2006/12/28

天馬…ディープインパクトと大恐慌に夢を与えたシービスケット  乗馬と馬について

天馬が駆け抜けた…私は仕事の為、生中継では観られなかったが、VTRに録画して置いて深夜に観入った。12月24日第51回有馬記念、ディープインパクトのラストランだった。乗馬経験がある私は、この馬の走る姿を初めて観た時、美しいと思った。だが、皐月賞の時のディープインパクトは、スタート寸前で躓き、転倒寸前になるという、そそっかしさを持った馬だった。それでも先頭でゴールを駆け抜けた。ダービーでも、三冠がかかった菊花賞でも、鞍上の武豊騎手が、前に行きたがるディープインパクトの手綱を引き、ディープが口を開けているシーンが見て取れた。1年前の有馬記念は、そのディープインパクトの弱点が出てしまった。国内重賞レース13戦12勝…たった1度だけ2位に甘んじたレースがその有馬記念だった。
クリックすると元のサイズで表示します 引退式でのディープインパクト。

今年4才になったディープインパクトは落ち着いた馬に成長していた。鞍上の武騎手が鞭を入れるまで後方で走れる馬に成長、ゲート入りする姿も凛々しくなっていた。天馬…太平記に登場する天馬は、一回鞭を打つと10丈(30メートル)の掘を飛び越えられたという。この日のディープインパクトの第4コーナーからの姿は、正に飛ぶが如し…天馬そのものだった。しかし、もうその姿をターフで観る事は出来ない…引退式には5万人のファンが残り、名残を惜しんだという。ディーフインパクトが三冠馬となるまでの強さについては、昨年11月に以下の記事で書いている。↓

http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20051101/archive

さて、ディープインパクトのように馬体が小さく、競馬ファンに夢と勇気を与えた馬として…遥か太平洋を超え、時を遡り、時空を超えて、私の脳裏に思い浮かんだ馬がある。その名は、シービスケット…。アメリカで実在したこの馬の物語は、2001年、ローラ・ヒレンブランドによって執筆され、2003年に、映画化された。しかし、もしディープインパクトが一気に天へと駆け上がった事と比べたら、シービスケットは、馬自身も、そして周りを取り巻く人の人生も波乱万丈、それまでは不運続きだった。その活躍した時代も、アメリカが大恐慌から、必死で這い上がろうともがいていた1930年代後半。だからこそ、不動の人気を得られたのかもしれない。1938年、全米国内のマスコミが最も取上げたのは、当時の大統領、ルーズベルトでも、ルー・ゲーリックでも、クラーク・ゲーブルでもなく、この1頭の脚が曲がった小柄な馬だったという。
シービスケットとジョージ騎手。 クリックすると元のサイズで表示します
(ポラード騎手は骨折入院中)

この馬は、血統はアメリカ競馬史上最強と言われたマンノウォーの直系ではあったものの、手に負えない荒馬で、アメリカ有数の調教師も放り出していた。結局アメリカ西部のカーディーラー、仕事は成功していたものの家族を失くしていたハワードが、調教師スミスの薦めで2000ドル(約24万円)で購入する事となる。ローラ・ヒレンブランド著の物語は、彼らの人生もドラマチックに描かれている。というより事実があまりにもドラマチックなのだ。そして、決して一流騎手ではないレッド・ポラードとシービスケットが出会い…人馬一体となって勝ち進んで行く事になる。不遇から這い上がって行く一頭の馬とホースマン達…このサラブレッドヒーローが生まれた時代的背景として、アメリカ大恐慌の暗い世相に明るい話題が求められていた事…そして、1933年に賭博が合法化されて4世紀ぶりに競馬が復活した事が挙げられる。更にこの時代、ラジオの普及により、国民が心臓を躍らせながら聞き入った事が追記される。

シービスケットは、所詮西部の荒馬と、虐げられながらも、アメリカ競馬界のクラッシック三冠馬(ウォーアドミラル)との対決にこぎつけた。このマッチレースには、78000人の観客が押し寄せ、全米に中継されたラジオ放送を聞くために、ルーズベルト大統領は、顧問団を執務室の外に待たせたという逸話も残っている。シービスケットの活躍は、大恐慌に陥り、消えかけていたアメリカンドリームの復活の象徴でもあった。しかし、シービスケットの物語は、このマッチレースて完結しない。その後、騎手とシービスケットともに挫折を味わいまた復活する。

"We fixed each other." 

シービスケットと「お互いに補い合った」という3人のホースマン達、誰一人欠けても有り得ない偉業だっただろう。大恐慌のアメリカを駆け上がり、転げ落ちても再び復活したシービスケット…この天馬には逆境にも負けない力強さが漲っていた。この馬の速さは映画では描ききれて居らず、よって当時の実写フィルムも発売されている。因みに第二次大戦時、日本へと694回出撃して尚、生き延びた戦闘機に「シービスケット」の名前が付けられ、その機体には火を吐く馬の絵が描かれたという。シービスケットは、天馬というより、ギリシャ神話に登場するペガサスだったのかもしれない。

クリックすると元のサイズで表示します シービスケットの絵画。

※シービスケットの生涯成績は、89戦中(1着33回.2着15回.3着13回.着外28回)。
比較データを挙げると、シービスケットと一騎打ちした、
三冠馬、ウォーアドミラルの生涯成績は、26戦中(1着21回.2着3回.3着1回.着外1回)。
着外28回、という数字が、順境でなかった事を物語る。初優勝するまでに18戦を要している。
また、シービスケットが、その競馬人生で移動した距離は9万キロに及んだという。
「シービスケット」の映画の紹介としては、また別の日記で記す事とする。
0



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