2007/10/10

繭で作った花…「花まゆ」の作品展示を観て…No2  日記(今日思うこと)

「花まゆ」の作品を生でを観て感動したが、残念な事に衰退の途を辿っている、日本の養蚕業について少し書こうと思う。日本の養蚕業の歴史は古く、弥生時代に、中国大陸または、朝鮮半島から伝来したとされている。幕末から昭和初期にかけて全盛期を迎え、海外にも良質の生糸を大量に輸出していたが、化学繊維の開発、和服離れ、安価の輸入糸の普及…等の理由で養蚕業は斜陽化、昭和50年代後半頃から次々と廃業するに至った。現在では、福島県の伊達市や、群馬県の安中市等の一部の地域で高品質の生糸作りが行われている。尚、福島県伊達市梁川で書き残された養蚕技術書は、交配技術の遺伝学研究の貴重な資料となり、フランス語に翻訳されて、フランスのパスツール研究所で教材として使用されたという。また平成2年から皇居の紅葉山御養蚕所では、皇后様の手によって日本の純粋種と言われる「小石丸」という蚕が飼育されている。「花まゆ」の作者、酒井登巳子さんは、繭の新しい表現方法となる「花まゆ」によって、日本の繭と絹の美しい魅力を1人でも多くの人に伝えたい…と、その著の中で結んでいる。

※以下「繭から生まれた花」より転写した写真(クリックで拡大)
クリックすると元のサイズで表示しますチューリップ…繭の形が生きている。

八重桜と緑の葉 クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します渋いワインレッドの薔薇

「花まゆ」の花びらの作り方…(右上から順に)
繭の内側から1枚ずつ剥ぐ。クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します出来上がった「花まゆ」の薔薇。

汚れてしまったくず繭達クリックすると元のサイズで表示します
(品種は、皇居で飼育されている小石丸)

※以下、ヒルトンプラザの方に許可を頂いて撮った写真。
クリックすると元のサイズで表示します

拡大すると繭で出来ていると分るクリックすると元のサイズで表示します

★20代から40代まで…参加した4人、それぞれの絹で出来た和服の装い…。
クリックすると元のサイズで表示します銘仙(左)とロウケツ染めの紬を着て。

単の付け下げに箔の帯クリックすると元のサイズで表示します
(帯留めはトンボ玉)

クリックすると元のサイズで表示します地空きの兎模様の泥大島(筆者)
帯はすくいの桔梗柄の紬袋帯。帯留めは清水焼の兎(9月という事で合わせてみました)。

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2007/10/9

繭で作った花…「花まゆ」の作品展示を観て…No1  日記(今日思うこと)

「花まゆ」…私がこの言葉を目にしたのは、半年近く前だっただろうか…或る月刊誌で花嫁ブーケの写真を見た時だった。それまで、ブーケと言えば『生花が一番』と思っていた私にとって、衝撃的と言っても過言ではなかった。掲載されていた「花まゆ」のブーケには、柔らかくそして気品溢れる美しさが溢れていた。
クリックすると元のサイズで表示します 繭で出来たブライダルブーケ。
繭をピンクに染めたブーケ。クリックすると元のサイズで表示します


気になって調べてみると、作者は名古屋市在住の酒井登巳子さん。造花作家として35年間、シルク等を使用して花を作られ、各地で教室を持って教えられている。酒井さんが繭を使って花を作る契機となったのは、18年前、養蚕農家から依頼を受けた生徒さんが「繭を使って何か出来ないでしょうか?」と持ち込んだ事だそうで、試行錯誤の上、現在の作り方を編み出されたという。中でも生糸生産の副産物として焼却処分にされていた「くず繭」を使用して作られた花は、生成り色が自然で、味わいも深く、私は1度生で見てみたいと思っていた。そんな折、東京に住む知人から、7月に東京高島屋にて「花まゆ」の個展が開かれると聞いたが、渡米した事もあって上京する事は出来ず、名古屋のギャラリーも訪れる機会が無いままとなっていた。
クリックすると元のサイズで表示します くず繭で作られた椿の花

