2006/12/5

「人間ドキュメント・障害野球にかける男達」もう1つのWBC  WBC・ワールドベースボールクラッシック

去る11月4日から5日にかけて、日米野球が開催されていたその時期に、神戸スカイマークスタジアムでは、もう1つのWBC(ワールドベースボールクラッシック)と呼ばれる、「第1回世界身体障害者野球日本大会」が開催されていた。私はこの大会開催の事を神戸に住む妹から聞いていたが、殆どマスコミ報道がされない事に少し憤りを感じていた。暫くしてNHKの「人間ドキュメント」という番組で特集されると聞き、放映されるのを楽しみにしていた。そして12月1日、フィギュアスケート女子SP放送の後、番組が始まった。(再放送は12月5日 0時から)。観ていた私は画面に釘付けとなった。日本代表のユニフォームを着ている選手の方達が生き生きとプレーしている姿を観て、涙が止まらなくなった。番組は、それぞれの選手にスポットをあて4ヵ月前の合宿から取材されていた。
クリックすると元のサイズで表示します 優勝の記念写真を撮る選手の皆さん。

大会は、日本、アメリカ、韓国、台湾の参加で行われた。試合形式は各国総当りのリーグ戦、日本チームは台湾チーム、韓国チームに圧勝し、最大のライバルアメリカチームとの全勝対決となった。アメリカチームは、障害者野球世界最速・140キロ近くの剛速球を投げる投手がいて、日本選手も、初めなかなかタイミングを合わせられなかったが、打者一巡する頃には、打てるようになり、結果は7対0で、6回コールド勝ちで優勝した。WBC優勝に相当する快挙…選手の方々の姿が誇らしげで、眩しかった。その選手の方達の中で、私が特に胸を打たれた選手を紹介したいと思う。

まず、全日本チームの1番バッター、セカンドを守る岡原さんは、4年前に仕事中の事故で、利き腕を肩から失くしていた。岡原さんは、社会人野球でショートを守る強肩だった。腕を失くしてからは、利き腕ではない左腕で捕球しグラブを外して瞬間に投げる…このフォームを身につけるまでは、投球方向も反対となり、利き腕ではない為、投球も方向が定まらず困難を極めたという。毎晩、ガラスに映った自分の陰を見ながら、フォーム作りに励んだそうだ。岡原さんは、大会開催前まで、障害者として観られるのが嫌で、会社へ通うにも、装飾義手と呼ばれる義手を着けて通っていた。これは非常に重く肩にも負担がかかるが、どうしても偏見の目で観られるようで外せなかったという。しかし、優勝後、岡原さんは「今まで、チームでの試合で勝って、おめでとうと言われても素直に喜べなかったんです。でも、今回は心から喜べるようになった。障害があるからこそのプレーを観て欲しい」と語った。
「隻腕のイチロー」と呼ばれている岡原さん クリックすると元のサイズで表示します

また、全日本チームで4番に抜擢された千葉さんは、お父さんも元野球選手だった事から、少年野球時代から活躍し、高校は仙台育英高校へ進学して甲子園大会も経験していた。社会人野球で活躍しようとした矢先の5年前、事故で右手の手指を失った。失望にくれていた入院生活の時、お父さんが病室へボールとグローブを持って来て「野球を諦めるな」と励ましてくれたという。千葉さんは退院後、右手にバンテージを巻いて、お父さんとキャッチボールを始めた。お母さんは市販の野球用手袋を千葉さんの手に合わせて縫い直し、バットやボールを持ちやすくしてくれた。家族に見守られながら、千葉さんは練習を重ね、左手で大きく振りぬく独自のバッテング方法を編み出し、何と高校時代より飛球の距離が伸びるようになったそうだ。大会開始の客席で、「4番千葉…」のコールがあった時、こらえきれずに涙を流したお父さんを写した映像が忘れられない。

私は、当り前のように動かしている自分の体を大切にしているか?そして感謝出来ているか?、自分に問いかけてみた。叔母が施設で働いている事もあり、その施設へ休日にはカットに行ったり、また外出時のお手伝いをさせて貰って、車椅子の取り扱いにも慣れて来たが、外出時に浴びせられる視線が気になったりした。しかし車椅子に乗っていたご本人は「もう慣れましたよ」と明るかった。私には、計り知れない辛い思いを乗越えられて来たからこその言葉なのだと感じた。私は、懸命に自分の体と向き合い、努力を惜しまない人達から学ぶ事が多いと思った。この番組を観て改めて自分に言い聞かせた。
クリックすると元のサイズで表示します MVPに選ばれた北村投手の胴上げ。

尚、この大会は、日本身体障害者野球連盟の主催で、記念すべき第1回大会が開催される運びとなったが、大会実行委員長の、長嶋茂雄氏、(東京讀賣巨人軍終身名誉監督)、委員長代行の中畑  清氏(プロ野球解説者)、副委員長の福本  豊氏(プロ野球解説者)と立浪和義氏(中日ドラゴンズ)ら野球関係者及びスポーツ関係者のバックアップがあった事も伝えて置きたい。そして「第2回世界身体障害者野球大会」は、2009年、アメリカで開催される事が決まっている。

◎以下NHK「人間ドキュメント」公式HP
http://www.nhk.or.jp/ningen/    写真…NHKのHPより

◎お礼
いつもご来訪頂き、ありがとうございます。
12月1日に、総アクセス数が100万アクセスを超えました
今後とも、変らずご指導の程をどうぞ宜しくお願い致します。.....by hotaru.

