2006/7/4

W杯…去った「敗者の勇姿」と準決勝、ドイツ対イタリア戦を前に  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

イングランドがPK戦で破れた瞬間、DF、ジョン・テリーと、同じくDFのリオ・ファーディナンドが泣き崩れた、特にテリーの涙には、私も貰い泣きしてしまった。準々決勝のイングランド対ポルトガル戦は、ポルトガルのFWデコが出場停止になっており、圧倒的にイングランドが優勢と見られていた。ところがイングランドも怪我で戦列を離れたオーウェンの分も期待を担い、骨折から復帰したルーニーが、後半16分、ボールを競り合ったポルトガル、リカルドカルバリョの絡んだ足に、感情が抑えられず股間を踏みつけてしまった。BSの生放送の角度では、何が起こったか判らなかったが、違う角度で映されたスローでは、その様子がはっきりと、観て取れた。そして一発レッドカードで退場。只でさえワントップの布陣を敷き手薄なフォワード陣に大きな穴を開けてしまった。結局この退場劇が最後まで響き、イングランドのターニングポイントとなった。
クリックすると元のサイズで表示します 泣き崩れるテリーとファーディナンド。

ベッカムを負傷で欠き、更に1人少ない10人のイングランドは、必死に走って自陣の前に戻り白い壁を作り続けた。そして、延長戦を含む59分、執拗に攻め入るポーランドに、遂にゴールを割らせなかった。防戦一方のイングランドは、PK戦持ち込む作戦に出ていた。しかしそのPK戦で、イングランド屈指のキッカー、ランパード、ジェラード2人のPKは、ポルトガルのGKリカルドに止められ、イングランドのGK、ロビンソンは豊富な国際試合経験を生かせず、一度もPKのシュートを止めることは出来なかった。ロビンソンは恐らく延長戦中、シュートの嵐を止め続けた為、延長戦が終わった途端に張詰めていた糸が切れてしまったような気がした。このように延長戦の30分間は、イングランドDF陣にとって過酷な時間だった。特にテリーは、足に溜まった乳酸値も限界を超え、足が攣って、ピッチの外に出てストレッチをして戻る程だった。膝をアイシングしながら外から見守るベッカムの瞳にも、悲壮感が漂っていた。

その光景は、まるでデジャブーのようだった。遡る事8年前の1998年のフランス大会。決勝Tの一回戦で、イングランドはアルゼンチンと対戦した。当時のベッカムの蹴り出すクロスボールは、「Devil Cross」と呼ばれ恐れられていた。そのベッカムを徹底してマークしていたのが、アルゼンチンの雄、シメオネだった。執拗に繰り返されるタイトなチャージに、苛立ちを抑え切れなくなったベッカムは、倒された瞬間、後ろ蹴りをする報復行為に転じ、一発退場となった。そして同じように延長戦でも決着がつかず、PK戦で破れた。敗退後「全ての責任はベッカムの愚行にある」とイギリスメディアは、「10人の獅子と1人の愚か者」とバッシングした。ベッカムは当時の事を「あの頃は辛かった。正直、選手生活にピリオドを打つことも考えた。」と語っていた。

ベッカムは、その後、精神と技を鍛え上げ、イギリス国民の信頼を勝ち取り、現在キャプテンの地位を得た。恐らくW杯は最後になるであろうベッカムの目に、ルーニーの姿は如何に写ったのであろうか。1人の愚かな行為が、チーム全体に負荷がかかってしまった。歴史は繰り返すというが、改めて、サッカーのゲームはどれだけ優秀なストライカーでも、1人ではプレー出来ない…チームワークの上にあってこそ初めて成り立つ…という事を考えさせられた試合であった。
試合終了に呆然とするロナウジーニョ。 クリックすると元のサイズで表示します

一方、ブラジル対フランスも、フランス大会決勝の再来のような試合となった。過去最高とも言われるスター選手を揃えたブラジルだったが、フランスのジダンを筆頭にしたチームプレイの前に、枠内シュートは後半ロスタイムに入ってからの1本だけと、無残にも敗れ去った。フランスは、この大会を最後に引退宣言をしているジダンの花道飾ろうとしているかの如く、チームは一丸となっていた。貴重な得点は、後半12分、ジダンからのFKから…回転をかけたクロスが山のような弧を描いて、ゴール前の密集を越えて反対側に飛んだ。そこにタイミングを合わせて滑り込んだアンリがと右足ボレーを決めた。結果この得点が決勝点となり、ジダンをコンダクターとしたフランスの組織的サッカーが、ブラジルの個人技サッカーの限界を上回ったのだ。試合後、ブラジルの選手に涙は無かった。ただ呆然と引上げるロナウジーニョの姿が印象的だった。また、先の試合になるが、ドイツ戦で、出場する機会なく破れたアルゼンチンのメッシの項垂れた肩をそっと叩いて励ましていたのはドイツのクリスマン監督だった。それは敗戦の後の重苦しい映像の中、そこに一輪の花が咲いているような光景だった。
クリックすると元のサイズで表示します ウクライナ戦でのトニーとトッティ。

さて、いよいよ準決勝の時間が近づいている。まずはドイツ対イタリア。イタリアは今大会、オウンゴールの失点だけで、相手チームのシュートを一発も決めさせていない…これはイタリアの「カテナチオ」(閂…かんぬき)と呼ばれる鍵のかかった鉄の扉のようなディフェンスが伝統とされている所以である。この鉄壁のディフェンスに故障明けのトッティの復調、そして遅咲きのトニの復活が加わりアズーリ(イタリアチームの愛称)イメージを伝統の堅守+攻撃的なイメージに進化させつつある。更に先月26日に自殺未遂をした元イタリア代表、ペソットを励ましたいと、選手達の士気も上がっているという。地元の利を追い風にし、得点王を狙うクローゼのシュートが、イタリアのカテナチオのかかった扉をこじ開ける事ができるのだろうか?今夜は早く寝て、早朝からしっかり見届けたいと思っている。
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2006/7/1

W杯、ドイツ対アルゼンチン戦を観て…死闘の末のPK戦に思う事  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

