2006/6/18

日本対クロアチア戦を前に…アルゼンチンのメッシ選手に思う事  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

アルゼンチン対セルビア・モンテネグロ戦。アルゼンチンが4対0とリードして後半の30分、18才のメッシが W杯のピッチにデビューした。欧州CL準々決勝で左太腿を故障し、戦列を離れていたアルゼンチンの次世代を担うスター候補選手だ。いや候補選手と言うには御幣がある。既にメッシは、光り輝く実績を持っているスターそのものだった。昨年の世界ユース選手権オランダ大会では、チームの優勝に貢献しMVPも獲得している。前評判では、まだリハビリ中で決勝Tまで温存するのではないか?と聞いていたが、そんな事は微塵も感じさせない威力は、15分間でいかんなく発揮された。足が速い。強い。結果1アシスト、1ゴールという大活躍で華々しいデビューだった。
クリックすると元のサイズで表示します 6点目のゴールを決めたメッシ。

リオネル・メッシ。1987年6月24日生まれ。18才と357日目のゴールは、1958年、スウェーデン大会での、ペレの17才239日を史上最年少とする記録の歴代5位に相当する。メッシは、13才の時、一家でアルゼンチンのブエノスアイレスから、スペインのバルセロナへ移住した。その直前に母国の名門、リバープレートとの契約が決裂し不安を抱えたままの渡欧だった。しかし、移住後すぐ、ロナウジーニョもプレイするチーム・バルセロナの入団テストにあっさりと合格。当時の監督レシャック氏は、メッシと直接カフェで入団交渉を行い、その場にあった紙ナプキンに条件を書き込み、メッシもそのナプキンにサインして契約が成立した、という逸話が残っている。

アルゼンチンではマラドーナの真の後継者として、その限りない可能性に期待されている。奇しくもロナウジーニョのチームメイト、メッシは試合後、「ブラジルを破り優勝して、今大会から設けられた、20才以下の選手対象のMVP『ジレット賞』を狙っている」と語ったという。メッシは、W杯のゲルゼンキルヘン競技場のピッチを、まるでその辺りの野原を駆け回るように15分間だが走り回った。今大会で更なる成長を遂げ、アルゼンチンを優勝へ導けるか……。今後の活躍ぶりに注目していたい選手の1人だ。そして、アルゼンチンは6点の大差でセルビア・モンテネグロを破った。
くつろぎながらボールで遊ぶメッシ クリックすると元のサイズで表示します
(Photo by Nikkan sports)

そのアルゼンチンに、テストマッチとはいえ勝利しているクロアチアと、もう負けられない日本が、いよいよ対戦する。クロアチアは、初戦でブラジルに破れるも、点を1点に抑えたという鉄壁の守備がチームの特徴である。ヨーロッパのファンタジスタ達を、何度も封じ込んできたという強烈なタックルが、ブラジルのゴール前でも炸裂していた。中田選手や中村選手は、徹底的にマークされるだろう。N・コバチは特に、エースキラーと呼ばれて居り、ドイツ仕込みのハードなタックルで、10番を背負う中村選手に襲い掛かると予想される。中村選手の体調が、少し気にかかるところだが、日本の守備陣も得点のキーとなるであろう、クラスニッチやN・クラニチャルを封じ込んで欲しい。ジーコ監督も、中田選手にまで守備重視の指令を出し、超守備的な布陣を敷くと報道されている。しかし守備重視というこの戦い方は、プレスを重視して来た、今までのジーコジャパンには無かった戦い方である。この指令がミラクル采配となるのかどうか?選手達には、もう迷う事無く自分の力を信じて戦い抜いて欲しい。

1998年のフランス大会時、クロアチアには、予選リーグで1対0で破れている日本…。リベンジを果たせる時が迫っている。

◎箸休め
父は、サッカーの事を全く解っていない。今日もハイライトシーンを観ていた私に、「日本も強うなったなぁ。」と話しかけて来た。アルゼンチンの濃い青のユニフォームを日本チームと間違えていたのだ。日本対クロアチアの試合シーンを想像するだけで、食べ物が喉を通らない程に、ドキドキして来ている私は、むっとした。「17日と書いたったけど、明日の夜だったかや?」。時差も考えず、飄々としている父。その心臓を明日の仕事中だけでも、一寸借りたくなってしまった。


◎参考
日刊スポーツ、中京スポーツ紙面より。
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2006/6/17

上川主審チーム…イングランド対トリニダードトバコ戦を観戦して  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

昨深夜、上川徹主審と広嶋禎数副審の担当する、イングランド対トリニダード・トバゴ戦を観戦した。両国旗の入場の後、アンセムが流れる中、キックオフ後に22名の選手達が追いかける…1つのボールを持って登場してくる上川氏の姿は、凛々しく観ていて鳥肌ものだった。反面、イングランドはフーリガンが多い為、審判に向けられる目も厳しいと想像でき「大変だな」と、少し心配にもなった。その試合が始まろうとしていた。W杯の初戦、パラグアイに辛勝し勝ち点3を得たイングランドは、20日に行われるスウェーデンとは、相性が良くなく、これまでのW杯では勝ち星がない。ゆえにトリニダード・トバコ戦で勝ち点3を上乗せして、リーグ突破を決めに来ると予想された。
クリックすると元のサイズで表示します 上川徹主審とイングランド主将・ディビット・ベッカム

対するトリニダード・トバコは、第1戦を強豪スウェーデン相手に、ゴールを守り抜いて歴史的勝ち点1を上げていた。レッドカードで退場者を出し、後半の大部分を10人で戦いながらも、最後まで集中力を切らさず、体を張った守りで得た価値あるスコアレスドローだった。まるで優勝したような喜び方のベンチとサポーターの姿に感動した。このように体を張った守りが神髄のトリニダード・トバコとイングランドの試合では、レッドカードが出る程に白熱するような気がして、上川氏の審判としてのゲームコントロールぶりが問われ、逆にこの試合をコントロール出来れば、上川チームの評価は一段と高く上がるはずだと思った。

