2007/5/31

婚礼…ご自宅着付から新婦のベーゼンドルファー・ピアノ演奏まで  着物の着付関係(和服)

5月27日、その日は朝から青空が広がっていた。近所のお茶屋さんのお嬢様…ピアノの先生の結婚式…。式場は、花嫁さんたっての希望で、ウィーンのイグナーツ・ベーゼンドルファー社の製作で、同じくウィーンの建築家、ハンス・ホラインがデザインした、デコラティブなピアノが設置されているという…伊勢湾沿いの某式場で行われた。その式場の経営母体は写真館で、美容師・衣装等、全て持ち込み不可という事だったが、花嫁さんとお母様のご指名もあり、式場側と交渉して下さって、私は初めてその式場・披露宴で、ブライダルの仕事を担当させて頂いた。
クリックすると元のサイズで表示しますチャペルの外観。
チャペル入り口に飾られた生花クリックすると元のサイズで表示します
(スモークツリー、薔薇のジュリアやマダム・ヴィオーレも入れて貰った)


当初、花嫁さんは、ウェデングドレスでご自宅を出られる予定だったが、ご自宅がお茶屋さんという事もあり、純和風のお家だったので、私がコンクールやスタッフに使用するために購入していた和装(白無垢・色内掛け)を着て頂くようにご提案した所、花嫁さんは勿論、ご家族も大変喜んで下さり、ご自宅から和装で出て、私の店で洋装に着替えて式場に向かう事となった。当日は、花嫁さんが出来上がる時間になると、続々と見学、お見送りして下さる方がお庭に詰掛けられて、後でお尋ねした所によると、配られたお菓子の数から、100人は超えていたらしい。最近ご自宅から出られるお嫁さんが少なくなったせいか、白無垢から色内掛けに替えると拍手も起こった。
クリックすると元のサイズで表示します 衣桁に掛けた白無垢(花嫁宅)

ご自宅を出られる所
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式場に着くと、まず花嫁さん(以下新婦)を控え室にお連れして、私は、チャペルと披露宴会場を確認しに行ってみた。披露宴会場には、新婦こだわりのピアノ…ベーゼンドルファー社のピアノがどっしりと存在感をアピールしていた。そのピアノは「タキシード」というテーマで、ピアノの大屋根(蓋)の部分を赤いラッカーで仕上げた地色に、金色の模様を施し、ハンス・ホラインはその大屋根をタキシードの裏地に見立ててデザインしたという。大屋根の赤と、ピアノの黒のコントラストが斬新で、正にタキシードのように凛としてスマートな印象がして、私の目を釘付けにした。

クリックすると元のサイズで表示しますベーゼンドルファー製ピアノ。

チャペルは披露宴会場から200メートル程離れていて、外を移動するために、雨が降ったら?と懸念したが、その時は、バスで移動になるという事だった。厳粛なチャペル式の後、披露宴が始まった。新婦は、ウェデングドレスのまま、ヘアー飾りのみチェンジして入場、ご来賓の挨拶の後、ノンアルコールのシャンパンで乾杯、そして花嫁さんの生徒さんが新郎・新婦へとプレゼント演奏もされた。その後、新婦はカクテルドレスに色直し、そして待望のピアノ演奏となった。彼女が選んだ曲は、リストの『ラ・カンパネラ』=鐘という曲で、きっと誰もが耳にした事はあると思うが、ピアノ奏者なら、誰もが憧れる曲なのだそうだ。
ウェディングドレス姿。 クリックすると元のサイズで表示します

しかし、その演奏は、速度も軽快で速い上に、1オクターブより広い音程を含む跳躍があり、手先の器用さ、正確さ、弱い指の機敏さを鍛える練習曲として使う事もあるそうだが、最大で15度の跳躍があり、演奏者は、手を移動する時間を与える休止がないまま、2オクターブ上で同じ音符が演奏され、他にも薬指と小指のトリルなどの難しい技巧を要し、非常に難しい曲なのだという。新婦の演奏は、とても力強く尚且つ、流れるような美しさもあり、素人の私でも感動して涙が止め処なく溢れた。
新婦によるラ・カンパネラ演奏クリックすると元のサイズで表示します

