2006/10/31

スケートアメリカ…優勝は安藤美姫選手、浅田真央選手は3位。  フィギュアスケートと浅田真央選手

フィギュアスケートのGPシリーズ、初戦のスケートアメリカは、現地時間の28日、女子のフリー演技が行われた。SPの上位6名が最終滑走組に入る事に決められているが、その6人の中に、日本人選手が3人共入ったのを誇りに思いながらTV放映を観ていると、最終滑走組の6人が、6分間の練習に滑り出して来た。観客の視線は、前日SPで1位になっていた真央選手に集中していた。そんな熱い視線の中、真央選手が初の試みとして取り入れた、ステップからのトリプルアクセルを綺麗に決め、その度に拍手が起きていた。
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真央選手…フリーの演技とエキシビションの演技

フリーの演技が始まろうとしていた。真央選手には、SPトップの気負いはなく、いつもの表情に思えた。またこのプログラムは、1週間前に行われたキャンベルズカッブでも滑っており、最初のトリプルアクセルで転倒したものの、その後は持ち直して参加者の中では115.36と、最高点を出していた。実は、このスケートアメリカのTV放映は、録画で放送していた為、私は既に結果を知っていた。それでも真央選手に限って…と、その後起こる事態を信じたくなかった。「チャルダッシュ」の曲が流れ真央選手の演技が始まった。冒頭に組み込まれていた、トリプルアクセル…。ステップを踏んで跳んだ瞬間、ふわりと抜けたようになり、1回転半になってしまった。数分前、見事に決めていたジャンプだった。期待に膨らんでいた会場の歓声が、溜息に変った。

真央選手は、その後この失敗を引きずるように、ジャンプにも精鋭を欠き、予定していた3回転×3回転や、3回転×2回転×2回転の連続ジャンプも跳ぶ事ができない上に、スピンもスピードを欠き、回転数が足りないままの姿勢やエッジのチェンジとなってしまい、目指していたレベル4どころか、レベル1に終わってしまった。真央選手に何が起こったのだろう?、滑走後のインタビューには、本人も「何故かは分らない、勢いがなかったです」と答えた。私はスケートを滑った経験もないが、フィギュアスケートで、SP、フリーと2つのプログラムをノーミスで揃える事の難しさを痛感し、高い技術だけでは可能ではない、精神的にも非常に繊細でデリケートな競技だと改めて感じた。
自己ベストを更新した安藤選手。 クリックすると元のサイズで表示します

一方、安藤選手は、トリノの苦い経験をバネにして、SPに続いてノーミスで演技を終えた。メディアによっては、「何故オリンピックの時に、この演技が出来なかったか?」と報じているものもあったが、反対にあの時の屈辱があったからこそ…だと大半の人々は思ったに違いない。あのトリノの時は、明らかな練習不足で試合に臨んだ安藤選手…彼女を4回転ジャンプに、こだわり続けさせ、さもチャレンジするだけでいいという気持ちにさせてしまったのは、日本のマスコミだったのではないか?と振り返る。スケート協会やスポンサーの都合による、オリンピック強化選手という立場が、安藤選手を追い込み自暴自棄にしていたとも取れた。マスコミは、チヤホヤと騒ぎ立て、そしてバッシングという形で叩き落す…。その渦中に巻き込まれ、一番翻弄させられたのは、安藤選手だったような気がしている。

今回のスケートアメリカについて、中日新聞の記者が短いコラムを書いていた。それは、日本の報道陣やカメラクルーが、取材対照選手のホテルの通路に陣取り、「出待ち」をしていた事に対しての外国人記者の疑問について…だった。つまり日本の報道関係者が番組制作の為に、浅田姉妹や安藤選手が姿を現すのを待ち構えていたらしいのだが、通路で待つような取材をするのは日本の報道陣だけで、実際に「君達は(通路に立ってまで)何をしているのか?」という質問さえあったらしい。所謂「出待ちしている」と答えると、首をかしげながら理解に苦しむような冷たい視線を向けて去って行ったという。更に地元の新聞にも「日本のメディアの人達は、落ち着きなく選手を追いかける」と書かれたらしい。
 クリックすると元のサイズで表示します  未来ある表彰台の3選手。

日本時間の29日深夜、フリーの公開練習の前にも、選手のインタビューが生放送で放映されていた。このGPシリーズを一連の物語にし、視聴率を上げたいTV局の気持ちは解らなくもないが、選手達の精神的影響を考えると、行き過ぎの帰来は捨てきれない。真央選手の本番での失敗との因果関係が有るとは言えないが、プレッシャーをかけて、追い込んで行くような質問攻撃はやめて頂きたいと思った。 更に欲を言えば、既に日本時間の昼前に終わって結果の出ている試合を「(浅田真央)逃げ切るか?(安藤美姫)逆転はなるか?」と、さも生中継のように演出をするのは、何とかならないかと思った。フィギュアの人気が上がり、TV放映して頂けるのは有り難いが、演出のやりすぎは白けさせる以外の何物でもない。スポーツ番組は、ドラマではない。ストーリーを作るのは、番組の制作側ではなく、選手達のはずであって欲しい。

それにしても、安藤選手の復活は見事だと思った。今大会で安藤選手の出した得点192.59は、国際試合でのSP、フリーの合計点で、スルツカヤ選手(露)の198.06、コーエン選手(米)の197.60に次ぐ歴代3位の成績だった。トリノでの失敗によって、マスコミが「4回転」と騒いでいた喧騒が過ぎ去り、新たな気持ちになって自分のペースで努力出来た賜物だと感じた。マスコミに対しては、真央選手に限らず、とにかく静かに、そして温かく見守って欲しい…と願っている。
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2006/10/29