壮絶な試合だった。1対1のまま延長戦も両雄譲らずPK戦に突入した。観ている私の方が胃が痛くなりそうで、どちらのチームにも勝たせたい気持になった。延長戦を終えた時点で、両チームの選手は、精神的にも、肉体的にも限界を超えている気がした。PK戦に向け各選手が精神統一する中、ドイツ側では、控えのカーンが、先発GKレーマンに声をかけ励ましていた。そして強く握手をしレーマンを送り出した。それは、観ていて実に美しい光景で、私の胸が熱くなった。いよいよ運命のPK戦が始まった。
クリックすると元のサイズで表示します 最後まで、正GKの座を競ったカーンとレーマン

1本目はドイツ⇒ノイヴィル、アルゼンチン⇒クルス共にゴールを決め、ドイツ、2本目は、足を痛めているバラックが蹴った。魂のこもったキャプテンの蹴ったボールは、ゴールネット中央やや右上を揺らした。そしてアルゼンチン、アジャラのシュート…レーマンは左横に反応してセーブ。ドイツサポーターや選手達から歓声が上がった。3本目は、ドイツ、ポドルスキが決め、アルゼンチンは、マキシロドリゲスが蹴り、レーマンの指先をかすめるもインゴールした。そして運命を分けた4本目…。ドイツは、バラックの控えとしてプレーしてきたボロウスキだった。軽い助走から蹴り出したボールは、ゴール右下に吸い込まれた。その後、アルゼンチンのカンビアッソが蹴ったボールは、レーマンが好セーブ。アルゼンチンの2本のPKが、レーマンによって阻止された…。ドイツが準決勝へと一番乗りした瞬間だった。
 PK2本を止めドイツ勝利に導いたレーマン。 クリックすると元のサイズで表示します

前半は圧倒的ボールの支配で、アルゼンチンが優位に立っていた。パス回しには余裕さえ見え、ドイツの選手には硬さを感じていた。アルゼンチンは、チームの心臓部分とも言われるリケルメが、圧倒的なボールキープ力を生かし、次々とパスを送りチャンスを作り出していた。しかしドイツも懸命のディフェンスで自陣に攻め込まれるも、アルゼンチンになかなかシュートを打たせなかった。ドイツもセットプレーで得点するチャンスもあったが、決定打に欠け、スコアレスで折り返した。ゲームは、中盤でのボールの奪い合いから、両チーム共、ファウルを連発する激しい試合となっていた。
クリックすると元のサイズで表示します 今大会、5得点と得点王を狙う、ドイツのクローゼ。

そして後半4分、アルゼンチン、リケルメのコーナーキックがゴール前へのクロスで入り、アジャラがヘディングシュート。ボールはゴール右隅に決まり、アルゼンチンが先制した。ドイツも後半35分、クローゼの得点王トップに立つシュートで同点に追いついた。死闘の末、延長に入った。延長戦は、互いにシュートを打ち合う展開になったが、両チームとも追加点を奪えないままPK戦へ突入した。アルゼンチンは、先発のGKアボンダンシエリが交錯した際、負傷してしまい、後半26分担架で運び出されるというアクシデントに見舞われた。結局、レオフランコと交代せざるを得なくなり、交代要員のカードを使いきってしまった。アルゼンチン次世代のスターと、期待のフォーワード、リオネル・メッシの姿が観られなかったのがとても残念であった。メッシには、小柄な体型をカバーできる程により一層強くなって、4年後のW杯のピッチに帰って来て欲しいと願いたい。

◎箸休め
先日の泥棒騒ぎ…。ご心配をおかけしたが、どうやら工具など何点か盗まれていたらしい。
犯人立会いの元、現場検証を終えてやって来た父の言葉に、私は、またまたがっくり来てしまった。

私 「盗られてても何が失くなったか、分からなかったんだね」
父 「毎日使うもん(物)じゃないで、分からんかったわ」
  「箸や茶碗を持ってってくれりゃ、気がつくけどな」
私 「。。。。。」

いくら間抜けな泥棒でも、箸や茶碗を盗むなんて有得ないだろう。黄金の箸と茶碗でも使っていない限り…。父は、警察官にも、そう答えたらしい。きっと呆れられただろうなと思いつつ、その場に立ち会わなくて良かったと、私は胸を撫で下ろした。目出度し、目出たし?。
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2006/6/30

東西の力を集結し、32年ぶりの主催国優勝へ…W杯・ドイツチーム  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

1974年W杯、西ドイツ大会は…開催国、西ドイツの優勝も語り継がれているが、当時「鉄のカーテン」で、断絶していた冷戦下の東西ドイツが対決をした、最初で最後の大会としても記録に残っている。それは、民主化の波が押し寄せ、「ベルリンの壁」が崩壊する15年前の事であった。その年が明けたばかりの1月5日、ワールドカップの組み分け抽選者に選ばれた、ベルリンの聖歌隊に所属していた11才の少年、デトレフ・ランゲ君がひいたボールは、運命の対決を演出した。当時41ヶ国で実況放送され、約8億人が見守る中、一次リーグ1組に、東西ドイツが組み込まれると、会場にはどよめきの後、歓声が巻き起こり、世界中には衝撃が走った。
クリックすると元のサイズで表示します 32年前優勝の西ドイツ・ベッケンバウアー

そして迎えた6月22日、ハンブルグのフォルクスパルク・スタジアムは、6万人の大観衆を集め、東西ドイツの戦いとなった。サポーターの殆どが西ドイツ側で、誰もが2年前欧州チャンピオンに君臨した、西ドイツの勝利を疑わなかった。当時東ドイツのエースだった、ユルゲン・シュパルバッサーは、当時を振り返ってこう語っている。「社会主義対資本主義という政治的な構図を背景に騒がれていたし、僕達も負けるわけには行かなかった」。スコアは0対0のまま、前半を終え、観客からは西ドイツに対するブーイングが大きくなりだした。そして後半開始8分後、東ドイツGKから送られたボールでのカウンターアタックから、シュパルバッサーがシュートを決めた。シュパルバッサーはピッチの上で、でんぐり返しをして喜んだという。

