2006/3/16

パラリンピック・アルペンスキー代表選手の心情に思う事  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

パラリンピックも大会中盤を過ぎ、日本選手は、現在までに金メダル1個、銀メダル3個、銅メダル1個を獲得し大活躍している。TV放映は一部しかないが、ニュースやネットなどで、毎日結果を追っている。そんな中、印象に残った選手について、新聞各紙を参考に書いてみようと思う。まず、入賞こそ逃したが「パラリンピックで滑れるだけ幸せ」という言葉を残した、アルペンスキー代表の小池岳太選手(23歳)。小池選手は、中学、高校とサッカーに明け暮れ、日体大に進学し、キーパーとして活躍していた。そんな20歳の秋、バイクの事故で左腕の機能を失った。何もかもが嫌になって抜け殻のような毎日を過していたある日、大学の先生から、パラリンピックを紹介された。両足の無い選手、全盲の選手、片腕の選手達が大活躍している。その輝く姿に勇気を貰ったという。そして小池選手のお父さんと同じ体育教師の道を目指そうと決意したそうだ。
クリックすると元のサイズで表示します パラリンピックに参加出来る幸せをかみ締めスタートする小池選手。片手のストックワークは素晴らしい。

長野出身の小池選手は、持ち前の運動神経でスキーを上達するのに、時間はかからなかった。2003年、ジャパンパラリンピックのスーパー大回転でいきなり3位入賞。勢いのある滑りで代表の座を手にした。昨年の5月、教育実習で地元の高校へ行った。長野県内には障害者の高校体育教師はいない。「体育は体で示すしかない。片腕でも何でも出来ることを見せる」と、野球の授業では、片腕でボールを打ち守備もこなした。サッカーでは、サッカー部全員のシュートは全て止めた。生徒が認め、話しかけてくれるようになったという。「その傷、気持わりー。けど、凄くねぇー」。言葉は悪いが、認められた証拠だった。昨年の長野県の採用試験は残念ながら不合格だった。しかし、小池選手は諦めない。頑張る姿を生徒に見せたいと、オリンピックの後はまた採用試験を目指すそうだ。トリノのアルペン、スーパー大回転では、世界の壁の厚さを感じさせられた。しかし「こんな凄いメンバーと競い合えるのが幸せ」…と笑顔で語り、大回転、回転に挑む。

もう1人は、プログのコメント欄に書いて下さったKEYさんも、スキー場でご一緒された、大日方邦子選手(33歳)である。彼女は今大会の主将を務め、既に滑降とスーパー大回転で銀メダルを2個獲得し、次は大回転と回転で金メダルを狙う。大日方選手は、3歳の時、横断歩道を歩いていて、居眠り運転のダンプカーに巻き込まれ、遭えなく右足を切断し、左足にも傷害が残った。17歳でチャアスキーを始め、パラリンピックには、リレハンメルから4大会連続出場して居り、既にパラリンピックのメダル7個を持つ日本のチェアスキー第一人者だ。シーズンオフは、NHK教育番組のディレクターとして働き、冬は長野県に住まいを借りて練習に励んでいる。遠征費を含める年間数百万円は、全て自己負担である。本年度もパラリンピックの公的強化費は、アルペン競技全体で120万円程に過ぎない。今まで充分な収入がなく、多くの選手が競技を断念せざるを得ない姿を見て来た。「新たなスポンサーの開拓や、次世代の選手育成の為にも、負けられない」そういう主将は、金メダルを目指し、今日もまたチェアスキーに乗る。

トリノモデルに乗り、既に銀メダル2個獲得した大日方選手。クリックすると元のサイズで表示します
今大会の特徴は、国際オリンピック委員会と国際パラリンピック委員会の合意によってオリンピックとの関係が強まり、財政支援も行われている。大会、参加する選手の双方ともに「五輪化」へと進み始めた。これまでパラリンピックの種目は障害の種類や程度によって細かくクラス分けされていたが、今回はアルペン競技で、立位、座位、視覚障害の3カテゴリーに統一された。公平性を保つため、クラスごとに定められた係数を、タイムにかけたポイントによって順位が決まるシステムになったのだ。この事によってメダル数は大幅に減り、金メダルは、全競技で92個から、58個に激減した。こうしてメダル及び大会そのものの価値をオリンピック並みに高めていこうという狙いである。

この流れは「障害者スポーツを、もっと競技として見てほしい」と言う関係者の切実な思いを叶える事になりつつある。規模の大きな夏季大会にも、そうした動きは及ぶだろう。しかし、競技色が強まれば、練習に専念しないと勝ち抜いてはいけない。それに合わせて、障害者スポーツを支援する企業やスポンサーも現れてはいるが、今後の見通しはまだ不透明だ。競技組織なども整っているとはまだ言えない。それを全体の裾野拡大や選手を支える態勢の充実、新たな大会の創設などにも繋げて行く必要があるという。現状は、一部だけの突出になってしまいがちなのは否めない事実だ。パラリンピックが、よりハイレベルになり、華やかさを増す為には、選手達を育てる豊かで幅広い土壌が必要となるのだ。私はまずどんなに小さい一歩でも、踏み出さなければ始まらないと思った。自分に出来る小さな事から始めて行こうと、2人の選手をブログで紹介する事にした。そして暖かくなったら、岐阜のKYB(カヤバ)の工場を、再び訪ねてみようと思っている。次に何か出来る事を模索するためにも…。

◎アルペンスキー、競技とその用具を知ろう。(ヤフー公式サイト)
http://torino.yahoo.co.jp/para/event/guide/alpine/