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2006/3/24

選抜高校野球開会式とWBC世界一の余韻に思う事  WBC・ワールドベースボールクラッシック

WBC、日本チーム世界一の余韻が残る23日、第78回選抜高校野球大会が開会した。日本の野球界の将来を担うであろう選手達の活躍ぶりが、今からとても楽しみである。開会式を見ていて、印象に残った事は、岐阜・城北高校の太田選手の、選手宣誓の言葉と、愛知県立明和高校3年の古沢加奈子さんの国歌斉唱だった。岐阜・城北高校は、初出場とされているが、実は2004年から実施された、少子化に伴う県立高校の合併に伴い、藍川高校と三田高校が合併した高校で、三田高校時代には、確か2度程、甲子園へと出場している。太田選手の宣誓の言葉の中に、「…前略。この憧れの夢舞台でプレーできる喜びを全力疾走で表し、私達を支えて下さる方への感謝の気持を忘れず、多くの方に勇気と希望を与え、未来まで語り継がれる第78回選抜高校野球大会にする事をここに誓います」。とあった。凛々しくて素晴らしい宣誓だった。WBCには無かった選手宣誓…。久しぶりに新鮮な気持で聞く事が出来た。

開会式・凛々しく選手宣誓をした太田選手。クリックすると元のサイズで表示します

そして、アカペラで見事に国歌を歌いきった古沢さんは、昨年11月開催された全日本学生音楽コンクール声楽部門・高校の部で優勝したという、これもまた素晴らしい喉の持ち主だった。大学受験の終わった8日から「君が代」を猛練習する傍ら、愛知県代表の啓成高校(稲沢市)を訪れ、その練習振りを見学した。野球に懸ける同世代の若者の気持を少しでも理解し頑張って貰えるよう、心をこめて歌ったそうで、甲子園に響き渡る古沢さんのソプラノは、甲子園で戦う選手達にとって、より新鮮に、かつ神聖に、心に響いたに違いない。高校生の歌声での国歌斉唱…このような試みは、とても良い事だと思った。心が洗われるような開会式だった。更に、第一試合の兵庫・神港学園高校、第二試合の千葉・成田高校、第三試合の智弁学園・和歌山高校が、揃って完封勝ちをした。敗れた高校の選手達もひたむきだった。私はこの高校野球の一生懸命さが好きである。何となく、WBCの準決勝・決勝に通じる、野球の原点のようなものを感じた。

さて、WBCに参加した選手達が凱旋帰国し、一夜が明けた。帰国を報道するメディアでは、それぞれ特集が組まれていたが、観ていて私が思った事は、まず王監督の体調の心配だった。私のような素人が心配するのは余計ではあるが、次回からは、代表専任監督を選ぶべきでは?と、思った。主催者側も見切り発車の感は否めなかった。日本も然りであっただろう。今回は「世界の王」さんに甘えた形になってしまい、結果「王監督だからこそ」だったとは感じるが、現役の監督に”兼任”させてしまうのは、あまりにも負担が大きすぎる気がする。サッカー同様、そうあるべきだと感じたのは、私だけではないと思う。帰国後記者会見をし、そのまま福岡に移動、3時間弱の睡眠でソフトバンクのユニフォームに着替えた王監督の姿を見て、つい体調の事を懸念してしまった。そして、試合途中、怪我をした岩村選手や、川崎選手も大事に至らないように願っている。

解散前の記者会見で大塚選手・王監督・イチロー選手 クリックすると元のサイズで表示します

他には、アメリカに残ったイチロー選手や大塚選手のその後も、とても気になった。TVでは、サンディエゴのホテル前で、日本に帰国する選手達を見送る2人の姿が、写されていたが、本当に淋しそうだった。イチロー選手が「このままのチームでメジャーでやりたい」と言ったのが本音だったと頷ける。「ヤバイです」と言ったイチロー選手の目には涙が一杯だったようにも見て取れた。そして更に、私が感動したのが、大塚選手の姿だった。バスに乗る選手達と握手を交わしたのち、改めてバスに乗り込み「ありがとうございました」と全員に向って挨拶していた。世界一となった守護神のマウンドとは、一味違ったその素顔に、苦労人・大塚選手の謙虚な人柄を覗わせた。

また、大塚選手は、解散前の記者会見で、投手2人が離脱した理由に「2段モーションの禁止」と関連があるのではないかと考え「僕のフォームでも問題ない。その辺を日本プロ野球連盟にも考えて貰いたい」と再考を訴えている。エコノミークラスで移動する世界一のクローザーは、次を見据えての提案を残した。単に歓喜に酔っているだけでない、一流のプロ選手だと感じた。今後も、大塚選手を応援したいと思った。どうやら私は、レッドソックスのマイク・ティムリンにも共通するが、先発投手より抑えの選手が好きである。あの危機に集中して投球できる姿に、敬意を持つのかもしれない。奇しくも大塚選手の移籍先のレンジャーズはアリーグなので、今後イチロー選手達との対決もある。即ち、日本でのTV報道も多くなるのだ。本名の漢字が「晶文」で、TV各局のアナウンサーに殆ど「アキノリ」とは読んでもらえず「晶則」と変更したが、もう彼の顔も名前も知らない日本人は、少ない気がする。

世界一決定!ガッツポーズの大塚選手。クリックすると元のサイズで表示します 

さて、近頃野球一色で書いてきたが、既にフィギュア世界選手権は、始まっている。ペアでは井上玲奈・ボールドウィン組が4位と、過去最高の順位を記録したのに始まり、男子では、織田選手がSP2位発進。また女子の予選では、連戦で体調が心配される村主が2位、トリプルアクセル成功の期待がかかる中野選手が4位につけた。直前の荒川選手の辞退で急遽選ばれ、練習不足が懸念された恩田選手は得意のジャンプが決まらず12位となった。しかし予選は通過だ。是非持ち前のパンチの効いた滑りを取り戻して欲しいと、心から願っている。フィギュアについては、明日以降、追々書いて行きたい。
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2006/3/23

WBC…歓喜の優勝への救世主・福留選手の手記と…  WBC・ワールドベースボールクラッシック

今日は、ブログをお休みしようと思いましたが、せっかくですので、名古屋ならではの新聞記事などを紹介させていただきます。WBCのチーム作りに於いて、当初は辞退者が相次ぎ、王監督は自ら頭を下げて、依頼に周ったそうです。そんな中の1人、福留選手。韓国戦では代打で指名され、決勝ツーランホームランを打ち救世主となりました。更に福留選手は、キューバ戦でも代打で2点タイムリーを放ったのはご周知の通りです。その福留選手のコメントが、名古屋の地元紙「中日スポーツ」に掲載されていましたので、書き写します。ベンチを温め声援を送り続けた、同僚・谷繁選手を思いやり、自ら苦しい道程を歩いた選手だからこそ…の手記だと、思いました。。