試合は開始後から予想通り、イングランドがボールを支配し、3倍の数のシュートを放つも、トリニダード・トバコの鉄壁の守備に得点につながらなかった。逆にトリニダード・トバコは、ディフェンスで奪ったボールをあっという間に攻撃に切り替え、イングランドのDF、ジョン・テリーが、あわやゴールラインを割るというシュートを片足で防ぐ冷や汗もののシーンがあった。フラストレーションが溜まって行くイングランドの選手達…。試合はファールが多くなりつつあった。しかし、上川氏は、言葉だけでなく、国際大会での経験上で身につけた表情によるフェイスコントロールで選手達をたしなめていた。そんな上川氏の吹く笛に観客のブーイングも少なかった気がした。
MOM(マン・オブザ・マッチ)に選ばれたベッカムクリックすると元のサイズで表示します

そして後半38分、全てのうっぷんを晴らすようにイングランドのキャプテン、ディビット・ベッカムのピンポイント・クロスから、FW、198cmのクラウチのヘディングシュートが決まった。更にロスタイムに入った46分、またもベッカムのアシストからMF、ジェラードのシュートがネットを揺らした。イングランドは2得点をあげ勝利し、ベッカムはMOM(マン・オブザ・マッチ)に選出された。試合終了後、上川氏に握手を求めたベッカムの笑顔が印象的だった。ネット上の新聞各紙によると、今大会では、試合後に主審が判定ミスを認めるケースが何件かあったが、上川氏らは2試合を無難にこなし、国際サッカー連盟(FIFA)審判委員会の評価も高まっていると報じていた。是非決勝トーナメントでも、その凛々しい姿を再び見せてほしいと願っている。

また、この試合、破れたもののトリニダード・トバコのレオ・ベーンハッカー監督の言葉が忘れられない。試合前は、「(イングランドとの)力の差を、勇気とチームのまとまりで乗り切る」と言い、試合後は「選手達の勇気と情熱に感謝する」と答えた。人口130万人、千葉県程の大きさの地中海に浮かぶ島…トリニダード・トバコ。今大会の出場国の中で最も小さい国を、W杯初出場に導いたベーンハッカー監督は、オーストラリアのヒディング監督と同じオランダの名将だ。彼の指揮の下、トリニダード・トバコは、1年間でチームを再生し、W杯予選の最終節でメキシコを破り、アジアのプレーオフに進出、バーレーンをくだして悲願を果たしたのだ。その健闘ぶりを、イングランドのサポーター達も讃えていたような良い試合だった。私は審判の評価は、何を基準にするのか?よく判らないが、試合を荒らさず、観た後も清々しい気持ちになれた試合へとコントロールしてくれた、上川審判チームに感謝したいと思った。尚、このニュンルンベルクでは、18日に日本対クロアチアの試合も行われる。日本選手には、トリニダード・トバコの堅い守りとイングランドの巧みな攻撃を合わせたような戦いぶりを望みたい。

◎参考
ワールドサッカーマガジン・ベースボールマガジン社

★審判について、物議をよんでいた中村俊輔選手のゴールについて、中村選手の桐光学園時代の同級生のHさんが、コメントを寄せて下さいました。ご両親はお仕事のご都合で現在愛知県にお住まいで、お母様とは、一寸したご縁で知り合いでした。お母様とは、偶々W杯の始まる前に中村選手の結婚式の逸話とかを、お話していたのですが、その息子さんが拙ブログを探して来て下さり、貴重なご意見を書いて頂きました。是非「日本チーム初戦・川口選手の活躍ぶりとクロアチア戦に向けて」のコメント欄をご覧下さい。
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2006/6/15

ブラジル対クロアチア戦を観て…日本チームに託す事  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

ブラジルが手堅く1対0でクロアチアを下し、勝ち点3を取った。この勝利でブラジルは、前回大会からの連勝を8とした。しかし、次の試合で日本と対戦するクロアチアも、カルテットマジコ(クアドロマジコ)・魔法の4人の動きを徹底して研究し、その司令塔となるロナウジーニョには、3人でプレスに付くという執拗なマークぶりだった。それにしてもロナウジーニョのボール保持力は素晴らしい。相手の頭上を抜く「シャペウ(帽子)」というパスも繰り出し、人と人の間にボール1つ抜ける隙間があれば、スルーパスを通すという精巧さも見せてくれた。ブラジルは、前半7分のカカー、13分のロベルトカルロスと次々シュートを放つも、なかなか得点に結びつかなかった。しかし前半44分、カカーの綺麗な放物線を描いたミドルシュートが、相手ゴールへ突き刺さった。
クリックすると元のサイズで表示します ミドルシュートを決め喜ぶカカー選手

ブラジルチームの得点は、結果この1点だけだったが、ブラジルのパレイラ監督は、「まだ60%〜70%の出来だ」と語っており、決勝までの7試合を想定し、試合プランを立てていると言う。正に王者の戦い方で、日本チームのように1戦1戦が死にもの狂いの戦いとならざるを得ない事情とは、はるかに異なり、先を見越したゲーム運びをしていると思われる。一方、クロアチアは、1対0という最少得点差が物語るように、カルテットマジコの4人を徹底マークし、前半は特に守りのサッカーに始終した。実際に前半の枠内シュートは、1本も無く、攻撃に転じた後半に入ると攻勢に出た。そのシュートも、不幸にしてことごとくブラジルのGKジダの正面となり捕球されてしまった。そして勝つ事は出来なかったが、組織力でバランスが取れた守りで、ブラジルの追加点を許さなかった。

さて、18日にまずは、そのクロアチアと戦う日本だが、観ていても、頭脳に長けたプレーヤーが多く、なかなか手強いと感じた。ブラジルの足元から足元へのショートパスを繋げる戦法には、速いプレスによる堅い守備をしてボールを奪い取っていた。しかし、ロングボールに対しては、少々もろい気がした。王者ブラジルに対し、最少失点での敗戦という結果のクロアチアは、守りの意識が高く、パスをしっかり繋いで果敢に攻め込んでいた。しかし先に述べたように、守備に追われてサイド攻撃が抑え気味となり、攻めあぐんでいるうちに、カカーに一瞬の隙を突かれてしまったのだ。日本チームとしては、クロアチアのサイド攻撃をティフェンズ陣が封じて、逆に速攻で攻め上がれるかどうか?がポイントとなる気がする。
アドレアーノと競るR・コバチ(弟) クリックすると元のサイズで表示します