◎当ブログ内、チェアスキーについて書いた記事。
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060313/archive
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2006/3/15

荒川選手、中学体育の教科書に載る…その人気沸騰ぶりに思う事  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

新聞紙上によると、東北6県で発行される2006年度用(4月1日発行)の教科書「中学体育」の口絵ページに、荒川静香選手の「イナバウアー」のポーズ写真が掲載される事になったそうだ。これは、開隆堂出版(東京都)の教科書に東北出身のスポーツ選手6人の写真が掲載される事になっており、当初プロ野球元横浜の佐々木選手の写真が掲載される予定だったが、日本中に感動を巻き起こした荒川選手の快挙に急遽変更、約12万部が発行される事になったらしい。それはそれとして、荒川選手の活躍ぶりを讃えるには良い事だと思う。しかし、スケートにかける荒川選手のの青春を描いた読み切り漫画「荒川静香物語」が、掲載された「月刊少年ジャンプ」(集英社)3月号は、品切れ状態で、オークション等で高値がついているそうだ。オリンピックの金メダルの影響がこんな形で出ているのかと残念な気もした。

人気沸騰の漫画『荒川静香物語』 クリックすると元のサイズで表示します

さて、オークションで高値というと、カーリングの寄付に着いて来た缶バッチも、個人の寄付額1000円の何倍かの価格がついているそうだ。確かに現在は、寄付をしても缶バッチは付いて来ないのかもしれないが、オリンピック参加の為に寄付をして手にしてこそ、記念になるという意味があるのではないだろうか?私は、このような現象をとても不思議に思う。更に来月6日、名古屋レインボーアイスアリーナで開かれる、名古屋スケート連盟主催のアイスショーのチケットも、荒川選手の金メダル人気によって、値段が沸騰しているらしい。私はS席8000円で購入したが、既にヤフーでは7万円という価格もついたそうで、当日はダフ屋さんも出るのだろうなと予想している。このように、フィギュアスケートの人気が出て、興味を持つ人が増え、そして結果、競技人口が増えるのは、良い事だと思うが、熱し易く覚め易いのが今の日本人の傾向。過去に人気が沸騰し、僅かのうちに忘れ去られたものが、どれだけあっただろうか?と考えてしまう。
チーム青森の缶バッチ(携帯の写真で画像が良くないが)
前方の青い物は法人用で10000円寄付用、シリアル番号付き。

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また、14日、世界ジュニア選手権で金メダルを取った小塚選手と、銀メダルを取った浅田真央選手が、中部国際空港に帰国し、空港は出発時の何倍かの見学者でごった返したようだ。そして帰国早々、真央選手のコーチ、山田満知子さんは、真央選手の練習の拠点を名古屋から移すかもしれないと示唆した。真央選手が練習の拠点としている、名古屋市大須にある名古屋スポーツセンターのスケートリンクは、5歳から中学生対象の基礎クラス(週1回、2ヶ月間)を週に4日(各日の定員40−60人)開いてきたが、4月から週5日に拡大した。しかしトリノ五輪閉幕の2月27日に、4月開始分の募集を始めたがその日のうちに満杯になった。勿論、真央選手は、属しているグランプリ東海クラブの貸切時間が週2回あり、その時間を中心に練習しているが、今度は真央選手を写真に写そうとする見学者やサインを求める人で、会場も周辺も一杯になるそうだ。実際に私の従姉の彼が、名古屋スポーツセンターの階上のマンションに住んでいるのだが、週末は凄い人だかりで、住人にも駐車場の無断使用など迷惑がかかっていると言う。
名古屋スポーツセンター玄関口 クリックすると元のサイズで表示します

何故、静かに見守れないのだろうか?どうして、物にも本来の意味を逸脱して流行に流され、オークションで信じられない価格がついてしまうのだろうか?これは、自己の主張がなく他人に流され易い今の日本人の国民性を物語っている気がする。意見にしても、どんな事でも、自分を大切に出来る人は、他の人の事も尊重できるだろう。他の人の意見や考え方も参考にしながら、自分の意見を持つことが出来ると思う。現在の日本人の傾向として、マスコミが作り出す流行に流され過ぎ、本当に必要な所にお金を使っていない気もする。少し大袈裟かもしれないが、日本の国全体の考え方事体が、流されやすいように思えてならない。また、トリノオリンピックでの「チーム青森」の活躍で、人気沸騰して来たカーリングだが、カーリング協会の阿部委員長は、「チーム青森の子達の真面目な一生懸命さが、スポーツファンの心を揺さぶった」と喜びながらも、今のブームが長続きしない事も視野に入れている。競技暦26年の阿部委員長は、各地でのカーリング施設充実の呼びかけにさえ「今やりたいという人達が、待ってくれるかどうか?」と冷静である。テレビやインターネットで情報も容易く手に入る、更に携帯電話の普及で、今〜したい事が簡単に叶えられる時代になった。待てない日本人、飽き易い日本人の姿が、浮き彫りになって来ているのかもしれない。
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2006/3/13

パラリンピック開幕に寄せて…チェアスキー開発に思う事  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