しかし、東側の駆けつけた2500人の観客は、喜びを分かち合う程のサッカーファンではなかった。シュパルバッサーの回想によると、東ドイツは、ドイツ社会主義統一党の仕切りで、西ドイツに亡命する事のない模範的な市民のみを送り込み、普段はサッカーとは何の関係もない人達だったという。結果スコアは、1対0のまま、東ドイツが歴史的勝利を挙げた。シュパルバッサーがロッカールームに引き上げる途中の通路で、西ドイツのパウウル・バドナーが待っていて、ユニフォーム交換を申し出た。続いて他の選手達も東ドイツのロッカーにやって来て、脱いだばかりのユニフォームが積まれた洗濯籠を指差し、交換を提案した。同じドイツ人として、政治的背景を乗越えた、スポーツ選手ならではの友好の儀式だった。
キャプテン・バラックとチームメイト。クリックすると元のサイズで表示します

この試合を契機に、西ドイツは、キャプテンのベッケンバウアーを事実上の監督とし、戦略を練り直して決勝トーナメントで勝ち進み、遂に7月7日、オランダとの決勝で勝利し、W杯の頂点に立った。ベッケンバウアーはカイザー(皇帝)と呼ばれ、その後のサッカー界に選手として、監督として様々な形で君臨し続ける事になる。尚、このW杯で、西ドイツが敗戦を記したのは唯一、東ドイツだけだった。ベッケンバウアーとシュパルバッサーは、今も交友関係を続け、今大会、大会組織委員長として活躍が光るベッケンバウアーから、開幕戦のドイツ対エクアドルのチケットが届いたそうだ。

当時から選手達に壁はなかった、しかし、東西ドイツ統一後、現在も東側の貧窮は続いている現状は否めない。BSの特集でも観たが、東側でプレーする選手達は、プロとは名ばかりでギャラも安く、雪が降っても除雪設備が無い為、自ら雪かきをしてグランドを整備しなければならない。そんな恵まれない環境下でも、東ドイツ式英才教育を受けた選手が育ち活躍している。今大会、ドイツのキャプテン、ミヒャエル・バラックもその1人だ。シュパルバッサーは、バラックら東側出身の選手の活躍に自信を深め、来春自らが学んだ東ドイツ式のカリキュラムを土台に、6才から14才までのサッカーの英才教育をする『ユルゲン・シュパルバッサー・スポーツ学校』をベルリンで開校し、若年層の育成に力を注いで行くという。

「東側出身のキャプテンだからこそ、意味がある」…。ベッケンバウアーは、そのプレーの類似性から、「小皇帝」とも呼ばれるバラックに、大いに期待を寄せているそうだ。前回大会の決勝戦では、バラックの出場停止もあり、ブラジルに敗れた。だが、今大会は地元の利も生かして、充分優勝を狙える位置に来た。まずはアルゼンチン戦。厳しい内容にはなるだろうが、東西の力を集結したドイツチームに死角はあるのだろうか。バラックをキャプテンとするドイツチームは、東西出身の2人の先輩に見守られ、32年ぶりの優勝へ…ドイツ全国民共通の夢…頂点へと、今駆け上がろうとしている。
クリックすると元のサイズで表示します 2002年決勝後、カーンのこの姿が目に焼きついた。

◎追記
ドイツと言えば、GKのオリバー・カーンと印象付けられた前回大会…。今季カーンは、正キーパーの座をレーマンに明け渡している。正GKで無ければ代表を降りるのでは?と懸念されていたが、28日に開催されたドイツサッカー協会の記者会見の様子が報道され、そんな杞憂を一蹴した。カーンは、自らの口で、正GKレーマンを賛辞し、インテリジェンスに溢れた質疑応答をした。そして、裏方でもチームに貢献できる喜びを述べチームワークに徹する内容だった。その姿は、これまで強烈な自己主張を繰り返し物議を呼んできたカーンとは別人だったという。自身が負けた相手を讃える潔さ…。ドイツ国内ではカーンに対する敬意も広がりを見せているそうだ。マイナス経験を心の余裕に成長させたカーンの姿から、私達も学ぶものが多い気がした。

◎参考
サッカーキングNo32/朝日新聞社・中日新聞6月30日紙面より
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2006/6/29

W杯、8強出揃う…トッティやジダンの活躍に思うこと  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

ワールドカップも大詰め…『ドイツ、アルゼンチン、イタリア、ウクライナ、イングランド、ポルトガル、ブラジル 、フランス 』と、8強が出揃った。見渡せば、過去のW杯で優勝した国の全7ヶ国中、ウクライナを除いた6ヶ国がその名を連ねていた。今大会で国家独立後、初出場で8強入りをしたウクライナ以外は、各組シードされた国が順当に勝ち上がった。伝統とは由々しきものだと痛感した。初出場のウクライナは、90分+30分の死闘の上、PK戦でスイスに勝った。一次リーグから、全ての試合を無失点に防いで来たスイスも、PK戦になった時、チームの若さが露出したのか、3人蹴っても、誰一人としてゴールネットを揺らす事が出来ず、敗退してしまった。
クリックすると元のサイズで表示します ロスタイムにPKを決め、このゴールを
「10ヶ月の我が子に捧げる」と指しゃぶりをして見せたトッティ。


反対に、8強に残ったW杯優勝経験を持つ伝統のある国々では、ベテランの域に達した選手の活躍も光った。中でも私の印象に残っている選手は、0対0のまま、あわや延長戦かと誰もが思った後半ロスタイム、PKを見事に決めたイタリアのトッティ…。酷暑の為体調を崩しながらも、絶妙なフリーキックを決めたベッカム…。華麗なドリブルが復活したポルトガルのフィーゴ…。そして駄目押しのゴールを、自らの足で叩き出したフランスのジダンだった。更にトッティとジダンはお互い、前回大会では苦い体験を持っていた。そして、トッティは今年2月に右足首を骨折し、今もまだボルトが8本入ったまま、5月になって、ようやくピッチに立てるようになったばかりだという。

