2006/6/2

入梅を前に…岐阜名産の和傘に思う事  日記(今日思うこと)

名古屋では6月に入った途端、夏日になった。既に九州地方は入梅し、本州も間も無く梅雨を迎えるだろう。私は、湿気が多く蒸し暑いのは好きではないが、雨降り事態は嫌いではない。むしろ雨降りが好きな方で、子供の頃は、雨の日になると嬉しくなって、わざわざ出かけたりしたものだった。「雨、雨、降れ、降れ、母さんが、蛇の目でお迎え 嬉しいな♪」そんな歌を口ずさみながら、水溜りを歩いたりしていた。家には大きな番傘があった。子供の手には少々重いが、大きかったので雨が当たらない空間が自分だけの世界のような気がして気に入っていた。雨に濡れない景色と、傘から外の雨の景色とのコントラストを楽しんだ。流石に番傘を通学には使わなかったが、雨降りになると家の人が誰も使わなくても、私が持ち出すので、番傘は必ず使用される運命だった(蛇の目傘には触らせて貰えなかった)。従って梅雨の晴れ間には、洋傘の中に混ざって番傘が干されていた。祖母からは「和傘は雨に濡れて、干して…を繰り返し丈夫になる。昼夜の温度差が激しい地方にこそ、美味しい果物が出来る。人間も同じ…」と、妙な組み合わせの話として聞いていた。
クリックすると元のサイズで表示します 和傘・赤の「蛇の目傘」
(丸い模様が蛇の目に似ている所に由来)


そんなある日、岐阜市内に住んでいた伯母と一緒に、提灯と和傘を造って売っているお店へ行った。私はその工房で職人さんの仕事に見入ってしまい、伯母が帰った後も残らせて貰い1日中見学していた。黙々と骨組みを造る人(骨師)、和紙を貼って行く人(貼り師)、徹底した分業で、職人さんの手で造られていく傘達…。その光景は見ていて飽きる事がなかった。そして工房の裏には傘が干されて居り、まるで一面にランプシェードのような矢車菊が咲いている様子だった。その時、傘は全開しないで、傘内部に2つあるハジキの1つだけを使用して、半開きにして干してあった。そういえば祖母も番傘だけは、全部開かず干していた。その場にいた職人さん(仕上げ師)にその理由を尋ねた。全開にして干すと、紙が伸びてしまい畳んだ時に、外に紙がはみ出るようになるからだと教えて貰った。(家庭での手入れは、直射日光より日陰干しが良いそうだ)。傘達は、その後に骨に漆を塗る最後の工程に入ると聞いた。大きな工程に分けても9つ。中工程では50以上、全工程では、100に細分化された工程を経て数ヶ月かけ、ようやく1本の和傘が出来上がるのだ。
蛇の目傘と似ている?矢車菊 クリックすると元のサイズで表示します

岐阜の和傘の歴史は江戸初期、寛永16年頃、下級武士の手内職として始まった。近年では映画「たそがれ清衛兵」にもその傘貼りのシーンが見られる。やがて、岐阜の加納地区の傘造りは、全国的な地場産業へと発展して行く。地域柄、細身でスマートな傘の骨に適した真竹が木曾三川の流域で豊富に取れ、紙は牧谷(美濃市)周辺に良質の美濃和紙があり、エゴマ油・渋柿・ワラビ糊等の材料が手に入れやすかったからだと言う。加納地区は、和傘の製造の全盛期であった明治、大正、昭和の始めには、殆どの世帯が、和傘業に何らかの形で従事して居り、生産数も全国一を誇っていた。だが洋傘が普及するにつれ需要が急激に減少し、後継者不足に陥った。しかし僅かではあるが、伝統を引き継ぎ、神社・仏閣の祭礼用和傘を始め、歌舞伎・舞踊、野点のお茶席、婚礼用の差し掛け傘等が、今も尚、造られている。

また和傘は、そのシルエットが末広がりという事で、昔から縁起に良いとされ、結婚式や、各種の贈り物として広く使われて来た。八十歳のお祝いを「傘寿(さんじゅ)」といい、寿印の和傘を贈ったり、和傘に寄せ書きして、恩師に上げる等の習慣もあるようだ。和傘の趣は、歌舞伎「白波五人衆」でも味わえる。弁天小僧菊之助が振り返りざまに和傘をパッと開いて見得を切るシーンは、正に相手を驚かせるフラッシング効果があり、蛇の目模様は、古くから魔を祓う模様とされて来たという。私は家にある番傘でよく弁天小僧の真似をした。傘に勢いがついて飛んでいってしまった事も多々あったが「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂(まさご)と五右衛門が、 歌に残せし盗人(ぬすっと)の種は尽きねえ七里ヶ浜…中略…ここやかしこの寺島で、小耳に聞いたじいさんの、似ぬ声色で小ゆすりたかり、名せえ由縁(ゆかり)の、弁天小僧菊之助たぁ 俺がことだぁ」と、台詞まで覚えてしまった。幸い傘を壊さずには済んだが、私は和傘の油の香りが大好きだった。
クリックすると元のサイズで表示します 天火干しのシーン…まるで花畑のようだ。

そういえば10才年下の従妹が幼稚園の時、雨降りの日に偶々遊びに行っていた私が番傘を差して幼稚園まで迎えに行った。従妹も「雨の歌を歌う」と言った。迎えに来たのはお母さんではないが、一緒に歌いながら帰ると楽しいなと私は歌い始めた。「雨、雨、降れ降れ…」一緒について歌うはずの従妹が立ち止まって首を降った。「違うー」私は意味が判らないまま従妹に歌わせた。「雨、雨、降れ降れ、もっと降れ、わたち(私)のいいちと(人)ちれて(連れて)来い」従妹が歌ったのは、八代亜紀の「雨の慕情」だった。名作詞家・北原白秋さんも、その年のレコード大賞受賞曲には適わなかった。しかしながら、「雨降り」は、友達思いの優しい歌詞である。私は家に着いたら改めて「雨降り」を教え込んだ。母の実家のお祖母ちゃんも一緒になって歌った。外から聞こえる雨音が、メトロノームのようにリズムを刻んでいるようだった。蒸し暑い初夏の夜、そんな事を思い出している。
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2006/6/2

入梅を前に…岐阜名産和傘に思う事(雨降りの歌詞)  日記(今日思うこと)

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 『雨降り』 作詞:北原白秋 作曲:中山晋平

雨 雨 ふれ ふれ 母さんが、
蛇の目で お迎え 嬉しいな
ピッチピッチ チャプチャプ
ランランラン

かけましょ かばんを 母さんの
後から行こ行こ 鐘がなる
ピッチピッチ チャプチャプ
ランランラン

あら あら あの子は ずぶ濡れだ
柳の根(ね)かたで 泣いている
ピッチピッチ チャプチャプ
ランランラン

母さん 僕のを 貸しましょか
君 君 この傘 さしたまえ
ピッチピッチ チャプチャプ
ランランラン

僕なら いいんだ 母さんの
大きな蛇の目に 入ってく
ピッチピッチ チャプチャプ
ランランラン

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◎参考 傘の仕組み(洋傘パーツ名)
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◎美濃和傘 株式会社マルト藤沢商店 HP
▼和傘の仕組み、種類やお手入れ方法等が掲載。
http://www.wagasa.co.jp/
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