私は仕事柄か、祖母を始めとする親族の形見として、紬系の織りの着物(以下和服)を貰う事が多く、手元には何枚かの普段着の和服が集まって来ている。その和服達の裄(袖丈)を直して、何時でも着られる状態にはしているが、最近和服を着る…と言えば、冠婚葬祭となってしまい、なかなか普段着に手を通す機会が減っている。そこで友人と相談し普段着の和服を着て出かけよう…という日を決めて有志を募り「着物会」と名付けていた。第1回は2月に開催、梅を観に出かけた(当ブログでも紹介した)のだが、以降、友達は病院勤めの為、休みが合わず、やっと9月24日に都合がつく運びとなった。今年の9月は暑かったので、私達は始め美術館にでも行こうと思っていたが、ふと「花まゆ」ギャラリーに寄ろうと思い立った。すると偶然、名古屋市内のヒルトンホテル地下のヒルトンプラザで展示があるとHPを観て知り、嬉々として出かけて行ったのである。
クリックすると元のサイズで表示します繭で作られたススキの生け込み
萩の花の拡大(於ヒルトンプラザ)
クリックすると元のサイズで表示します

『控え目に輝く、乳白色の丸くて小さな繭、
とても軽く、掌にそっと載せて、軽く握ってみたら、私の体温と同化したように温かい。
そしてしっかりとした固さ。
握ってみるとカラカラと乾いた音がして、蚕の存在をしっかりと伝えています。
「ごめんなさい」と言って鋏を入れます。
中には小さな仏様のような乾燥した蛹。
「粗末にしないように大切に使わせて頂きます」ともう1度鋏を入れます。 
内側は、お蚕さんが頭をフリフリ一生懸命、無心に糸を吐き続けて作った層があります。
「ありがとう」お蚕さんに想いを馳せながら、
その層を一枚一枚剥いで行くと、花びらが生まれます。
透ける程に薄い花びらは、羽根のように軽く、優しい光沢があり、
繭独自の丸さが、自然のふくらみを与えてくれます。
そのふくらみを大切にして、指先をそっと添えてまとめると、花になります。
花は光を浴びると麗しい輝きを放ち、風を受ければゆらゆらと軽やかに揺らぐ。
自然に溶け込む程の透明感を持って、愛らしく…
まるでお蚕さんの囁きが聞こえて来るような、心和む花となります。
繭から生まれた花は、繭が生んだ花。
繭で花を作るのではなく、繭が花を作らせてくれる「花まゆ」になるのです』。 

-写真集「繭から生まれた花」より引用-
クリックすると元のサイズで表示します しだれ桜…日本の繭で日本の花。


★「花まゆ」酒井登巳子さんの公式HP
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hanamayu/
※於ヒルトンプラザ以外の写真は、写真集「繭から生まれた花」より転写。
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2007/9/12

9月11日…米国同時多発テロが起きた日に思う事  日記(今日思うこと)

6年前のこの時間…私は電話をかけていた。まずボストンの知人の無事を確認後、従姉に依頼されて仕事でニューヨークへ出張していた従姉のご主人に…。従姉から、そのご主人は、ワールドトレードセンター近くにあるビル内の弁護士事務所へ行く予定が入っていたらしいと聞き、回線がビジー状態の中、東京より名古屋からの方が電話も通じやすいかもしれない?と、手分けして連絡を取っていたのだ。朝方になって、ようやく無事の確認は取れたが、2キロ以上離れたホテルのエントランスにも大量の粉塵が積もっていたという。テレビ画面では、各局ともに、その衝撃的映像を何度も何度も映し出し、世界中が震撼した。あれから6年…。今もテロの恐怖は抜け切らず、世界の何処かで戦火も耐えない現実がある。
クリックすると元のサイズで表示しますNY…ツインタワーの無いマンハッタン
リバティ島(自由の女神像)に向かう船より撮影。


昨年の記事にも書いたのだが、同時多発テロの丁度1年前…即ち7年前のこの日、東海地方では、停滞した秋雨前線と太平洋上の台風14号の影響で、2日間の総雨量が567ミリと年間の3分の1を上回る(名古屋市調べ)後に東海豪雨と呼ばれる大水害が起き、私の家も浸水被害に遭った。雨は舗装された道路を川にして、比較的海抜の高い地域に建っている家をも浸水して行った。大気が不安定になり竜巻も起きて、知人の家は半壊、台風の直撃を受けなかったにも関わらず、自然の猛威の前に自分の無力を痛感させられた。
美しい自然を大切に… クリックすると元のサイズで表示します

