2007/2/6

バートランド・ラッセルの名言  日記(今日思うこと)

幸福になる秘訣をお教えしよう。
できるだけ 色々なものに興味を持ち、
物事であれ、人間であれ 興味を感じるものを無視せず、
できるだけ 好意的に接することだ。


                  ― バートランド・ラッセル ―
                     (イギリス哲学者)


バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(Bertrand Arthur William Russell(1872年〜 1970年)は、イギリスの首相を1846年から1852年、そして1865年から1866年と2度務めたジョン・ラッセル伯爵を祖父に持つ、論理学者であり数学者、哲学者である。1955年、アインシュタインら11名の科学者と共に、核兵器廃絶・科学技術の平和利用を訴えた宣言文…「ラッセルアインシュタイン宣言」の提唱者であり、第一次世界大戦以降、1970年に97才でその生涯を閉じるまで、現実主義的な平和主義を通した。尚、1967年、ベトナム戦争に対しては「沈黙は犯罪である」と唱え、サルトルらと、アメリカの対ベトナム政策を糾弾する民衆法廷=ラッセル法廷(国際戦争犯罪法廷)をストックホルムにて開廷し、世界の世論に戦争の犯罪性をアピールした。また1961年には、イギリスの核政策に対する、国防省前の座り込み等で、2度目の懲役刑をうけている。1950年、「世界五分前仮説」等で、哲学者としてノーベル文学賞受賞。
 
クリックすると元のサイズで表示します 「自伝的回想」1970年刊の新装版。

◎「バーラント・ラッセル」オンライン・ライブラリィ(英語)
http://russell.thefreelibrary.com/

◎箸休め
買い物に行ったら、可愛い長靴と傘達が色別に並べられ、綺麗なグラテージョンをかもし出しているコーナーを見つけた。空気が乾燥して、インフルエンザが蔓延しつつある中、この傘や長靴達は、雨や雪が降るのが待ち遠しそうだった。

全色揃えて飾りたい…可愛らしさ。 クリックすると元のサイズで表示します

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2007/2/5

スピンさんの欧州便りNo14…ヴェネツィアの秘術「レースガラス」  スピンさんの欧州便り

ここに紹介するレースガラスとは、べネツィア・グラスやファソン・ド・ヴェニスのガラスに好んで用いられたガラスの成形法の一種で、レースのような繊細な文様をガラスに埋め込んで器を成形する技法である。製作方法は幾つかあるらしいが、基本的には、まず白色や色ガラスの棒を引くところから始める。引いたガラス棒を透きガラスの素地に溶着させてから、ねじりながら引き伸ばしてレース棒を作る。そしてこのレース棒を並べて溶融させ、更に溶けたガラスに溶着させたら、加熱しながら器の形に整えて行く。その他、レース文様も幾つかのタイプに分けられ、色ガラス棒を縞模様に埋め込む方法…(ヴェトロ・ア・フィリ)や、網目状に埋め込む方法(ヴェトロ・ア・レティチェッロ)、レース棒を組み合わせてより繊細なレース文様を作り出す方法…(ヴェトロ・ア・レトルティ)などがある。16〜17世紀にヴェネツィアと、その影響下にある各地のガラス工場で製造されて全盛を極めて以来、19世紀中頃には、全盛期を迎えるが、繊細で美しい「レースガラス」は、限られた職人のみしか作り出すことが出来なかったという。
クリックすると元のサイズで表示しますアクア・アルタ(高潮)で浸水した…
ヴェネツィア・サンマルコ広場。

※以下の3点はアンティークのレースガラスで、1900年前後のものです。
中でも1番目のグラスは美術館の所蔵品。
本物のレース編をガラスに封じ込めたみたいでしょう。

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繊細な美しさに引き付けられる。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

※ここから下は、現在ヴェネツィアのガラス工芸店で売られているもの。
それでも、レースガラスを扱っているお店は高級店だけです

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色彩が織り成す鮮やかなハーモニークリックすると元のサイズで表示します

※これは、普通な感じだけど、色がとっても綺麗です。
クリックすると元のサイズで表示します

レースガラス以外で高額なタイプ→クリックすると元のサイズで表示します

※ヴェネツィアン・レッドが高額なのは、金を使っているからで、値段が高い条件は、

1.色が濃いもの。2.金彩のもの。3.エナメルの絵付け…です。 by...spin.

