTV報道も多くなるのだ。本名の漢字が「晶文」で、TV各局のアナウンサーに殆ど「アキノリ」とは読んでもらえず「晶則」と変更したが、もう彼の顔も名前も知らない日本人は、少ない気がする。

世界一決定!ガッツポーズの大塚選手。クリックすると元のサイズで表示します 

さて、近頃野球一色で書いてきたが、既にフィギュア世界選手権は、始まっている。ペアでは井上玲奈・ボールドウィン組が4位と、過去最高の順位を記録したのに始まり、男子では、織田選手がSP2位発進。また女子の予選では、連戦で体調が心配される村主が2位、トリプルアクセル成功の期待がかかる中野選手が4位につけた。直前の荒川選手の辞退で急遽選ばれ、練習不足が懸念された恩田選手は得意のジャンプが決まらず12位となった。しかし予選は通過だ。是非持ち前のパンチの効いた滑りを取り戻して欲しいと、心から願っている。フィギュアについては、明日以降、追々書いて行きたい。
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2006/3/23

WBC…歓喜の優勝への救世主・福留選手の手記と…  WBC・ワールドベースボールクラッシック

今日は、ブログをお休みしようと思いましたが、せっかくですので、名古屋ならではの新聞記事などを紹介させていただきます。WBCのチーム作りに於いて、当初は辞退者が相次ぎ、王監督は自ら頭を下げて、依頼に周ったそうです。そんな中の1人、福留選手。韓国戦では代打で指名され、決勝ツーランホームランを打ち救世主となりました。更に福留選手は、キューバ戦でも代打で2点タイムリーを放ったのはご周知の通りです。その福留選手のコメントが、名古屋の地元紙「中日スポーツ」に掲載されていましたので、書き写します。ベンチを温め声援を送り続けた、同僚・谷繁選手を思いやり、自ら苦しい道程を歩いた選手だからこそ…の手記だと、思いました。。

クリックすると元のサイズで表示します トロフィを手に嬉しそうな福留選手と谷繁選手

 「一生、忘れられない」   −日本代表 福留孝介−

外野から走っていくのが遠かった…。皆が輪になっているのを見て、本当に世界一になったんだな。そう思えました。先発は外れてしまいましたけど、9回のいい場面に使って貰えて…。よし、抜けたッ!って思った時は、嬉しかった。 結果が思うように出せなかたという意味では、良きにつけ悪しきにつけ、凄く勉強になった大会でした。が、昨秋の段階でボクは一度、お断りしています。その理由もお話して置こうと思います。まずは、新フォームにトライしていたという事。そしてポジションへの不安でした。右翼・イチローさんは決まり。松井秀さんが有力視されていましたよね。当時ヤンキースでの松井さんには、中堅コンバート案が出ていました。となると、WBCでも中堅を守る。ボクは参加しても、不慣れな左翼か控え。選手として、そのリスクはなかなか負えないものです。

 結果として、米国代表にも選ばれたデーモン選手がヤンキース入り。松井さんのコンバート案が立ち消えになりました。この後、松井さんの辞退があり、ボクに再度、お話が来た訳です。だから、二度目はすぐにお受けするつもりでした。 出る以上、思う存分暴れたい。どのチームでもレギュラー級の選手が集まるからこそ、そう思うものなのです。ファンの方にも知って頂きたいのですが、選手が3月にチームから離れるというのは、相当なリスクです。 投手は、使用球が違う。野手は打ち込みや調整での打席の絶対数が全く足りない。特にベンチを温めた選手は、帰国後に相当なギャップがあるのは間違いない。代表という誇り、名誉を得るのと同時に、競技者としては、非常に覚悟の求められる選択なのです。

