2006/9/11

イチロー選手初登板か?の報道から、長坂秀樹投手への繋がり  Boston Red Sox・MLB

日本出国直前にスポーツ新聞で、興味深いニュースを読んだ。その見出しは『イチロー、メジャーで登板?』というものだった。これは、解任騒動の話題に揺れるマリナーズの監督、ハーグローブ氏が、チーム関係者に、「私が辞めることが決まったら、最後に一度、イチロー外野手を"投手"としてグランドに立たせてみたい」とチーム関係者に語ったという報道だった。イチロー選手は、愛工大名電時代に、投手として甲子園に出場した経歴がある他、賛否両論はあったものの、1996年には、日本のオールスターの第2戦でマウンドに立った経験がある。スピードガンでは150キロを記録した事もあり、ライトからホームへの返球も、レーザービームと呼ばれており、早くてコントロールも良いという豪腕ぶりは有名である。
クリックすると元のサイズで表示します メジャーの公式戦で、投手イチローが観られるだろうか?

この所のマリナーズは、中継ぎ投手のマテオ、ソリアーノが次々と故障者リスト入りをし、救援投手の台所事情が火の車となっている中、起用されてもおかしくないと識者も語っているらしい。元々ファンサービスも兼ねたイチロー選手の登板構想は、メジャー入りした2001年から、具体的に球団も検討していたようだが、今の所実現には至っていない。イチロー選手も渡米直後には、「投げろと言われればやってみたい」と語っていたそうだが、現実には、完璧主義のイチロー選手が、公式戦で投げるとは、予想されにくい。それでは、メジャーリーグ史上で野手が投手との二刀流を務めた事があるのか?と記録を探してみた。

すると過去に4例程ある事が判明した。まず、1993年に当時レンジャーズのホセ・カンセコ外野手が志願登板し、結果は1回を投げて2被安打3四球3失点と散々な結果を残したが、二刀流の先駆けとなった。その後元デビルレイズのウェード・ボックス三塁手が1999年までに2度登板。元日本のロッテにいたマット・フランコ一塁手もメッツ時代の1999年に2度登板した記録があり、更に2000年には、ロッキーズのブレント・メイン捕手が登板し、勝ち投手となっていた。調べていて、この記録にイチロー選手の名前が載るか否かも興味深い気がしたが、私はホセ・カンセコ外野手の名前が心に残った。この志願登板で肘を痛め、その後、怪我に泣いたカンセコ選手であったが、1988年には、ホームラン王と打点王、そして年間MVPにも輝き、1991年には再び最多本塁打王に君臨するという偉大な記録を残している、しかし私にとっては、その記録よりも、2001年にメジャーを引退した後の2005年、薬物使用に関する自身の暴露本「JUICED」を出版した事が戦慄な記憶として残っていた。その後は、どうしたのだろうと気になっていたが、現在独立リーグでプレーをし今も野球を続けているそうだ。
レッドソックス在籍中のカンセコ選手(1994年〜1996年)クリックすると元のサイズで表示します

カンセコ選手が最近になって独立リーグ、ゴールデンベースボールリーグに属するサンディエゴ・サーフドーグスと契約し、DHとして出場している事を知ったのは、同じ独立リーグで投手としてプレーしているLittle Hidekiこと、長坂秀樹投手のHPを見てだった。長坂投手は、身長166cmと小柄ながら、東海大三高(長野)のエースとして1996年夏に甲子園出場、東海大へ進学後の1998年に神宮大会に出場して準優勝している。一旦野球の道は諦め就職したものの"BASEBALL"をする為に単独渡米、ビザの関係でプロ契約が結べない当初は、アマチュアとしてアラスカやネブラスカ、カンザス でプレーしていた。そして現在、しっかりとした下半身と力強い上半身の振りの無駄の無いフォームから繰り出されるMAX95マイル(152キロ)のストレートと、切れの良いスライダー、カーブを武器にカリフォルニア州のCHICOにあるチコ・アウトローズでプレーしている。(現在はシーズンオフ)その彼が去る8月12日、中学生時代、憧れていたカンセコと対戦、「三振2つ、ダブルプレー1つに切って取ったが、少し悲しかった」と、長坂投手自身の公式サイトの日記に書かれていたのだ。
クリックすると元のサイズで表示します カンセコ選手をノーヒットに抑えたピッチングの長坂投手。2006年8月12日、完投勝利を挙げる。(写真提供・長坂秀樹公式HP)

華やかなイチロー選手のメジャーデビューとその後の活躍、更に投手として登板か?というニュースを契機に調べて行くうち、二刀流をこなしたという史実で繋がったホセ・カンセコ選手が、今も野球を続けている事、そして、紆余曲折の苦労を重ねながらも、本当に心から野球が好きで、アメリカでbaseballライフを送っている長坂秀樹選手の事を、是非書き残したいと思った。長坂投手の公式サイトでの自己紹介欄には、素晴らしい言葉が記されている。「尊敬する人…出会った全ての人」…このように謙虚になって全ての出会いに感謝できる心も、"BASEBALL"の生まれ育った国での苦労によって培われたと言えるのだろうか?!。長坂投手の野球を愛する精神に、心から拍手とエールを贈りたい。尚、カンセコ選手は、今年、同リーグのオールスター・ゲームで、再び投手としてマウンドに立ったそうだ。
長坂投手のベースボールカード。 クリックすると元のサイズで表示します

★「小さな巨人・長坂秀樹投手」オフィシャルサイト
http://www.littlehideki.com/
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