また、この試合中、クロアチアのボール支配率が上がって来た後半30分頃、クロアチアのユニフォームに似せたウェアを着た男性サポーターが、ピッチに乱入し走り回った。試合は1分間中断され、結局クロアチアのプルジュ選手らに抱き抱えられてピッチの外へ出された。こんな不心得者を捕まええようとした警備担当者はたった1人しか居らず、警備の手際の悪さが目立った。また、クロアチアサポーター側の観客席では、彼方此方で赤い発炎筒が焚かれていた。会場入場時のチェックは飛行機の搭乗時並に厳しいと発表されていたが、抜ける道もあるようだ。発炎筒が焚かれたのは、今回客席だけで済んだが、ピッチに投げ込まれたら大変な事故にもなり兼ねない。警備の強化は勿論だが、サポーターの人達にも、最低限のルールとマナーは守って頂きたいと思った。

★朗報★
6月14日のニッカンスポーツの記事によると、国際サッカー連盟(FIFA)は、1次リーグB組のイングランド対トリニダード・トバゴ戦(15日=ニュルンベルク)の担当審判員を発表し、上川徹主審と広嶋禎数副審が指名されたそうだ。W杯では、審判も1試合ずつ審査される為、9日のポーランド対エクアドル戦の両氏の審判ぶりが、評価されたのだ。日本人審判が2試合目の主審を務めるのは、W杯始まって以来、初の快挙である。次の試合も毅然とした態度で、試合をコントロールし、FIFAから上川チームが更に次の試合の指名を受け、是非決勝トーナメントに進出?して笛を欲しいと願っている。
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毅然としてイエローカードを切った上川氏
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2006/6/14

日本チーム初戦・川口選手の活躍ぶりとクロアチア戦に向けて  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

とても残念な結果だった。後半35分過ぎからの3失点…。試合終了後、最後まで諦めず走り回った中田選手、中村選手の項垂れた姿が目に焼きついて離れなかった。そんな試合の中、一際光ったのは、GKの川口選手のスーパーセーブだった。特に前半6分、左のサイドから攻め込んできたオーストラリアのFW、ヒドゥカの強烈なシュートを右に反応して弾き飛ばした。その時不運にもボールは、ヒドゥカの正面に戻り、再シュートを受けたが、川口選手は、即起き上がりそのシュートもブロックした。また前半25分プレシアの決定的シュートを左手で止めた。更に41分、右正面からのプレシアのFKを身長の高いオーストラリア陣のガードで見え難い最悪の条件下で、今度は左に体を倒して弾き出した。前半だけで7本、ゴールポスト枠内のシュート3本を防いだ。そして後半にもヒドゥカのFKを右へ横っ飛びして右手で好セーブした。
クリックすると元のサイズで表示します 192cmのケネディと競る川口選手。

川口選手にとって3大会目となる今大会、しかし川口選手自身、W杯では1勝も体験していない。ゆえに今大会にかける想いの強さは、W杯用に改良を加えたスパイクとグローブにも表れている。本来川口選手は、所属しているジュビロ磐田カラーの青い色のスパイクを使用していたが、今回は特別にアシックス社の提案を受け、スパイク、グローブ共に白地の赤と日の丸を意識した配色にした。そしてスパイクはよりフィット感を追及し、グローブは握り具合などの機能を高めたそうだ。この新兵器は先月1日に川口選手の元へ届いたそうだが、その仕上がりに川口選手も絶賛したという。

アシックス・川口W杯モデルのスパイク、16590円(画像はクリックで拡大)
クリックすると元のサイズで表示します
川口選手は、残念ながら前回の日韓大会で、出場機会がなく、その後海外に渡るもチームの外国人枠の影響などから、出場機会に恵まれないという辛い体験を強いられて来たが、それらの経験が精神的な成長をさせ、頼もしい日本の守護神へ導いた。後半の終盤には、若干の集中力が欠けたものの、それでも川口選手のスーパーセーブのシーンは、VTRで何度観ても「素晴らしい」の一言に尽きると思った。しかしながら、この試合は、2005年のコンフェデ杯では1勝する事も出来ず、最下位だったオーストラリアチームを、就任後僅か1年足らずで、W杯へと導き、初勝利を果たさせた名将フース・ヒディング監督の采配ぶりに尽きる。特に後半残り15分、日本チームの魔の時間に投入したアロイジは、1ゴール、1アシストと大活躍した。流石、全大会で韓国を率いていたヒディング監督だけあって「日本チームの弱点を知り尽くしていた」と感服した。
アロイジに3点目を許した瞬間。 クリックすると元のサイズで表示します

さて、勝ち点0、その上3失点と厳しい状況となった日本チームだが、早く気持を切り替え次の試合に集中して欲しい。クロアチアは、ユーゴスラビアから独立後、コンスタントに欧州選手権や、W杯に出場し、98年のフランス大会でも、日本とは予選リーグで当たって1対0で勝ち、決勝トーナメントでは3位と好成績を残した。特別有名な選手はいないが、今回の欧州選手権では無敗で出場を決めた強敵である。日本チームとしては、コバチ兄弟やトゥドールなどの固い守備を破り、司令塔のニコ・クラニチャルの動きを止め、1点でも多く加点して是非勝利して貰いたい。今大会の決勝リーグ進出への望みを繋ぐだけでなく、日本サッカー界の今後の為にも……。

◎箸休め
毒素性腸炎となり、一晩苦しんだ私だが、ようやくお腹も動き始めた。一応、「なばなの里」のレストランに報告した所、支配人さんと、レストランの料理長さんが御見舞いに来て下さったのだが、何の連絡も無くいきなり来られたので、夕べ殆ど休んでいなくて、全ての予定をキャンセルして眠っていた私は困ってしまった。見舞うとは形だけでなく、此方の体調や気持も気遣って欲しかったと感じた。花々は何の見返りも期待せず咲いているからこそ、心を和ませてくれる。そんな花々の美しさを思い出していたら、数人の方からお見舞いの言葉を、メールやコメントで頂いた。弱っている時は温かい言葉は心に沁みるものである。私もいたわりの心を忘れないでいたい。

クリックすると元のサイズで表示しますお手入れの行き届いた池の周りの花壇。

ベゴニアを手入れする係りの方 クリックすると元のサイズで表示します

彼方此方で、さり気なく花の手入れしている人の姿を見た。お手入れ、毎日ご苦労様です。
「なばなの里」の画像は、2枚共クリックで拡大します。


◎記事参考
週刊サッカーダイジェスト・日本スポーツ企画(株)
アシックス公式サイト、中日新聞、中日スポーツ、毎日新聞紙面より
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2006/6/12