奇しくもこの1年を経て、同じ日に起きた天災と人災…。私には大きな衝撃だった。今冷静に振り返ると、テロ行為は、けっして武力で抑える事が出来ない事を、その6年の経過から私達は学ばされた。協調性という言葉を使うには、少し安易な気もするが、自分とは違う相手を理解する事が大切ではないか?!と思った。そして進む地球温暖化による天災被害が年を追う毎に増大しつつある事も、痛感させられている。最早、対岸の火事ではない。私達一人一人が、自然から恩恵を受けて暮らしているという…最も原始的な考えに立ち戻るべきでは…と思っている。
クリックすると元のサイズで表示します NY…サウスステーションの星条旗。

※以下、9月11日付け、中日新聞掲載の「中日春秋」が、大変印象深かったので転載する。

▼摩天楼を白い煙のようなものが這い登っていく。高層ビル街の谷底は騒然となっていた。2ブロックほど先の現場へ急いだ。7月半ばに訪れたニューヨーク・マンハッタンでの事…。大規模ではあっても、結局はただ地中の蒸気管が爆発した事故。だが周囲のニューヨーカーたちの顔はこわばったまま。やがて現場にも携帯電話などを通じて「テロの兆候なし」の情報が伝わる。それでやっと空気が緩んだ。

ミネソタ州ミネアポリスで8月、高速道路の橋が突然崩壊した時も当局は素早く「テロとのつながりなし」と発表している。米国が中枢同時テロに見舞われてから、今日で6年。今でも何か尋常ならざる事態が起きる度に、人々はまず「テロか」と身を硬くする。その名の通り、テロが狙う果実は恐怖である。だから、おびえたら負けとばかり、かの国はそれを「愛国」や「強いアメリカ」への熱狂と読み変えて、武力を振りかざす道を選んだけれど、この6年を見れば、市民の心に巣くった恐怖を減ずる十分な効果があったとは思えない。

パレスチナ人を父に持つ米国の作家ナオミ・シーハブ・ナイは、同時テロ後に著したエッセーに書く。米国を一言で言い表さなければならないとしたら、それは「受け入れる事、になるだろう」と(『私たちはなぜアメリカ人なのか』)9・11の後、中東でも何処でも目立つのは米国流の価値観の押しつけだ。米国が、多様性を「受け入れる」という最大の美点を自ら損ない続ければ、更に世界の支持を失う。それこそ、テロの果実である▲


※テロリズム(英terrorism…小学館 大国語辞典より一部引用)
語源はフランス語の“Terreur(恐怖)”。 一定の政治目的の為に、暗殺や暴行、粛清(しゅくせい)等の直接的な恐怖手段に訴える主義。暴力主義。またその行為の事。

※同時多発テロ、東海豪雨等の災害でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈り致します。
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2007/8/12

ジョー・オダネル氏の訃報に思う事…旧盆、終戦記念日を前に…。  日記(今日思うこと)

仏教では、明日、13日から旧盆…禅宗では、迎え火を焚いて故人の魂を家に迎え入れる。そして15日は旧盆の中心の日である上に、周知の通り太平洋戦争の終戦記念日である。また、キリスト教(カトリック)では、15日に聖母マリアが天国に召された日として、「聖母の被昇天」という祭典が行われるなど、多くの人が、心静かに亡き人々に思いを馳せる時期だとも言える。私も今年は、親族、知人の中で、初盆を迎える家も多く、仕事で出向けないお宅には、本日お供えを発送したりした。また、今日、12日は22年前、日航機が墜落した日でもあり、今もニュースが報じたその画像は、私の中で鮮明に蘇って来ていた。
クリックすると元のサイズで表示します ←蓮の花…蓮華とも呼ばれ、
仏教では「極楽浄土の象徴」とされている。


そんな中、写真家のジョー・オダネル氏の訃報が届いた。奇しくも今月4日から、長崎で『グランド・ゼロ』と題した写真展が開かれており、被爆地として初の写真展開催が実現されたのだが、ご本人も、写真と共に来日されたかっただろう…と推察していたところだった。惜しい方がまた1人お亡くなりになってしまった。私はオダネル氏が、2年前来日され、名古屋(南山高校・中学の文化祭)へ来られていたにも関わらず、仕事の為、出向く事が出来なくて、お目にかかれなかった事を、とても残念に思っている。しかし、オダネル氏が遺された写真に込められた『核廃絶』のメッセージは、永遠に語り継いで行かなければならない、と言い聞かせながら、『グランド・ゼロ』の写真展が、より多くの地で開催され、そしてオダネル氏が遺した写真集…「トランクの中の日本/米従軍カメラマンの非公式記録」が再版されるように…と、唯ひたすら願っている。