光栄にも宴席に私の席も用意して頂き、美味しいお料理を堪能すると共に、新郎新婦の知人・友人の方々には音楽に携わる方が多く、心が豊になるような素敵な披露宴だった。また 対照的であるような気もするが、新婦のお父様が用意された、引き出物のお茶に添えられた言葉も、私の胸に深く刻まれたので、以下に記して置きたいと思う。

『茶の木は直根(大根や人参のように側根が小さく)真っ直ぐに根を伸ばす事や、植え替えが効かないという俗説等から、嫁入りと茶は結びついたとされています。結婚式の当日は、花嫁が親族に茶を入れる事を、最初の仕事とする風習もあります。また、茶は健康にも非常に良いと言われていますので、花嫁の実家の茶を使わせて頂きました。どうぞご受納下さいませ』(ご両親より)

クリックすると元のサイズで表示します 伊勢湾の綺麗な夕焼け。

お店の手持ちの衣装という事で、前日から新婦さんのお家へ伺って衣装の準備をし、当日は、早朝から夜まで関わらせて頂いた結婚式であったが、ご両家の方々にもとても喜んで頂けて、美容師冥利に尽きる仕事だったと思った。そして帰路に向かう頃には、伊勢湾の綺麗な夕焼けと、心地よい海風が、私を労ってくれている気がしていた。
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2006/11/22

和装花嫁造りとその歴史  着物の着付関係(和服)

今日は、結婚式の前撮り…写真撮影がある。ここ最近にしては、数少ない和式の結婚式にこだわった新郎新婦で、花嫁は白無垢姿、色打ち掛け姿の他に、写真撮影だけであるが、黒引きと呼ばれる黒地の紋付裾文様の振袖(私の祖母が着用した着物)も着て頂く事となっている。ここで少し、婚礼衣裳と鬘(カツラ)等の歴史について書こうと思う。

クリックすると元のサイズで表示します 祖母が着用した黒振袖。
最近では、黒引きとして黒地の振袖を着られる方もある。
(11月22日撮影)

婚礼の白無垢衣装の始まりは、平安時代と言われていて、花嫁衣裳に純白の衣装が使用されるようになった。古来日本では、白は太陽の光の色(実際白に見えるのは全ての色を反射している為)と考えられ、神聖な色と言われて来た。また、純潔の色ともされ、全て白で他の色を一点たりとも使用しないことから無垢=けがれ、汚れがない…として、その嫁ぎ先の家風に染まるという意味があるとも言われている。しかしながら当時は、まだ一部の身分の高い人達の仕来たりであった。室町時代になり、足利幕府が礼道教育を始め、小笠原流、伊勢流などの礼道が確立し、婚礼の法式などが生まれた。これによって婚礼の衣裳も定められた。当時、幸菱文様(さいわいびしもんよう=小花で型どった菱形の幾何学的な文様)の表着に白い打掛が着用されるようになり、これが「白無垢」と言われる打ち掛けで、今日にも伝わっている。

クリックすると元のサイズで表示します 和装花嫁は古式ゆかしく上半身の姿が最も美しい。
メイク、鬘、着付の胸元…技術を要するが光栄な仕事だと思う。


また、鬘に被せる綿帽子と角隠しの由来は、室町時代、外出の際に婦人は、小袖を頭から被くようになっていた為、この風習が婚礼の仕来たりにも定められて白の小袖を被く事とされた説が有力である。次第に、江戸時代の綿帽子(わたぼうし)【真綿で作られた品】、練帽子(ねりぼうし)【練絹という精練した絹で作られた品】、幕末頃からの揚帽子(あげぼうし)【角隠し】へと変化して行ったとされる。この綿帽子にも角隠しにも、婚礼が済むまで新郎以外に顔を見せないという意味もあり、挙式が済むと外すとされている。また角隠しには「角を隠し従順になる」という意味があるとも言われているが、これは俗説だそうだ。

