2006/6/30

東西の力を集結し、32年ぶりの主催国優勝へ…W杯・ドイツチーム  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

1974年W杯、西ドイツ大会は…開催国、西ドイツの優勝も語り継がれているが、当時「鉄のカーテン」で、断絶していた冷戦下の東西ドイツが対決をした、最初で最後の大会としても記録に残っている。それは、民主化の波が押し寄せ、「ベルリンの壁」が崩壊する15年前の事であった。その年が明けたばかりの1月5日、ワールドカップの組み分け抽選者に選ばれた、ベルリンの聖歌隊に所属していた11才の少年、デトレフ・ランゲ君がひいたボールは、運命の対決を演出した。当時41ヶ国で実況放送され、約8億人が見守る中、一次リーグ1組に、東西ドイツが組み込まれると、会場にはどよめきの後、歓声が巻き起こり、世界中には衝撃が走った。
クリックすると元のサイズで表示します 32年前優勝の西ドイツ・ベッケンバウアー

そして迎えた6月22日、ハンブルグのフォルクスパルク・スタジアムは、6万人の大観衆を集め、東西ドイツの戦いとなった。サポーターの殆どが西ドイツ側で、誰もが2年前欧州チャンピオンに君臨した、西ドイツの勝利を疑わなかった。当時東ドイツのエースだった、ユルゲン・シュパルバッサーは、当時を振り返ってこう語っている。「社会主義対資本主義という政治的な構図を背景に騒がれていたし、僕達も負けるわけには行かなかった」。スコアは0対0のまま、前半を終え、観客からは西ドイツに対するブーイングが大きくなりだした。そして後半開始8分後、東ドイツGKから送られたボールでのカウンターアタックから、シュパルバッサーがシュートを決めた。シュパルバッサーはピッチの上で、でんぐり返しをして喜んだという。

しかし、東側の駆けつけた2500人の観客は、喜びを分かち合う程のサッカーファンではなかった。シュパルバッサーの回想によると、東ドイツは、ドイツ社会主義統一党の仕切りで、西ドイツに亡命する事のない模範的な市民のみを送り込み、普段はサッカーとは何の関係もない人達だったという。結果スコアは、1対0のまま、東ドイツが歴史的勝利を挙げた。シュパルバッサーがロッカールームに引き上げる途中の通路で、西ドイツのパウウル・バドナーが待っていて、ユニフォーム交換を申し出た。続いて他の選手達も東ドイツのロッカーにやって来て、脱いだばかりのユニフォームが積まれた洗濯籠を指差し、交換を提案した。同じドイツ人として、政治的背景を乗越えた、スポーツ選手ならではの友好の儀式だった。
キャプテン・バラックとチームメイト。クリックすると元のサイズで表示します

この試合を契機に、西ドイツは、キャプテンのベッケンバウアーを事実上の監督とし、戦略を練り直して決勝トーナメントで勝ち進み、遂に7月7日、オランダとの決勝で勝利し、W杯の頂点に立った。ベッケンバウアーはカイザー(皇帝)と呼ばれ、その後のサッカー界に選手として、監督として様々な形で君臨し続ける事になる。尚、このW杯で、西ドイツが敗戦を記したのは唯一、東ドイツだけだった。ベッケンバウアーとシュパルバッサーは、今も交友関係を続け、今大会、大会組織委員長として活躍が光るベッケンバウアーから、開幕戦のドイツ対エクアドルのチケットが届いたそうだ。

当時から選手達に壁はなかった、しかし、東西ドイツ統一後、現在も東側の貧窮は続いている現状は否めない。BSの特集でも観たが、東側でプレーする選手達は、プロとは名ばかりでギャラも安く、雪が降っても除雪設備が無い為、自ら雪かきをしてグランドを整備しなければならない。そんな恵まれない環境下でも、東ドイツ式英才教育を受けた選手が育ち活躍している。今大会、ドイツのキャプテン、ミヒャエル・バラックもその1人だ。シュパルバッサーは、バラックら東側出身の選手の活躍に自信を深め、来春自らが学んだ東ドイツ式のカリキュラムを土台に、6才から14才までのサッカーの英才教育をする『ユルゲン・シュパルバッサー・スポーツ学校』をベルリンで開校し、若年層の育成に力を注いで行くという。

「東側出身のキャプテンだからこそ、意味がある」…。ベッケンバウアーは、そのプレーの類似性から、「小皇帝」とも呼ばれるバラックに、大いに期待を寄せているそうだ。前回大会の決勝戦では、バラックの出場停止もあり、ブラジルに敗れた。だが、今大会は地元の利も生かして、充分優勝を狙える位置に来た。まずはアルゼンチン戦。厳しい内容にはなるだろうが、東西の力を集結したドイツチームに死角はあるのだろうか。バラックをキャプテンとするドイツチームは、東西出身の2人の先輩に見守られ、32年ぶりの優勝へ…ドイツ全国民共通の夢…頂点へと、今駆け上がろうとしている。
クリックすると元のサイズで表示します 2002年決勝後、カーンのこの姿が目に焼きついた。

◎追記
ドイツと言えば、GKのオリバー・カーンと印象付けられた前回大会…。今季カーンは、正キーパーの座をレーマンに明け渡している。正GKで無ければ代表を降りるのでは?と懸念されていたが、28日に開催されたドイツサッカー協会の記者会見の様子が報道され、そんな杞憂を一蹴した。カーンは、自らの口で、正GKレーマンを賛辞し、インテリジェンスに溢れた質疑応答をした。そして、裏方でもチームに貢献できる喜びを述べチームワークに徹する内容だった。その姿は、これまで強烈な自己主張を繰り返し物議を呼んできたカーンとは別人だったという。自身が負けた相手を讃える潔さ…。ドイツ国内ではカーンに対する敬意も広がりを見せているそうだ。マイナス経験を心の余裕に成長させたカーンの姿から、私達も学ぶものが多い気がした。

◎参考
サッカーキングNo32/朝日新聞社・中日新聞6月30日紙面より
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