また、ジダンは、前回大会の直前、韓国との親善試合で怪我をしてしまい、殆どの試合に出ることが出来なかった。その悔しさを胸に抱えたまま、体力の限界を感じ、2004年にはフランス代表から退く決意をした。しかし今大会への予選となった各試合で、アンリ、トレセゲ、ビエラのスター選手らが上手く機能せず、苦戦が続き、ジダンが呼び戻された。母国の為に代表入りするも、ジダンは今大会終了後の引退を表明している。そんなジダンだが、決勝Tの対スペインの試合では、1998年フランス大会での活躍を彷彿させるような動きだった。失礼ながら、ジダンの勇姿を観られるのは最後かもしれない?と思っていた私の推測を打ち砕くように、ゴールアシストをし、更に相手をかわす見事な足技から、シュートを繰り出し得点した。チームメイトもジダンの花道を飾る如く、一致団結していた。ベテランを守り立てるチームワーク…。このような光景を見せてくれるW杯には、やはり、心動かされるものがある。準々決勝は、6月30日から…。好カードが続き、そこにまた新しいドラマが待っていると思うと、既に今から、ときめいてしまう。
ゴールを決め祝福されるジダン。 クリックすると元のサイズで表示します

一方、今大会では、試合後、監督のインタビューを聞いたり、記事として読んだりしていると、(当たり前だが)負けた国に限って審判への苦情が目立った気がした。最近ではポルトガル対オランダ戦で、16枚のイエローカード、4枚のレッドカードが乱れ飛び、オランダの監督は「1分間事に試合の流れが止められ、ペースを乱された」と、主審のロシア・イワノフ氏を批判した。更にこれを受けて、FIFAのブラッター会長が、迂闊にも「審判にイエローカード」発言をし、その後の審判ぶりに影響が懸念された。中日スポーツコラムにも、書かれていたが、私も審判を非難するより、まずは選手にフェアプレーを、呼びかけるべきだと思った。

以下「会長こそイエローです。」中日スポーツ記事より引用。
『…前略。問題は責任のある立場人物が、配慮を欠く発言で現場の混乱を招く事だ。確かにイワノフ主審は激戦のあまり、途中から試合の制御を欠いた場面はあったが、あくまで基準に従った忠実な判定を下していた。…中略…。今大会の審判団は、周到な準備を重ね、過去の大会を上回るレベルで判定を下していると見られる。世間の反響に迎合するような不用意な判定で、批判ばかり浴びては、審判の立つ瀬が無くなってしまう』ケルン・時事通信。

さて、審判としてW杯に出場している上川氏と広嶋氏らは、一次リーグで、2試合を担当した以降は、控え審判となっていた。FIFAは、28日、この先笛を吹く可能性の無い、帰国審判を発表する。今後の日本サッカー界の為に、例え控えであってもドイツに残り、審判の立場として、生で試合を観て来て欲しいと願っている。

◎箸休め
W杯を観ている私の影響か、しっかりサッカー通になったつもりの父は、28日の夜、BSで放映された、『フーリガンを防げ!ドイツミュンヘン』という番組を観ていた。そして一言。「ヨーロッパのサッカー場では、フリーターが発炎筒を炊いたりして暴れるらしいなぁ。警備も大変やなぁ」と言った。私は「フリーターじゃなくて、フーリガンって言うんだよ」と言ったが、番組の中で「フーリガンの根底には、失業問題や人種差別などがある」と報道していた為、「失業問題」だけが更にインプットされたようで「サッカーが好きやったら、フリーター問題も知っとかななぁ」と、説教気味に駄目押しされた。もう1度訂正したが、最後まで父は、私が間違えている…と思ったままだった。流石の私も諦めたが、毎日のように、本宅にいる犬の散歩に行ってご近所さんと、サッカー談義をしていると聞き、明日の話題が心配になった。誰か父の間違いを正してくれる人は、いないだろうか…。


★上川氏らは、審判団23チーム中の12チームに選ばれ、控え審判として残る事になった。名誉な事と讃えたい。(6/29)
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2006/6/27

W杯、イングランド対エクアドルを観戦して…DF・ジョン・テリー  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

イングランド代表、DF・ジョン・テリー。私が彼の名前を脳裏に刻みつけたのは、6月15日の一次リーグ、イングランド対トリニダード・トバコ戦だった。イングランドのGKロビンソンが、ボールをキャッチしようと前に出たがスルーされて、トリニダード・トバコの決定的得点のチャンスになった。トリニダード・トバコのFW・スターン・ジョンが、ゴールへ押し込もうとした所へ、素早く走り込み、オーバーヘッドキックでクリアした選手…。それがテリー選手だった。ディフェンダーとしての位置取りの良さが素晴らしいのか、その後もテリーの好セーブが目立った試合だった。
クリックすると元のサイズで表示します 危機一髪を救ったテリーの右足。

決勝トーナメントへ勝ち進んだイングランドは、現地時間の26日、強豪エクアドルと対戦した。両者相譲らない攻防が続き、勝って8強入りをしたのは、後半15分、ベッカムの鮮やかなフリーキックで1点を獲得した、イングランドだった。ベッカムは、試合中に嘔吐したほど体調が良くなかったが、この巧みなフリーキックをゴールポストの中に決める事によって、いぷし銀のようなキックの精巧さと、キャプテンとしての意地を見せた。しかし、FIFAがMOM(マン・オブザ・マッチ)に選んだのは、殊勲打を放ったベッカムではなく、献身的に自陣のゴール前でクリアし続けた、ジョン・テリーだった。

前記した、トリニダード・トバコ戦から、すっかりテリーのファンになった私は、この試合もテリー選手の動きに注目していた。前半11分、芝で滑ってしまったようなクリアミスで大ピンチを招いて冷や汗を掻いたが、その後は、好守備が光り、イングランドを完封勝利へと導いた。サッカーの試合を観ていると、華やかな得点シーンに目を奪われがちだ。そしてキーパーの好守は目立つものだが、ディフェンス陣の身を挺したセーブは、地味になってしまい、なかなか評価され難い気がしていた。そんな中、テリーのMOM受賞は、とても嬉しいニュースだった。
キャプテンを託し交代するベッカム。クリックすると元のサイズで表示します

ジョン・テリーは、1980年12月7日、イギリスのロンドンに生まれた。チェルシーチームの訓練生として育ち、1998年、17才の若さでトップ選手としてデビューを果たした。その後2年間は、修行の時代が続いたが、2000年から2001年に出場機会を増やすと、以降はチェルシーの主力として定着。チェルシーの知将、モウリーニョ監督の絶大なる信頼を得て、現在はプレミア・シップ2連勝軍団のキャプテンを務めている。このテリー選手…。一見若き英国紳士に見えるのだが、その経歴を辿ると、なかなかやんちゃな時期もあって面白い。彼にとってのそのターニングポイントとなった事件は、2002年、前回W杯が開催された年に遡る。2001年9月に泥酔した痴態を写真誌に撮影されて、それが報道され、更に年が明けた1月には、同僚でイングランド代表のランパードとナイトクラブで店員に暴行を働いたとして、何と警察に逮捕されてしまった。