江戸時代後期になると、現代のような白一色ではなく、下着を紅梅色としたり、打掛の裏や下着の裏に紅絹(もみ)をつけて、吉事の証しと姿が流行した。当時は自宅で挙式される事が多く、婚礼を終えた宴会で「色直し」をし、今までの白無垢を脱ぎ、婿から贈られた色物(赤地)の衣服に着替えたという。しかし、まだまだ、打ち掛け花嫁姿は裕福な家庭の子女に限られていた。明治時代になり、一般的には、黒縮緬の紋付裾文様の振袖に白羽二重の下着を着て、角隠しを着けるという花嫁姿が定着するようになり、その振袖の袖を切り、袖を留めて、「留袖」とし、既婚の女性の第一礼装とした。この衣装は昭和の始めまで受け継がれたが、第二次大戦中は「贅沢」とされ、物資の不足も影響して、新郎は国民服に戦闘帽、新婦は上っ張りにもんぺ、防空頭巾携帯という衣服での挙式も行われたという。

ウェディングドレス姿は女性の憧れ…。 クリックすると元のサイズで表示します

戦後、日本の高度成長に伴って神前結婚式が主流となり、自宅結婚式は減少した。祝宴を料亭やホテル、専門式場等で行なうケースが増え、それに伴って洋式の宴会も徐々に進出した。また、キリスト教式や人前結婚式が増える等、結婚式のスタイルも多様になり、花嫁衣裳も和装、洋装ともに華やかさを増したが、今日では、和装・鬘離れは進み、洋装のみで挙式、披露宴を済ませる方も多くなった。この和装離れには、「鬘が似合わない、和装メイクは白塗りで不自然」という理由が原因と思われるが、実際に、鬘は新婦の頭の大きさの合わせてサイズを決め、お顔の輪郭、造りに合わせて結い上げれば、似合わない人はいないと思う。またメイクも近頃では、水化粧は施すが、肌に合わせてファンデーションの色を調合するので、白塗りにはならない。今後も、勿論、新郎新婦のご希望が第一だが、日本の伝統文化の大事な一つとして和装花嫁造りも、受け継いで行きたいと思っている。
クリックすると元のサイズで表示します 自然色の鬘…新婦に合わせて結う
…色打ち掛け用のかんざしに交換後。
鬘の結い上げ師さんは力を要する為男性が多い。


◎以下鬘の「文金高島田」について。
現在では花嫁の髪として知られているが、江戸時代には、一般の武家の 若い女性や遊女の一部に結われていた。江戸時代中期(18世紀)に結い 始められた文金風の男髷が、女髷へと移り、現在のような形に発展した。 針や楊枝(ようじ)などを髷に入れて高くしたので、針打ちとも呼ばれ た。高島田の中でも、特に髷(まげ)の根が高く、華やかな髪型である。(美容学習事典より)

恵雅さんに絵を書いて頂いた扇 クリックすると元のサイズで表示します 
新婦の好きな秋桜の絵と…花言葉(秩序と調和)が書かれている。(11月22日撮影)

◎恵雅さんのブログ「癒しの書と絵」 ⇒http://sky.ap.teacup.com/keiga/

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2006/1/9

成人の日に備えて・・・大好きな仕事  着物の着付関係(和服)

本日は成人の日、例年なら深夜1時を過ぎたこの時間も、着物の襟を閉じたり、帯のひだを畳んだり、着付の準備の仕事をしているのだが、スタッフの成長のお陰で、20余名のお客様全て段取り良く進み、無事に髪のセットとネイルが終了した。着付の準備もお手伝いが何人か来てくれて、既に終える事が出来た。朝は、5時から着付、メイクの仕事が始動するが、今年は少し、休む事が出来そうだ。
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今日の為に、年明けから毎日練習し、髪のセットに全精力を傾け、頑張ってくれたスタッフ達、この日の為に駆け付け、手伝ってくれた元スタッフの子達、差し入れをして下さった皆様、そして、応援のエールを送って下さった方々に、心よりお礼を言わせて頂きたいと思う。この感謝の気持を、着付のお支度という形にして、晴れの日のお手伝いをさせて頂こうと決意している。
クリックすると元のサイズで表示します  成人の日を迎えられた皆様、おめでとうございます。