クリックすると元のサイズで表示します トロフィを手に嬉しそうな福留選手と谷繁選手

 「一生、忘れられない」   −日本代表 福留孝介−

外野から走っていくのが遠かった…。皆が輪になっているのを見て、本当に世界一になったんだな。そう思えました。先発は外れてしまいましたけど、9回のいい場面に使って貰えて…。よし、抜けたッ!って思った時は、嬉しかった。 結果が思うように出せなかたという意味では、良きにつけ悪しきにつけ、凄く勉強になった大会でした。が、昨秋の段階でボクは一度、お断りしています。その理由もお話して置こうと思います。まずは、新フォームにトライしていたという事。そしてポジションへの不安でした。右翼・イチローさんは決まり。松井秀さんが有力視されていましたよね。当時ヤンキースでの松井さんには、中堅コンバート案が出ていました。となると、WBCでも中堅を守る。ボクは参加しても、不慣れな左翼か控え。選手として、そのリスクはなかなか負えないものです。

 結果として、米国代表にも選ばれたデーモン選手がヤンキース入り。松井さんのコンバート案が立ち消えになりました。この後、松井さんの辞退があり、ボクに再度、お話が来た訳です。だから、二度目はすぐにお受けするつもりでした。 出る以上、思う存分暴れたい。どのチームでもレギュラー級の選手が集まるからこそ、そう思うものなのです。ファンの方にも知って頂きたいのですが、選手が3月にチームから離れるというのは、相当なリスクです。 投手は、使用球が違う。野手は打ち込みや調整での打席の絶対数が全く足りない。特にベンチを温めた選手は、帰国後に相当なギャップがあるのは間違いない。代表という誇り、名誉を得るのと同時に、競技者としては、非常に覚悟の求められる選択なのです。

 でも、その分だけ得がたい財産があったのも事実です。メキシコが”贈り物”をくれた夜、サンディエゴ市内の日本食レストランに行きました。現地在住の日本人、出張のサラリーマン…。皆が「良かったですね」「応援に行きますよ」って声をかけてくれました。日の丸を背負ったからこそだと思うんですよ。本当にありがたかった。 ボクにとっては、3個目のメダル。そして3食揃いました。次回のWBC?3年後のボクは31才です。「その時の気持次第。今はわかりません」というのが、正直な答えです。ただ、この大会で野球が楽しみだという人が増えてくれれば…。今後の野球界がどうしなくちゃいけないか、その方向性が出てくれれば…。ボクにとっても一生忘れられない大会となりました。 …中日スポーツ誌…

表彰式後、全員での記念写真 クリックすると元のサイズで表示します

★以下は、コメント欄へ頂いた、スパイラルさんのご感想です。とても感銘を受けましたので、感謝の気持を込め、本文中に掲載させて頂きます。

王JAPANは、素晴らしい感動をプレゼントしてくれましたね。 
試合後、王監督は「日本だけでなく、世界中で野球を知らない人にも見てもらえた。<中略>これをきっかけに、子どもたちに野球をやってもらいたい。お母さん方も、お子さんに野球をやらせて欲しい」と話していました。 世界的に野球を普及させるには、まずジュニアの育成が必要な訳ですが、王監督は10年以上前にハンク・アーロンと共同で「世界少年野球推進財団」を主催しWCBF(世界少年野球大会)を毎年開催しています。口先だけの「野球の普及」を唱えるのではなく、自ら実践している王監督は「世界の王」と呼ぶにふさわしい方だと思います。

キューバのべレス監督は、記者会見の席上で日本チームに祝辞と賛辞を述べた後で「キューバチームに対するリスペクトと思いやりによって出場できた事を感謝する」「今後もこのような世界大会を開催して欲しい」と話していましたが、これも常勝キューバを率いる監督だけあって素晴らしいものでした。 また、松坂のイン・ハイに抜ける失投にバッターが避ける場面や里崎のバットがピッチャーを襲う場面はエキサイトしてしまうものですが、キューバナインは実に紳士的でスポーツマンとして一流であることを示していました。

キューバチームには賞金としてWBC収益金の7%が与えられますが、今回はWBCから得られる収入の全てを「ハリケーン・カトリーヌ」の被害に充てるよう寄付する事を条件に入国が許可されているため実質はゼロ、一方でメジャー選手会には順位に関係なく収益の17.5%が配分されるとも言われています。現時点ではWBCの収支が黒字になるかは不明ですが、何か釈然としないものがありますね。

王JAPANの優勝に寄せて… Spiral

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2006/3/22

WBC…世界一・王監督の胴上げ/対キューバ戦を観て  WBC・ワールドベースボールクラッシック

WBC、チームジャパンのキャプテン松中選手は、尊敬する王監督を「何としても胴上げしたかった」と言っていた。昨年と一昨年の王監督が指揮するプレイオフ…シーズンでは優勝をしていたにも関らず敗れてしまい、日本シリーズに進めなかった。また、日本代表チームとして松中選手は、キューバ相手にアトランタオリンピックでは決勝、シドニーオリンピックでは準決勝で破れて居り、世界一の夢は潰えていた。オリンピックやプレイオフの後には、「短期決戦に弱い松中」とまで言われて来た。王監督に恥をかかせる訳には行かない。松中選手の誓いだった。その心意気が、韓国戦での2塁に向けてのヘッドスライディングに表れ、その気合の入り方を目の当たりにした福留選手の代打ホームランに繋がった。そして決勝での勝利…宙に舞う王監督には、現役時代得た、世界一のホームランバッターの称号に、「世界一の監督」の称号が加えられた。
王監督の胴上げ   クリックすると元のサイズで表示します