 でも、その分だけ得がたい財産があったのも事実です。メキシコが”贈り物”をくれた夜、サンディエゴ市内の日本食レストランに行きました。現地在住の日本人、出張のサラリーマン…。皆が「良かったですね」「応援に行きますよ」って声をかけてくれました。日の丸を背負ったからこそだと思うんですよ。本当にありがたかった。 ボクにとっては、3個目のメダル。そして3食揃いました。次回のWBC?3年後のボクは31才です。「その時の気持次第。今はわかりません」というのが、正直な答えです。ただ、この大会で野球が楽しみだという人が増えてくれれば…。今後の野球界がどうしなくちゃいけないか、その方向性が出てくれれば…。ボクにとっても一生忘れられない大会となりました。 …中日スポーツ誌…

表彰式後、全員での記念写真 クリックすると元のサイズで表示します

★以下は、コメント欄へ頂いた、スパイラルさんのご感想です。とても感銘を受けましたので、感謝の気持を込め、本文中に掲載させて頂きます。

王JAPANは、素晴らしい感動をプレゼントしてくれましたね。 
試合後、王監督は「日本だけでなく、世界中で野球を知らない人にも見てもらえた。<中略>これをきっかけに、子どもたちに野球をやってもらいたい。お母さん方も、お子さんに野球をやらせて欲しい」と話していました。 世界的に野球を普及させるには、まずジュニアの育成が必要な訳ですが、王監督は10年以上前にハンク・アーロンと共同で「世界少年野球推進財団」を主催しWCBF(世界少年野球大会)を毎年開催しています。口先だけの「野球の普及」を唱えるのではなく、自ら実践している王監督は「世界の王」と呼ぶにふさわしい方だと思います。

キューバのべレス監督は、記者会見の席上で日本チームに祝辞と賛辞を述べた後で「キューバチームに対するリスペクトと思いやりによって出場できた事を感謝する」「今後もこのような世界大会を開催して欲しい」と話していましたが、これも常勝キューバを率いる監督だけあって素晴らしいものでした。 また、松坂のイン・ハイに抜ける失投にバッターが避ける場面や里崎のバットがピッチャーを襲う場面はエキサイトしてしまうものですが、キューバナインは実に紳士的でスポーツマンとして一流であることを示していました。

キューバチームには賞金としてWBC収益金の7%が与えられますが、今回はWBCから得られる収入の全てを「ハリケーン・カトリーヌ」の被害に充てるよう寄付する事を条件に入国が許可されているため実質はゼロ、一方でメジャー選手会には順位に関係なく収益の17.5%が配分されるとも言われています。現時点ではWBCの収支が黒字になるかは不明ですが、何か釈然としないものがありますね。

王JAPANの優勝に寄せて… Spiral

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2006/3/22

WBC…世界一・王監督の胴上げ/対キューバ戦を観て  WBC・ワールドベースボールクラッシック

WBC、チームジャパンのキャプテン松中選手は、尊敬する王監督を「何としても胴上げしたかった」と言っていた。昨年と一昨年の王監督が指揮するプレイオフ…シーズンでは優勝をしていたにも関らず敗れてしまい、日本シリーズに進めなかった。また、日本代表チームとして松中選手は、キューバ相手にアトランタオリンピックでは決勝、シドニーオリンピックでは準決勝で破れて居り、世界一の夢は潰えていた。オリンピックやプレイオフの後には、「短期決戦に弱い松中」とまで言われて来た。王監督に恥をかかせる訳には行かない。松中選手の誓いだった。その心意気が、韓国戦での2塁に向けてのヘッドスライディングに表れ、その気合の入り方を目の当たりにした福留選手の代打ホームランに繋がった。そして決勝での勝利…宙に舞う王監督には、現役時代得た、世界一のホームランバッターの称号に、「世界一の監督」の称号が加えられた。
王監督の胴上げ   クリックすると元のサイズで表示します