★2006年8月9日記事
「爆心地を撮影した米カメラマン、ジョー・オダネル氏No1、No2」
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20060809/archive

夕陽に輝くパムッカレ(石灰棚)クリックすると元のサイズで表示します
(写真ご提供…スピンさん)

 
「残暑お見舞い申し上げます」
お陰様で私は、8月8日に無事帰国し、
(レッドソックスの試合結果を見て一喜一憂しながら?)
毎日、元気に仕事をしています。
留守にしましたので当たり前ですが、忙しい日が続き、
仕事の後は、パソコンの前に座るどころか、
ベッドに向かってスライディングするかの如く?眠ってしまっています。
記事中で恐縮ですが、ボストンでお世話になった方々を始め、
ブログを読んで頂いた方々、そしてコメントを頂いた方々に、
厚くお礼を申し上げます。
『ありがとうございました。今後共ご指導の程、どうぞ宜しくお願い致します』。

※追記
ボストン関連の記事、及び写真なども追々UPさせて頂きます。
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2007/6/30

クイーンアリスへ食事に…No1 雨上がり…東の空に架かる虹  日記(今日思うこと)

29日の夕方から、友達が中部国際空港・セントレア内にある、レストラン・クイーンアリスで、(23日が貸切で予約不可だった為)一週間遅れの誕生日を祝う食事会を催してくれた。29日は、月末・年度末である事も重なって、サロンワークも経理関係の仕事も忙しい日ではあったが、せっかく予約を取ってくれたのだから…と出かける事にした。私達の車は雨上がりの知多半島道路を一路、セントレアへと向かった。走行中、友達のMさんが「虹ー!」と叫んだので、彼女が指差す東の空を見てみると、綺麗な半円の虹が、架かっていた。それもよく見ると2つ…。私達は思わず路側帯に車を停めて、虹に魅入ってしまった。私の拙い腕では、なかなか上手く撮影できなかったが、載せたいと思う。(写真はクリックで拡大します)
クリックすると元のサイズで表示します近すぎたが綺麗な半円だった。
虹の外側にもう1つの虹が…
 クリックすると元のサイズで表示します

虹とは、周知の通り、英語ではレインボー(rainbow)。これは、外来語として日本語にも取り入れられているが、「雨の弓」という意味がある。フランス語では、アルカンシエル(arc-en-ciel)と言い、「空に掛かるアーチ」の意味があるという。今回見る事が出来た2つの虹は、色もはっきりと見える、主虹(しゅこう)と呼ばれる虹の外側に、副虹(ふくこう)と呼ばれる薄っすらとした虹が見られた現象で、写真では分りにくいが、主虹は赤が一番外側となり、内に向かって橙、黄、緑、青、藍、紫の七色(と、日本では決めれているが)で、副虹は、逆で赤が内側、紫が外側となり、反対になっているとそうだ。古代中国で主虹は、「虹」(こう)と呼び、『空に横たわる竜』の一種とされていた。また主虹は雄とされ、対する副虹は雌とされて「霓」(げい)と書かれていたという。(参考・Wikipedia) 私達は、出発前、フランス料理の事で頭が一杯?だったが、虹を見た瞬間、感動と喜びで心が一杯になった。

※この後、私達が食べたクイーンアリスでの食事…
フレンチのフルコースの写真と内容は、また後日掲載します。ごめんなさい。


★せっかく頂いたコメントの返事が、遅れてしまっています。
少しずつ、時間を見つけて書かせて頂きます。申し訳ありません。
更に、スパムコメントが続いている為、(絶対したくなかったのですが)
止むを得ず、コメント欄も承認制とさせて頂きました。
何卒、ご理解下さいますよう、どうぞ宜しくお願い致します。

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2007/5/20

「にわぜんきゅう」さんのアトリエを訪ねて…お地蔵さんの絵他  日記(今日思うこと)

知多半島道路を内海インターで降りて約10分、磯の香りが漂う町の一角に、「丹羽善久…にわぜんきゅう」さんのアトリエ&ギャラリーは、その静かな佇まいを見せていた。私は数年前、ぜんきゅうさんの描かれた『お地蔵さんの絵』を見てから、是非訪れてみたいと思っていたが、友達との予定が合わず伸び伸びになっていた。15日の午後、私は1人だったが、時間が出来たので思い切って出かけることにした。知多半島道路も、半田インターより先は、自然の山々の中を走る形になっており、窓を開けると新緑の香りが漂って来て、ドライブしていても心地よかった。予め電話してぜんきゅうさんがご在宅かを確かめて出かけたが、アトリエに着くと、奥様が「ようこそ、ようこそ」と笑顔で迎えて下さった。また、ぜんきゅうさんは、毎週火曜日には施設からご帰宅されるお母様と一緒に、お庭でくつろいで居られ、快く写真撮影にも応じて下さり、温かいお人柄が伝わって来るようだった。