浅田真央選手、GPシリーズ初戦…スケートアメリカ・SP1位発進!  フィギュアスケートと浅田真央選手

美しい…。煌びやかさがあった。「Brilliance」…。真央選手の演技を表現する、最も相応しい言葉は、なかなか見つからなかった。私は幼少時、クラックバレエを習っていて、パレエの講演は何度か観ていたのだが、初めてロシア、キーロフバレエを観た時の感動は、今も忘れられない。その時の感動が感動の涙と共に甦った。透き通るようなシルクスクリーンを背景に繰り広げられたキーロフバレエの世界…シルクスクリーンの舞台を氷に代えて、真央選手が美しく、しなやかに舞った。封印されていた玉手箱が開き、流された曲は、ショパンの「ノクターン」。優しいピアノの調べに乗せて…それは、競技のプログラムを観ている緊張感はなく、観る者をうっとりとさせてしまう…安らぎの世界へといざなってくれた。

クリックすると元のサイズで表示します 衣装も美しかった真央選手。

結果得点は、昨季、真央選手がGPファイナルで優勝した時の、SPパーソナルベストを更新した68.84点だった。溌剌、可愛い、明るい…昨季までの真央選手は、正確さと高さのあるジャンプには定評があり、スピンやスパイラルなど全ての要素でも片手によるビールマンスピンを始め、群を抜いた技術を持っていた。しかし、更に進化した真央選手は、優雅さを身につけた。真央選手は、演技後のインタビューで、自身の演技による成長の理由を「練習の環境が変り(名古屋、スポーツセンターのリンクから、ロサンゼルス郊外のLake Arrowheadのリンクへ)、毎日沢山の時間の練習に励んだ」と語った。コーチは、世界選手権の覇者であり、全米選手権8連覇の偉業を達成した…ミッシェル・クワンを育てた、ラファエル・アントゥニアン氏…。アントゥニアン氏は、真央選手の表現力を大きく成長させた。その研ぎ澄まされた表現力には、溜息が出るばかりだった。
ロス郊外、Lake Arrowheadのリンク クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 2006年全米選手権、上位3人。
キャンベルズカッブで日本勢は、この3人に勝った。
   ※写真ご提供:スピンさん

そして、2位につけたのは、昨季、世界選手権の女王、キミー・マイズナー選手ではなく、トリノオリンピックで辛苦を舐めた安藤美姫選手だった。安藤選手は、先日のキャンベルズカップの好調さを保ち、更に切れのある演技で、SPの自己ベストを更新した。SPの曲は「シェラザード」…。アラビアンナイトに登場する千夜一夜の語り部、シェラザード姫の姿を力強く演じていた。また、浅田舞選手は、シニアGPシリーズ初参戦の緊張感からか、ジャンプで両足着氷するなど、小さなミスはあったものの、独特の美しい演技で観客を魅了した。彼女達の演技を観ていて、日本チームのこの3選手が、キャンベルズカップで強豪3人(コーエン選手、マイズナー選手、ヒューズ選手)のアメリカチームに勝った実力は、本物であったと確信した。スケートアメリカは、今季個人戦、初試合なので、選手達はGPファイナル進出を目指し戦っているのだが、彼女達の素晴らしい演技から、私達は競技を超越した芸術作品を観るような、豊かな気持ちになる事が出来る。本日行われるフリーの演技…日本選手・3人の活躍が楽しみである

◎以下は、イタリアで一足早くSPを観戦した、
フィギュアスケート経験者…スピンさんのコメントから。フリーに向けて。

真央ちゃんのフリー曲“Czardas”はイタリアのヴィットーリオ・モンティ:Vittorio Montiが作曲したものなんだけど、スローな序盤からアップテンポしてって激しい"Friska"に移って行くの。疲れてくる後半のほうがアップテンポって大変。それから、プラクティスの映像を見るとステップから跳ぶジャンプって言っても真央ちゃんのは単純なステップじゃなくて、スリーターン+αみたいなステップシークエンスになってる感じ。これは真央ちゃんみたいにもともとジャンプまでの助走が短いスケーターじゃないと絶対に無理。あれで、良くジャンプのタイミングが取れるなぁ…。♡→ܫ←♡
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2006/10/28

ワールドシリーズ…セントルイス・カーディナルスが制覇  Boston Red Sox・MLB

クリックすると元のサイズで表示します  クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します


田口壮選手、ワールドチャンピオン!おめでとう!!

