2007/2/5

スピンさんの欧州便りNo14…ヴェネツィアの秘術「レースガラス」  スピンさんの欧州便り

ここに紹介するレースガラスとは、べネツィア・グラスやファソン・ド・ヴェニスのガラスに好んで用いられたガラスの成形法の一種で、レースのような繊細な文様をガラスに埋め込んで器を成形する技法である。製作方法は幾つかあるらしいが、基本的には、まず白色や色ガラスの棒を引くところから始める。引いたガラス棒を透きガラスの素地に溶着させてから、ねじりながら引き伸ばしてレース棒を作る。そしてこのレース棒を並べて溶融させ、更に溶けたガラスに溶着させたら、加熱しながら器の形に整えて行く。その他、レース文様も幾つかのタイプに分けられ、色ガラス棒を縞模様に埋め込む方法…(ヴェトロ・ア・フィリ)や、網目状に埋め込む方法(ヴェトロ・ア・レティチェッロ)、レース棒を組み合わせてより繊細なレース文様を作り出す方法…(ヴェトロ・ア・レトルティ)などがある。16〜17世紀にヴェネツィアと、その影響下にある各地のガラス工場で製造されて全盛を極めて以来、19世紀中頃には、全盛期を迎えるが、繊細で美しい「レースガラス」は、限られた職人のみしか作り出すことが出来なかったという。
クリックすると元のサイズで表示しますアクア・アルタ(高潮)で浸水した…
ヴェネツィア・サンマルコ広場。

※以下の3点はアンティークのレースガラスで、1900年前後のものです。
中でも1番目のグラスは美術館の所蔵品。
本物のレース編をガラスに封じ込めたみたいでしょう。

クリックすると元のサイズで表示します

繊細な美しさに引き付けられる。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

※ここから下は、現在ヴェネツィアのガラス工芸店で売られているもの。
それでも、レースガラスを扱っているお店は高級店だけです

クリックすると元のサイズで表示します

色彩が織り成す鮮やかなハーモニークリックすると元のサイズで表示します

※これは、普通な感じだけど、色がとっても綺麗です。
クリックすると元のサイズで表示します

レースガラス以外で高額なタイプ→クリックすると元のサイズで表示します

※ヴェネツィアン・レッドが高額なのは、金を使っているからで、値段が高い条件は、

1.色が濃いもの。2.金彩のもの。3.エナメルの絵付け…です。 by...spin.

クリックすると元のサイズで表示します 螺旋に捻って模様を出したレース棒。
(この様なレース棒を溶かして組み合わせ、模様を創り上げる)


ヴェネツィアンガラスは、13世紀後半から、ヴェネチア本島とは目と鼻の先のムラノ島で、活発に行われたガラス産業が編み出したガラスで、「光と焔の芸術」と呼ばれている。当時、ヴェネツィア政府は、ムラノ島にガラス職人を幽閉し技術の流出を防いだという。15世紀中頃には、ガラス職人アンジェロ・バロヴィエールは、水晶と見間違うほど透明で澄んだガラスを作り出すことに成功し、このガラスは水晶(イタリア語ではクリスタッロ)によく似ていることから“クリスタッロ”と呼ばれるようなった。その特出した技法で、薄さと軽さの上に、繊細かつ華麗な装飾 が施され、ヨーロッパの高級ガラス製品の市場を独占する事となった。その頃、王侯貴族の間ではヴェネツィアンガラスを室内に飾ることが大流行し、ヴェネツィアンガラスは、人々にとって羨望の的となった。

16世紀頃には、新しい技法やデザインも次々に開発され、ヴェネチアンガラスの名声は、世界中に知れ渡るようになった。17世紀になると、技巧は極限にまで達して、バロックスタイル・ガラスと呼ばれる華麗なガラス器が作り出された。18世紀には諸外国のガラス産業の発達で、ムラノのガラス産業も危機を迎えるかとも思われたが、鏡やシャンデリアなど、新しく見いだした分野で再び活力を取り戻した。しかし、1797年のナポレオン軍によるヴェネチア侵攻や、それに続くオーストリアの支配によって、ガラス産業は衰退の一途を辿る事となるが、このような困難な時代を経て、1800年の中頃には、産業に復興の兆しが見られ、失いかけた高度な伝統技術も甦った。そして、現在もムラノでは、古くからの手作り製法を伝え、伝統を守り続けている。(12月19日の当ブログ記事より引用)

◎仕事が忙しく、またここ数日、少しお腹の調子を悪くしていました。
その為、コメントの返事が遅れてしまいました。申し訳ありませんでした。



0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