2007/1/18

被災地から誕生した還暦プロゴルファー古市忠夫氏と被災した妹  日記(今日思うこと)

12年前の1月17日、早朝5時46分、私は当時15日だった成人の日の仕事を無事に終えて、岐阜県高鷲(たかす)村にあるスキー場の宿泊施設の2Fにいた。その直前、私は伝わってくる振動を感じて目を覚まし、一緒に眠っていたスタッフ達を揺起こした。ドドドーッと揺れるその揺れ方は、かつて私が体験した事の無い地震だった。岐阜県と長野県の県境にある活火山…御嶽山が噴火したのかと思いつつ、テレビのある階下の娯楽室へ降りていった。ニュース速報が神戸での地震だと伝えていた。岐阜県でこの揺れ…私は胸騒ぎがして、公衆電話から当時大阪府豊中市に住んでいた妹に電話をかけた。幸運にも電話は繋がり妹が出て、無事は確認できたが、「全ての家具が倒れ部屋の中は無茶苦茶、あまりに大きなドーンという音に大阪ガスの爆発かと思った」と妹は声を震わせ泣いていた。
クリックすると元のサイズで表示します 平山譲著、映画の原作「ありがとう」

「阪神淡路大震災」…その時、神戸市長田区の商店街でカメラ店を経営していた古市忠夫氏は、倒壊した自宅&店舗から妻の千賀代さんと2人の娘を避難させた後、消防団のヘルメットを被り、災害救助にあたろうと瓦礫の街を歩き周った。そこには、あるはずの建物が押し潰されて形を変え、多くの人々が家屋の下敷きとなっていた。やがて火の手があがり、生き埋めになった人々を次々に呑み込んでいった。平山譲氏著の「ありがとう」の中にその時の様子が赤裸々に書かれている。…迫り来る炎、家の瓦礫の下で、妻が夫に「逃げて」と言う、でも夫は「助けたるからな」と瓦礫を退かし続ける。古市氏も手伝うが、現場は火の海となり、2人で救うには時間がない。「奥さん ごめんな」と泣きながら夫を羽交い絞めにして現場から引き離した…。

古市氏の店舗があった鷹取商店街の火は、三日三晩燃え続け、995棟が全焼して105名の方が命を落としたそうだ。地獄絵のような焼け跡の中、古市氏は、街の復興に向けてボランティア活動に取り組み始めた。「わしら、生かしてもろてんねん。生かしてくれた人に感謝せな。文句言うたらあかん」(「ありがとう」より)。街の人々を励まし、励まされながら奔走する日々が続いた。そんなある日、古市氏は、自分の車が焼けずに無事であると知る。駐車場だった場所に向かい車のトランクを開けると、古市氏は愕然としたという。トランクの中には無傷のままのゴルフバックが横たわっていたのだ。古市氏は、「奇跡や!」と、焼け残ったそのゴルフクラブで、復興活動の合間に猛練習を始め、プロテストを受ける事を決心した。その時、古市氏は55才…。家族は呆れるばかりだったが、街の人々は見守り応援を続けた。
平山譲 著「還暦ルーキー古市忠夫」 クリックすると元のサイズで表示します

やがて古市氏は、2000年の秋、2度目の挑戦で日本プロゴルフ協会(PGA)資格認定プロテストに、59歳11ヶ月の史上最年長で合格した。古市氏の合格は「被災地から誕生した還暦ゴルファー」として新聞各紙で報道され、そのプロゴルファーへの行程は、平山譲氏によって執筆、出版された。そして2005年、赤井秀和氏主演による映画化が決定、12月の制作発表の会見には、来日していたタイガー・ウッズも駆けつけた。以下タイガー・ウッズのコメント。

「…前略…阪神大震災には、ずっと心を痛めていました。古市忠夫という人の存在を知り、興味を持っていました。彼の物語は、勇気と希望の映画になると思うので、是非応援したいです…中略…喪失感の底から立ち直る、それは物凄く辛い事だらけだったと思いますが、それをすべて乗り越えた古市さんを讃えられるこの場所に居られる事を、凄く嬉しく思います」。

クリックすると元のサイズで表示します タイガーウッズと古市氏 (Yahoo photoより)

そして会見の翌日、古市氏は、宮崎のフェニックスカントリークラブ、トムワトソンコースにて、タイガーとの夢の競演を果たした。この試合は、タイガーの他に、マイケル・キャンベル、星野英正、宮里優作、宮里藍、横峯さくら、元MLBプレーヤー佐々木主浩ら(敬称略)が参加し、マッチプレーによるトーナメント方式で行われた。最終結果、優勝はタイガーだったが、古市氏はタイガーと1回戦で対戦、そして何とタイガーと引き分け、決着を付ける為のアプローチ合戦(サドンレス)まで持ち込んだそうだ。映画は、2006年11月25日に、封切りとなり全国に「還暦プロゴルファー古市忠夫」の名前を知らしめた。

古市氏は、現在もシニアツアーで活躍しつつ「プロゴルファーである前に一住民でありたい」と、長田区若松町11丁目の自治会長としてもその活動を続けている。12年前のその日、電気を含め文明の利器が何も役立たない状況下で、「昔ながらの町の人々の助け合う姿は見事だった」。そう語る古市氏…。想像を絶する逆境の中にあっても、心の有り方一つで、奇跡は起こせる…古市氏の12年の歩みは、人と人が支えあえばこその「強さ、逞しさ」も教えてくれる。神戸では今、被災者で作る非利益法人…『1・17 希望の灯り』が、空爆を受け肉親を失ったレバノンの子供達に救援物資を送る等、支援活動の輪も広がっている。現在東灘区に住む妹は、古市氏に会いお話を聞いた事があるそうだ。今日は久しぶりに妹から電話があり、妹も及ばずながら「生かされている事への感謝を忘れないで、何か役に立てたらと『1・17 希望の灯り』の会を訪ねた」と語っていた。

◎映画「ありがとう」公式HP
http://www.arigato-movie.jp/
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