2007/6/10

スピンさんの欧州便りNo26…「エカテリーナ宮殿」 T  スピンさんの欧州便り

エカテリーナ宮殿は、サンクト・ペテルベルグの南へ24Kmのプーシキンにあります。プーシキンはロシアの帝政時代はツアールスコエ・セロと言って「皇帝の村」と言う意味です。現在の地名「プーシキン」はエカテリーナ宮殿に併設されたリツェイ(貴族学校)で学んで、ロシア文学史上最高の詩人と称えられるアレクサンドル・プーシキンに因んだものです。この宮殿は18世紀初頭にピョートル大帝が妃のエカテーナT世に贈り、娘のエリザベートT世が大改造、その後エカテリーナU世も改装して今の形式に落ち着いたのが1770年代で完成までに長い歳月が掛けられています。日本の漂流民「大黒屋光太夫」がエカテリーナU世との謁見を許されたのが、この宮殿で、漂流から8年後の1791年6月の事だったそうです。その何ヶ月か後にエカテリーナU世から招待された光太夫が初めて紅茶を飲んだ日が、日本の「紅茶の日」…だと、従兄のスパイラルが言っていました。(写真は全てクリックで拡大します)
クリックすると元のサイズで表示しますエカテリーナ宮殿(庭園側からの外観)

ロシアバロック様式の建築で、設計はエルミタージュと同じイタリアのラストレッリです。ライトブルーと白の外観とフランス庭園の幾何学模様で何となく軽快な印象を受けます。エルミタージュ(冬宮)のライトグリーンと白、ピョートル大帝・夏宮のライトイエローと白。モスクワのクレムリンと違って、とっても明るい感じがするのがサンクト・ペテルブルグに遷都された時代の宮殿です。宮殿の敷地面積は600万u、建物の長さは325mだそうです。

金色のオニオンドームクリックすると元のサイズで表示します
※ロシア正教会のシンボルです。

クリックすると元のサイズで表示します  ←正面玄関
※最初の写真の反対側になります。

中央階段室→  クリックすると元のサイズで表示します
※両側の壁面は「古伊万里」で飾られています。
この階段室は赤いカーテンと絨毯以外は真っ白で壁画も金の装飾もありません。
この宮殿が造られた当時は古伊万里は金と同等の価値が有ったそうです。
シンプルな白い壁が、そんな高価な古伊万里を引き立たせています。

クリックすると元のサイズで表示しますカーテン越しの日光が
白壁を赤く染めて…

壁のレリーフ→ クリックすると元のサイズで表示します
※このレリーフも「古伊万里」の為にデザインされています。

クリックすると元のサイズで表示します「古伊万里」をクローズアップ

「古伊万里」のワンセットクリックすると元のサイズで表示します
※同じ形で絵付けの異なる「古伊万里」6点が、ワンセットになっています。

クリックすると元のサイズで表示します大皿の下に時計が埋め込まれている部分

大広間(ボール・ルーム)クリックすると元のサイズで表示します
※宮殿のメインルームで
エカテリーナU世が大黒屋光太夫と謁見したのもこの部屋だそうです。
沢山の鏡が嵌め込まれているので「鏡の間」とも呼ばれています。

クリックすると元のサイズで表示します 18世紀の雰囲気 
(何かの撮影みたいでした)

ドアの両側の「ペーチカ:печка」クリックすると元のサイズで表示します
※ロシア伝統の暖房装置です。

クリックすると元のサイズで表示しますどことなく東洋的な「ペーチカ」。
※模様や色合いが懐かしい感じで、どことなく東洋的です。
でも、これは有名なオランダの「デルフト焼」で、
オランダから職人を呼び寄せて焼いたそうです。
「デルフト焼」は東インド会社を通じて入ってくる
日本や中国の陶磁器の影響を受けて完成されました。

この藍色が「デルフト・ブルー」→クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 白のバンケットルーム

テーブル右側の拡大クリックすると元のサイズで表示します
※この宮殿には100Kgの金が内外装に使われたそうです。

クリックすると元のサイズで表示します ←別の食堂 
※壁際の燭台と鏡が部屋を明るくしています。

テーブルクロス・食器など クリックすると元のサイズで表示します
※テーブルクロス・食器・ナイフ&フォークまで赤いリボンのデザインで統一されています。
「別の食堂」の写真に写っているセットは、青いリボンで統一されています。

クリックすると元のサイズで表示します
※↑まるで「ウェッジウッド」みたいなインテリア
エカテリーナU世がスコットランドの建築家に依頼した部屋です。

アルミニューム製の赤い装飾。クリックすると元のサイズで表示します
※この部屋が作られた19世紀の始め頃、
アルミニュームは発見されたばかりで、金銀に匹敵する程の貴金属だったそうです。
…Uへと続く。
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2007/10/17  3:44

 

“モスクワ・ホテルは観光スポットから遠くてイマイチ”なんて、いったい誰が言ったのか。地下鉄の駅から近く、どこへ行くにも便利。今日は郊外電車に乗ってツァールスコエ・セロまで行くのだが、地下鉄で一回乗換 

2007/6/16  9:53

 

 この物語は、18世紀後半、三重県白子の船乗り大黒屋光太夫たちが嵐に遭いカムチャツカ沖の島に漂着してから、帰国するまでの10年間を描いた実話である。

 私は20年ほど前に井上靖の『おろしや国粋夢譚 



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