また、イチロー選手も、王監督と日本野球界の為に戦って来た。振り返ると今年1月3日、母校名電高校のグラウンドに現れ、このWBCに向けて例年より早い自主トレを開始した。勝利のシャンパンファイトでは、「実は、チャンピオンになれるとは思っていなかった。皆、人間的にも素晴らしい。お礼を言うのは僕の方です」と、今回のチームジャパンのチームワークを讃えた。各チームから、日本代表選手が集まった時、個性の強い選手達に、ここまで纏まって世界一を目指せるとは、きっと野球関係者の誰もが、想像できなかったと思う。正直私も、準決勝まで行けたら…と失礼ながら、思っていた。1ヶ月のという短期間ではあったが、野球を愛する者達が集い、共に逆境を潜り抜けて来た一体感は、きっと実力だけでなく、どの国のチームにも負けなかったと思っている。
クリックすると元のサイズで表示します韓国戦、松中選手のヘッドスライディング

試合の後、アマチュア野球世界一を誇る、キューバチームの選手達が、日本チームの選手達を讃えて握手を求めて来ていた。こういうシーンは、更に胸を熱くさせる。単なる公務員、月給も日本円にして1800円のキューバの選手達は、年間90試合を国内で戦っている。メジャー選手が、年棒何億と稼いでいるのとは、桁が違いすぎるが、その野球への情熱は、どの国の選手達にも勝っている。事実、キューバについては昨日も書いたが、国際大会37連続決勝進出という戦績がそれを物語っている。野球に於いての国際大会とは、過去に開催されたオリンピック、国際野球連盟主催のW杯、インターコンチネンタルカップの3つであるが、実はキューバが決勝に進出できなかったのは、1951年のメキシコで開催されたW杯まで遡らなければならない。しかも、その大会でも3位となっているのだ。ゆえに50年以上にも渡り、野球の世界大会を支配して来ている誇りに満ちたそのチームが、日本チームを讃えてくれる姿は、ビデオで何度観ても、涙が零れた。
ティファニー製のトロフィー クリックすると元のサイズで表示します

また、決勝戦の試合前日に、キューバチームが殆ど練習をしなかった事や、記者会見もキャンセルし、報道関係者をシャットアウトした事から、結果噂ではあったが、チームから亡命者が出たとも報じられた。WBCに参加するにあたりキューバの最大の懸念は、亡命者が出る事とされていた。WBCに参加し実力を証明できた選手達には、亡命を手引きする代理人によってメジャーから誘いがかかるのは、当り前になってもいる。2次リーグ開催地のプエルトリコは勿論、アメリカでは、亡命させる絶好の機会となってしまう為、ホテルに軟禁状態とされていた。キューバチームは、国外で開催される国際大会では、常にこの環境で、戦い続けて来たのだ。私は、日本が準決勝進出が決まった瞬間、自分の中で選手の知名度が高い、ドミニカとの決勝対決を望んだ。しかし、キューバの野球について調べて行くうちに、やはりWBCが、今後も国際大会としての威厳を造っていく為には、対キューバでの決勝こそが相応しいと思うようになった。そしてそれが実現し、日本が優勝した出来た事は、野球ファンとして限りない喜びであった。
クリックすると元のサイズで表示します 日章旗を持つイチロー選手と王監督

日本に野球が伝わったのは、1872年と記されている。そしてプロ野球が発足して72年…日本が貫いてきた「投手力を中心とした守り勝つ野球」で、アメリカに追いつけとばかりにその歴史を刻んできた。今大会もアメリカのメジャー選手と対抗するには、スモールベースボールしかないとばかりに、バントや足を使った攻撃で戦って来た。キューバチームも然りであった。パワー重視だった野球が、メジャーリーグでの相次ぐ薬物騒動と共に否定されつつある中、今日の決勝戦での戦いぶりは、今後、世界の野球のお手本となる気がした。日本チームの選手達は、メジャーのイチロー選手や大塚選手と別れて、桜の開花宣言が出された東京へと22日、凱旋帰国する。

クリックすると元のサイズで表示します 世界の頂点! photo by Majar jp
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2006/3/21

WBC…王ジャパン 世界一!!!  WBC・ワールドベースボールクラッシック

クリックすると元のサイズで表示しますVSクリックすると元のサイズで表示します WBC決勝戦

王ジャパン、世界一、おめでとう!
クリックすると元のサイズで表示します  クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します

世界一へのプレッシャーとは、こんなものか。
7回、それまで鉄壁の守備を誇った川崎選手に失策が出た。
そして8回、ホームランで2得点を許し、1点差に迫られる。
流石、野球王国キューバ、何点取っても、安心できない隙の無い打線だった。

全てはこの時のために……。
「この時代、野球をしている事に運命を感じた。」
…そう言って、当然のように参加を表明したイチロー選手。
9回、ヒットで追加点に貢献した。
川崎も好走塁、ホームでブロックされるも、
右手を伸ばし、ベースにタッチしていた。1点追加。
その「奇跡の手」を球審は、見ていてくれた。

更に西岡選手とイチロー選手を塁に置き、
代打福留選手が、レフト前タイムリーヒット。
足の速い2者が生還し、2点を追加。
日本はリードを4点に広げた。
更に、犠牲フライで、三塁の松中がタッチアップで走り10点目が入った。

日本チーム優勝まで、アウト3となった9回裏、
8回のピンチに、マウンドを託された大塚投手が立つ。
登場するその時、ぺトコパークは、大歓声…
バドレス時代のテーマソングが、用意されていた。
そんな古巣の粋な計らいに、答えての力投だった。
粘りのキューバに1失点をするも、世界一までアウト1つとした。
その時、王監督も、自らマウンドに行き、大塚選手に声をかけた。
そして、最後の打者は、三振に…。

野球世界一、決定の瞬間だった!

クリックすると元のサイズで表示します

王ジャパン、おめでとう!