サッカーW杯…日本チーム初戦前夜に思う事  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

ワールドカップ、日本対オーストラリア戦のキックオフまで10時間を切った。サッカーのルールの中で、ちょっと解り難いなと思われる「オフサイド」については、以前にも記したが、改めてそのルールを調べてみると、17のルールしか見当たらない。そのオフサイドも、実際にプレイすればわりと簡単に理解出来るという。残りの16のルールは、とても解り易く、また、再三書いたが、ボール1つあれば何処でも楽しめるのが特徴でもある。この17という数字…思い当たる数を辿ってみれば時は、飛鳥時代に遡って聖徳太子が制定した憲法十七条があった。その第一条は、『以和為貴』=「一に曰く、和(やわら)ぐを以て貴(たっと)しとし、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」で有名である。
クリックすると元のサイズで表示します 日本チームメンバー(5月発表当時)

この「和をもって…」は、儒教の教えが元になった言葉だが、現代語には「相互に打ち解けて和(なご)みあうこと(平和)を最も大切にし、背(そむ)き逆らわないことを規範とせよ」と訳される。今大会は、残念ながら、まだ世界各地での対立やテロが続いている中での開催となった。先日NHKのBSで放送された特集で、内戦に苦しんだ上に初出場を果たしたアフリカ・アンゴラ共和国のアクア選手の事が取り上げられていた。アクア選手は「内戦と石油だけのイメージの国ではない事をW、杯で活躍して全世界に知らしめたい」と語っていた。アクア選手は、今も銃弾の痕が残る貧しい村の子供達の憧れの的でもある。サッカーの判り易いルールと共にアンゴラの子供達は、ボールが無ければ、布やスポンジを丸めて紐で巻きボール代わりにし、サッカーに興じている。
W杯テーマソングや「アンセム」収録の公式アルバム「VOICES」 クリックすると元のサイズで表示します

また、サッカーの王様と呼ばれているペレ氏は、現役時代のインタビューで「あなたのテクニックは、何処で生まれたのか?」という質問に「貧しい少年時代、ぼろ布を丸めて蹴った路上サッカーだ」と答えていたという。サッカーを空き地での遊びとして楽しむならば、手製のボール代わりの品で充分で、今現在も、そのようにしながら技を磨いている子供が多い国もあるだろう。ブラジルの子供達、アンゴラの子供達然りで、貧富の差を超え誰でも興じ合えるサッカーは、世界共通語とも言えるスポーツだ。予選リーグを観ていても、様々な国のそれぞれの選手が、1つのボールに人生や夢を賭けて戦っている。登場してくる国々の諸事情を垣間見ながら、この選手が初めて蹴ったボールは、どんなボールだったのか?と思いを馳せてみたりすると、心が動かされ熱いものがこみ上げて来る。

いよいよ日本チームの選手達も世界の祭典、夢の舞台のピッチに立つ。日本チームのユニフォームは「サムライブルー」と呼ばれ、日本を取り囲む美しい海の青と、空=世界への飛躍を願った淡いブルーが融合した形となっているという。模様のモチーフのテーマは「刀」を意味し、日本の伝統の刀は武士道に通じると共に、相手陣営に斬り込むという意味も含んでいるらしい。因みに襟元の赤は、ジーコ監督の「日の丸を残して欲しい」というリクエストであしらわれたサンライズレッドなのだそうだ。飛鳥の時代、陽出ずる国とされていた日本…その時代を生きた聖徳太子の言葉…和ぐを持って…は、世界中の人々が武器を捨て、1つのボールの行方を追い駆けるこの1ヵ月の祭典にも、捧げられている気がした。
クリックすると元のサイズで表示します エキスコートキッズの結団式。

尚、試合開始前、FIFAのW杯テーマソング「アンセム」の音楽が流れる中、選手が入場して来るのは御馴染みの光景だが、何時の間にか子供達が選手と手を繋いで出て来るようになっていた。これはFIFAが、フェアプレーを推奨する証として「フェアプレーフラッグ」を持って入場させていたのが、フラッグの代わりに子供達をフェアプレーの象徴として登場させ、選手達と手を繋ぐ事で「フェアプレーを誓う」を意味しているのだそうだ。今大会もスポンサーのマグドナルドが募集し選ばれた日本人小学生が「エキスコートキッズ」として登場する。日本チームには、手を繋いだ子供達にも、ボロ布を丸めて蹴っている子供達にも、夢を与えてくれるような試合内容であって欲しいと願っている。

◎参考 
「W杯ガイド」・ソフトバンククリエイティブ社
中日新聞、中日スポーツ各紙面より


◎当ブログ内「オフサイドについて思う事」
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060523/archive
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2006/6/11

日本対オーストラリア戦を前に(セントレアの特設会場へ行って)  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

ワールドカップが始まり、いよいよ明日には日本チームも、カイザースラウテルン市のフリッツ・ワルター競技場のピッチに立つ。忙しい仕事の合間に、TV放送や録画した試合のVTRを観て、思った事だが、どの国の選手も、一段と凛々しい表情をしている。特にドイツチームは、先日テストマッチで日本と対戦したばかりだったが、見慣れた選手なのに、顔が引き締って見えた。まるで選手全員が床屋さんに行って「きりっ」として来たように思えた。それはW杯のピッチに立った者だけが味わえる、テンションが張った感覚ゆえに違いない。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
セントレア空港内のイベントプラザ

昨日、土曜日は、私にとって仕事が物凄く忙しい日だった。そして夕方からは友人がお客様としてエステティックに来てくれた。その友人Mさんは、昨年までサッカーには殆ど興味なかったが、この拙ブログを読んでサッカーに興味を持ってくれたようだ。特に、審判の上川氏については、私が録画したVTRを観た事もあって、深夜のポーランド対エクアドル戦を「ライブで観た」と言っていた。エステが終わった後、そんな彼女が「中部国際空港」へ行こう…と誘ってくれた。中部国際空港=通称・セントレアでは、6月4日に新規就航したフィンランド航空、セントレア-ヘルシンキ路線に因み、W杯の特設展が設けられているからだ。セントレア内に出しているテナントの閉店時間的ぎりぎりになるかな…しも思ったが、せっかくなので、出かける事にした。
イベントプラザの大スクリーン。 クリックすると元のサイズで表示します