46638人の観客が、沸いた。
選手達と共に、歓喜の涙を流した。
24才のモリーナ捕手と25才のウェンライト投手。
好投したウィーバー投手を引き継いで、若いバッテリーが投げ勝った。
カーディナルスが、24年ぶりのワールドシリーズチャンピオンになった瞬間。
今季、新球場となったブッシュ・スタジアムには、紙吹雪が舞い、花火が上がった。

クリックすると元のサイズで表示します 優勝の瞬間!抱き合うバッテリー。
 
シリーズMVPは、小兵ながら大活躍したエクスタイン二塁手。
田口選手同様、苦労して手にした選手の最優秀選手賞を、心から讃えたい。
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ラルーサ監督、選手の皆さん、セントルイスのファンの方々、
本当に、おめでとうございます。


優勝に喜ぶ選手達の輪… クリックすると元のサイズで表示します
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◎以下、当ブログ内、田口壮選手関係の記事。

★カーディナルス、ナ・リーグ地区優勝!おめでとう田口壮選手。
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20061021/archive

★「何苦楚日記」…カーディナルス1勝に貢献した田口壮の本。
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20061015/archive 

シャンパンファイトの後、観客に深々と頭を下げた田口選手。
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2006/10/27

浅田真央選手、GPシリーズ2連覇へ向けて…スケートアメリカ  フィギュアスケートと浅田真央選手

フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズが、現地時間の26日、アイスダンスの既定演技を皮切りにスタートした。開幕戦のアメリカ、コネチカット州のハートフォードで行われている「スケートアメリカ」には、日本から、浅田舞・真央姉妹と、安藤美姫選手の3人が参戦している。このGPシリーズは、国際スケート連盟(ISU)が承認する国際大会で、前身は1995年にスタートした「チャンピオンシリーズ」。1996年からGPシリーズと名前を変え、大会は、アメリカ、カナダ、中国、フランス、ロシア、日本の6ヶ国で行われる。選手は2試合か1試合に出場するという条件の中で、優勝→12点、2位→9点、3位→7点、と、それぞれ大会の順位に応じて与えられた得点の上位ランキング6人の選手が、12月に開催されるGPファイナルに進み、チャンピオンを決める。今季ファイナルは、12月14日から17日にロシア・サンクトペテルブルクで開催されるそうだ。

クリックすると元のサイズで表示します キャンベルズカップで優勝した
女子日本チーム(舞、真央、安藤選手)


スケートアメリカでは、昨年のGPファイナルの覇者で2連覇を狙う浅田真央(16才)選手と、3月に開催された世界選手権、金メダリストのアメリカ、キミー・マイズナー選手(17才)が、いきなり激突!。現地26日のUSA・TODAYでは「10代のトップ選手が大ジャンプを跳ぶ」という見出しと共に、真央選手の写真を掲載し「トリノオリンピックにも、世界選手権にも若すぎて出られなかった」と紹介、注目を集めている。真央選手は、姉の舞選手と一緒に、今季から練習拠点を名古屋からアメリカに移し、ラファエル・アントゥニアンコーチの下で、新プログラムに取り組んで来た。先日開催された団体戦、キャンベルズ・カップではフリー演技を初披露、最高得点を出したものの、新しい試みであるステップからのトリプルアクセルで転倒し、スピンにもスピードと切れが見られなかった。真央選手は、試合後に「調整不足」と冷静に反省、今大会では「ノーミスの演技を目指す」と誓った。
豪華ショット(真央、マイズナー、舞選手) クリックすると元のサイズで表示します 

一方、このGPシリーズ、初デビューとなる舞選手は、芸能活動から引退してスケート一筋に賭けて来ており、キャンベルズカップでは、ジャンプに力強さが見え、スピン、スパイラル共に、華麗で正確な美しさがあった。また、安藤選手は、今季のテーマを「基本に戻る事」とし地道に練習を積んできた。結果、同大会で、ジャンプに切れが戻り、スピンにもスピードが増し、好調な仕上がりを見せていた。尚、安藤選手は、スケートアメリカの後、第4戦目のフランス大会にも出場し、昨年世界ジュニア選手権で、真央選手を破って優勝した韓国の金ユナ選手と相対する。さて、いよいよ名古屋出身のこの3選手が、3月に東京で開催される世界選手権に向けスタートを切る事となったのだが、今後の(女子)フィギュア界を担うであろう…10代の3選手が出場するスケートアメリカから目が離せない。

☆GP大会の日程と出場予定選手は以下の通り。

1、スケートアメリカ  10/26〜10/29  於:ハートフォード

男子  織田信成 (関大)、南里康晴(中村学園大)
女子  安藤美姫 (中京大)、浅田 舞(東海学園高)、浅田真央(中京高) 


2、スケートカナダ  11/2〜11/5  於:ビクトリア

男子  高橋大輔 (関大)
女子  村主章枝 (avex)、恩田美栄(東海学園大職員)


3、中国杯       11/9〜11/12  於:南京

男子  中庭健介(ハビオク)、柴田 嶺 (明大)
女子  中野友加里(早大)、沢田亜紀(京都外大西高)、浅田舞(東海学園高)


4、フランス杯     11/16〜11/19   於:パリ

男子  小塚祟彦(中京高)、南里康晴(中村学園大)
女子  安藤美姫 (中京大)


5、ロシア杯      11/23〜11/26  於:モスクワ

男子  柴田 嶺 (明大)
女子  恩田美栄(東海学園大職員)、沢田亜紀(京都外大西高)


6、NHK杯      11/30〜12/3  於:長野

男子  高橋大輔 (関大)、織田信成 (関大)、小塚祟彦(中京高)
女子  村主章枝 (avex)、中野友加里(早大)、浅田真央(中京高)
 

さて前記した得点の上位6人が、大会のクライマックス…ロシア、サンクトペテルブで開催される「GPファイナル」に出場するのだが、このファイナルに出場し、日本選手の中で表彰台へ上がった最上位の選手は、3月の世界選手権の選考会である、全日本選手権(於:名古屋)を待たずして、世界選手権の代表に事実上内定するという。
クリックすると元のサイズで表示します キャンベルズカップでの真央選手。