第1回、ワールドべースボールクラッシック。
その記念すべき戦いの優勝国として、金字塔を打ち立てた。
ティファニー製の優勝トロフィーは、太平洋を渡って日本へやって来るのだ。

キューバの選手達も、試合直後、日本選手を讃えて握手を求めた。
「出来れば、このチームで、そのままメジャーでやって行きたい」
イチロー選手は、王ジャパンメンバーのチームワークを絶賛した。
野球は、観ている者にも、感動を与えてくれる…
キューバチームの選手、日本チームの選手と関係者達、ありがとう。
やっぱり(観戦するのに息が詰まるが)野球は、素晴らしいスポーツだ。

★貴重なコメントを頂き、ありがとうございます。お返事が遅れています。ごめんなさい。
明日以降、時間を見つけてお返事致しますので、宜しくご容赦下さいませ。
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2006/3/21

WBC…決勝戦を前に、キューバ野球に思う事  WBC・ワールドベースボールクラッシック

今日は、謎のベールに包まれているキューバチームに触れながら、WBC決勝戦を前に思う事を書いてみようと思った。キューバチームについては、イチロー選手も記者会見で言っていたように、選手達の詳しいデータは、謎に包まれたままだ。この状況は、キューバがアメリカと国交を絶っている歴史上に、国技としてキューバが、小学校から大学まで必須科目に入れ、国をあげて野球選手造りをしているという背景がある。よって競技人口も多く、選手が国外に流出せず、100%国内でプレイしており、どんな選手が突出してくるかが謎なのだ。キューバの野球の歴史は、160年前に遡る。まだアメリカの統司下だったその時代に本土より普及した。その後キューバ革命、キューバ危機が訪れ、アメリカとの国交断絶と共に、経済制裁をうけた国が、貧困からの脱皮には、野球選手になる事とばかりに、ピラミッドのような野球組織を確立して行った。
ドミニカに勝ったキューバチーム。クリックすると元のサイズで表示します

そのピラミッドは広い底辺を持つ地区リーグから、国内リーグ⇒スーパーリーグ⇒と進み、そこから選ばれるナショナルチーム、即ち、キューバ代表選手が頂点となって居り、ナショナルチームクラスでは、国家公務員並の保証を受ける事が出来る。私の記憶では、2002年、その代表チームを引退後、中日ドラゴンズに入団した「キューバの至宝」オマール・リナレス選手も、国からの派遣であり、当時日本円にして600万円の報酬は国に支払われ、彼はキューバから報酬を受ける形となっていたようだ。その背景に球団側は、報酬とは別にキューバの球場改装費用を受け持ったという事情が挙げられる。リナレス選手は国会議員でもあり、キューバからの野球選手の輸出としてキューバ財政に貢献したとされていた。しかし現在のキューバの野球連盟は、選手の輸出は容易ではないと語って居り、国との交渉はなかなか厳しい。キューバの選手個人が高い報酬を求めると、元ヤンキースのオルランド・ヘルナンデス選手らのようにアメリカへの亡命しか道はなく、ボートに乗って命がけでする事になるのだ。

このように、社会主義の複雑な背景はあるが、国家の威信をかけている代表選手の誇りは高く、国際大会において、アマチュア軍団でありながら、37回連続の決勝進出を果たしたという輝かしい戦績を誇る。日本代表チームとしては、初めて全選手をプロで組んだアテネ大会の予選リーグで、キューバから初勝利を獲得したが、決勝トーナメントでは勝った事がない。明日の先発は、その貴重なアテネでの一勝を、右腕に打球を受けながらも力投して得た松坂投手だが、残念な事にその時キューバは、ベストメンバーで臨んだとは言えなかったらしい。これはキューバチームが予選リーグで落としても良いような試合には、どんどん若手を投入し、国際試合を体験させるという戦術をとる為だ。今大会も、アテネ代表を主体に、若手選手を導入したチーム作りをして来て居り、どんな選手が出てくるか?どの国も把握できていないと言われる。

また、かつてのキューバチームは、パワフルな打撃が売りであったが、木製バットに変わってからは、堅い守備と堅実な打撃を得意とするチーム作りに変更していて、バントも得意としている。これが王監督の会見で「日本チームと似ている」と言った所以だと思われる。そして、キューバの一番の強みは国際大会の履歴が物語るように、短期決戦に強い事だ。前記したように落としても良い試合は捨て、ここぞという試合はその集中力で勝ち抜いている。今大会でも韓国のように6連勝して来たという戦いぶりではなく、1次リーグでは、プエルトリコにもドミニカにも敗れている。しかし同じ相手に2度負けるという事はなく、雪辱を果たして決勝進出を決めた。日本に負けたアテネオリンピックでも、結果は金メダルを獲得しているのだ。

今大会の準決勝で、優勝候補のドミニカを降した試合後に、キューバのべレス監督は「キューバには沢山の野球選手がいる。無名だが、チームの為にプレイする集団なんだ」と胸を張り、ドミニカ戦、4打数3安打の主砲カルロボは「我々は皆アマチュア選手、国外でプレイする選手は1人もいない。だからこそ、メジャーリーガー相手の勝利は最高だよ」と、オリンピックの金メダルを超える最高の勝利だと強調した。更に2打数1安打のペレス選手も「野球は選手の値段で勝負するのではない」と涙して喜んだという。

決勝前の記者会見での王監督とイチロー選手クリックすると元のサイズで表示します

以上、かなりの強豪だが、勝つ為の死角がないわけでもない。2004年キューバチームは、国際親善試合として来日し、当時野村監督が率いていた、社会人チーム、シダックスと対戦したが、下手投げの先発・杉本投手に得点0に抑えられた。その時、べレス監督は「あんな投げ方で投げる選手はいない。打てるわけが無い」と弱音を吐いている。王監督の采配次第では、先発の松坂投手から、渡辺投手への継投リレーも考えられる。又日本が失策率は低く、守備は上回ると思われる。「韓国戦、ホームランで日本チーム打線に火をつけた福留選手や、代打でヒットを打った宮本選手が「(WBCで)他の選手が出たくなるような試合がしたかった」と口を揃えて語っていた。相手は今年になって真の国際大会となる為にとWBC参加を許されたキューバチーム。復活した王ジャパンが、史上最強のアマチュア軍団、赤い稲妻チーム相手にどんな試合内容を見せるのか?決勝戦の戦いぶり如何が、WBC大会自体の行方を示しているようで、韓国戦前の感覚とは又一味違う楽しみに、なかなか寝付けそうもないのである。