クリックすると元のサイズで表示します 知多市・東海市の成人式は、8日に行われた。後姿は東海市のEちゃん。

★9日午前9時30分、無事滞りなく、着付の仕事を終える事が出来、
 承った新成人の皆様…全ての方を、式典に間に合って頂けるように、
 成人式会場へ送り出す事が出来ました。ありがとうございました。
 
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2006/1/7

病床のお祖母ちゃんに贈る・・・振袖姿。其の一  着物の着付関係(和服)

5日、千葉県柏市から2人の来客があった。その人は、私の生まれた家の遠縁にあたる人で、私が幼少時から姉と慕っている人だ。元々は母の教え子、共働きだった両親が私のお守り役としてお願いしていた人、Sさんである(動きの激しかった?私のお守りは随分、体力が必要だったらしい)。Sさんは結婚してから千葉に住んでいる。そしてもう1人は、20才を迎えたSさんの娘さん、Kちゃんだった。Sさんは、以前から「娘が成人の時は、ほたるに着付けをして貰って写真を撮るね」と言っていたが、遂にその話が実現したのである。Kちゃんは諸事情があって引き篭もりになり、一旦高校を退学したが、そこから頑張って通信教育で卒業し、大学受験をした。そして昨春、晴れて大学生となっている。駅伝で言うと繰り上げスタートだったが、その頃を振り返るとよく頑張ってここまで来たと、Sさんとも電話で話していた。Sさんのご主人はロシアとの貿易関係のお仕事をなさっていて、以前「ロシアからの贈り物(パレフの箱)」という記事にも、私の先輩として登場している。
クリックすると元のサイズで表示します
http://diary.jp.aol.com/applet/hotarudesu/20051102/archive

Sさんのお母さん即ち、Kちゃんのお祖母ちゃんは、腰の圧迫骨折から手術をなさったが、神経に付加がかかっていたのと、お年のせいもあり今は病院で寝たきりになってしまわれた。Sさんは、お祖母ちゃんが自分の為に、仕立ててくれた品を着せ、お祖母ちゃんを元気付けたいと言っていた。その品は、呉服屋さんで反物を選び、お祖母ちゃん自らが縫って仕立た紅型の振袖であった。帯締めもお祖母ちゃんが組み紐で組んだ貴重な品だった。Kちゃんは、同級生から1年遅れているので、始めは「成人式には行きたくないし、振袖も着る気がない」と言っていたが、『お祖母ちゃんの為に着よう』という気持ちになり、更に小さい頃から何故か?私を慕っていてくれたという事もあり、光栄にも「ほたるさんが着せてくれるなら、まずは着て写真だけでも」、という気持ちになってくれたようだった。
クリックすると元のサイズで表示します 店内エントランスの生花の前で

前日から新幹線等にて、名古屋経由でお店まで来て頂き、着物の準備をし終えてから、お店の近くのビジネスホテルに泊まって貰い、着付け当日を迎えた。Kちゃんは、着物を着る気がなかったので、秋に髪をショートカットにしてしまっていたが、何とかとめ、アップ風に仕上がった。Kちゃんは勿論、Sさんも、その仕上がりに驚いていた。来店していて下さった他のお客様達も、「よくその長さで、上がったねぇ」と感心して下さったが、受け狙いの私は「いえ、上がったのでなく、上げたのです。いや、はりつけたのかな?」と答えた。店内には笑いが起こった。メイクを自然にして、ネイルを塗り、その後、着付けに入った。
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振袖は、お祖母ちゃんの手入れがよく行き届き、とても綺麗な状態だった。着付けていくと、まるでKちゃんに誂えたかのように思えた。仕上がる頃、いつの間にかSさんは涙汲んでしまった。20年間育てた色々な思い出が、こみ上げてしまったそうだ。人にはそれぞれドラマがあり、その重みはそれぞれだけど、自分のドラマの中では主役なんだな…と改めて感じながら、着付けを終えた。店内で撮影後、写真館へ行き、記念撮影をした。最初の予定だと、撮影後は脱いで、新空港『セントレア見学』に行く予定だったが、Kちゃんは「勿体無いから脱ぎたくない」と言ってくれたので、振袖姿のまま、セントレアへと向かう事にした。このように『少しでも長く着ていたい』という気持ちになってもらえるのは、着せた者としては、冥利に尽きる思いだった。
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2006/1/7