ところで、表情にあどけなさを残したまま、身長が162cmまで伸びた真央選手は、25日と26日に行われた公式練習で、フリーの曲「チャルダッシュ」に乗り、トリプルアクセルを3回とも成功させた。助走を長く取らず、細かいステップを刻んでから跳ぶ…このトリプルアクセルは、両片手でのビールマンスピンと共に、真央選手のオリジナル技である。28日のフリーでは、鮮やかに決めてくれるよう…祈っている。

◎本日のオマケ(スペシャル)
始球式を務めたマイズナー選手。 クリックすると元のサイズで表示します
(オリオールズ戦にて)

 ※ 掲載写真ご提供:スピンさん
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2006/10/26

映画…「ワールド・トレード・センター」を観て(一部ネタバレ)  好きな映画と本(一部ネタバレあり)

2749名が死亡
その国籍は87の国に及ぶ
343名は消防士
港湾職員の犠牲者は84名、そのうち37名は警察官。
ニューヨーク市警の警官は23名。
救出された者は20名だった。

            「ワールド・トレード・センター」エンドロールより


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その時、私ならどう動くか…?この映画を見終わった後、自分の胸に手を当てて暫らく考えてしまった。起きてはならない事が起きた。誰が起したのか?何が原因なのか?…その惨劇の渦中にいた人々は、その元凶を追求するどころか、今何をするべきなのか…それさえ判らずにいた。この映画は、同時多発テロが起き、アメリカが経済成長の象徴と誇る、ワールド・トレード・センターが崩壊していく様を描きながらも、パニック映画ではなく、死に直面して窮地に立たされた人の心の動きを克明に描いている。迫り来る死に恐怖に立たされた時も、けっして諦めない生への望み…それは、2人の主人公が観ていた、瓦礫の隙間に差し込む光のように思えた。

この映画は、ノンフィクション映画…というよりドキュメンタリーと言うイメージで観た方が良いのかもしれない。スクリーンの前に座る全ての人が、主人公2人が生還するという結論は判っていて観るのであるが、どのようにして瓦礫の下に埋まり、どのように生還したか?私達は、TVの画像等を通して、ビルの崩壊場面は何度も観てきたが、その後、あの場所が、瓦礫が取り除かれグランドゼロになるまでの長い課程は(私だけかも知れないが)観る事が出来なかった。まして、ビルが崩壊するシーンを、私達と同じようにTV画面で観ていた人が「絶対生き埋めになっている人がいる」と確信し、その場に駆けつけ、自らの命も顧みず捜索活動をした事など、知る由もなかった。

映画を観ていて、ガツンと胸を叩かれたようになったそのシーンは、海兵隊を一旦退き、会計士をしていたデイブ・カーン氏が、床屋に行き髪を刈り海兵隊の制服を着て、現場に駆けつける場面だった。カーン氏は、日没になり二次災害の怖れから、正式な救助活動が打ち切られた後、閉鎖場所を警備している警察官に「海兵隊だ」と告げて通り抜けた。それは正式な許可証もない無謀な突破であったが、真っ暗闇の瓦礫の中を、懐中電灯の灯りだけを頼りに、カーン氏は「誰かいるか」と声を出して叫び続けた。静寂の中、自分が踏みつけ崩れる瓦礫の音だけが響いていたが、その場にはもう1人の海兵隊員、トーマス氏がいた。彼もまた「必ず生存者がいる」と確信して、その場に足を運んだのだった。
クリックすると元のサイズで表示します 黒鉛が上がるビルを見上げる港湾警察官達。
…更なる惨事は、誰も想像出来なかった。


その頃、地下にいて瓦礫に埋まり、身動きが出来なくなっていたジョン・マクローリン氏と、ウィル・ヒメノ氏は、互いに励ましながら、かろうじて手を延ばせるヒメノ氏が、鉄パイプを引いては放して音を出し続けていた。2人はお互いの姿をも見る事は出来なかったが、声だけで励ましあっていた。恐らく1人だったら、死の恐怖に打ち勝ってパイプを鳴らす事など出来なかったと思った。その音をカーン氏とトーマス氏は聞き逃さなかった。それは2人の生への望みが繋がった瞬間だった。しかし、救助には困難を極める。いつ崩れるか分らない不安定な足場、彼方此方で電線がショートし火柱も上がっていた。やがてその場に緊急活動員、医療補助者、消防士らが集まり、それぞれが2人の救助に向けて力を合わせるが、ヒメノ氏の元に辿り着くには、丸腰にならなれば入れない狭く暗い隙間へと潜らなければならなかった。更にマクローリン氏はヒメノ氏より6メートルも下に埋まっていた。誰もが2人を救う使命の為に、自分の命を投げ出す覚悟だったのである。

2人が生き埋めになってから助け出されるまで、映画の中では1時間足らずの時間だったはずだが、その映像のリアリティさから、粉塵の臭いと息苦しさ、喉の渇きが伝わってくるようで、観ているだけで苦しかった。実際は私等の想像を絶する苦しさだったに違いないが、リアリティを増した要因として、2人を演じたニコラス・ケイジ(マクローリン氏)と、マイケル・ペーニャ(ヒメノ氏)が埃に塗れた顔と声だけの演技力にも因る…と感じた。やがて3時間以上かけてヒメノ氏が救い出され、マクローリン氏が救い出させる頃には、陽が登っていた。映像はマクローリン氏の目線で写されていく…瓦礫に中から引きずり出されるように地上へと導かれた時、陽の光は眩しく、その眩しさこそ生の証であった。