★尚、キューバの政治事情については、20日のスパイラルさんのコメントをご覧下さい。
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2006/3/20

WBC…準決勝、日本対韓国を観戦して思う事  WBC・ワールドベースボールクラッシック

日本チームを、崖っぷちから救ってくれたメキシコの国境から20マイル…普段なら太陽が燦々と降り注ぐ、ペトコパーク球場に雨が降った。巨大なシートが用意され、雨が降った場合、試合時間を遅らせてでも試合を消化する開催側の心構えが見て取れた。日本対韓国の試合開始時間になると、雨が小康状態になった。王監督は、スタートメンバーのシフトを変えて来た。ここに来て打撃不調の福留選手を外し、日本チームのリーディングヒッター、イチロー選手を3番に入れた。このシフトが吉と出るか、私は固唾を飲んで見守った。仕事は3時以降、ご予約が一杯だったが、偶々体が空いていた。ペトコパークは、とても広い球場で打球を130マイル飛ばしても、ホームランにならない。これも力のあるメジャー打者向けの球場のようにも思えた。

殊勲の上原投手と福留選手、そして名采配の王監督。 クリックすると元のサイズで表示します

試合は、やはり予想通りの投手戦となった。先発は、2004年の日米野球時に「君なら必ずメジャーで投げられる」と、あのロジャー・クレメンスから愛用のグローブをプレゼントされた上原投手だった。流石にそのグローブは、大切に自宅に保管してあるらしく、今日は、使用していなかったが、素晴らしい力投ぶりで、0点に抑え続けた。韓国チームの、あわやホームランという当たりも、上原投手の球に篭められた魂と球場の広さも手伝って、外野フライにしてとった。また、多村選手の身を呈してのファインプレイや、イチロー選手のスーパーキャッチも、上原投手を助けていた。韓国もファインプレイが続き、両者一歩も譲らぬ試合となっていた。

攻撃では、日本チームも、イチロー選手が積極的に盗塁し、ランナーをスコアリングポジションへと送るが、なかなか打線が繋がらず、私は6回まで、この打順変更が仇にならないようにと祈っていた。そして迎えた7回。主砲松中選手が、渾身のヒットを打ち、二塁ベースへ帽子を飛ばしてのヘッドスライデング…セーフの声と同時に、二塁マウンドを拳骨で叩いた。迫力があった。そして王監督は、ここで今日スタメンから外した福留選手を代打で起用。松中選手のガッツあるプレイを見ていた福留選手は、無心でバットをフルスウィングしたという。逆風にも流されない文句なしの先制ツーランホームランだった。眠っていた打線が火を吹いた。この回打者一巡の5得点。試合は日本のペースになった。

韓国チームは7回から投手を変え、松中のヒットで再び継投した。韓国3人目現ロッキーズでメジャーリーガーのキム・ビョンヒョンになった。元レッドソックスの2軍にいたキム投手は、緊迫した場面に弱い帰来があった。レッドソックスに入る前は、ダイアモンドバックスに在籍し、抑えのエースとして活躍、シリングとランデイ・ジョンソンの同僚だったが、2001年のワールドシリーズで、ヤンキースに2試合続けて逆転サヨナラ負けを喫した投手だった。ダイアモンドバックスは、結局ツインタワーと呼ばれた2人の活躍で、ワールドシリーズを制覇したが、キム投手は解雇された。その記憶が蘇った時、精神的な弱さが出れば、これは行けるかもしれない…と思った。そこで福留選手のホームランだった。

また、試合前のインタビューでは、大塚選手の言葉が印象深かった。「ここは、とにかく、投手に有利な球場です。…中略…ナイターだと特に飛びません。恐れずに攻めて行くべき。そして僕につなげて欲しい」。グラブに小さな日の丸を縫いつけて臨む大塚選手は、このペトコパークでパドレスの守護神として2年間プレーした。今年移籍になった新天地レンジャーズのキャンプ地より、WBCを選んで参加した。しかも渡米直後には、そのキャンプ地を訪れ、挨拶をして来ている。けっして礼儀は忘れていない炎の守護神、大塚投手だった。誰もが大塚選手が移籍と聞いた時、彼の34才という年齢もあり、辞退するのか?と懸念しただろう。しかし、彼は自らの野球生命をかけてでも、日本代表のユニフォームを着てくれた。私は本当に頼もしく思った。その大塚投手が、勝利投手となった。マウンドでガッツポーズをし、選手一人一人と抱き合う姿は、観ていて感動の涙が零れた。

そして途中、雨が激しくなり試合が中断したが、その時、球場のスクリーンには、王監督のホームラン世界一の記録達成シーンが流された。誰が用意していたのだろう?私には知る術もないが、「世界の王」に対する最大の敬意だと嬉しかった。試合後、韓国のパク・チャンホ投手(決勝時の登板予定だったらしい)は、「日本チームは素晴らしい。是非優勝して欲しい。日本チームには友達がいる、イチローとアキ(大塚)がいるから応援するよ」と答えたと言う。そういえば昨年12月、パク投手が東京で行った結婚披露宴で同僚だった大塚選手は、友人代表のスピーチをしていたのだった。
パドレス時代の大塚投手。 クリックすると元のサイズで表示します

どうしても国別対抗となると、国と国との歴史的関わりや政治問題も絡み、観戦する者達は、互いに相手国を憎みあったりしてしまいがちだ。だが選手達は、思いの他純粋で、同じ野球を愛する者として、友情を深めあったりしているのだ。実際にドミニカと対戦し勝ったキューバも、反米的な発言を期待したマスコミに反し「アメリカと試合したかった。彼ら(メジャー)の野球は素晴らしい」と讃えていた。相手に敬意を払う事、これが本当のスポーツマン精神だと感動した。今回のWBCは開催国アメリカでさえ「エキシビション」の認識に近く、組み合わせ等も抽選を取り入れる事もなく一方的なルールで実施されたと言えよう。今後改善すべき課題は多々あると思うが、選手達の直向なプレイはやはり感動をくれる。この大会が本当の意味で「権威ある戦い」になる事を願ってやまない。
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2006/3/19

WBC…王ジャパン韓国を破って決勝進出!!  WBC・ワールドベースボールクラッシック

王ジャパン、決勝進出おめでとう!!!  