11日、トリノでは、第9回冬季パラリンピックが開幕した。開会式をTVのハイライトで観たが、選手達は、皆いい笑顔だった。騎手を務めたのは、ノルディックの新田佳浩選手。右手1本で支えた日の丸が印象的だった。新田選手は、3才の時、祖父が運転していたコンバインに巻き込まれて左腕を失ったそうだ。今でも自責の念を持つ祖父の為に、金メダルを狙うという。また、その新田選手に触発され、競技を始めた、今回参加者の最年少、太田渉子選手。生まれつき左手の指が無かったが、中一の時、新田選手の滑りを見て感動し「パラリンピックに出てみたい」と思ったという。その太田選手、昨日のバイアスロンで銅メダルを獲得した。
開会式での選手達の笑顔  クリックすると元のサイズで表示します
パラリンピックの「パラ」は「パラレル」から来ている。平行したという意で、もうひとつのオリンピックという意味を表している。今回のテーマは「全ての限界と傷壁を超えて」で、開会式にも車椅子の女性のアーチェリーから放たれた矢が、壁を打ち抜き、その壁から選手団が入場してくるという設定だった。各国の騎手から騎手へと、聖火のトーチがリレーされ最後は盲目の少女が点火台に点火した。繰り広げられる荘厳なストーリーに、涙が止まらなかった。選手は、全ての胸に、希望のトーチを持ち続け、その日まで、私の想像を超越した苦労と努力があった事だろう。私は希望を持っているだろうか?開会式の映像を見ながら自分に問いかけていた。

さて、私がパラリンピックを身近に感じたのは、今から9年前の長野オリンピック前年度に遡る。私は高校時代の体育の先生の伝で、岐阜県内にある「KYB」(カヤバ)の工場を訪ねた。その工場は、油圧器メーカーでバイクや自動車のショックアブソーバーを作っていた。(本社は東京)そこで、足に傷害のある人が使用する「チェアスキー」のアブソーバーの開発が行われていて、見学させて頂いたのだ。ショックアブソーバーは、車でいうと「足まわり」である。雪面からの衝撃を吸収し、滑走中のスキーヤーの姿勢を制御する重要な役割を果たすこの部分について、ドイツモデルと徹底的に比較し徹底的に研究されていた。この緩衝器・ショックアブソーバーは、選手の生命線とも言われる「膝」の役割を果たす。油圧とバネで雪面からの衝撃を和らげるのだ。

チェアスキー長野モデルの市販用。真ん中のコイル状の物がカヤバ製
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その時、関係者の方が仰っていた言葉が忘れられない。パラリンピック日本代表選手の資金についての話だったが、「選手には、A〜Cのランク付けがある。ランクAは入賞が確実とされる選手は、すべての費用が免除される。ランクBは入賞の可能性が高い選手は、宿泊費のみ自己負担といった措置が取られ、入賞が危ぶまれるランクCの選手はすべての費用を負担しなければならない。私たちは高度な技術を持っているんです。でもお金が付いてこない。それでは開発も、ままなりません。」当時の日本に於ける障害者スポーツの弱点の一端が垣間見えた気がした。今回のトリノでも開会式の時、何気に見ていたが、確かに後進国からの参加はない。只でさえウィンタースポーツはお金がかかる。当然、パラリンピックでは、更に道具の開発には、体力のある日本の企業による支援が欠かせない。オリンピックでもそうであったが、国民に夢と希望を与えてくれるパラリンピックの選手達…国も税金をもう少し、角度を変えて使って欲しいと痛感した。

尚、私が見て来た「チェアスキー」は、更に進化し「トリノモデル」が開発された。携わった「KYB」の技術者、久保潔さんは、トリノの硬い雪質は、緩衝器の調整機能がより重要だと、選手団の1人としてトリノ入りしている。トリノモデルのチャアスキー本体は、愛知県の「日進医療器」が製造し、回転や大回転競技の鋭い傾斜角をスピードを落とさずにターンできるフレーム設計を追及したそうだ。その開発の核となっているのは、横浜市の総合リハビリセンターで、義足メーカーを含む5社がチームを組んでいるそうだ。選手達を支えている企業、技術者の人達の希望も乗せて、選手達は滑っているのである。

また、金メダル第1号となった、バイアスロン、視覚障害B1の小林深雪選手。視覚障害の部でも最も重いクラスなので、伴走するガイドの小林卓司さん(深雪さんの恩師)の声だけを頼りに滑ったのだ。苦手の下り坂では、恐怖心と戦いながら、卓司さんの声を辿って滑った。トリノのアイスバーンは、自分のスキー板が雪面と擦れる音で、卓司さんの声を消してしまった。欧州遠征では、過去に、何度もコースをはずれ、木に衝突した。「何やってんだ」時には、厳しい声も飛ばし、奮起を促したと言う。トリノには、日本初の障害者実業団チーム「日立システムスキー部」に属して臨んだそうだ。資金や練習環境で支援を受け、会社の看板を背負った戦いだった。深雪選手は、表彰台の真ん中に立ち、「恵まれた環境に感謝し、何より卓司先生にお礼を言いたい」と涙した。企業と人が支えあっての金メダルだったと思った。
クリックすると元のサイズで表示します 射撃で高得点を出し金メダルに輝いた小林選手。

このように、パラリンピックでは、ガイド役の人、そして企業から選手団の一員として派遣された人達や、また、多くのボランティアの方々が、選手達を陰で支えながら活躍されている。私のブログにコメントを頂く、ミラノ在住の「スピン」さんも、その1人である。スピンさんの活動は日本人として誇りに思うと共に、寒い中、どうかお体を御自愛頂きたいと、遥か日本より祈らせて頂いている。
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2006/3/1