クリックすると元のサイズで表示します アトリエ入り口の門

「ようこそ」の看板が出迎えてくれる
クリックすると元のサイズで表示します

築163年の家を改築されて作られた、ぜんきゅうさんのアトリエ&ギャラリーは、心の故郷へ帰ってきたような…懐かしささえ感じられる建物で、中に入ると、ぜんきゅうさんの描かれたお地蔵さんの絵が沢山展示されていた。私はついつい嬉しくなり、時間の経つのを忘れて見入ってしまった。奥様は、わざわざ佐渡から取り寄せられたという金粉入りの『おけさ柿茶』を出して下さり、ぜんきゅうさんが、お地蔵さんの絵を描かれるようになった経緯などをお話して下さった。ぜんきゅうさんは、40代になってから、帰郷した故郷、内海の海の石や砂の美しさに癒され、石や流木を使った造形作家としてアトリエを設立された。そしてボランティアとして老人ホームで絵や習字、粘土を使った人形作りを教えておられるうち、ご老人からの要望があってお地蔵さんの絵を描かれるようになったそうだ。
クリックすると元のサイズで表示しますお地蔵さんが描かれた盾…まあるい心で…。

砂で丸く着色されている。
クリックすると元のサイズで表示します

ぜんきゅうさんの描かれるお地蔵さんは、墨で一筆書きのようにすっきりと描かれ、そして内海の浜の細かい砂で着色されている。現在はアクリル絵の具で着色された多彩な絵も描かれてはいるが、私は初めて見た時、この砂で着色されたお地蔵さんの絵の虜になった。奥様にその描き方をお尋ねしたところ、親切丁寧に教えて下さった。ぜんきゅうさんは、まず墨汁でお地蔵さんを描き、そしてスプレー糊を掛け、茶漉しのようなものに入れた砂をぜんきゅうさん独自の方法(振り掛ける高さや量にコツがあるそうだ)で、砂を振り掛けた後、ラッカーで仕上げられるのだという。自然との調和…白くて細かい内海の砂が、ぜんきゅうさんの手によって、お地蔵さんに命を吹き込んでいるようで、その生き生きとした、そして優しい表情に思わず手を合わせてしまいたくなった。私は、そのギャラリー内で時が経つのも忘れて、のんびりと寛がせてもらい、帰路についた。奥様は玄関に出て見送って下さった。素敵な出会いに感謝しながら、日常の雑多を忘れてまた訪れよう…と思った。
クリックすると元のサイズで表示します 築163年のアトリエとお地蔵さん

笑顔が素敵なぜんきゅうさん。
クリックすると元のサイズで表示します

◎中部経済新聞掲載、ぜんきゅうさんの記事
http://www.nande.com/topic/19991126/topic.htm

◎ぜんきゅうさん公式HP
http://www.nande.com/zenkyu/

◎以下写真集(携帯カメラで撮影の為、拡大しません。ごめんなさい。)

クリックすると元のサイズで表示します内海の砂を吹きかけたお地蔵さん。

和紙のタペストリークリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 砂で出来た「守り地蔵」の壁掛け

壁掛け…いつも見ています。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します和紙の壁掛け…ありがとうのこころ。

壁掛け…おかげさん。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します木彫りのお地蔵さん

ぜんきゅうさんの絵葉書集クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 壁掛け…詩(太陽だって…)

看板…希望の文字を書いて貰える。クリックすると元のサイズで表示します 

クリックすると元のサイズで表示します作品が並ぶギャラリー
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2007/5/13

従姉の結婚式…ジュリアという薔薇を使ってブーケ製作  日記(今日思うこと)

明日13日は、母の日…私は名古屋市内某ホテルにて、執り行われる従姉の結婚式に列席します。従姉が申し込んだ挙式はパック挙式で、美容師の持ち込みが厳しかったたので、私は初めて仕事を含まず、披露宴のお席でゆっくり出来そう?です。でも、ホテルへ行くまでの時間が、けっこう慌しいです。朝からお祝いのブーケを作って、自分の髪をまとめ、その後、披露宴に参列する人達のセットと着付、そして私自身も訪問着を着ます。
クリックすると元のサイズで表示します正式名=ジュリア・クレメンツローズ