空港へ着くと、8時を過ぎているのに、駐車場は満車だった。偶然出庫してくれる車があり入れた私達は、急いで空港内4Fのアクセスプラザへと向った。すると目の前に飛び込んで来た、巨大スクリーン…そこではポーランド対エクアドル戦の再放送が上映されていた。「あっ上川さんと、広嶋さんだ」、そう叫んでMさんは駆け出した。そのブースには、シュートの瞬間を3Dで表す画面や、タッチパネルで優勝国の地図を触ると決勝戦の一部が、流れる画面、インターネットブースもあり、なかなか楽しめる思考がなされていた。上川氏の審判ぶりは、イギリスのBBC放送でも、「上川主審ナイスジャッジ」と報道された。2度目のW杯を迎えた上川氏は、開始直後に数度の反則を取り、選手達の入り過ぎた力を抜き、緊張を解きほぐす事が出来たようだ。初の副審W杯となった広嶋氏も、CKや微妙なオフサイドを正確に判定した。W杯での日本人審判員は広嶋氏で5人目となった。過去に1次リーグ以降を日本人審判が担当した例がないので、初の決勝トーナメントでの審判団・上川チームの指名を期待していたい。
クリックすると元のサイズで表示します 審判としてW杯のピッチに立った広嶋氏と上川氏。

さて、私達は、何とかお店のオーダーストップに間に合い、栗原はるみさん(料理家)のお店で夕食を摂った。2人で食事している間もサッカーの話題で花が咲いた。「今度は、(私のお休みに)昼間来ようね」と言いつつ、空港を後に帰宅した。帰宅するとイングランド対パラグアイの激しい試合が放映されていた。天気が良くなってきたドイツのスタジアムでは、コンフェデ杯でも名物となった「ポプラの花粉」が雪のように舞いだして来ていた。この花粉は大きい物を吸い込むと呼吸困難を起こす危険性もあるという。先週まで、10℃以下の異常低温だった為、選手達のコンディションが必要以上に懸念されたが、今度は花粉の飛来が気になって来た。日本戦の為に、一雨降って欲しいと願うのは、我儘なファンの願いだろうか?

カツ(勝つ)丼が無かったので鳥唐揚丼を食べた。クリックすると元のサイズで表示します

因みに、日本の初戦となるフリッツ・ワルター競技場の名前は、1954年のW杯スイス大会で活躍した、当時西ドイツチームの主将だったフリッツ・ワルター氏の名前に由来する。その決勝戦は雨が降ったそうだ。雨の中、足を盗られるハンガリーの選手が多い中、華麗なステップで相手陣営を翻弄し、劇的な優勝に導いたこの英雄を讃えて付けられた名前だそうだが、ドイツでは雨の日の事を「ワルターの日」とも呼ぶという。蹴ったボールが伸び難いドイツの固い芝を体感した中村俊輔選手も、実は一雨降るのを望んでいるそうだ。

◎以下、上川主審と、広嶋副審のプロフィール。
主審 上川徹 
鹿児島県出身、1963年6月8日生まれ、181cm/76kg。東海大からフジタに入社、日本サッカーリーグを経て1994年に1級審判。1998年から国際主審。2002年アジアサッカー連盟(AFC)ベストレフェリー、2003年Jリーグ優秀主審賞を受賞。2002W杯で主審、アジアサッカー連盟の最優秀審判に選出され、2004年アジア杯なども担当。

副審 廣嶋禎数
大阪市出身。1962年5月22日生まれ、160cm/58kg。1982年に審判資格を取得。1994年から国際副審。Jリーグ優秀副審賞4回受賞。国際試合デビューは94年アジア大会(広島)。2005コンフェデレーションズカップをはじめ、アジア、アフリカ、オセアニア地区等での幅広い国際経験を持つ。独特のバックステップによる審判法で高い評価を得ている。


尚、広嶋氏について詳しくは、当ブログ内「主審を務める上川徹氏…もう1つのW杯の戦い」のコメント欄、こひ〜さんのコメントをご覧下さい。

◎記事参考 日刊スポーツより
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2006/6/10

W杯開会式と開幕戦…そして小野伸二選手について思う事  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

サッカーの祭典、第18回ワールドカップ(W杯)ドイツ大会の開幕式が、ミュンヘン「W杯競技場」行われた。7月9日の決勝まで全64試合が、12都市を舞台にして繰り広げられる。式典を観ていて印象的だったのは、開催国を代表したケーラー大統領の大会宣言だった。まず「ドイツを信用して開催させて頂きありがとうございます」とFIFAにお礼を言い、次に大会に協力してくれたボランティアの人達、大会委員長のベッケンバウアー氏にお礼を言った。そして「素晴らしい試合、たくさんのゴールとフェアプレーが見られることを期待します。それらが世界を一つに結びつけることでしょう」と結んだ。どんな挨拶もお礼の言葉で始まり、何度も感謝の言葉を述べられると、とても温かく心に響いて来るものだ。まして表に現れないボランティアの人達に捧げられた大統領のお礼の言葉は、改めてこの大会が多くの人達の手で支えられている事に気付かされた。
クリックすると元のサイズで表示します 32ヶ国の国旗が集った開会式。

既に、書いているこの時点で、ドイツ対コスタリカの試合が始まっている。地元チームの試合とあって会場の雰囲気も、一段と盛り上がり、両国選手達も気合が入っているように感じた。ドイツチームは主将のバラックが怪我で欠場するも、迫力があり、W杯初ゴールは開催国ドイツが決めた。前半戦が終わってその様子は、前評判が良くないディフェンス陣に弱さは見え隠れするものの、先日の日本とのテストマッチとは、選手たちの顔つきまで違うように感じた。そう、これが4年に1度の大会の雰囲気なのだ。さて日本チームの選手にについてだが、私は天才と言われながら、試合中いつも穏やかな表情に見え、闘争心がないのでは?と(私が勝手に)思うくらい温かさを感じている選手…小野伸二選手について少し書こうと思う。

サッカーのプレー経験がない私が観ていても、小野伸二選手の出すパスは、受け手に優しいパスのような気がする。ネットや新聞、雑誌等で調べてみると、やはり小野選手のパスは、滑らかな回転がかけられ、受け手が次の攻めへとスムーズに移行出来、「メッセージ付きのパス」と書かれていた。そしてそのパスは「エンゼル」とか「シルキー」に例えられ、球足が速く鋭い中田英寿選手の「キラーパス」と言われるのと好対照と記されていた。その小野選手が、日本代表として際立った活躍を知らしめたのは、2004年、中田選手が怪我で不在だった4月の対チェコ戦と、6月の対イングランド戦だった。豊富なアイデァを基にして、周囲を生かすパスを繰り出したという。そんな小野選手のルーツを辿ってみると、原点はブラジルの選手にも通じるストリートサッカーである事が判った。
「エンゼル」の名が相応しい?小野選手クリックすると元のサイズで表示します