結果、無実として釈放されたものの、W杯に向けてモチベーションを高めていく大事な時期に、刑務所送りになるのを覚悟して、歯磨きセットやラジオまで用意する羽目になったという屈辱を受けた。しかし、この逆境を機に、テリーは、ライフスタイルをすっかり変え一切の酒を断ち、練習の虫と化して、チェルシーの年間最優秀選手に選ばれるほどに成長した。今や、その人望の厚さはイングランドの選手の中でも群を抜いており、次期代表キャプテンと嘱望されているという。サッカーに於けるDF陣は、スピードのある相手チームのストライカー達とダイレクトに対さければならない。そんなポジションでテリーは、対人プレーと空中戦に絶対的強さを見せている。今大会「イングランドが優勝候補だ」という声も、彼の活躍があるからこそ…の気がした。
クリックすると元のサイズで表示しますエクアドル戦前のイングランド代表。
写真は、全てクリックで拡大します。


奇しくも、このブログを書いている今、F組2位通過のオーストラリア対イタリア戦が行われている。たられば…ではあるが、もし日本が勝ち進んでいれば、この試合に出場していたはすである。前半戦、攻め入るイタリア選手を防ぎ続けたオーストラリアのDFの選手達の好プレーぶりが随所に光る。どんなFWにも屈しないフィジカルの強さを誇るDF陣の育成…日本はシュートの打てるFWの選手を育てる事は勿論だが、イングランドやオーストラリアのDF陣の強さも見習って欲しいと思った。尚、MOMに推奨したFIFAのテクニカル・スタディ・グループは、テリーのプレーを「殆どミスがなく、守備面では完璧な試合だった。チームメートのミスを助け、エクアドルの好機を止めていた」と評価した。

◎参考
日刊スポーツ(インターネット版)、ワールドサッカーキングVol 032(朝日新聞社)


★追記
オーストラリア対イタリアは、0対0の攻防の末、後半ロスタイムに得たPKを、途中出場のトッティが見事に決めて勝利した。前大会の決勝Tで、トッティはヒディング率いる韓国との試合でシュミレーションの反則を取られ退場、チームは目の前で延長戦の末敗れるという屈辱を味わった。このPKによってトッティは、対ヒディング監督にリベンジを果たした形となった。それにしても、破れはしたが、オーストラリアを就任僅か1年で、素晴らしいチームに育てたヒディング監督…。その功績を讃えたい。ヒディング監督は、来季からロシアの監督就任が決まっているそうだ。
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2006/6/26

W杯、決勝T開始…帰国した日本チームと中田選手に思う事  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

サッカーW杯の決勝トーナメントが開始された24日、一次リーグで敗退した日本の選手達が帰国した。その中に、中田英寿選手の姿は無かった。中田選手は、自身の公式HPでブラジル戦を前に、「この試合が最後とならないように…」と、W杯の後の代表引退をほのめかしていたが、試合の後、芝に倒れたまま「次につなげるしかない。まだまだ力が足りない」と話したと言われ、また、中田選手を、ドイツのブンデスリーガ・ヘルタが獲得に動き出した事が判明。その動向が注目されている。ブンデスリーガ・ヘルタは、F組のライバルだったクロアチア代表の主将MFのN・コバチが今季限りで退団すると決まっており、後継の手を探しているという。既に昨季も、中田選手にオファーを出しているという事実もあり、中田選手獲得に本腰を入れ始めたそうだ。
 クリックすると元のサイズで表示しますオーバーヘッドでキックする中田選手。

中田選手については、現在セリエA・フィオレンティーナと、今季レンタル移籍したボルトンとの交渉が間もなく開始される予定らしい。プレミア残留を第一希望に交渉は進められるそうだが、ブンデスリーガ・ヘルタの本拠地ベルリンと契約し、イタリア、イングランドに続く第3のリーグにその身を移して戦う可能性が出てきた。日本チームの中で唯一、W杯に出場した過去3大会、全10試合に出場した中田選手…。その流した涙は、W杯への惜別の涙だったのか、再びこの場に立つという誓いの涙だったのか…。中田選手自身も、実は解らないのかもしれない。中田選手を包み込むような芝の緑が一際鮮やかに見え、松尾芭蕉の句が浮かんだ。

  「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」  

クリックすると元のサイズで表示します

日本が哀愁を残してきたドイツの各会場で、決勝トーナメントは、現在2日目を向かえ、TVではイングランド対エクアドルの試合を実況している。決勝トーナメントに勝ち上がった今大会のベスト16の国は、連盟別に欧州⇒10、南米⇒3、北中米カリブ海⇒1、オセアニア⇒1、で、アジア勢は4ヶ国が全て敗退した。アジア連盟の出場枠は、1998年、フランス大会で、出場チームが32ヶ国に増えたのを契機に、2ヶ国からプレーオフ分の0・50枠を含む、3・5ヶ国に増えた。そして、前回は開催国という事で、日本と韓国の分、2ヶ国を入れての4・5枠にされた。今大会は、その日韓大会での両国の健闘もあり(韓国ベスト4、日本ベスト16)、開催国枠に関係なく、4・5枠が与えられて、サウジアラビア、イラン、韓国、日本と4ヵ国が出場した。しかし、1ヵ国も一次リーグを突破できず、次回2010年の南アフリカ大会の出場枠が削減されるのでは?と懸念される。
クリックすると元のサイズで表示します 左からオーウェン、レノンとルーニー。
(オーウェンは怪我で今大会は絶望だが、若い力も台頭しベスト8を決めた)


