2007/4/11
ノリタケの森を訪れてNo2…オールドノリタケから現代へ(写真集) 日記(今日思うこと)
私がノリタケの器に興味を持ち始めたのは、つい最近の事である、名古屋で造られているという事から、私にとって身近過ぎたのか、頂く事はあっても、自分で買い求める事は無かった。しかし、親戚の家にあったオールド・ノリタケと呼ばれている、明治から大正にかけて造られた花瓶を見てから、その美しさに感動し「ノリタケの森」には、いつか行きたいと思っていた。更に昨冬、ジョン・万次郎氏が高祖父にあたられる、中濱博先生(医学博士)の御自宅へ伺った時に、出して頂いたティーカップの存在感に「もしや?」と思って失礼ながら尋ねてみたところ、ノリタケ製で、実は奥様が「モリムラ・ブラザーズ」の重役さんの娘さんで戦前までニューヨークでお過ごしになっていたと知った。
ローゼンボルグのカップ&ソーサー
出して頂いたティーカップは、ローゼンボルグと呼ばれるシリーズで、現在は業務用しか作られていないようだが、気品があって素敵なカップとケーキ皿だった。中濱先生の奥様も、とても上品な方で、開戦直前には、お父様だけをNYに残して、ご家族と共にご帰国されており、当時大変な思いをされたお話も、詳しくお聞きする事が出来た。私は、益々「ノリタケの森」へ行きたいと思うようになった。そして先月13日、ようやく念願叶って行く事が出来たのである。正に近くて遠い?道程だった。
ノリタケの森・ウェルカムセンター
2007年のイースターエッグ
過去のイースターエッグコレクション
レストラン、キルン内
オールドノリタケの絵型

↑葉書(上)とクリアファイル集→
※以下8点は、オールド・ノリタケの写真
金盛り上げ 薔薇絵
花型 特大ボール
金盛りぶどう文 花瓶
(明治24年製)
金盛り薔薇文
チョコレートカップ&ソーサー メイプルリーフ印
金点彩 薔薇文水差し
盛り上げ 転写 手彩色
ムース文マグセット
ウエッジウッド風 天使柄ボール
銀彩アールデコ枠花文かぼちゃ型
ティー&ケーキセット23pc(大正7年)
アールデコクラウン・フィギュラル灰皿
(大正15年)
昭和7年、日本で初めてボーンチャイナの開発に成功したノリタケは、ニューヨークでディナーウェアとしての地位を確立して行ったが、戦争の逆風を一気に受けた。当時、陶磁器は生産中止を余儀なくされ、家庭用電球の傘までが供出を命じられた為、金属製傘の代用として「磁気製電灯傘」を生産したりした。終戦直後は、材料の品質低下によって戦前の品質基準に達しなかった事から、ブランドのイメージを守る為に「Rose China」の商標を使用した。そして品質が戻った後も、連合国占領下てあった為、パターンネームの下に「Made in OCCUPIED Japan」(占領下)と表記するよう義務付けられたという。
OCCUPIED (占領下)の刻印がある。
↑
↑これは、スピンさんから頂いた写真であるが、パリの骨董屋に置かれてあった古いノリタケの器に刻印されていたそうだ。“OCCUPIED”(占領下)が入ってる為、希少価値があるらしく高価で、ティーセットで€の桁が4桁だったという。スピンさんのお話では、Noritake Chinaと書いてあっても、実は聞いた事が無いヨーロッパのメーカーだったりする事もあり、Noritake Chinaは、既に固有名詞と言うより、陶磁器の普通名詞のようになっているそうだ。19世紀末のヨーロッパの陶磁器技術に魅了され、ニューヨークでその一歩を踏み出した…「森村ブラザーズ」の情熱が100年間の歩みの中で、世界中で愛されるワールドブランドとして、育まれ続けて来た成果だと思った。
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出して頂いたティーカップは、ローゼンボルグと呼ばれるシリーズで、現在は業務用しか作られていないようだが、気品があって素敵なカップとケーキ皿だった。中濱先生の奥様も、とても上品な方で、開戦直前には、お父様だけをNYに残して、ご家族と共にご帰国されており、当時大変な思いをされたお話も、詳しくお聞きする事が出来た。私は、益々「ノリタケの森」へ行きたいと思うようになった。そして先月13日、ようやく念願叶って行く事が出来たのである。正に近くて遠い?道程だった。

2007年のイースターエッグ


レストラン、キルン内

オールドノリタケの絵型

↑葉書(上)とクリアファイル集→

※以下8点は、オールド・ノリタケの写真

花型 特大ボール
金盛りぶどう文 花瓶

(明治24年製)

チョコレートカップ&ソーサー メイプルリーフ印
金点彩 薔薇文水差し


ムース文マグセット
ウエッジウッド風 天使柄ボール


ティー&ケーキセット23pc(大正7年)
アールデコクラウン・フィギュラル灰皿

(大正15年)
昭和7年、日本で初めてボーンチャイナの開発に成功したノリタケは、ニューヨークでディナーウェアとしての地位を確立して行ったが、戦争の逆風を一気に受けた。当時、陶磁器は生産中止を余儀なくされ、家庭用電球の傘までが供出を命じられた為、金属製傘の代用として「磁気製電灯傘」を生産したりした。終戦直後は、材料の品質低下によって戦前の品質基準に達しなかった事から、ブランドのイメージを守る為に「Rose China」の商標を使用した。そして品質が戻った後も、連合国占領下てあった為、パターンネームの下に「Made in OCCUPIED Japan」(占領下)と表記するよう義務付けられたという。

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↑これは、スピンさんから頂いた写真であるが、パリの骨董屋に置かれてあった古いノリタケの器に刻印されていたそうだ。“OCCUPIED”(占領下)が入ってる為、希少価値があるらしく高価で、ティーセットで€の桁が4桁だったという。スピンさんのお話では、Noritake Chinaと書いてあっても、実は聞いた事が無いヨーロッパのメーカーだったりする事もあり、Noritake Chinaは、既に固有名詞と言うより、陶磁器の普通名詞のようになっているそうだ。19世紀末のヨーロッパの陶磁器技術に魅了され、ニューヨークでその一歩を踏み出した…「森村ブラザーズ」の情熱が100年間の歩みの中で、世界中で愛されるワールドブランドとして、育まれ続けて来た成果だと思った。