病床のお祖母ちゃんに贈る・・・振袖姿。其の二  着物の着付関係(和服)

セントレアに着いた。セントレアは相変わらず大勢の人達がいて、Kちゃんは、やはり注目の的となった。Kちゃんは、恥ずかしがり屋さんなのだが、ちょっと嬉しそうに歩いていた。そして、セントレア内にある門松やお正月用の飾り付けの前で写真を撮っていたら、グルメプラザの中の或るお店の撮影に来ていた、「KE○○Y」という地方誌のカメラマンさんからも、「撮らせて欲しい」とSさんに申し出があり、本格的な写真撮影になった。更に趣味で飛行機を撮りに来ていた人達も集まって来て、まるでモデルさんの撮影会のような人だかりになってしまった。冷静に見ているとニコンの本格的なカメラから、携帯電話のカメラに至るまで、色々なカメラで多くの人がKちゃんの振袖姿を撮影してくれていた。
クリックすると元のサイズで表示します セントレア入り口の門松の前で
クリックすると元のサイズで表示します多くの人の祝福と暖かい視線は、本人により輝きを与えるものだ。花嫁さんが前撮り写真の時より、当日の方が輝いて見えるのも、多くの人に祝福され見つめられるからだと、私は経験上、感じていた。けだしKちゃんも同様で、時が経つごとに笑顔も自然になり、どんどんと輝いて行った。「自分に少し自信がついた」と言ったKちゃんは、地元に帰り、9日の成人の日の当日も、胸を張って振袖姿で成人式へ行くと決めてくれた。Sさんは「今から、予約とれるかしら?」と、嬉しい悲鳴をあげながら電話を手に美容室の予約を取っていた。私はとても嬉しかった。私のお店でも、8日、9日と地区によって分かれてはいるが、成人を迎えるお嬢様方の着付けを承っている。やはり9日がピークで、8日から9日にかけては、例年の如く夜中にかけて髪をセットし、その後、着付けの準備で徹夜になるだろう。しかし、成人の日は生涯一度である。それぞれの方に、それぞれ20年間のドラマがあるのだ。その記念すべき日の一頁の為に、お手伝いが出来る事を、感謝して、精一杯心を込めてお支度させて頂こうと、改めて言い聞かせている。
 モデルの撮影会のようだった。クリックすると元のサイズで表示します

また、成人の日は、毎年、このお店にかつて関ってくれたOB(女性なのでOGか?)達も、声を掛け合い集まって手伝ってくれている。スタッフのお母さん方からはお握りの差し入れがあったり、栄養ドリンクを持って来て下さったり、毎年、多くの方に支えられて頑張って来れたのだ。本当に有り難いことだと、感謝できる…1年の中で、私にとっても節目ともなる1日である。Kちゃんは、私がブログに載せたら、病院へノートパソコンを持って行って、お祖母ちゃんに見せるそうだ。お祖母ちゃんの嬉しそうな笑顔が、目に浮かぶようで、はたから見たら一人笑いは奇妙だが、思わず私も微笑んでしまっていた。「お祖母ちゃん、次はKちゃんの花嫁姿が見られるまで、どうぞ長生きして下さいね」。クリックすると元のサイズで表示します正面は勿論、様々な方向から撮影された
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2005/11/9

帯の種類とその用途  着物の着付関係(和服)

昨日は、着物(和服)の種類とTPOについて書いてみた。今日は続きとして、帯の種類と、その用途を書く事にする。尚、マイノリティではあろうが、着付師を目指したい人の為に、着付師の級付けと、受験資格も付記して置く。そして最後に、閑話休題として、僭越だが、着付師としての心構え?を書こうと思う。
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・初級着付師 美容師免許所得後 3年以上経過 小紋に名古屋帯で太鼓を結ぶ。(練習用ボティ使用)