映画を観るに当り非常に難しい事ではあるが、戦いの引き金となった政治的背景ばかりを考えるのではなく、まず人命救助という中立的な視点で、観てみるべきでは…と思った。映画の中にスーパーマン的な英雄は登場しない。しかし、カーン氏を筆頭に、自己を顧みず人の命を救う為に登場してくる全ての人が英雄なのだと感じた。この映画には、マクローリン氏、ヒメノ氏を始め、実際に救助活動した50人以上の警察官・消防士の人達が役者・エキストラとして参加している。彼らの背後には、人命救助に命を捧げた、343名の消防士と、84人の港湾職員、23人のNY市警察官達、の姿があるように見えた。そこには、映画では語りつくせない人の数だけ…それぞれの物語がある。

「この映画の95%は、事実を忠実に再現されています。
 違うのはロケ地と、自分が出演している事ぐらい。
 あの時私は、できるだけ多くの人を救い出したいと思っていたのです」。
    
悪を為すのも、人間。
    人間を救うのも、人間。
    そして──家族を愛し、精一杯生きていくのも人間。 −ウィル・ヒメノ−


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2006/10/24

ア・リーグ、投手部門三冠王…ヨハン・サンタナ投手  Boston Red Sox・MLB

ワールドシリーズをゆっくりTV観戦していて、ア・リーグ地区優勝のタイガースにも、ナ・リーグ地区優勝のカーディナルスにも、今季最多投手は居らず、首位打者も、ホームラン王もいない事に、今更ながら気がついた。両チームとも、個人技ではなく、選手層の厚さと投打のバランスが良いチームが勝ちあがったのだ。22日、ワールドシリーズ第2戦は、タイガースがカーディナルスに勝ち、1勝1敗として、会場をセントルイスへ移す事になった。第2戦の殊勲者は、タイガースの先発、ケニー・ロジャーズだった。ロジャーズは今季、最多勝こそ逃したが、地区シリーズでヤンキースの強打線を失点0に押えた自信が漲る投球だった。試合の流れと結果は、新聞各紙が報道しているが、今後の試合も、投手の力量が、勝敗を大きく左右する試合展開となりそうだ。
クリックすると元のサイズで表示しますア・リーグ投手部門三冠王のサンタナ。

今日は、そのロジャーズを上回ってアメリカンリーグで、最多勝、防御率、奪三振、全ての記録に置いて最高の成績を残し、投手部門、三冠王に君臨した、ミネソタツインズのヨハン・サンタナ投手について、書いてみようと思う。2006年7月、東海岸地域は、熱波が襲い、華氏100度を越える日も少なくなかった。夏に強いと言われる投手がいるチームが有利…と報道される中、サンタナは、7月のオールスター以降9勝0敗と負け無しのままの結果を出し、9月21日のフェンウェイへ(レッドソックス戦)と乗り込んできた。対するレッドソックスは、投手、ジョシュ・ベケットを要して相対した。ツインズがその日勝てば、レッドソックスを押しのけてポストシーズンへの出場権も得られるという緊迫した試合で、両投手の投球ぶりに注目が集まっていた。しかし、サンタナは初回、ホームランの数トップのオルティーズに捕えられ、レッドソックス球団史上でのホームラン新記録に貢献する形となってしまった。この試合は、ベケットの今季最高と思われる好投ぶりも手伝って、見応えのある試合の一つだった。結果サンタナは、100球を投げたところで降板し勝ち投手は逃したが、その後、9月26日にも登板し、ペナントレース最後の試合を勝利で飾り、最多勝をもぎ取っていた。
9月21日、フェンウェイ球場で…。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 好投し勝ち投手となったベケット

今季サンタナが前半戦で、不調だった理由の一つは、ベネズエラ代表としてWBCへの参加で、調整が遅れたからと言われていた。しかし、本人は「めぐり合わせが悪くて勝てなかっただけ、三振は取れている」と9勝5敗の成績を振り返った。後半戦に入ってのサンタナは、暑い夏で故障する投手が続出する中、自身の事を師匠と仰ぐルーキー、フランシスコ・リリアーノの好投ぶりに触発されるように、好調さを取り戻していった。このサンタナが「夏に強い」と言われている理由には、登板準備の為のルーティーンによるそうだ。先発のローテーションは中4日…。登板翌日は、温水プールと冷水に入る事を繰り返し、疲れた筋肉を癒す。2日目はブルペン。3日目はウェイトやボールなどを使用したストレングス、コンディショニング。4日目はチャート・ピッチング。そして5日目に登板…。サンタナは、このルーティーンを守り続けた。そして遂に8月31日、ロイヤルズ戦で16勝目を飾るとその記録は、防御率2.95、207奪三振で、ア・リーグ投手三冠に躍り出た。更に9月10日の首位タイガース戦では、11奪三振で18勝目を上げ、ツインズのロン・ガーデンハイヤー監督に「アメイジング!」という言葉を繰り返させたと言う。
クリックすると元のサイズで表示します2006年版サンタナのベースボールカード。