しかも2010年の大会予選からは、オセアニア連盟から、アジア連盟に転籍したオーストラリアが参加してくる。今大会日本を下して、決勝トーナメントへ進んだオーストラリアが参戦する上に、出場枠が減らされてしまうようでは、日本チームのW杯出場への道は、更に茨の道となるだろう。そのうえ、世界ユース準優勝の1979年生まれの小野選手ら以降が続いて居らず次世代が育っているとは、言い難い。試合を観ていたら、ベッカムのフリーキックで先制したイングランドは、そのベッカムに変えて、プレミアシップて゜最少年齢出場記録を保持する神童、アーロン・レノン(19才)を登場させた。レノンは、短時間ではあったがスピードと力で、若さを証明してみせた。更に今回、イングランドは、出場こそしていないが、レノンだけでなく、17才のテオ・オルコットも抜擢し代表メンバーに入れている。怪我から復帰し、相手を引きずるような豪快なドリブルで、相手チームをかき回しているルーニーも、20才とU22(22才以下)の選手である。日本チームにU22の選手が1人も選ばれていなかったのも、非常に気がかりであった。
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2006/6/23

日本対ブラジル戦を観て…ブラジルを本気にさせた先制点  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

王者ブラジルを本気にさせた玉田選手のシュート。12分間のリードだったが、今大会無失点のブラジルから、得点を取ったのは、大いに意味がある事だと思った。そのリードしたムードを変えたのが前半ロスタイムに入ったロナウドのヘディングシュート。怪物ロナウドも、先発か控えかのぎりぎりの立場に立たされているゆえ、必死の姿が観て取れた。後半は終始ブラジルのペース。ブラジルの猛攻は、1戦目2戦目と、控えにいたジョニーニョの無回転のミドルシュートに始まった。控えだったと言ってもジョニーニョは、展開力に優れるリヨンチーム、五連覇の立役者であり、ドリブル、パス、フリーキック共にハイレベルである…このような選手が控えメンバーになっているのが、ブラジルの力の恐ろしいところだ。
クリックすると元のサイズで表示します 先制点を入れた玉田とジーコ監督。 

その後も、ロナウジーニョにアシストされて次のシュートを決めたジウベルトも、遅咲きではあるが、地元ドイツのベルリンでプレーしているスピードのある選手だ。また昨夏のコンフェデ杯でセレソンとしてデビューしたシシーニョも、ここぞとばかりに自己PRをし、ピッチを走り回った。その後、ロナウド、ロビーニョのたたみかけるようなシュートを川口選手はセーブし続けた。しかし後半36分、遂にロナウドが駄目押しの4点目を決めた。この得点でロナウドは、旧西ドイツのゲルト・ミュラーが持っていたW杯最多得点の14点に並んだ。見せ付けられた王者ブラジルの強さ…圧倒的なスピード、ディフェンスを寄せ付けないドリブル、正確なパス、確実なシュート。「アジアマイスター」と呼ばれている日本に「世界マイスター」のブラジルは、後半、つけ入るすきを与えなかった。試合後芝の感触を惜しむように、ずっと起き上がらなかった中田選手の姿が印象的だった。
最後まで芝の上に残った中田選手 クリックすると元のサイズで表示します

◎仕事中に慌てて書きました。この試合については、また改めて書きたいと思います。

因みに、今日は私の誕生日です。日本チームの勝利が何よりの誕生日祝いになると思っていましたが、残念な結果でした。もう祝う年ではないのですが、お祝いまでして頂きました。カードやメール、電話など…。やはり「おめでとう」の言葉は幾つになっても嬉しいものですね。あたたかい言葉を贈って下さった方々へ。この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。

クリックすると元のサイズで表示します じんさんから頂いた蛍の「え」

totoさんから届いた黄色い薔薇の花束 クリックすると元のサイズで表示します
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2006/6/22

日本対ブラジル戦、1日前に…日本チームに思うこと  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

決戦の時間まで後1日半となった。日本チームは、合宿先のドイツ、ボン市で、ジーコ監督の指示の元、ブラジル戦に備えて530本ものシュート練習という特別メニューをこなした。シュート練習は1時間20分に渡って行われ、更に中田選手と小野選手は、居残ってシュートを打ち続けたという。過去の例からすると、過去試合2日前の練習でジーコ監督は、戦術練習を行わせるのが通例だったようだ。しかし、決勝トーナメントに進むには、ブラジルに2点差以上をつけての勝利が不可欠、勿論クロアチアがオーストラリアと引き分け以内という事が前提でもあるが、とにかく、点を取る事…枠内への確実なシュートを決める事を徹底して、選手にイメージ付けたようだ。
クリックすると元のサイズで表示します ジーコ監督の指示を聞く選手達。

各新聞紙面によると、ジーコ監督は「ジェイド」という言葉を絶叫していたという。「ジェイド」とは、ポルトガル語で、シュートの蹴り方、フォームという意味で、選手達には、インパクトの瞬間に足首を固定する練習を繰り返させたそうだ。ジーコ監督自身も、現役時代にシュート練習を繰り返し数を重ねる事で、シュートのフォームを安定させた。そして、どんな体勢からでもシュートを打ち出せるように特訓して来たのだという。同じような事を、以前読んだサッカー雑誌の中のインタビューで、マラドーナ氏も語っていた記憶がある。ブラジル戦を前にして、基本中の基本を徹底的に練習させたのだ。中村俊輔選手も「ブラジル相手には、戦術を考えてやるレベルではない。自分達のサッカーを無我夢中でするだけだ」と語っており、昨年のコンフェデ杯時の感覚を、思い出しているという。
コンフェデ杯で活躍した大黒選手。 クリックすると元のサイズで表示します

今大会、決勝トーナメントへと勝ち上がるには、失点0のブラジル相手に、2得点以上を入れて勝ち点を取らねばならない。ジーコ監督が就任以来、日本チームが戦って来た試合数、71試合を振り返ると、日本チームの得点平均は、1試合1・59点で、2点差以上の勝利は、15試合あるが、その殆どがアジア勢からで、アジア以外の地区の国相手では、僅か5試合しかない。反対にブラジルは、W杯8大会連続出場、89試合を戦って来たデータでいうと、2失点以上の黒星を記したのは、たった6試合。そして現在は、W杯9連勝中である。その連勝を一次リーグで黒星をつけてストップさせるのは、ブラジルの選手のみならず、国民が許すはずがない。どちらにしても、非常に厳しい数字である事には間違いないが、試合は何が起こるか分からない。ジーコ監督は、「髪の毛1本程のチャンスでも、チャンスがある限り、それにすがりつく、皆も同じ気持を持って欲しい」と強い口調で選手達に訴えたそうだ。