トリノオリンピック選手団・本体帰国報道に添えて  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

金メダルの荒川選手を先頭に、日本選手団が成田空港に現れた。日本フィギュア界、1936年、稲田悦子さんが12才で初参加した、ガルミッシュパルテンキルヘン大会から、70年。フィギュア界、悲願の金メダルは、ブレザーの奥に仕舞い込んでの帰国だった。その後、メダルには届かずとも、活躍した選手達の姿が続く。「お疲れ様でした」全ての選手に心から労いの言葉をかけたい気持だった。夕方、仕事を終えて部屋に戻ると、父が「荒川さんの会見があるよ」とフジTVをつけていた。アナウンサーも「間も無く、到着します!独占、生放送です」を豪語していた。しかし、その番組放送中には間に合わず、CMの前の会見予告ばかりで何のコメントも無く、バラエティ番組が始まった。がっかりしてNHKのニュースに変えた。NHKのアナウンサーは「間に合えば、お届けします」と言っていた。いい加減な事を断言するよりいいなと、思った。そして数日前の新聞記事を思い出した。
クリックすると元のサイズで表示します成田空港に到着しファンに歓迎される荒川選手。

 ★「成熟」をスポーツ報道に… 以下引用。
『誰かが転んだら、誰かは引き上げられた。そしてそれは、引き上げられるべき人だった。入学試験で第一志望だけに合格したみたいな金メダル。荒川選手の快挙については、ここでは触れない。…中略… 長野五輪の資料映像を見ると、そこに16才の少女が映される。五輪初出場の「静香ちゃん」である。いかにも幼く、弱々しく、もろい。早朝のTVが伝えた「荒川」の静かなほどの落ち着き、緊張を何とか自分の内面で処理して見せる強い意志、体の線や肉のつき方も、こちらこそ本物だ。8年前に比べると別の人格がスケート靴をはいているようだ。スポーツ報道に携わる者は、歳月の価値に想像を働かせるべきだった。氷の冷たさと厳しさを知った「ミキティ」も、ここから「安藤」へと正統な課程を歩むべきである。

テレビ批判はコラムとしては安易と知りつつ、でも書きたい。24才の金メダリストの実績と存在感を前に、男性アイドルや訓練不足の若い女子アナウンサーの「軽さ」は徹底的に無力である。それまでは、しきりに惨敗を嘆いてみせた。どこかの局では、お笑い芸人がモーグルの選手をスタジオへ呼んで、自身を模した特性人形を差し出す。アナウンサーがいちいち勿体つけるのが薄気味悪い。芸能界の地位そのまま「上から見る」調子なのだ。まことスポーツ報道の成熟の道は険しい。…後略…』
以上、中日新聞に書かれた、スポーツライター、藤島大氏のコラムである。


反対の意味で、今回のトリノの競技の実況で一際光った、アナウンサーと、解説者。それは、アテネオリンピックの体操団体で、富田選手の鉄棒の演技時「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への懸け橋だ!」の実況で有名になった刈屋富士雄アナウンサー。そして、解説の小林宏氏だった。刈屋アナには、小林氏の解説は、ルールも実に分かり易く、選手の読みにも鋭く、大袈裟に言えば、目を閉じていてもショットの位置が分かる程であった。そして小林氏の戦略の解説を聞き、思わず自分がプレイしているかのように考え実況する刈屋アナとのコラボは、今回のカーリング人気に一役かったと言えよう。
金メダル実況アナとなった刈屋富士雄アナウンサー  クリックすると元のサイズで表示します

さて、この刈屋アナ、フィギュアの実況も担当し、アテネの時以来、再び金メダルの実況アナとなった。「トリノオリンピックの女神は、荒川静香にキスをしました!!」。最終滑走のスルツカヤ選手の得点が出て、荒川選手の金メダルが決定した瞬間、刈屋アナの口から出た“決めゼリフ”だ。他局が「荒川シフト」へと翻弄する前に、この言葉で日本列島に感動を伝えた。更にメダル授賞式が終わった後も新聞記者の取材やファンサービス等で荒川選手が、NHKのミックスゾーンになかなか来ない約20分間、フィギュアスケートとは何かとその素晴らしさについて、解説の佐藤有香さんと共に熱く説いて時間を繋いでいた。上手いと思った。

閉会式でのカーリングの選手達(チーム青森)・空港でも熱烈な歓迎を受けた。クリックすると元のサイズで表示します 

話が前後するが、カーリングの時の刈屋アナは、聞いていて楽しめる実況ぶりだった。「チーム青森」の美人選手・本橋麻里選手の愛称「マリリン」を連呼し、「対戦国の実況者にも“マリリンと呼んで下さい”と言ってきました」とNHKアナらしくない?親しみやすいコメントも、実況の中に織り交ぜていた。このような事から視聴率的に見ても、トリノの放送合戦は、NHKに軍配が上がったようだ。スポーツマンに敬意をはらうアナウンサー、経験豊かで現在もそのスポーツに関っている解説者の揃いぶみは、強力である。スポーツ選手は、芸能人・タレントではない事を民放も自覚するべきだと思った。そして、カーリング日本選手権。これは是非NHKで、また小林氏と刈屋アナのコラボで観たいものである。ささやかながら、NHKにメールでもしようかと、思っている。

◎森昭一郎アナ・ブログ
http://torino1.blog.fujitv.co.jp/archives/cat_50021375.html

◎70年前、12才で初参加した稲田悦子さんの記事

http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20051228/archive
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2006/2/28