小野選手は、既に中学生の時から天才と注目されていた。彼が在学した静岡県沼津市の今沢中学の鷹中教頭先生は、中日新聞の取材記者に、小野選手の中学生時代を振り返って「校庭でも、団地の空き地でも、何処でもボールを蹴っていたから、伸二の持っていたボールはつるつるだった」と語っている。小野選手は、生まれ育った団地の駐車場で、停めてある車にぶつからないように壁に向ってパスをしたり、車の間をドリブルですり抜けたり、常にボールと戯れながら蹴り方によるボールの反発力の違いを自然と身につけて行ったのだそうだ。更に小野選手は柔らかなボールタッチで自在に操るだけでなく、選球眼、視野の広さも研ぎ澄まされているという。ボランチとして相手の選手をその類い稀なテクニックでかわし、アイデアを詰め込んだパスで味方の攻撃に転ずる。即ちピンチを一気に好機へと転ずるパスを、繰り出せるのだ。

私が僭越ながら何となく感じていた小野選手の温かさと人柄の良さは、やはりそのプレーにも表れていた。柔よく剛を制す…小野選手のプレーを追いかけるとこの言葉が浮かんで来た。また小野選手について調べて行くと実は10年前、小野選手と、高原直泰選手は、ロナウジーニョと対戦していた事も判った。それは、静岡県選抜の「静岡ユース」とブラジルのクラブチーム「グレミオ」戦だった。当時ロナウジーニョはサブだった為、ピッチでの直接対決は無かったが、今大会でこそ、キックオフ当初からから2人の足技対決を観てみたいと思った。その希望が、もうすぐ現実になろうとしている。小野選手、ロナウジーニョは勿論だが、全ての選手達に怪我が無いように祈り続けたいと思っている。
 クリックすると元のサイズで表示します 小野選手と日本代表のチームメイト達

尚、ドイツ対コスタリカ戦は、攻撃のサッカーを象徴したような試合内容で、ドイツが4対2で勝利した。益々開催国ドイツは盛り上がりを見せるのだろう。そして今から、始まるポーランド−エクアドル戦では、日本チームに先駆けて、日本人審判の上川主審と広嶋副主審が登場する。録画はセットしてあるが、生で観たい気持がなかなか抑えられなさそうだ。しかし、明日はとても仕事が忙しくなりそうなので、残念だがそろそろ床に着く事にする。

★お詫び…いつもコメントを下さっている方々へ
コメントの返事が、遅くなりました。ごめんなさい
やっとお返事させて頂きましたので、今後共、宜しくお願い致します。
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2006/6/9

サッカーW杯・今日開幕…ドイツの厳戒警備に思うこと  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

サッカーのワールドカップの事実上の前夜祭「ファン・パーティー」が、7日の夜、ベルリン中心部ブランデンブルク門前で開かれた。当初は8日に五輪スタジアムで正式な前夜祭が計画されていたが、芝生が荒れる事を懸念されて中止になり、ベルリン市などが主催する中心部の集会に変更された。ドイツはW杯開幕まで1日を切り、ドイツ国内での試合開催都市を中心に、盛り上がりを見せているという。一方、国内外から300万人以上の参集が見込まれる巨大イベントとなるW杯の1ヵ月間を、無事故で乗り切る為に、ドイツ警備当局は警戒に余念がない。34年前のミュンヘンオリンピックでテロリストによる悲劇を防ぐ事が出来なかっただけに、国を挙げての取り組みとなっているようだ。
クリックすると元のサイズで表示します 前夜祭「ファンパーティ」の様子…ベルリンにて。

奇しくも8日、イラクの聖戦「アルカイダ組織」の指導者・ザルカウィ容疑者の、空爆による死亡のニュースが流されたが、まだ油断は出来ない。今大会には、イラクで武装勢力の掃討に携わって来たアメリカ、核開発問題で国際社会を挑発しているイランも参加する。ドイツ自身もアフガニスタンへの派遣部隊に攻撃が仕掛けられたり、イラクで国民が人質にされる等テロの脅威に無縁ではない。前記した1972年の「ミュンヘン事件」はスピルバーク監督によって映画化もされたが、オリンピックの選手村がパレスチナの過激派組織・黒い九月を名乗るテロリスト8名に襲撃され、イスラエル選手団が拉致された。ドイツ当局は、イスラエル選手団の救出作戦に失敗、選手コーチら11名が犠牲となった。

この苦い記憶を繰り返さないよう、今大会の各競技場では、入場者に対して空港並みのチェックを実施し、凶器は勿論、ビン類の持ち込みも禁止する。ドイツ基本法(ドイツの憲法)で、警察活動を禁止している連邦軍は、大規模災害に備える…という名目で兵士7000人を配置、生物・化学兵器防護部隊も待機し、各競技場で救出訓練を繰り返して来た。上空からは空軍が監視を強化し、競技中は各スタジアムの周辺半径5・4キロ以内を飛行禁止区域に指定する。また、既に行ってきた、出入りの業者や競技場の通行証を申請した約25万人の審査では、過激派やテロ組織の関係が疑われる人物を中心に約400名を不許可としたという。
フランクフルトで開催された前夜祭 クリックすると元のサイズで表示します

また、W杯に付き物?のフーリガンにも厳しく対処する用意がされている。例えば決勝戦が行われるベルリンのオリンピックスタジアムには、地下に定員29人の留置場が備えられているそうだ。このスタジアムには2004年から設置されているが、他の競技場にも同じような施設が備えられたという。勿論、競技場での対策もさることながら、力を入れて来たのは事前の封じ込めであった。まずは国内で前歴のあるフーリガン約6000人をリストアップし、専従班、約140人体制で動向を把握してきた。ドイツのフーリガンは1998年のフランス大会でも警察官に重症を負わせており、自国民の不祥事はホスト国としてま対面にも関ると厳しく監視している。欧州各国の警察にも、協力を依頼し、鉄路、道路で国境の検問を実施する。開催期間中は、EU(欧州連合)各国の制服警官300人がドイツに集結し、各会場でサポーター達の動向に目を光らせる。尚、フーリガンの本場?イギリスからは最多の40人が派遣されたそうだ。