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初回から続く、イチロー選手の気迫のヒットと盗塁。しかし互いに好守備に阻まれ、得点無しが続いた。そして運命の7回、松中選手のツーベースを皮切りに、代打、福留選手、起死回生のツーランホームラン。里崎、ツーベース、イチローヒットで、代打宮本もヒットで得点を重ねる。
そして、4回の裏、超ファインプレイでファイトを見せた、多村も8回ホームラン……
王ジャパンのサムライ達のバットが、上原投手の好投に答えた。

上原投手は、国際試合21試合、負け無しの勝負強さを見せてくれた。
投手は、薮田が引継ぎ、9回裏は、大塚投手が韓国打線を抑えた。
まさに、今までの試合での鬱憤を、吹きか飛ばすような日本チームだった。

クリックすると元のサイズで表示します 日本チーム勝利の瞬間!


☆お断り…詳細と感想は、また、今夜UPします。私も仕事、頑張ります。
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2006/3/19

WBC…対韓国戦を前に…そして、スポーツ雑感  WBC・ワールドベースボールクラッシック

『野球は言葉のスポーツ』(中公文庫)の本の中に、哲学者、ジャック・バルザンの「アメリカの心を知りたい者は、野球を学ぶと良い」という言葉がある。1845年、ニューヨークで銀行員をしながら、消防団に属していた、アレクサンダー・カートライトが、消防団の訓練とリクレーションを兼ねて、ヨーロッパのタウンボールという球技のルールを変え、編み出したベースボール。それから160年の間に、アメリカ国民が大事にしてきた「アメリカン・ドリーム」「フェアプレー」「挑戦への意欲」etcが、野球の中には伺えるからだろう。

◎当ブログ内で、アレクサンダー・カートライトについて書いた頁。
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20051123/archive

このWBCに於いてアメリカは、オリンピックとは違い、メジャーリーグの最強とも言われるメンバーを揃えて来た。にも関らず準決勝に進めなかった。「野球=アメリカの心」として過去の選手共々大切にしてきたものが、色あせてしまったように思えた。それは、まず、審判による相次ぐ不可解な判定が1番の原因といえよう。しかし、考えてみるとアメリカの選手達には、全く関係の無い話で、むしろ、このアメリカ寄りの審判の判定で、批判を浴び、アメリカ選手のモチベーションが下がってしまったようにも感じた。アメリカは勝って当り前。という奢りがあったのかもしれない。しかし夢は潰え、アメリカの選手や関係者、そしてファンには、苦い選手権になった事だろう。

メキシコに負け、呆然とするアメリカチーム。クリックすると元のサイズで表示します 
アメリカチームのいなくなった準決勝だが、ドミニカ共和国対キューバでは、キューバの応援団は、アメリカ国内に入国できない。アメリカの経済制裁が続いており、選手も参加出来るかどうかも、決まるのに時間を取った。キューバは恐らく、自国の応援団無しで戦う事になるだろう。また、ローテーションの都合で、日本対韓国は、どうやら例のボブ・デビットソンが塁審を務めることになりそうだ。疑惑の判定で、結果、選手は傷つき、苦い思いをさせられたアメリカだからこそ、公正で、そして堂々とした、本来の良き「アメリカの心」で、このWBC初の大会を最後まで守り立てて、次回に繋げて頂きたいと願っている。
ペコト・パークの球場の特徴を確かめながら、練習するイチロー選手クリックすると元のサイズで表示します

さて、近頃の私は、スポーツ開催が目白押しで、「まるで(売れない)スポーツ記者と化しているみたい」というメールを頂いている。申し訳ないが、まだまだ、この時期、スポーツから目が離せないのだ。パラリンピックも、いよいよ、明日閉会式であるが、日本選手主将、大日方選手が、大回転で金メダルをとり、既に獲得した銀メダル2つに加えた。彼女は、障害者スキーのスポンサー獲得の為に、メダルに挑み続けている。まだ最終日、得意の回転に金メダルの期待がかかる。そして春の選抜高校野球も始まるし、カーリング高校選手権も始まった。スポーツ観戦好きの私には、それらの経過を追うだけでも忙しいのである。そして来週末には、フィギュア世界選手権が控えている。既にフィギュアの選手達はカナダに入り調整をしているようだ。民放だがTV放映もされるようで、楽しみにしている。
卒業証書を持ち嬉しそうな真央選手 クリックすると元のサイズで表示します

そんな中、スロベニアの世界ジュニア選手権から帰国した、浅田真央選手が、1人で卒業式をした。同級生に遅れての巣立ちとなったが、卒業証書を手に嬉しそうだった。中学時代の思い出として1番の思い出は、スケート関係の話でなく、「修学旅行に行ったディズニーランドだった」と答えた。でも、「記者に囲まれても上がらず話せるようになった」とも言い、その度胸に?磨きがかかったとも思わせる発言もあった。中京高校の入学式の前には、姉の舞選手と共に、3月31日の中日対広島の開幕戦の始球式を勤める事もあり、「父親とキャッチボールをしてその日に備えている」とも語った。

正に旅立ちの春である。この春、多くの人が大志を抱いて新しい道を歩き始める。再び話は戻って、明日の日本対韓国戦。新しい扉を開くのは、どちらのチームだろうか?いずれにしても、後味の良い試合をして貰いたい。勿論、日本チームが勝ってくれれば、言う事はないが…と、ブログを書いている途中、残念なニュースが入った。韓国チームの朴明桓投手のトーピングが発覚したそうだ。日本には良い言葉がある。「正々堂々」と誇りを持って戦って欲しい。