トリノオリンピック閉会式を観ながら…  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

トリノオリンピックが閉幕した。閉会式は、帰宅した慌しさの後、うかつにも眠ってしまいライブでは観られず、録画で観たが、金メダルを取った荒川選手は、アイスダンスの木戸選手に肩車されての入場だった。まさに大輪に咲く薔薇のような華やかさだった。しかし、野に咲くスミレの花のように楚々とはしているが、心を暖かくしてくれる笑顔も、そこにあった。カーリング女子の選手達の姿だった。前にも書いたが、カーリングは、髪の毛をカールするように石を投げる事から名付けられたといい、英国スコットランドが発祥の地である。凍った湖や池で楽しんだのが始まりで、あの「バベルの塔」や「大きい魚は小さい魚を食べる絵」(←この絵はボストン郊外の捕鯨博物館で観た)等で有名な16世紀の画家、ピーテル・ブリューゲルも、その作品「雪中の狩人」の中にも、カーリングに興ずる子供達の姿が描かれている。
クリックすると元のサイズで表示します 木戸選手の肩車で入場した荒川選手。

カーリングについては、日本に於いて馴染みも薄い為か誤報道も多く、長野オリンピックで初めてオリンピック競技となった…と報道しているメディアも多い。私もある方に教えて頂いて調べてみたが、何と、フランスのシャモニーで開催された1924年の第一回冬季大会で、競技が行われたという歴史を持っていた。伝統を誇り、経験がものをいうスポーツらしく欧米勢はベテラン揃いの強豪ばかりだった。「氷上のチェス」と呼ばれる程の戦略性と、布石を打ち、相手のストーンも利用するという緻密な計画が必要な頭脳ゲーム的な競技だという事を、日本国民に知らしめてくれた選手達だった。

ブリューゲルの絵に登場するカーリングを愉しむ景色クリックすると元のサイズで表示します

彼女達は、メダルこそ逃したが、昨年の世界チャンピオンのイギリス、強豪カナダを倒し、今回金メダルをとったスウェーデンを苦しめた。試合の後、小野寺選手は、零れる涙を拭う事もせず「多くの人に観てもらえた。それが金メダル以上の価値かもしれない」と話していた。正にその通りだと頷いてしまった。このトリノ大会…連日、眠い目をこすりながら観戦していて、前半は、手に汗を握った後、溜息をつく事が多かったが、彼女達の戦いぶりは、実に爽やかだった。日本ではマイナーなこのカーリングというスポーツに、間違いなくスポットを当てた「チーム青森」の選手達の笑顔だった。

涙も笑顔も、その戦いぶりも爽やかだったカーリング選手達。
クリックすると元のサイズで表示します 

今回のトリノオリンピックも、テロ防止の為に、9000万ユーロ(約217億円)が投じられ、厳重な警備体制の中、進行された。幸い懸念されたテロもなく、ドーピングも少ないオリンピックだと、絶賛するメディアもあるが、実はその裏で商業化が加速し、聖火リレーの3分の1がスポンサー関係者という事実もある。その反発で、聖火リレーへの妨害も続いたそうだ。フィギュア会場を見ても、不思議に思ったが、その人気チケットも、スポンサー関係に優先配分された挙句、会場に現れず空席も目立つという現象も起きたようだ。オリンピック後の観光都市を目指すトリノ市としては、インフラ整備費を含め、予算不足が露出し、必然的にスポンサー頼りとなり、商業化に歯止めはかけられなかったという。

クリックすると元のサイズで表示します 閉会式・花火の競演

スポーツは、大会を開催する側も、プレイする側にも膨大なお金がかかってしまう。例えば、ようやくスポットを浴びたカーリングもストーンなど揃えると、百万単位になってしまい、とても個人では揃えられない。しかし、氷の上を歩く為のシューズは3万円弱。もし国や地方自治体が動いて会場と道具さえ整えれば、ウィンタースポーツの中では、老若男女を問わず、比較的お値打ちに楽しめる気がする。実際に東京都内では、明治神宮スケートリンクと、東大和市スケート リンクでカーリングスクールを実施しているそうで、現時点で公開されているスクールについては、既に締め切りの人気だそうだ。バンクーバーには間に合わなくても、更にその次へと長い目で見て、良い選手達が育ち、野に咲いた花のような「チーム青森」の選手達のトリノでの活躍が、語り継がれる事を願いたい。明日は、トリノオリンピックの解説者やその報道について…また、残念だった選手達にも触れながら思った事を書きたいと思っている。
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2006/2/27

スピンさんのフィギュア、観戦レポートより  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

金メダルに輝いた、荒川静香選手の演技を生で観て来られた、スパイラルさんの従妹さんのスピンさんが、トリノのパラベラ競技場でのレポートを、コメント欄に下さいました。光栄でした。その内容がコメント欄では、勿体無いと思い、敬意を表して、記事の方に載せさせて頂きます。

クリックすると元のサイズで表示します 荒川選手・金メダル授与後の輝く笑顔

★フリー観戦後のメダルセレモニーと現地の新聞・TVのレポートより。


メダルセレモニーで静香さんが口ずさんでいた「君が代」は長野オリンピックの時に小沢征爾さんがフィギュア競技用に作ったそうです。長野では静香さんも良くなくて、小沢の君が代を聴けなかったけど、その静香さんのおかげで聴けた8年越しの「君が代」に感激しちゃいました。

一夜明けて、イタリアの新聞は殆んどが一面に静香さんの写真が出ていてビックリ! やっぱり、フィギュアはオリンピックの華なんだなぁと実感。テレビでも繰り返し静香さんのイナバウアーのシーンなんかが放映されていて、解説者がこんな事を言っていました。

「日本は最強の浅田真央を日本に残したまま、今日のエキシビジョン4人中2人を送り出す」

ムカッ!「好きで真央ちゃんを残してるんじゃないわよッ! アンタのとこのチンクワンタがダメッて言ったのッ」とつっこみを入れる私。でもね、安藤美姫さんが何度も失敗を繰り返した時に、励ましの拍手が起こったのは日本人の観客からじゃなくてイタリアの人たちからでした。