そんな中、テレビでは、日本人として情けないニュースが流れた。4年前のW杯では、日本チームがベスト16に進出した事を喜ぶサポーター達が、大阪の道頓堀川に飛び込み、複数の怪我人が出た事があった。その情報を受けて、日本チームが合宿しているボンの新聞には、わざわざ日本語で「喜びのあまり水に飛び込むのはやめましょう!」というメッセージが掲載され、ボン市長も「水質はいいが、流れが急で危険」と禁止を呼びかけたという。日本チームには、決勝リーグへと進んでほしいが、ドイツまで駆けつける熱心な日本人サポーターから、怪我人そして逮捕者などが、絶対出ないようにと願いたい。

↓日本代表 オーセンティックジャージーSS(ホーム&アウェイ用)↓
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
◎箸休め
今大会、日本チームが、予選リーグで使用するユニフォームの色が決定した。対オーストラリア戦は青のユニフォームに白のパンツ、そして青のストッキング。クロアチア・ブラジル戦は全てブルーを使用するという。この色の決定は、対戦相手の区別し易いように指定されるのだが、南米やアフリカなど貧しい国のテレビ放送では、まだ白黒放送もある為、モノクロでも区別が付き易いようにと…配慮されているそうだ。

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2006/6/8

W杯まで後2日…主審を務める上川徹氏…もう1つのW杯の戦い  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

サッカーW杯の審判団が、5日フランクフルトにて報道陣の前で、試合に臨む抱負を述べた。昨年1年間の試合のインステプターによる審判テストと、3月末にフランクフルトで開催されたた体力テストをクリアし、栄えあるW杯の審判に合格した上川徹(42才)氏は、「力を入れずにやりたい。皆で協力していい試合を作りたい」と抱負を述べたという。W杯の審判のテスト制は、日韓大会で審判の誤審に対する苦情がFIFAに殺到した事を反省し、今大会から行われるようになった。また、意志の疎通がし易いようにと、同じ大陸連盟に所属する主審と副審2人がチームを形成して、試合を担当するシステムが採用されている。上川氏と組む副審は、広嶋禎数氏、金大英氏(韓国)となり、開幕当日のポーランド−エクアドル戦の審判を務める。日本から2人以上の審判が参加するのは初めての快挙だ。
クリックすると元のサイズで表示します上川氏を主審としたアジアチーム。
右から金氏、上川氏、広嶋氏


W杯の審判は、1試合1試合審査されて認められた優秀な審判だけが、次の試合の笛を吹く事が出来る。上川氏は、前大会も主審を務めたが、担当した試合は、アイルランド-カメルーン戦の1試合だけだった。各審判団は先月26日から、大会中の拠点となるフランクフルトに入り、合宿をしながら、判定基準の統一や体力維持に努めて来た。上川氏は、9日の試合に集中、「しっかり試合をコントロールしないと先はない」と表情を引き締めている。上川氏の目標は、決勝トーナメントで笛を吹く事…。日本チームが決勝まで進んだら有得ないが「出来れば決勝戦の笛を吹きたい」と、NHKの特集番組で語っていた。

上川氏は、元サッカー選手だった。大学卒業後社会人チーム「フジタ」に入団するも、右膝を痛めて現役引退を余儀なく迫られた。サッカーに関っていたい夢を捨てきれず、審判のテストを受けた。そして審判員としてデビューしたのは、けっして早くない28才の時だった。何より試合経験が必要だと自ら希望して試合のある所に出むき、笛を吹いた。その功あって、1996年Jリーグの審判員に昇格する。しかし、主審の権限を駆使し笛を吹き続けた試合は、選手達の反感を買いラフなプレーが相次いだ。試合中、上川氏が吹いた笛の回数は58回。上川氏はその再現VTRを観て「試合をコントロール出来ていない」と反省した。この試合を戒めとし、上川氏が目指したのは、反則を未然に防ぐ試合にする事だった。
主審としてピッチに立つ上川氏 クリックすると元のサイズで表示します

上川氏は、国際審判員に昇格後、反則の内容によって表情を変えるというフェイスコントロールで選手にアピールし続けた。必要に応じてはまた間合いを取ったりし選手達を落ち着かせる事に努めて来た。更に体力トレーニングや試合の流れを読む為の努力はいとわなかった。そんな上川氏が、FIFAからW杯ドイツ大会の審判候補46人に選ばれたのは、的確な判断力もさることながら、試合中の位置取りの良さを認められての上だった。プレー全体を見据えて試合の流れを読み、ボールの動きを推理しての位置取り、特集で流されたVTRでも、上川氏の動きはJリーグ昇格当時とは、うって変わって選手のプレーを見渡せる好位置となっていた。今年1月1日に行われた天皇杯は、日本国内の主審の中で昨年1年間、最も優秀と見なされた主審が笛を吹く。上川氏は、天皇杯の審判を務めた。

そして迎えた3月24日。フランクフルトでの体力テスト。上川氏は、W杯の開幕時には43才を迎える。サッカーの審判の定年は45才の為、今大会が主審として笛を吹ける最後のチャンスとなっていた。サッカーの主審が1試合で走る距離は約12キロと言われ、優秀な選手の走る10キロを上回る。ゆえにFIFAの体力テストは、体力とスピードには自信があった上川氏にとっても並大抵にメニューではなかった。40m走 6・2秒以内で6回走る。その10分後に、150mを30秒以内で、20回走る。スピードと回復力を試されるハードな内容だった。上川氏はサッカー選手時代に痛めた右膝の痛みを抱えていた。半月板が炎症を起して手術も受けた。膝の負担を減らす為に、ふくらはぎ、太腿、腰などの筋肉を鍛えて来た。体力テスト当日、肉離れ等で脱落して行く審判候補達を見ながら、祈るような思いだったという。上川氏はそのテストも無事クリアし、結果、W杯ドイツ大会の主審に選ばれた。

W杯主審決定の連絡があった翌日の4月1日、上川氏は、Jリーグのガンバ-エスパルスの主審を務めた。試合は選手達がボールに集中する好ゲームとなった。この試合で上川氏が吹いた笛の数は僅か12回。上川氏の理想とする「選手達の精神状態をコントロール出来た反則の少ない試合」だった。上川氏はその試合の後、語っている。「理想とする試合運びに近づけた。W杯でも平常心でしっかりと試合をコントロールしたいと思います」。W杯のもう1つの戦い…厳しいテストをクリアした審判達の活躍ぶり…私はまず、9日の開幕日に上川氏が笛を吹くポーランド−エクアドル戦を観ようと思っている。上川氏の長男、隆君(13才)は努力をし続ける父の背中を見て4級審判員の資格を取った。そこには父を尊敬する心があった。開幕中には父の日も迎える。上川氏にとって何よりのプレゼントとなっただろう。今大会…。少し視点を変えて上川氏を始めとする審判員の活躍にも注目したい。