また、イチロー選手も、王監督と日本野球界の為に戦って来た。振り返ると今年1月3日、母校名電高校のグラウンドに現れ、このWBCに向けて例年より早い自主トレを開始した。勝利のシャンパンファイトでは、「実は、チャンピオンになれるとは思っていなかった。皆、人間的にも素晴らしい。お礼を言うのは僕の方です」と、今回のチームジャパンのチームワークを讃えた。各チームから、日本代表選手が集まった時、個性の強い選手達に、ここまで纏まって世界一を目指せるとは、きっと野球関係者の誰もが、想像できなかったと思う。正直私も、準決勝まで行けたら…と失礼ながら、思っていた。1ヶ月のという短期間ではあったが、野球を愛する者達が集い、共に逆境を潜り抜けて来た一体感は、きっと実力だけでなく、どの国のチームにも負けなかったと思っている。
クリックすると元のサイズで表示します韓国戦、松中選手のヘッドスライディング

試合の後、アマチュア野球世界一を誇る、キューバチームの選手達が、日本チームの選手達を讃えて握手を求めて来ていた。こういうシーンは、更に胸を熱くさせる。単なる公務員、月給も日本円にして1800円のキューバの選手達は、年間90試合を国内で戦っている。メジャー選手が、年棒何億と稼いでいるのとは、桁が違いすぎるが、その野球への情熱は、どの国の選手達にも勝っている。事実、キューバについては昨日も書いたが、国際大会37連続決勝進出という戦績がそれを物語っている。野球に於いての国際大会とは、過去に開催されたオリンピック、国際野球連盟主催のW杯、インターコンチネンタルカップの3つであるが、実はキューバが決勝に進出できなかったのは、1951年のメキシコで開催されたW杯まで遡らなければならない。しかも、その大会でも3位となっているのだ。ゆえに50年以上にも渡り、野球の世界大会を支配して来ている誇りに満ちたそのチームが、日本チームを讃えてくれる姿は、ビデオで何度観ても、涙が零れた。
ティファニー製のトロフィー クリックすると元のサイズで表示します

また、決勝戦の試合前日に、キューバチームが殆ど練習をしなかった事や、記者会見もキャンセルし、報道関係者をシャットアウトした事から、結果噂ではあったが、チームから亡命者が出たとも報じられた。WBCに参加するにあたりキューバの最大の懸念は、亡命者が出る事とされていた。WBCに参加し実力を証明できた選手達には、亡命を手引きする代理人によってメジャーから誘いがかかるのは、当り前になってもいる。2次リーグ開催地のプエルトリコは勿論、アメリカでは、亡命させる絶好の機会となってしまう為、ホテルに軟禁状態とされていた。キューバチームは、国外で開催される国際大会では、常にこの環境で、戦い続けて来たのだ。私は、日本が準決勝進出が決まった瞬間、自分の中で選手の知名度が高い、ドミニカとの決勝対決を望んだ。しかし、キューバの野球について調べて行くうちに、やはりWBCが、今後も国際大会としての威厳を造っていく為には、対キューバでの決勝こそが相応しいと思うようになった。そしてそれが実現し、日本が優勝した出来た事は、野球ファンとして限りない喜びであった。
クリックすると元のサイズで表示します 日章旗を持つイチロー選手と王監督

日本に野球が伝わったのは、1872年と記されている。そしてプロ野球が発足して72年…日本が貫いてきた「投手力を中心とした守り勝つ野球」で、アメリカに追いつけとばかりにその歴史を刻んできた。今大会もアメリカのメジャー選手と対抗するには、スモールベースボールしかないとばかりに、バントや足を使った攻撃で戦って来た。キューバチームも然りであった。パワー重視だった野球が、メジャーリーグでの相次ぐ薬物騒動と共に否定されつつある中、今日の決勝戦での戦いぶりは、今後、世界の野球のお手本となる気がした。日本チームの選手達は、メジャーのイチロー選手や大塚選手と別れて、桜の開花宣言が出された東京へと22日、凱旋帰国する。

クリックすると元のサイズで表示します 世界の頂点! photo by Majar jp
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