一方、21日付のイタリアのスポーツ紙、ガゼッタ・デロ・スポルトは、W杯1次リーグの各組第2戦で活躍したベスト11を発表し、GKはクロアチア戦でPKを止めた好セーブが光った、川口選手が選ばれたという朗報が届いた。川口選手の神がかり?な好セーブは、1996年のアトランタオリンピックでブラジルを無失点に押さえ、それは「マイアミ(アトランタ)の奇跡」と呼ばれ語り継がれている。また、記憶の中に強烈に残っている、1997年のワールドカップ最終予選でのイラン戦。そして激闘の2004年、アジアカップ……。と絶対絶命のピンチを歓喜のシーンへと一変させて来たのも川口選手の好セーブだった。奇しくも8年前、同じシュチエーションで向えたクロアチア戦では、失点を許し最終試合を待たずにリーグ敗退が決まった。川口選手は、その因縁の相手をノーゴールに封じ込み、リベンジを果たしたのであった。しかしながら、周知の如く得点に恵まれず、勝ち点を得る事は出来なかった。
クリックすると元のサイズで表示します 体調も快復し、その左足に期待できる中村選手。

ブラジル戦では、勿論2点差以上に、こだわりたいが、最低でも、MOM(マン・オブザ・マッチ)や、ガゼッタ・デロ・スポルト誌のベスト11に、日本のFW陣、いや(川口選手には申し訳ないが)GK以外の選手の名前が上がるのを、期待していたい。中村選手も、ドイツ入りしてから、足の筋肉の不調や、風邪に泣かされてきたが、この数日で「体が軽い」と本人が言うほどに、調子を戻して来たそうだ。ドイツ戦で痛めた足首の状態が懸念される加地選手も、練習は大事をとって控えているが、試合には出られるという。クロアチア戦で右足首を捻挫した稲本選手も、元気に復帰し練習に加わった。私も色々とマイナス材料を書いてきたが、意外に、ブラジル相手と聞いて、伏せ目がちで弱気になっているのは、私達ファンだけかもしれない。選手達の朗報を頼りに、前を向いて応援しよう。選手達がサッカーの基本を練習したように、私達ファンも初心にかえり、選手達の力を信じて心から応援するべきだと思った。選手達には、伸び伸びと試合をして欲しい…。それぞれの未来の為に、そこに一筋の光が差している限り…。

◎参考
中日スポーツ、中京スポーツ各紙。週刊サッカー7/4号(日本スポーツ企画社)より
 

尚、6月22付の中日スポーツによると、中田選手が居残ってまで打ったシュートは、90本に登り、選手全員合わせると598本になったという。川口選手は、そのシュート全てを1人でゴールマウスに立って受けたそうだ。2試合でシュートを決められなかったFW陣も奮起し、堂々と胸を張れるようになって欲しい。
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2006/6/21

ブラジル対オーストラリア戦を観て…日本チームに託す事  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

日本対クロアチア戦の1時間後にキックオフとなったブラジル対オーストラリア戦、続けて観戦すると意気込んでいたが、日本の応援でどっと疲れが出たのか、そのまま熟睡してしまった。VTRは予約してあったので、翌日結果を知ってからゆっくりと観戦した。結果は2対0でブラジルの勝利、ブラジルは決勝トーナメント進出を決定していた。私はブラジルチームが余裕で試合を進めていたと想像した。ところが…である。蓋を開けてみたらクロアチア戦に続いて、オーストラリアにも苦戦しているではないか?!前回大会の得点王、怪物ロナウドが、怪我による練習不足から、その強さとスピード、巧みさも既に失っている気がした。
クリックすると元のサイズで表示します 後半4分、先制点を入れたアドリアーノ。
(16日に、長男が誕生したばかりだそうだ)。


そもそも、ブラジルチームは、大会直前の強化試合として、今月4日に組んだニュージーランド戦の1戦のみで、パレイラ監督も「実践が少なく難しい面もある」と語っていた。ブラジルチームは、欧州トップクラスのクラブの主力で活躍している選手達揃いで、シーズンをフルに戦った主力選手の体調を考慮し、疲労回復に重点を置いた為、直前の試合を組まなかったという。W杯の予選リーグを強化合宿代わりにし、チームの連係を計り調子を上げて行く計画のようにも思われた。この調子では日本も勝てる…と思いつつも、こんなものではない!と思い直しながら、その圧倒的な強さと技術、層の厚さ、積み重ねた歴史を考えると、目が眩む程になってしまう。
得点に喜ぶブラジル選手達  クリックすると元のサイズで表示します

最早、怪物でなくなったロナウドをFWに据えたブラジルを観て、今大会で新旧のスターが、入れ替わる時が来ているのかもしれないと思った。そう考えると、1996年以降、メンバーに大幅な入れ替わりのないフランスは、世代のメンバーを凌駕する選手がでてきていないのが、気がかりだ。そういう観点から見てみてもブラジルは、既に若手が台頭し活躍し始めている。新旧の入れ替わり…ブラジルの強さは、その辺りに秘められている気がした。カルテット・マジコ(またはクアドロ・マジコ)と呼ばれた魔法使いの名前でさえ、2005年のコンフェデ杯では、ロナウド不在の穴を見事に埋めたロビーニョ(22才)を加えた、カカー(24才)、アドリアーノ(24才)、ロナウジーニョ(26才)と1980年代生まれの4人で占めた。まだまだ世界に君臨するとは言われながらも、1970年代生まれのロナウド(29才)、ロベルト・カルロス(33才)らから、自然に引継ぎが行われつつあるのだ。