・中級着付師 美容師免許所得後 5年以上経過 振袖に袋帯でふくら雀を結ぶ。(練習用ボディ使用)

・上級着付師 美容師免許所得後 10年以上経過 婚礼花嫁衣裳、大振り袖に、丸帯で、立て矢結び。(人体モデル使用)
全ての資格に於いて、学科試験合格後、実技試験を受ける事が出来る。

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○帯
1, 丸帯
婚礼衣装に使用されます。又、芸子さんなどが、使用していて、一般的には殆ど使われていませんが、帯の格としては、最高になります。全通(帯全部に柄がついている事)

2,袋帯
主に礼装に使用されます。柄付けの殆どが、帯全体を10として、体に巻きつく部分(4)を省き、6通の柄付けになっています。体型や帯結びの種類によって、柄出しに気をつけて結びましょう。

3.名古屋帯
お太鼓結びを前提に作られた略式の帯。前帯と垂れに柄があり、前帯の部分が、予め半分に折れた状態の、仕立てになっています。
礼装には向かず、洒落帯として、小紋・紬生地に合わせます。ただし、綴れ織り等特殊な織りの場合は、その手間を尊重し、名古屋帯であっても礼装に用いる事が出来ます。

4,反巾帯
お洒落帯です。普段着の帯として使用します。織り方・素材によって使用目的に差が激しい帯です。以前は羽織下に、用いられていました。現在は、浴衣用が多いです。

5,兵児帯
男性や子供さん用の普段着に用いて来ましたが、最近では洒落たデザインの大人用も出ています。浴衣がファッショナブルに着こなされるようになり、需要が出来たと思われます。また、男性の正装には、絹製の角帯を用います。
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以上が、帯の種類と用途です。袋帯には、能衣装から用いた唐織・佐賀錦織、等、織りで柄出しをした帯が多く、名古屋帯では染めの帯が多くなっています。昔から「染めの着物に、織りの帯。織りの着物には、染めの帯」と言われ、コーディネイトされて来ました。また、刺繍・箔乗せの特殊技法も、用いられていますので、結ぶ際には、爪などで引っ掛けないように、細心の注意が必要です。

○その他
1,コート 2,道行 3, 羽織 4,雨コート 等、上に羽織る物があります。
更にショール・草履・バック等
これらも、その素材等によって、TPOがありますので、注意して下さい。直接着付けの良し悪しには、関りませんが、適切なアドバイスが出来るよう、覚えておく事も大切です。
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◎閑話休題
着付師の仕事は、お客様が、全て道具を用意して下さり、技術だけで料金が頂けるのですから、それなりの知識も必要だと思います。どんな高価なドレスよりも、着物を着ているだけで、周りが華やかになるものです。また、日本人として、世代を超えて受け継げる、着物を着て頂けるお客様を持てる事を、誇りに思って学んで頂きたいです。そして、自ら少しでも着る機会を作り、着物を着た時の立ち居振る舞いも、アドバイスできたらと、願っています。
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2005/11/9

着物(和服)のTPOと種類 その1  着物の着付関係(和服)

今日は、私の専門?の仕事の話を書こうと思う。今までは、素人のひとり言で済んでいた?が、自分なりに気持ちをピリッと引き締めて書く事にする。…と言うと聞こえが良いが、大体は、ずっこけてばかりいるので、こういう日は滅多とない。少し、自分らしくない気もするが、偶には、ブログを「よそ行き」の気分で書くのも、いいかな、と思っている。以下は、着付師の学科試験の参考にと、書いた資料を元にした。着物の常識と言う物に、法律もない、ただ仕来たりを、どう解釈するかが、学科としての焦点となっている。
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まず始めに、着付教室の先生と、着付師の違いに少し触れて置きたい。着付を業とし、他の人に着せてお代を頂く為には、美容師でなくてはならない。それは、美容師法(昭和32年6月法律第163号)に定められていたが、その表現が曖昧だった上に、国家試験の実技としては組み込まれて居らず、現実には、美容師の中でも、着物の知識が無い者もいた。その為、美容師の国家資格+実務年数という経緯を経て、労働大臣認定の公的資格として着付師の資格が、設けられた(平成9年6月27日に施行、資格試験は翌年)しかし、自分で着物を着る為に、教室に習いに行く着付教室は、民間資格であり、それぞれが流派、流儀があったりする。ゆえに、着付教室の資格では、着付を教える事を業とは、できるが、人に着付けをしてお金を取る行為は、違法となってしまう。
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◎資格の分類と例