クリックすると元のサイズで表示します 螺旋に捻って模様を出したレース棒。
(この様なレース棒を溶かして組み合わせ、模様を創り上げる)


ヴェネツィアンガラスは、13世紀後半から、ヴェネチア本島とは目と鼻の先のムラノ島で、活発に行われたガラス産業が編み出したガラスで、「光と焔の芸術」と呼ばれている。当時、ヴェネツィア政府は、ムラノ島にガラス職人を幽閉し技術の流出を防いだという。15世紀中頃には、ガラス職人アンジェロ・バロヴィエールは、水晶と見間違うほど透明で澄んだガラスを作り出すことに成功し、このガラスは水晶(イタリア語ではクリスタッロ)によく似ていることから“クリスタッロ”と呼ばれるようなった。その特出した技法で、薄さと軽さの上に、繊細かつ華麗な装飾 が施され、ヨーロッパの高級ガラス製品の市場を独占する事となった。その頃、王侯貴族の間ではヴェネツィアンガラスを室内に飾ることが大流行し、ヴェネツィアンガラスは、人々にとって羨望の的となった。

16世紀頃には、新しい技法やデザインも次々に開発され、ヴェネチアンガラスの名声は、世界中に知れ渡るようになった。17世紀になると、技巧は極限にまで達して、バロックスタイル・ガラスと呼ばれる華麗なガラス器が作り出された。18世紀には諸外国のガラス産業の発達で、ムラノのガラス産業も危機を迎えるかとも思われたが、鏡やシャンデリアなど、新しく見いだした分野で再び活力を取り戻した。しかし、1797年のナポレオン軍によるヴェネチア侵攻や、それに続くオーストリアの支配によって、ガラス産業は衰退の一途を辿る事となるが、このような困難な時代を経て、1800年の中頃には、産業に復興の兆しが見られ、失いかけた高度な伝統技術も甦った。そして、現在もムラノでは、古くからの手作り製法を伝え、伝統を守り続けている。(12月19日の当ブログ記事より引用)

◎仕事が忙しく、またここ数日、少しお腹の調子を悪くしていました。
その為、コメントの返事が遅れてしまいました。申し訳ありませんでした。



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2007/2/1

2007年…年が明け慌しく走り抜けた1月を振り返って・・・  日記(今日思うこと)

今日は月末…帳簿の数字と戦った私は、精魂使い果たした感じです。もうすく確定申告もあって、頭が痛いのですが、気分を落ち着かせる為にも、この1月を振り返って見ました。今年の成人の日は、最も早い1月8日…そして市町によっては、7日の日曜日に式を開催した所も増えました。近郊の市町ではアンケートを実地した結果、来年は日曜日になる可能性が高いです。来年度の予約は既に頂いているのですが、開催日が決まらない限り、まだ予約時間が読めない状況です。
クリックすると元のサイズで表示します 成人を迎えられたKさんの後姿。

Yさんの豪華な帯での帯結び。 クリックすると元のサイズで表示します

成人の日が終って、大エルミタージュ展へ行ったり、イタリアの調度品を売っている店に行き、ヴネチュアンガラスでも最も技法が難しいと言われているレースの器や、スワロフスキーがふんだんに使用された陶器も観て来ました。慌しい1ヵ月でしたが、映画を何本か観たり、何とか充実して過せました。そうそう、お正月には午後からですが、久しぶりに和服で出かけました。また、ブログではスピンさんが貴重な写真を送って下さり、拙ブログに知性溢れる彩りも添えて頂きました。1月もあっという間に終ってしまいましたが、充実して過せたと思っています。コメントを書いて下さった方々や、読んで下さった方に感謝すると共に、1ヵ月間の無事にも感謝したいと思います。

クリックすると元のサイズで表示しますスワロフスキーが装飾された陶器。

繊細なレースガラスのワイングラス。 クリックすると元のサイズで表示します 

さて、いよいよ2月に入りますが、今月12日には和服を着て、梅を愛でてきたいと思っています。大島紬や真綿紬などお洒落着を着ていくつもり…。和服の似合う友達も、お母さんの形見を来て一緒に行ってくれる予定です。また、時間が許す限り「ノリタケの森」や「イタリア村」、「蘭の館」などにも是非、足を運びたいと思っています。明後日頃から寒くなるとか…。皆様もお元気で過して板だけますように…と願いつつ、私も床につきますが、今夜は、どうも数字に追い駆けられそうな夢を見そうです。

ギュスターブ・ヨンゲの『散歩の後』 クリックすると元のサイズで表示します
(大エルミタージュ展より)


※頂いたコメントの返事が、遅れていました。ごめんなさい。
ようやく書かせて頂きましたので、読んで頂けたら嬉しいです。
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