現実に、対オーストラリア戦で入れた2点目は、控えとして途中出場した、フレッジ(22才)からパスを受けたロビーニョ(22才)がシュートし、ポールに跳ね返されたボールを再び押し込んだのもフレッジだった。このフレッジは、リカルド・オルベイラの負傷を受けて、急遽召集された選手である。フレッジの活躍は、ブラジルの選手層の厚さを物語る。その要因として、サッカーが国技とも言われるブラジルのお国柄もあるだろう。また、クロアチア戦で華麗なミドルシュートを決め、オーストラリア戦でも活躍著しいカカー選手は、前回の大会では、セレソン(ブラジル代表)として参加するも、一次リーグのコスタリカ戦で、たった18分間の出場だった。ベンチで試合を見続けたカカー選手は、その悔しさを胸にACミランへ移ってから、トレーナーが止める程に練習に打ち込んだという。
クリックすると元のサイズで表示します 2点目を入れ、存在をPRしたフレッジ。

その努力がACミランで開花し、W杯のピッチで大輪に開きつつある。カカー選手の甘いマスクとは裏腹の攻撃的なプレースタイルは、きっと決勝トーナメントでも注目の的となるであろう。ロビーニョ然りである。オーストラリア戦の後半27分、ロナウドに代わってピッチに入ってからは、自由自在に走り回り、ロナウジーニョのマークについた、相手選手を引き離した。ロビーニョが入ったブラジルは、その豊富な運動量に誘われて、まるで水を得た魚のように元気になった。実際、国民全てが監督というブラジル国内では、ロナウドよりロビーニョを先発に…という世論も多くなっているようだ。カカーとロビーニョ、この2人が、フットボールジャグラー…ロナウジーニョの周りを走り回る時、そこに死角は無い気がする。しかし、サッカーの試合に不可能はない。日本もオーストラリアの、ブラジルを苦しめた組織的プレーを見習いながら、チャンスは少なくても、それを生かして得点に結びつけて欲しい。ブラジルの底力を感じながら、そんな事を思った。

◎箸休め
友達と次の日本戦について話していると、ブラジルは決勝トーナメント進出を決めたのだから、主力選手を休ませてくれないだろうか?とか、ジーコはブラジルのサッカーの神様だから、手加減してくれないだろうか?とか、藁をも掴む逃げの発想になったりする。いやとんでもない、ブラジルは、まだ無失点だ、プライドにかけて失点は防ぐだろう。サッカーの神様が監督の日本相手だからこそ、敬意を持って、全力で当たってくる気もする。全力のブラジルから得点を奪ってこそ、日本はその力を世界に知らしめる事が出来るのだ。…等と言い聞かせつつ、何故か武者震いをしている私であった。
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2006/6/19

日本対クロアチア戦を観戦して…夢を繋ぐ勝ち点「1」  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

勝てた試合だと思った。日本チームは自分達の陣形を整えながら、上手く試合のペースを掴んでいた。しかし、最後まで決定打は出ないまま、引き分けとなった。

互いに勝ち点3が欲しく、後が無い日本対クロアチア戦が、ニュンルンベルグのフランケンスタジアムで行われた。試合開始直後に日本は、怒涛のような攻撃を見せてくれたが、シュートには切れが無く、コントロールも良くない為、なかなか枠内に決まらなかった。前半20分過ぎ、宮本選手のファールからクロアチアがPKを得た。そのPKを川口選手が好セーブ。流れは日本に向いたように思えた。しかし、決定打が無いまま、前半を終わった。
クリックすると元のサイズで表示します 気迫でPKを止めた川口選手。

後半になって、福西選手の代わりに前大会2得点の稲本選手が入った。稲本選手は、期待通り相手チームのボールをカットしカウンター攻撃に出たり、相手に強いプレッシャーをかけた。私はオーストラリア戦でも、相手に対して強い稲本選手を使ってもう少し中盤の選手を楽にして欲しかったと思っていた。稲本選手の金髪が果敢にボールを取りに行く姿が、日本チームに元気を与えてくれている気がしていた。しかし、なかなかシュートには繋がらなかった。均衡が破られないまま、今度は、後半16分、柳沢選手に代えて玉田選手を投入。私は、高原選手がシュートを打てていなかったので、早い段階で、大黒選手との交代を望んでいた。でも、大黒選手が入ったのは、後半残り5分前だった。かなり遅い気がした。結果、日本は14本、クロアチアも19本のシュートへと持ち込んだが、両チームとも決め手にはならなかった。
試合前、円陣を組む日本チーム。 クリックすると元のサイズで表示します 

私にとっての日曜日は、早朝から忙しい1日だった。お客様にはサッカーファンの方が多く、会話の殆どがサッカーの話題だった。市内で和牛焼肉店を経営されているOさんは、「今夜は早めにお店を閉める」と仰っていた。お客様が来られないし、ご自分が観たいからだそうだ。近所のH内科の先生も、ご自分がゴルフでベストグロスを出せたから、「今日は良い日なので日本も勝てるだろう」と仰った。誰もがそれぞれの勝手な?根拠や想いで日本チームにエールを送っていた。私は、仕事の後少し休んで、日本戦を観て、更にブラジル対オーストラリア、韓国対フランスも観るつもりだったが、落ち着いて寝ても居られず、とうとう日本対クロアチアの試合時間となってしまった。
クリックすると元のサイズで表示します PKセーブ後川口選手と抱き合う中田選手。

試合中は、TVの前で観ていても、手に汗を掻き何度も洗いに行った。選手達の頑張りによって惜しいシーンが何度もあっただけに、より一層悔しさが増した。試合終了後、私もどっと疲れが出て、結局ブラジル戦も観られず、TVも電気も点けたまま知らない間に眠ってしまっていた。一週間の仕事の疲れと応援疲れが出たのだろうか?朝、目が覚めた時には、体がやたらとだるかった。でも、今でも目を閉じるとPKを止めた川口選手に抱きついていた中田選手の姿が目に焼きついている。日本チームが一次リーグを突破し、決勝トーナメントへと進むには、22日のブラジル戦で、ただ勝ち点を取るだけでなく、大差で勝つ必要がある。厳しい現状だが、まだ可能性はある。可能性が0では無い限り、日本選手は一次リーグ突破へと挑み続ける。

尚、15日にイングランド対トリニダード・トバコ戦で、審判を務めた上川主審チームは、19日にハンブルクで行われる、サウジアラビア対ウクライナ戦では、控えに当たる第4、第5審判を務める事に選ばれたそうだ。控えとは言え、3試合目にもエントリーされた事に敬意を払いたい。上川主審チームにも、決勝トーナメントで笛を吹いてくれる…望みを繋げていたい。
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