イタリアって国は、空港で給油する燃料が無くなって飛行機が何日か立ち往生するくらい、いい加減な所が多いけど、泥棒さんも多いけど、とっても優しい国ですよ。(燃料が無くなったのは「誰かが注文すると思っていて、残量を管理する人が決まってなかったからですって! オゥ、マンマミィヤ)

では、ほたるさん、また。 Ciao ciao

クリックすると元のサイズで表示します 煌く光の中、3回転を跳んだ荒川選手

★エキシビション観戦レポートより

この世界最高峰のアイスショーは、ゴールドメダリストに対して、最高の祝福と敬意とはらって始まりました。ホスト国のイタリアの選手では、やっぱりカロリーナが一番人気で、隣のイタリアおばさんが「あんた良く見なさい、かわいいでしょ」って感じで私をたたきます。

「あの娘は私のダンナのママの△□×▼・・・」
スピンの語学力では早口言葉は聞き取れません。

そして、ついに静香さんがエレガントに登場、拍手と歓声が一段と大きくなります。メダルセレモニーの時は少し戸惑いとはにかみの表情だったけど、この日は女王の風格と気品に満ちています。美しく、しなやかなスケーティングでフィニッシュ、アンコールにもすぐに応えてくれて見事なY字スパイラルから手を離し、そのままキープ!美しいっ!
余韻にふけっていると、イタリアおばさんのダンナが登場「素晴らしいッ!なんて美しいんだ。 かあさんの若い頃はもっとキレイだったけど□×△*※◎・・」似たもの夫婦でした。

次にジャージの上下っぽい衣装のタチアナ・マキシムペアのアンコールに、ストラディバリウスを携えたマートン登場。ニノ・ロータ「ロミオ&ジュリエット」で舞ったタチアナペアを前座にして、いよいよキングオブスケーターが現れました。曲はプッチーニの「トスカ」、マートンの変幻自在なヴァイオリンで舞うプルシェンコはまるでアドリブでスケーティングしてるみたい。似たもの夫婦も黙って見入る圧倒のステップでした。
バイオリンのマートン氏とプルシェンコ選手クリックすると元のサイズで表示します

そしてフィナーレ。イナバウアーで居並ぶメダリストの前を滑っていく静香さんにウットリ。
帰り際に、イタリアおばさんが「あなたと一緒に観れて良かったわ。シズカにおめでとうって伝えてね?」だって! え〜っ、知らないってば!
とどめは、おばさんのダンナが「今度、母さんの手料理食べに来てね、Ciao!」って、アンタんちはどこなのよぉぉ!
"VIVA ITALIA"でしょ? 

ほたるさんも是非イタリアに来てみてね!

Ciao ciao

クリックすると元のサイズで表示します フィナーレで手を振る選手達
荒川選手、村主選手、井上選手とボールドウィン選手の姿も見られる


スピンさん、そしてスパイラルさん、本当にありがとうございました。頂いたコメントには、お返事しています。ご判読下さい。by Hotaru.
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2006/2/26

フィギュア・エキシビションを観て  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

華やか過ぎる程のスポットライトの元、オリンピックチャンピオンとして、荒川静香選手のエキシビションプログラムが始まった。金メダリストは忙しく睡眠時間が無くなり、演技の前には目が回りそうだったそうだが、ひとたび、リンクに上がると、フリーの演技時より一層輝いていた。仕事柄、結婚式にも携わっていて感じる事だが、やはり人を輝かせるのは、何よりも、多くの人の祝福の言葉だと思った。

クリックすると元のサイズで表示します 拍手が沸き起こったイナバウアー

また、井上玲奈選手・ボールドウィン選手のペアも、6位のペアが辞退した為、出演でき、楽しい演技と豊かな技術を見せてくれた。そして、スルツカヤ選手、病気を克服し続け、今も薬の副作用に悩みながら臨んだトリノ…。スルツカヤ選手に唯一無かったオリンピックの金メダル、その為に歩んできた4年間、しかし、本来の実力を発揮しきれなかった。私は、スルツカヤ選手が、本番では一度も転倒した経験がないらしいと聞き、ショックが尾を引くのではないかと、懸念した。だがリンクに立ったスルツカヤ選手は、零れるような笑顔を見せてくれた。その潔く明るい姿にも感動した。
クリックすると元のサイズで表示します 笑顔が爽やかで素敵だったスルツカヤ選手

やがて、ゴールドメダリストのステージとなり、荒川選手の出番となった。全日本選手権の時と同じプログラム、「ユー・レイズミー・アップ」。綺麗なヴォーカル曲に乗った大好きなプログラムだ。疲れから、ジャンプは一回に抑えたそうだが、ゆとりを持った優雅な滑走で、トリノの氷上に、滑らかな曲線を描いてくれた。フリーの時より長い時間の華麗なイナバウアー。更に、金メダリストだけに許されたアンコールでは、Y字バランスからの手を離すという、荒川選手独自のスパイラル。そして、フィナーレでは、再びイナバウアーの演技で登場した。魅せてくれた。鳥肌が立った。素晴らしかった。
アンコール時、手を離す独自のスパイラル クリックすると元のサイズで表示します

荒川選手には、今後も金メダリストとしての、忙しい毎日が続くだろう。マスコミの取材攻撃にも遭い、TV出演も多くなると思う。体に留意して欲しいと願うとともに、私は、この美しい残像のままに、メダルを手にした時の、奢る事無い謙虚な気持ちを忘れないで欲しいと思った。オリンピックという夢舞台で、女子フィギュア界の頂点に立った人として、その陰で涙を流した多くの選手達の想いも忘れないで…と願っている。
クリックすると元のサイズで表示します Edvin Martonの生演奏で滑ったプルシェンコ選手(連続ジャンプ4回転・3回転・2回転を披露してくれた)。
エキシビション・グランドフィナーレ クリックすると元のサイズで表示します
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2006/2/24

荒川選手・金メダル・おめでとう!  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

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 荒川静香選手、冬季オリンピック・フィギュアスケート
     アジア人初の金メダル!