◎当ブログ内 W杯前回大会決勝の主審を務めたコリーナ氏について。
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060524/archive

◎お詫び(6/21)
上川氏の社会人チームの名を間違えていましたので訂正させて頂きました。
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2006/6/7

サッカーW杯まで3日…ブラジル・強さの秘密(カカーとロビーニョ)  サッカー&ワールドカップ・ドイツ大会

スイス合宿を終えたブラジルチームが、ドイツ入りをした。スイス合宿の締めとして行ったテストマッチのニュージーランド戦では4-0と快勝し、その強さと華麗な技を見せつけた。中盤の右としてフル出場したカカー選手、MFとしてパスをを排球するだけでなく、自らドリブルを仕掛け、裏に抜け出すシーンも多くコンデションの良さをうかがわせた。カカー(本名、リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ)は、ブラジルのブラジリア出身、ブラジルの選手にしては珍しく上流の家庭で育っているが、その事を鼻にかける事もなく気さくな性格で人望も厚いという。愛称のカカーは、幼い弟が「リカルド」と発音出来ず「カカー」と呼んだ事に由来する。2004年のW杯予選では、ブラジル栄光の「10番」を背負うが、監督に直訴し、ロナウジーニョに譲ったという逸話がある。
クリックすると元のサイズで表示します 『貴公子』カカーの華麗なプレー。
コンフェデ杯にて…(手前はアドリアーノ)


W杯、前回大会で、カカーは、セレソン(誇りあるブラジル代表)として1試合、18分のみの出場だったが、その甘いマスクでファンを惹きつけた。現在イタリアのACミランに所属し、アルマーニのCMにも出演している。その品の良さも手伝ってブラジルの『貴公子』とも呼ばれている。ロナウジーニョや後で記すロビーニョと同じく、15才まではフットサルとサッカーを掛け持ちをして技を磨いた。今シーズンのリーグ戦では、チームは順決勝でバルサに敗れたものの自己最多得点の14点を叩きだし、最優秀外国人選手賞を受賞した。ブラジルの華麗な攻撃陣を操る司令塔として、ロナウジーニョと共に現代最強のダブル司令塔…「ファンタジスタ」→(イタリア語・芸術的なプレーで観客を魅了する選手)の競演を、世界中が注目している。

一方、ニュージーランド戦では途中出場となったロビーニョは、本名をロブソン・ジ・ソウザといい、愛称、ロビーニョは「小さなロブソン」を意味する。その愛称の如く、身長172cm、体重60キロとセレソンの中では小柄である。しかしながら、「ペダラーダ」(自転車のペダルの意)と呼ばれる高速の跨ぎフェイントで、相手を幻惑する独特のドリブル技術を持っている。幼少時は貧しく、常にお腹を空かせていたというが、15才で出身地サンパウロのサントスFCに加入後は、サッカーの王様で同じサントス出身のペレから「まるで15才の時の自分の姿のようだ」と絶賛された。「ドリブルキング」との異名を持ち、相手には決してボールに触れさせず、ペナルティエリアまで楽々と運び、相手が無理にタックルにこれば、ファウルでとなりPKを獲得してしまうシーンをよく見せてくれる。
ペレも絶賛『ドリブルキング』ロビーニョクリックすると元のサイズで表示します

先に書いたカカー、ロナウジーニョ達と同様に、フットサルで技を磨いたロビーニョは、既に8才でフットサルの大会で優勝、得点王となる大活躍をしていた。ゴール前の冷静さは、当時から年上の選手にひけを取らず、シュートミスが少ない事でも知られている。更に2003年の南米選手権、コリンシャス戦で見せた「ぺダラーダ8連発」は、ヨーロッパのチーム各スカウト陣をうならせた。現在、レアル・マドリードCFに所属し、先輩のロナウドを「会長」と呼び、兄のように慕っているという。尚レアル・マドリードへ移籍が決まる頃、その契約金5億8000万を目当てとした母親の誘拐という事件も起きている。幸い母親は、無事だったようだが、その事件によって移籍が遅れたそうだ。また、2005年開催のコンフェデレーションカップでもぺダラーダを駆使して大活躍し、ロナウド不在の穴を見事に埋めた。技のブラジルサッカーを象徴するようなロビーニョは、ブラジルの子供達にも圧倒的支持率が高く、NHK・BS放送の特集でも、子供達は「ロビーニョのぺダラーダでブラジルが優勝だ」と叫んでいた。ブラジルチームの中では22才と最年少のロビーニョ…。次世代を担う選手となるのは間違いない。

ニュージーランド戦では、コンフェデレーションカップに参加したロナウジーニョ、アドリアーノ、カカー、ロビーニョの「カルテット・マジコ」に、怪我から復帰したロナウドも名乗りをあげ、大活躍した。ロナウドのスピードあるドリブルでの突破と、両足から放たれる正確なシュートは、怪我の状態が懸念され4年前の迫力こそ無いものの、世界最高のストライカーである事に変わりはない。ブラジルチームについては、攻撃力ばかり書いて来たが、ディフェンズ陣にはロベルト・カルロス、カフーらが名を連ね、ベテランも貢献している。華麗な個人技とパスで繋がれた世代を超えたチームワーク…。サンバのリズムに乗るような心地よいブラジル選手達のプレーの数々に、観ているだけで酔いしれてしまう。今大会…各国はブラジル史上最強と言われるこのチームに、どのような戦術で挑むのだろうか?ブラジルチームに死角はあるのか?また、欧州開催時では、南米チームの優勝は、1958年のスウェーデン大会のアルゼンチンのみという確率の低さ…優勝国の「地の利説」を覆す事は出来るのか?開幕を前にして、眠れない夜が続きそうだ。

◎参考
NHK BS 特集 『ブラジル 攻撃サッカーで2連覇を目指す』より

◎こひ〜さんのブログ…ブラジル優勝を占う「3964の法則」について。

http://blog.livedoor.jp/kohhy_pajero/archives/50681675.html

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