サンタナから51号ホームランを放った、レッドソックスのデビッド・オルティーズも、ツインズ時代の元同僚を「サンタナのような投手は、1試合で打てるかどうかの球が1球あるかないか。僕は目を思い切り開けて、打てる球をミスらないようにしたんだ。…中略…今日は打てたけど、次はどうか判らない。彼はメジャー(現役)最高の投手だ」と試合後に誉め讃えていた。フェンウエイでの地区優勝こそ逃したが、ツインズはタイガースを抜き中地区優勝を決め、ペナントレース終了時、サンタナは19勝、防御率2.77、245奪三振。投手部門三冠王に輝く成績を残していた。ツインズ関係者やファン達、そし故郷ベネズエラのトバール・メディダの街の人々は、本人が2度目となるサイヤング賞の受賞は勿論の事、1992年のデニス・カーズリー(当時、アスレチックス)以来14年ぶりの投手での「MVP受賞」を待ち望んでいる(敬称略)。

◎参考
月刊メジャーリーグ、スポーツ新聞各紙、MLB公式サイトより

◎本日のオマケ

フェンウェイ球場横の道路で…。
ラジコンに興ずるジョナサン・パペルボン
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2006/10/24

休日…ワールドシリーズ観戦+散歩+映画鑑賞  日記(今日思うこと)

今日、23日は、久しぶりに仕事を離れられた一日でした。
朝は、9時からしっかり?メジャーリーグのワールドシリーズ観戦。
その後、街の散策に繰り出して、コスモス畑へ行きました。
夕方からは、映画「ワールド・トレード・センター」を観ました。
(ワールドシリーズ、映画、それぞれ改めて記事に、まとめる予定です)
今夜は、メジャーリーグに類した記事を、書きかけていたのですが、
睡魔には勝てそうもなく、明日、時間のある時にUPする事にしました。


以下は、近くにあるコスモス畑にて、撮影しました。
時期が少し遅かったので、これでも花が少ないのです。

クリックすると元のサイズで表示します 当たり一面のコスモス畑。

花に埋もれています…。クリックすると元のサイズで表示します
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2006/10/23

ワールドシリーズ…初戦勝利に貢献したレイエス投手  Boston Red Sox・MLB

メジャーリーグ、ワールドシリーズは、デトロイト・タイガースの本拠地、コメリカ・パークで始まった。カーディナルスのラルーサ監督とタイガースのリーランド監督は、メジャー屈指の知将監督であるが、開始前から「師弟対決!」と呼ばれて、両監督の手腕ぶりに注目が集まっていた。1982年、ラルーサ氏は、ホワイトソックスの監督を務めており、その当時、リーランド氏は、ホワイトソックス傘下のマイナーリーグの監督だった。そこでラルーサ氏は、リーランド氏を3塁コーチに指名し、共に指揮を執ったという実績があった。更にリーランド氏は、2000年から2005年までの間、ラルーサ氏率いるカージナルスのスカウトを務めていた。これが「師弟対決」と言われる所以である。
クリックすると元のサイズで表示します 勝利投手…レイエス投手。
膝下までのソックスと、水平な帽子のつばが独特のスタイル。


その両監督が、初戦の投手として選んだのは、両チーム共に新人投手だった。タイガースのジャスティン・バーランダー投手は、今季新人王の最有力候補とも言われ、160キロを超す直球を武器に17勝を挙げ、ワールドシリーズに進出にも大きく貢献した。片やカーディナルスのアンソニー・レイエス投手は今季5勝…。記録からするとバーランダーが圧倒的な数字を残していて、2日前まで地区シリーズを戦っていた故のブルペン投手の疲れ等も考慮に入れると、この初戦は、タイガースが有利とも思われた。実際、バーランダーは初回から自信に満ちたピッチングで決して調子が悪いようには見えなかった。

一方、レイエス投手は、レギュラーシーズンの防御率が5.08と、ワールドシリーズ初戦の先発としては、史上2番目に良くない数字を残している投手だった。レイエス投手の初戦登板は、地区シリーズが7戦まで長引いた為、他の先発投手を休ませなければならない…という苦肉の作であったようだ。そんな投手の台所事情で、チームメイトが不安気に見守る中、レイエス投手は、初回四球を出し長短合わせて2本のヒットで1点を奪われ、立ち上がりに不安は見られたものの、2回以降立ち直り、6回までをパーフェクトに抑え、8回までタイガースの猛攻打線を沈黙させた。あわや2003年のワールドシリーズ、フロリダ・マーリンズのジョシュ・ベケット投手以来の完投か?!と思わせる投球ぶりだった。結局、9回の先頭打者にHRを浴びて降板したが、田口選手も「(勝因は)アンソニー(レイエス)に尽きるでしょう」と試合後のインタビューで答えていた程、期待以上の活躍でポストシーズン初白星を飾った。降板の際、ラルーサ監督に渡したボールを記念にと、再び受け取る姿が印象的だった。
9回に降板する大健闘のレイエス投手。 クリックすると元のサイズで表示します 

レイエス投手の姿を観ていて、メジャーリーガーでは数少ない、ソックスを膝下まで上げているスタイルだと気がついた。イチローもそのクラッシックスタイルを貫いているが、割とスマートな選手に多く、レイエス投手のようながっちりタイプの選手には少ないように思う。このスタイルは、ファームでは義務付けされており、田口選手も2003年は、そうしていたようだが、「ファームから這い上がってきた」という誇りを示す意味もあるそうだ。またレイエス投手の被っていた帽子のつばも丸みがなく真っ直ぐで、独特のスタイルだった。やはりそのスタイルにマスコミも注目したようで、ソックスと帽子のつばについても、質問が及んだが、レイエス投手は「リトルリーグの時代からのスタイルで慣れているし、帽子のつばは、捕手のサインが見やすいから」と何気に答えたという。またレイエス投手は、2回以降のピッチングについて「ただ無心でモリーナ捕手のミットを目がけて投げ続けた」と答えていた。25才のルーキー、レイエス投手の無欲の勝利が、田口選手のワールドシリーズ初勝利となった。ファームも経験し、這い上がってきた田口選手だからこそ、心から殊勲者を讃え祝福していたように思えた。
クリックすると元のサイズで表示します レイエス投手(背中)を讃える田口選手。