      おめでとうございます。


美しいという事=強いという事…改めて感じさせて頂いた。
荒川選手は、直前の滑走だったコーエン選手の演技は観なかったという。
他の人を意識しないで、自分のペースで滑った…
氷温が高いのか?全ての選手の滑走が、なんとなく重く感じた。
案の定、男子同様、ジャンプでの転倒や、ステップで躓く選手が続出した。

そんな中「トリノのリンクでは、平常心で演技出来た」
…と答えた荒川選手…それは、厳しい練習を重ねてこそ可能になった言葉だと思った。

24日、金メダリストとしての、エキシビションの演技…
大好きなイナバウアーの演技が観られると思うと、
嬉しくて今夜もまた、眠られない。

◎ヤフー・女子シングル決勝の得点票
http://torino.yahoo.co.jp/scores/event/figure/fsw010100.html
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2006/2/23

女子フィギュア・フリーの演技を前に思うこと  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

トリノのリンクに立った、荒川選手は、とても美しく輝いていた。仕事柄、安藤選手・村主選手にも感じたが、メイクが全日本選手権の時と違いナチュラルメイクで、綺麗だった。長野オリンピックに出た頃「私って、無愛想なんです」と言っていた荒川選手、最初のジャンプは、3回転×3回転から。3回転×2回転に変更したものの、次の3回転ジャンプを成功すると、その後は始終笑顔を絶やさない演技だった。荒川選手は、2004年の世界選手権を最後に引退も考えていたという。無欲で臨んだその試合で優勝してしまったが、第一線を退き、念願だったアイスショーに出演した。しかし周囲の期待に辞める事もできず、流れに身を任せていた。モチベーションが保てなくなった荒川選手は、練習にも身が入らず、怪我もしてしまい、当然結果はついて来なかった。
クリックすると元のサイズで表示します一際輝いていたフィニッシュのポーズ。
クリックすると元のサイズで表示しますその後、競技生活を支援してくれた祖父が他界し、供養の為にと出場したNHK杯では優勝したが、やはり気持はフィギュアスケートから逃げていた。その結果、昨年の世界選手権では、9位となってしまった。しかし、この世界選手権が荒川選手を目覚めさせた。彼女が優勝した前年度の世界選手権で9位だったスルツカヤ選手が、原因不明の血管障害を克服し復活した姿を観て「後1年だけ、スケートだけにのめり込もう」と誓いを立てた。新採点法にも、苦しみながら取り組んだ結果、今回のSPでは、ステップ以外の要素点で全てレベル4を獲得した。特にスパイラルのレベル4の要素点+ジャッジの加減点1.29は、その得点の如く素晴らしかった。しかし、手に汗を握って観ていた私には、荒川選手の本来の滑らかさを少々欠いていたように見えた。フリーでは、加減点を更に上げてくれると信じている。
トリノのリンクに美しく舞った荒川選手クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します因みに女子SPは、2分50秒以内で、連続ジャンプ、ダブルアクセルと3回転のジャンプ、片足を腰よりも高く上げたポーズでのスパイラルの前向きと後ろ向き、コンビネーションスピン、ステップなど8つの要素をこなすというルールになっていて、失敗してもやり直しは許されない。高得点は60点が目安となるそうだ。そして、23日に行われるフリーでは、女子の場合4分間。@少なくとも1回の、アクセルジャンプを組み入れる事、A同じ種類の3回転又は、4回転ジャンプを取り込むのは2回まで。Bコンビネーションジャンプ、ジャンプシークエンスは、3度まで。そしてジャンプ合計は全部で7回まで等の規制はあるものの、それぞれの選手各選手が得意な要素を取り込む為、選手の特徴が最も表れる。得点の比重はSPよりも大きく、高得点の目安は、120点前後だという。
クリックすると元のサイズで表示します キス&クライで…SPの得点が出た瞬間の、安藤選手・村主選手・荒川選手。

荒川選手のフリーでの滑走順は、コーエン選手の後の21番目。SPの後のインタビューでも、「過信する事無く、マイペースで滑りたい」と答えていた。トゥーランドットの曲に乗り、予定のプログラムを最小限のミスに抑えれば、メダルは確実だと思う。フリーの4分間が短く感じられ、そして「もう1度観たい…と思われる演技をしたい」と言う荒川選手の言葉どおりの演技が出来るよう、祈っていたい。また、SPを殆どノーミスで滑り終え、4位につけた村主選手、体力が持つか少し心配だが、大技がない分、演技力でカバーし、ソルトレーク5位の経験を生かして滑って欲しい。安藤選手は、SPでミスして出遅れた分、フリーではプレッシャーが少なく4回転に挑めると思う。夢舞台は整った。全ての選手が失敗の少ないハイレベルな戦いでのメダルこそが、荒川選手の望むメダルだと私は信じている。さて、今夜は早く休んで、フィギュアフリーの時間に備え、私も体力を温存しようと思っている。