ジュリアを使って製作したブーケ…クリックすると元のサイズで表示します

★無事に披露宴を終え帰宅して、ブーケスタンドに置かれたブーケをUPしました。5/13 9:10 PM
ブーケは写真の↑ジュリアというミルクティー色の薔薇を中心に使って、ブーケオアシスにアレンジ…。ビタマイヤー様式のブーケを作る予定です。従姉は4年前に母親(伯母)を亡くしています。母の日に念願の花嫁姿…天国へと届きますように。

クリックすると元のサイズで表示しますカーネーションのディスプレイ(ロビー)

披露宴会場、雛壇のバックには…クリックすると元のサイズで表示します
モネのジヴェルニーの橋(睡蓮)の絵が飾られていて、感動しました。


 クリックすると元のサイズで表示します店内の生け込みの写真 5/12現在。
花材→枝物=ドウダンツツジ、花すおう、
百合(カサブランカ、ソルボンヌ)、アルストロメリア、デルフィニューム(青い花)


※以下のトラックバックは母の日の謂れについて…
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2007/5/10

伊勢方面へNo2…伊勢志摩ゆりパークを訪れて。  日記(今日思うこと)

伊勢志摩ゆりパークは、三重県志摩市にある世界でも数少ない、本格的な百合の公園で、2004年4月20日、道の駅「伊勢志摩」の隣に観光農園としてオープンした。ゆりパークには、広大な敷地に、400種70万株、350万輪の百合と、100種30万本のチューリップが植えられており、3月31日から6月17日の間に限定されて開園されている。公園内には、3棟の温室もあり自動温度調節により屋根が開閉するシステムとなっていて、私が訪れた5月7日は、晴天で気温も高かった為、時々天窓が開閉していた。外の百合園は、満開になるにはまだ時期が少し早かったが、温室内の百合は満開に咲き誇り、入った途端、百合独特の良い香りに包まれていた。
(写真はクリックで拡大)
クリックすると元のサイズで表示します ゆりパーク入リ口(大駐車場有)

園内の花タワー(切花)クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します周囲は雛壇のように鉢植えが並ぶ。

品種毎に名前が書かれているクリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します一番人気の品種「ロリポップ」

赤い百合…「オリジナルラヴ」クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します八重咲きの珍しい品種「エロディ」

「シャンパンダイヤモンド」の上品な色クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します花壇に植えられていた「ディアポロ」

「デトロイト」…オレンジの百合クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します少し小振りな「キャバレーゼ」
地区周辺に群生している笹百合クリックすると元のサイズで表示します
※楚々として美しく、葉はその名前のごとく笹の葉のようだ。

クリックすると元のサイズで表示します この日生けたての花タワー
満開の花タワー。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示しますタワーの手入れする係りの小父さん。

※「僕の奥さんも昔は綺麗だったけどね。
今はこんな感じだから、僕も生け変えたいよ」
?と、自分を棚(台)に上げて(上がって?)話しかけてくれた。

※温室を通って外に出ると、山肌に作られた広大な花壇が目に飛び込んで来た。
お花は、まだ半分も咲いていなかったが、緑が綺麗で心地よかった。
クリックすると元のサイズで表示します

池もあり公園になっている。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します散歩コースにも丁度いい。

手入れする係りの人達クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します公園内、高い所からの眺め
※後半月も経って満開になったら、さぞや見応えがあるだろう!と思った。

百合のポスター。クリックすると元のサイズで表示します 
※ポスターに載っている品種だけで200種類ある。


百合の品種改良の歴史はまだ浅い。原種は100種類以上あり、アジアを中心にヨーロッパ、北アメリカなどの亜熱帯から温帯、亜寒帯にかけて広く分布している。19世紀に入ってヨーロッパ(特にオランダ)を中心に品種改良が進められた。有名なのはカサブランカを代表とするオリエンタル・ハイブリッド系…ヤマユリやカノコユリ等、森林で自生する百合を交配して作られた品種で日陰を好む。香りのある優雅で華麗な花が魅力であるが、カサブランカを生み出す交配で主要な役割を果たしたトカラ列島原産のタモトユリは、残念ながらほぼ絶滅してしまったという。