尚、リーランド監督は、試合前、師弟対決について聞かれた際、「この話はもう終わりにしたい。ワールドシリーズは選手達のもの…」と答えている。地区優勝をスイープで決め、間が空いて試合勘が少し衰えていたように見えたタイガースの選手達も、2戦目からは、自分達の野球をしてワールドシリーズを楽しんで欲しい。奇しくもプロ野球の日本シリーズも開催中で、日本シリーズを現役最後の舞台とした新庄剛選手が、「まず楽しみましょう」と言った台詞が思い出された。

◎本日のオマケ
勝利のハイタッチ。しかし…… クリックすると元のサイズで表示します
エドモンズは小兵、エクスタインの頭を撫でていた。エクスタインの手はエドモンズの胸に…。
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2006/10/21

カーディナルス、ナ・リーグ地区優勝!おめでとう田口壮選手  Boston Red Sox・MLB

レフトから走ってくる田口壮選手の白い歯がまぶしかった。両チーム、3勝3敗で向えたナショナル・リーグの地区優勝決定戦は、1対1のままスコアが、なかなか動かなかった。6回のカーディナルスの攻撃では、スコット・ローレンのHRを、メッツのエディ・チャベスがジャンプして捕球し、アウトにするというファインプレーも飛び出し、試合はどちらのチームが勝つのか分らなくなっていた。やがて8回、カーディナルスの攻撃時、打撃不振気味の2番、ウィルソンに代わり代打が告げられたが、スペーシォの名で「田口」ではなかった。結局、田口選手は、8回の守備から出場した。そして向えた9回表、捕手モリーナのホームランが出て、カーディナルスが2点リードとなった。しかし9回の裏、メッツも連打と四球でランナーを出して二死満塁と食い下がった。雨が降っても帰らないメッツファンは、さよなら勝ちを祈って見守っていたが、カーディナルスのクローザー、ウェインライトが、ベルトランに投げた最後のボールは、モリーナ捕手のミットに吸い込まれ、ベルトランはあっけなく見逃した。主審の「ストライクアウト」の声。その瞬間、レフトを守っていた田口選手は両手を掲げ、マウンドに向って駆け出した。
クリックすると元のサイズで表示します チームメイトと喜び合う田口選手。

カーディナルスの今日の試合のスコアを見ると、打席はまわって来なかったが、強打者プホルスの打率Pujols「.318」の数字の上に、Taguchi 「1.000」の数字が誇らしく並んでいた。代打としての集中力を田口選手は、メジャーに挑戦しようと渡米した最初の2年間で、3Aから2Aまでを経験し、その悔しさを笑い飛ばし、どんな状態でも打てる力として身につけてきた。先の日記で書いた「何苦楚日記」の冒頭には、こんな言葉が書かれている。

嬉しい時は、 こぼれる涙をとどめるため
悔しい時は、 激しい怒りを内に秘めるため
あなたが最近 唇を噛んだのは、いつですか?


2001年オフ、FAになってアメリカという野球のふるさとへ、それも日本人が非常に少ない中西部の街、セントルイスへ渡り、3Aホームのメンフィスで暮らして、2Aのコネチカットへも移った。田口壮選手の、ファームの選手としてのアメリカ横断の旅は、日本で確立されていたスター選手の生活を大きく覆すものだった。しかし、彼はアメリカで野球が出来る事に喜びを見出し、逆境を糧にして成長した。そして5年が経った。地区優勝の喜びを語るインタビューでも、「守備だけの出番」…と残念がるインタビュアーに向かい「それが僕の仕事ですから」と胸を張った。セントルイスからメンフィス(3Aの本拠地)へ流れるミシシッピ川を、流れに逆らって登る鮭のように、逞しく登りつめた田口選手の行く先は、2年前果たせなかったワールドシリーズ制覇へと向っている気がしている。
ロッカールームのシャンパンファイトで。 クリックすると元のサイズで表示します

以下、「何苦楚日記」後書きより 

ジャンクフードに抵抗がなくなりました。
人前で歌って踊れるようになりました。
気に障ることを言われても、笑って聞き流せるようになりました。
身体が大きくなって、スーツとワイシャツを買い換えました。
そして、野球がちょっとだけうまくなりました。 
  2003年冬 感謝を込めて… −田口壮−


「何苦楚日記」は、笑いあり涙ありのエッセイとして、類稀な名作だと思う。読み始めると、まるで自分が同じ経験をしたかのように思えたり、いつの間にか田口選手と語り合っているような錯覚になり、彼の経験した事に頷きながら学べる事は少なくない。野球好きな人やアメリカで暮らしている人を始め、少しでも多くの人達に読んで頂きたいと思う。この田口選手のワールドシリーズ出場を機に増版され、本屋さんの店頭にも並べられるように…と願っている。
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2006/10/20

Sちゃんとの思い出…ウイッグ(かつら)とコブクロの歌  日記(今日思うこと)