◎ヤフーHPによるSPの各選手得点表
http://torino.yahoo.co.jp/scores/event/figure/fsw010102.html

◎当ブログ内の関連記事

荒川選手、新採点基準への挑戦
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060117/archive

コーエン選手、ツルスカヤ選手等、外国強豪選手について
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060214/archive

開会式と、メダルを獲得した伊藤みどりさん・荒川選手について
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060213/archive

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2006/2/22

カーリング女子・その涙と笑みの戦いぶりを観終えて…  トリノオリンピック・パラリンピックに思うこと

クリックすると元のサイズで表示しますオリンピックも終盤に入った。結局、出先でも毎日のようにTVに噛り付いてしまっているが、ここ数日、私の胸を熱くしてくれた競技、カーリングとその選手達について、書いてみようと思った。カーリングの起源は、5世紀の初期にスコットランドで始まったと言われている。ストーンがくるくると回転する(カール)しながら氷の上を滑っていくことから名付けられた。そしてこのスコットランドから北米大陸に移り住んだ人々がカナダにカーリングを広めた。カナダでは、子供が生まれると75日目の朝に「カーリング初め」といって石を触らせ、 7歳の誕生日には親戚中からカーリング用具一式を送る習慣がある。別名、氷上のチェスと呼ばれている程の思考を必要とする為、 小学校から大学までカーリングは必修になり、小さな村でも、教会とカーリング場は作られているという程、国民的スポーツになっているそうである。
クリックすると元のサイズで表示しますカーリング日本代表「チーム青森」左から、小野寺・林・本橋・目黒・寺田選手。
ところが、日本では、青森、長野オリンピック時に作られた軽井沢、そして今回、トリノへ出場した「チーム青森」のスキップ(主将)小野寺選手の故郷、北海道の常呂町にしかない。結局地方自治体の動きを待てず、長野で公開競技としてのスタート時、監督を務められ、現在カーリングの解説者として活躍されている小林宏氏(川崎市在住)が、山梨県山中湖村に自費、約1億3000万円を投じて、全シーズンを通してプレイ出来るカーリング場を造られた。これくらい、日本でカーリングを嗜むには、余りにも環境が整っていないのだ。何時だったか、カーリングのストーン製作シーンをTVで放映していて観た事があるが、その水を吸収しにくい花崗岩出来ているストーン(20キロ)は、因みにセット(8x2の16個)で、160万円するらしい。
クリックすると元のサイズで表示します 日本チームが勝ったカーリング発祥の地の強豪イギリスチーム。

カーリングに関らず、ウィンタースポーツには、お金がかかるのが当前のようにされているが、日本ではまだ馴染みのないこのスポーツには、なかなかスポンサーもついて居らず、小野寺選手も、ソルトレークオリンピックの後は、就職活動にも苦労したそうだ。そこで青森市が市民の生涯学習の一環として専用カーリング場を造るという話を聞き、ソルトレーク時の同僚の林選手と2人で、地元常呂町を離れ青森市の嘱託職員として、スポーツ会館の受付をしながら、このトリノを目指して来た。そんなひたむきにカーリングを愛し続ける彼女達を見ていた青森県、青森市、地元商工会が先頭に立ち、街頭募金で1000万円の遠征費用を集めてくれたからこそ、カナダでのチームの強化合宿も可能になり、今回のトリノ出場への運びとなったそうだ。
ブラシでスウィープする選手 クリックすると元のサイズで表示します
(イタリア戦)

さて「チーム青森」の戦いぶりは、前半の試合は落としたものの、試合をする毎に強くなって行ったような試合展開だった。結果は4勝5敗だったが、その4勝のうち、強豪のカナダ、そして2005年世界選手権1位のイギリスを破った2勝は日本をアピール出来て大きい2勝だった。今季限りで、引退をほのめかしていた、小野寺、林両選手も、最終戦スイスに対し、残り2エンドを残してギブアップの握手を求めた後の悔しそうな表情から、次のバンクーバーを目指してくれる気がした。このようにカーリングの試合をTV観戦していて、思った事は、まず単純にTVで観ている私には、カメラが真上からストーンの配置を写していてラインが判り易い感じがするが、選手達にとっては、ラインを読むのも容易ではないという事だった。そして、選手達がそのラインを読んだりしている間、相手チームは、決して邪魔をしたりしないで、むしろ、相手のベストを尽くしたプレーが出来るよう、静かに見守っている事だった。 カーリングもゴルフと同様、ゲームの主な目的は、競技者の相対的な技量を決定する事であるが、ゲーム中のプレイヤーの精神には、素晴らしいスポーツマンシップ、思いやり、高潔な態度を強く求めているスポーツだと感じた。このようなスポーツマン精神は、人格形成にも役立つ気がして、カナダが国を挙げて子供達にプレイさせるのも、解ったような気がした。

クリックすると元のサイズで表示します 勝利の瞬間、抱きつく選手達(右から小野寺選手・林選手・本橋選手)

さて、小野寺選手をモデルにしたカーリングの実話映画「シムソンズ」も、2月18日に公開され、出足好調だという。この映画や、トリノでの「チーム青森」の活躍ぶりを観た多くの子供を育てている立場にある方達や若者が、カーリングに興味を示してくれて、競技人口が増える事を祈りたい。そして、この人気ぶりを一過性とするのではなく、援助してくれるスポンサーも現れて欲しいが、実は、長野オリンピック以来、不利なルール改正に泣いてきた日本が、今後国を挙げて力を入れても良いスポーツではないか…と思っている。

○競技紹介アニメーション
http://torino.yahoo.co.jp/guide/event/curling/

○映画「シムソンズ」公式サイト
http://www.sim-sons.com/
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