貸し出して頂いた日傘クリックすると元のサイズで表示します

尚、伊勢志摩ゆりパークは、盲導犬、介助犬との入場も許可されている。勿論、全体がバリアフリーになっていて、車椅子の無料貸し出しもある。また日傘、雨傘の貸し出しも無料でされており、施設としては訪れる人に優しい配慮がされていると感じた。更に係員の方々も、皆さんとても親切で、また足を運びたくなった。入場料は大人1000円だが、花壇に植えられた百合は咲ききっておらず、チューリップの見頃となる4月中は、半額で入場できたそうだ。
クリックすると元のサイズで表示しますここの百合が伊勢神宮へ献納された。

◎伊勢志摩ゆりパーク公式HP
http://www.yuripark.jp/

★この後訪れた、伊勢神宮(内宮)については、No3で紹介したい。
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2007/5/8

伊勢方面へNo1…ルピナス(昇り藤)の花と名港トリトン  日記(今日思うこと)

7日は友達の里帰りに便乗し、伊勢方面へと行って来た。私は、昇り藤と言われ縁起の良い、ルピナスの花畑を観たかった。ラッセル・ルピナスは、藤の花を逆さにしたようにも見える事から、別名「のぼりふじ」と呼ばれている。三重県志摩市磯部町の稲葉さんという個人の方が、休作田を造成した約30アールの畑で、約1万5000株を栽培されている。この付近は「笹百合」が自生している事で有名であるが、その笹百合の保護や繁殖に取り組んで来られた稲葉さんは、来訪者に他の花も楽しんで貰おうと、7年前からルピナス等を育て始められた。ルピナスの花畑には、長い物では1メートル50の高さになるルピナスもあり、天に向かって真っ直ぐ伸びていて観ていると時を忘れていまう。見ごろは5月末頃までだそうだ。(写真はクリックで拡大)

クリックすると元のサイズで表示します無料だが善意の箱が置かれている。

途中咲いていた山藤の花クリックすると元のサイズで表示します
伊勢の山には山藤が群生している。これが所謂「藤=下がり藤」


※ルピナス。(学名も Lupinus )豆(まめ)科で、ハウチワマメ属
Lupinus(ルピナス)は、ラテン語の「lupus(オオカミ)」が語源。どんな土地にも育つ逞しさ、栄養を沢山採る事から狼のようだと名づけられたという。種類は豊富にあり、葉っぱは9〜13枚程度で一律ではないようだ。花としても、ピンク、紫色などの色の小花をいっぱいつけ、古代エジプト時代から栽培されている古参植物で、食用、石鹸、薬草、牧草と幅広く使われてきたそうだ。

クリックすると元のサイズで表示します広く美しくて圧巻である。

爽やかな青いルピナス。クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します優しいコーラル色

紫と黄色のコントラストクリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します桃色と黄色が可愛い

傘咲きルピナス(兄弟種)クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します壮観なルピナス畑

ルピナスに埋もれて(筆者)→クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示しますポピー畑と傘咲きルピナス(奥)

※隣の水田には睡蓮が植えてあった。
クリックすると元のサイズで表示します

睡蓮のユーモラスな説明クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 気持ちよさそうな蛙。


アクセスは、名古屋から伊勢方面へ車で向かう場合、伊勢湾岸道路を利用するのが早い。その時「名港トリトン」という(国道302号の愛知県東海市〜海部郡飛島村間)の東海ICから飛島ICの間に架かっている3つの橋を渡って走る。将来第二東名高速道路になる予定の橋だが、片側3車線で走り易く、景色も綺麗である。この3つの橋は、名古屋側から、名港西大橋 名港中央大橋 名港東大橋なっており、橋長は、それぞれ東から700m、1,170m、758m、に及び、世界的にも大規模な往復6車線の海上斜張橋梁群(塔から斜めに張ったケーブルで橋桁を支える構造の橋)である。また、世界有数の長大斜張橋が三橋が連立しているこの名港トリトンは、世界的にも珍しいという。
クリックすると元のサイズで表示します上空から名港トリトンの全景。

クリックすると元のサイズで表示します同じく空から名港東大橋。

西大橋の夜景を埠頭からクリックすると元のサイズで表示します
 
クリックすると元のサイズで表示します車窓から名港西大橋

赤い橋桁の名港東大橋 クリックすると元のサイズで表示します


◎尚、今回、私達の伊勢へのドライブは、友達の実家行きが第一目的だったが「伊勢志摩ゆり園」にも出かけ、帰路は伊勢神宮へも参拝して来た。その写真とレポート?は「伊勢方面へNo2」で書きたいと思っている。
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2007/5/1