元気に笑っていなければ…と思っても、仕事を離れると何と表現して良いのか解らない空虚感が襲って来ていました。私は、既に実の両親を見送っています。物心ついてからの身内では、祖母も、一緒に住んでいた叔母も見送りました。更にここ数年で数人の友達も…。それぞれの悲しみを誤魔化すように、逝った人の為にと夢中で何かをしていたはずなのですが、きっとそれは逝った人の為ではなく、自分の為に動いていたのだと、振り返って思います。私とSちゃんとの触れ合いは、彼女の抗癌剤や放射線による治療があって、お見舞いに行くのもままならない状態でした。その代わりによくSちゃんが電話をかけてくれました。毎回と言っていいほど、スケートの話に始まって髪の毛の話で終わりました。「元気になったら髪を切ってね」。髪が抜け落ちてしまっているSちゃんに、髪の話題に触れるのはタブーだと思い込んでいた私にとって、それは驚き以外の何ものでもありませんでした。
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私がSちゃんと初めて会った日は、病院に植わっていた遅咲きの桜が散り始めた頃で、Sちゃんはウィッグを被っていました。スケート観戦に外出する際、被って貰うようにと、かつらメーカーのフォンテーヌさんに無理を言って、子供用のロングのウィッグを送って頂き、チケットと一緒にお父様に渡していたのですが、改めて被っているSちゃんを前にしてみると、そのウィックは、ワンレングス…いわゆる「おかっぱ」の長い髪で、昭和の子供のように少し古風に見えました。私は例えかつらでも毛の重さが気になってしまい、一晩預かってレイヤー(段)を入れました。ウィッグ全体をスタイル付けてカットするのは、カットを覚えたてのインターン以来の事でした。仕上げは自分の頭に被って見ながら(脳が無いので頭は小さいのです)スタイルの確認をしました。

翌日、カット仕上がったウイッグを持って行くとSちゃんは、微熱があったにも関らず、起き上がって早速被ってくれました。お母様が渡した手鏡を見て、満面の笑みを浮かべ、そしてナースコール…。看護婦さん達にも見せたかったのです。担当のお医者様も来て下さり、Sちゃんは得意げでした。髪が抜けてしまっても、決して涙は見せなかったそうですが、やはり女の子なんだなぁ…と思いました。Sちゃんは、コブクロの「桜」のサビの一部を歌い始めました。看護婦さんも私も一緒に合わせて歌いました。
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桜の花びら散るたびに 届かぬ思いがまた1つ
涙と笑顔に消されてく そしてまた大人になった

追いかけるだけの悲しみは 強く清らかな悲しみは
いつまでも変ることのない
失くさないで 君の中に 咲く Love...


この歌詞のせいか、レイヤーが入った髪形のせいか、Sちゃんは大人びて見えました。以降、電話を切る前には必ず「御仕事頑張ってね。元気になったらカットしてね。バイバイ」と言ってくれるようになりました。私はその度に励まされ元気を貰っていました。振り返ると、Sちゃんには不思議な力があったように思います。例えばSちゃんが旅発った日の丁度同じ時間に、御仕事で渡米中だったスパイラルさんが、ご帰国寸前にシンシナティへ向われて、予定には無かったキャンベルズカップを観られていました。NYへ戻られ私からの訃報メールを読まれたスパイラルさんは、「スケートが大好きだったSちゃんの導きがあったような不思議な気持ちになった」とお返事を下さいました。その頃私は寝つきの悪い夜を過していました。深夜2時過ぎに訃報の携帯電話がなりました。マナーモードにし忘れていたのです。Sちゃんのお父様は深夜帯だったので恐縮して居られましたが、ご親族と同じように知らせて下さった事に、敬意を払いたいと思いました。
クリックすると元のサイズで表示しますシンシナティの景色。レッズの野球場。
左手奥がフィギュアの会場・US.BANK Arena。手前はオハイオ河(写真ご提供・スパイラルさん)


通夜式から帰って、フィギュアスケートのキャンベルズカップの事を記事にしました。今シーズン、もしスケートを観戦に行く事があるとしたら、Sちゃんと一緒に行こう…と自分の中で決めていたので、もう一緒に観られないなぁ…と思うと涙が止まりませんでした。でも、Sちゃんは涙を望んでいない…「A thousand winds」…「千の風になって」に託された想いは、泣いている暇があったら前を向いて…と私にも語っているようでした。偶然ですが、昨日も今日も、Sちゃんと同年代の3人の子供さんの髪を切りました。他愛も無い話をしながら、その子達に聞いてみました。「コブクロの『桜』っていう歌知っている?」…と。すると3人共が「桜の花びら散るたびに…の所だけ知ってる」と答えてくれました。その子達の笑顔にSちゃんの笑顔が重なりました。私はウィッグを被って誇らしげだった笑顔のSちゃんの姿を、記憶に焼き付けて置きたいです。

この度のSちゃんの記事では、多くの方からメール、記事へのコメント欄でお悔やみの言葉を頂きました。またコメントは書かれずとも読んで下さり、手を合わせて下った方も沢山居て下さると思っています。ありがとうございました。お父様は「落ち着いたら、ブログのコメント欄をお借りして、是非お礼を言いたい」と仰っています。今、私に出来る事は、きっと自分の為にする事しか残されていないようにも思いますが、明日も、泣き顔ではなく笑顔で過したいと思っています。

◎お詫び
17日、18日の記事は、常日頃以上に誤字脱字、間違いが多かったです。気付いた箇所は直しましたが、読み難くて申し訳ありませんでした。
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