◎箸休め
先日14日、未来の夢がプロ野球選手という、5才のコウキ君から、ホワイトデーだからと花束を貰った。大人になったら、プロ野球選手になって私をお嫁さんにしてくれるそうだ。とても待てないなぁ、と思いつつ、その5才の彼は元ロッテで投手をしていた人の甥にあたる為、その遺伝子を考えると野球選手という夢は実現可能かもしれない。その時、私は何をしているのだろう。余りにも先の話で想像すら出来ないが、ただ1つ間違いない事は、やはり何らかのスポーツを応援して見ているだろうという事だ。
5才の王子様から貰った花束(マクロ撮影)クリックすると元のサイズで表示します 
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2006/3/18

WBC…不死鳥・王ジャパン甦る。メキシコがアメリカに勝利!  WBC・ワールドベースボールクラッシック

メキシコが、アメリカを破った。aoiさんという方がブログで実況をしていてくれるので、仕事で手が空いた時、彼女のプログへ行って驚いた。何と既に試合は9回に入り、メキシコがアメリカに勝っていた。最後はメキシコがWプレーで勝利を決めた。信じられなかった。まるで夢を見ているようだった。王監督も、韓国に敗れた時点では、日本が準決勝へ行ける確率は、「1%しかない」と言い、イチロー選手は、その夜、「酔って荒れました」と記者会見で公言していた。ベットの上に倒れこんだまま眠ってしまったそうだが、イチロー選手の野球人生の中で初めての事だったという。それ程に、失意が大きかったのだ。王監督は、その会見でこの与えられたチャンスを、素直に喜び「韓国に3度負ける事は許されない」と気合を入れていた。

イチロー選手のチームジャパン姿がまた見られる。クリックすると元のサイズで表示します

実際、メキシコとアメリカの試合経過をネットで見てみると、3回、メキシコのバレンズエラ選手のポールに当たったHR制の当たりを、塁審をしていたあのアメリカ戦で、不可解な判定をしたボブ・デービットソン審判が、2塁打と判定していた。後に、ニュースで流れた映像では、メキシコチームが、「ポールの黄色い塗料のついたボール」を見せてまで、HRだと主張していた。しかし、「私がルールだ」と言わんばかりのデービットソン審判は、判定を変えなかった。誰もが感じた事だが、この疑惑の判定が、2次リーグ敗退が既に決まっている、メキシコチームを本気にしてくれた気がする。その後、打席に入ったカントゥ選手がヒットを打ち1点を入れる。

そして5回、走者を塁に置いて再びカントゥ選手は、ショートゴロながらも1打点を叩き出した。これが決勝打となり、メキシコは、アメリカに2対1で勝った。アメリカ打線は、メキシコの鮮やかな8名の投手の継投に1点止まりだった。昨季、メジャーで117打点をマークした殊勲のカントゥ選手は「メキシコにも、才能ある選手が居ることが、今夜の試合結果で証明された」と胸を張った。アメリカチームの夢を潰えさせた、メキシコチームを率いるエストラダ監督は、あの打球について「私にも他の皆にも、本塁打に見えた。そう見えなかったのは審判団だけだ」と皮肉った。
アメリカに勝利し喜ぶメキシコチーム。クリックすると元のサイズで表示します

アメリカ戦では、そのデビットソン審判に、辛苦を舐めた日本チームだったが、やはり野球の神様は存在した。何と日本とアメリカの失点率差はわずか0・01だったのだ。星野さんも、自らのHPに「野球の神様はちゃんと見ていてくれた」と、書かれている。私は前の投稿でも書いたが、この大会が「MLBによる、MLBの為の大会である」という如く、ルールの曖昧さも多々あった。まず、韓国戦の前に日本の関係者が、2勝でチームが並んだ場合を想定して、主催者に、その順位付けの基準を再三確認しようとしたが、2次リーグ1組責任者のグラジオーラ技術委員に確認できたのは、プレーボールの1時間半ほど前だった。それまでは、当該チーム間の(1)勝敗(2)失点率(失点を守備イニングで割る)(3)防御率(4)打率、最後は(5)くじ引きの順で、決めると発表されていた。

しかし、試合前になって分かったのは、3チーム中2チームの失点率が同じ場合は(3)防御率ではなく、(1)当該2チームの対戦成績で順位を決めるという事だった。これは、順位決定のルールまで、直前に変更されていたかのように受け取れた。試合開始直前まで、出場チームが、順位決定方法を知り得ないようでは、権威ある国際大会とは、とても言えない。また、私の知る範囲では、予選リーグが2つあった場合、準決勝の組み合わせとして1組1位対2組2位、2組1位対1組2位と、組むものだと思っていた。これは私見にしか過ぎないが、アメリカが勝ち進むと想定して、決勝まで南米の強豪チームと、当たらないように配慮されたシフトでは?と思った。日本にとっては、リベンジの機会を持てて、幸運かもしれないが、準決勝までに、日本が韓国と3回も試合をするのは、不思議な感覚がしている。

とにもかくにも、日本は崖っぷちから這い上がれた。命綱は切れていなかったのだ。国を背負って戦う事、その重みを悔しさと共に1番感じたはずの日本チームの選手達…。イチロー選手の気迫を手本とし、このチャンスを是非、勝利へと生かして欲しい。ワールドベースボールクラッシック…。「野球の世界最強を決める大会」という目的の元、発案された。だが、開催するにあたり、その時期を始め様々な壁があり、辞退者も相次ぎ、大会自体の価値がなかなか認められなかった。だが、日本に於いては、日本チームの逆境が続いたからこそ、注目度も上がったように思う。後は日本チームが主役となる番だ。どんな物語も、逆境から這い上がり、栄光に輝くストーリーこそが、最も美しい。

★星野仙一氏のコメント
「野球の神様はちゃんと見ていてくれる」
http://hoshino.ntciis.ne.jp/

★メキシコ対アメリカ戦
◎ヤフースポーツナビによる実況。
http://live.sports.yahoo.co.jp/sportsnavi/171_wbc.htm

◎私はここで、メキシコの勝利と日本の準決勝進出を知りました。
声が聞こえてきそうな、リアルな実況と結果は、aoiブログで…。
http://bostonredsox.blog56.fc2.com/
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