カプリ島の「青の洞窟」と『葬場祭』(神道の葬儀)について  日記(今日思うこと)

公私共に慌しい一週間を過ごし、30日は休日だったが、29日の夜と30日は『葬場祭』(神道の葬儀)へと出かけた。30日は29日の昭和の日の振り替え休日、当初の予定では友人と和服を着て、岐阜県可児市にある「花フェスタ記念公園」へ薔薇を観る目的で出かける予定だったが、急遽キャンセルした。夕方から予定を立ててくれていた友達と食事に出かけた。食事の後、友達が映画「ブラッド・ダイアモンド」を観たいと言ったので、私は2度目の鑑賞となったが、映画館へと向かった。(映画についてはまた改めて…)先日、この映画を観たとブログに記した所、スピンさんからレオナルド・デカプリオ主演という事で(デカプリオとは…カプリ島のという意味)カプリ島にある『青の洞窟』の写真を送って頂いていたので、以下に掲載する。
クリックすると元のサイズで表示しますカプリ島の青の洞窟:Grotta Azzurra

ナポリ湾に浮かぶカプリ島の周囲は、殆どが断崖絶壁となっており、その断崖絶壁の一部の波打ち際に、入り口の半分が海水の中に隠れている海蝕洞(海の波浪に浸食されて出来た洞穴)の「青の洞窟」 (Grotta Azzurra) がある。この洞窟には、手漕ぎの小船に乗って行くのだが、入り口は高さ1mにも満たない為、出来るだけ低い姿勢をとって入るそうだ。洞窟内は広い場所で、長さ約70m、幅25mとなっており、幻想的な青い光を放っている。こ現象は、洞窟内の海底の白い砂が、太陽光線を(外部のように乱反射するのではなく)青い水だけを透過して反射して見えるから…だそうだが、美しく見えるのは、角度が屈折し易い午前中が適しているという。しかし、高潮時や天候不順で高波の時などは、入ることが不可能で、短期の滞在で見る事が出来るのは、かなりラッキーだと言えるらしい。
入り口は、本当に狭い→ クリックすると元のサイズで表示します

さて、話題を戻して『葬場祭』について、葬儀会場にも案内と説明はしてあるが、少し記して置こうと思う。『葬場祭』は、仏式の葬儀と違い、数珠やお香は使用せず、お焼香の代わりに、祭壇に向かって設置された玉串案(台)に玉串(榊の枝)を、奉奠(ほうてん)する。玉串はまず、受け取ったら枝の葉の先を左手で下から支え、右手を上から沿えて持つ。その後、玉串案(台の前)に進んだら、時計周りに90度回転させ枝の葉の先を祭壇に対して真っ直ぐにし、同じく時計周りに今度は半回転させて、枝元を祭壇に向け、玉串案(台)に乗せる。

◎玉串奉奠の作法↓
http://www.taka.co.jp/okuru/gi-kami01.htm

そして、2礼し、2拍手を音を立てない…「忍び手」という叩き方で叩き、1礼する。また仏式で持って行く「御香典」の代わりは、蓮の花がついていない熨斗袋を使用し、表書きには「玉串料」または「御榊料」と書くが、宗派を問わない「御霊前」でも良いとされている。しかしながら、知らないまま「葬儀=仏式」と思い込んで、香典袋で持って行ってしまった場合は、止むを得ないといえよう。また、花屋さんの話によると、仕事上の付き合い等で宗派が判らず、納める場合は「御花代」と記す事も無難なのだそうだ。
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亡くなった方は57才で、脳梗塞からリハビリをし日常生活に復帰された直後に発見された食道癌が原因だった。奇しくも丁度1ヵ月前の同じ日に、奥様が看病疲れによる?心停止で亡くなっており、ご親族には、おかけする言葉も見つからなかった。抗癌剤との戦いは壮絶だったとお聞きしているが、安らかなお顔を拝見し、今はその苦しみから逃れられ、ご遺族を見守って下さっている気がした事が唯一つの慰めだった。ご夫婦のご冥福をお祈りするとともに、改めて健康である事に感謝し、日々の節制、そして検診を怠ってはいけないと痛感した。

※ブログ更新や頂いたコメントの返事が遅れ、
私の体調をご心配頂いて、メール等を下さった方々に、
この場で大変恐縮ですが、お詫びとお礼を申し上げます。
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