1、国家資格 
・医師・弁護士・司法書士・調理師・美容師等
国の法律に基づく試験。、無資格では決して出来ない仕事に就く事が出来る。資格により、様々ではあるが、受験資格を得る為に、数年間の技術的な研修や修学、経験が必要。

2、公的資格
・実用英語能力検定・秘書技能検定(文部省認定)・消費生活アドバイザー(通産大臣認定)・着付師「初級、中級、上級」(労働大臣認定)等
各省庁や各大臣、又は地方行政団体が認定する資格。

3、民間資格(認定証)
企業の団対や協会などが認定する。上記に挙げた「国家資格」「公的資格」以外の資格の事。様々な分野に沢山の資格がある。社会的評価の高い資格から、余り知られていないような団体が、主催する資格迄、多種多様である

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以上の中では、公的資格に属する、「着付師」の資格を、私はその第一期生として、「上級着付師」を受け、お陰様で受かることが出来た。大変有利だったのは、私の母の実家は、呉服屋であった為、幼い頃から、着物には馴染みがあり、一応浴衣くらいの仕立ては出来るようになっていた事だった。だから、学科はとても有利な状態で受験、高得点で、合格できたのであった。実技試験時の秘話?は、また、別に書くとして、とにかく着物のTPOに触れてみる。以下、「着物のTPOと種類その2」として「です。ます。」調で記載している
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2005/11/8

着物(和服)のTPOと種類 その2  着物の着付関係(和服)

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T  和服に於けるタイム(T)は、時間という意味ではありません。洋服のように、昼はカクテルドレス・夜はイブニングドレス・という時間の区分けは無いのです。しかし、このTは季節という意味と解釈すると、しっかりとした決まりがあります。12ヶ月の月に分ければ、10月〜5月までは袷(あわせ)仕立ての着物。7月〜8月は薄物の素材(絽・紗等)。6月、9月は単(ひとえ)に決められています。また、それぞれ素材に合わせた小物も必要になります。少し早めとする事が”洒落”と言えます。
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P・O 場所には、しっかりとした仕来たりがあります。目的・場所が一体になっている事が多く、式と名のつく式典への出席は、招待側も列席側も、相手に対して敬意を表する意味と、格調を大切にします。また、個人のパーティ・旅行・観劇等は、着る人自身の個性を大切にして選ぶよう心がけます。同じ着物でも、相手に敬意を表して着る場合は、格調高く、オーソドックスに。本人の個性が生かせる場所では、思い切りファッショナブルなコーディネイトしたいものです。
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2005/11/8

着物(和服)のTPOと種類 その3  着物の着付関係(和服)

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○着物の種類
1, 留袖(黒留袖)
既婚者の第一礼装です。親族(主に親・姉妹)・仲人をする時に着用します。帯は袋帯・帯締めは白又は金・銀。帯揚げは白を用い、必ず末広を用意します。帯結びは二重太鼓が相応しい。留袖は戦前は、白下という下着を合わせて着ましたが、現在は、衿・袖・裾等に重ねているように見える、比翼仕立てになっています。裾模様とも呼ばれています。家紋の五つ紋入りです。

2, 色留袖
挙式・披露宴に出席する際、三親等以上の親族・又は主賓で招待された場合に着ます。若いミセスの黒留袖代わりとして着用するのには、余り好ましくありませんが、ミスでも姉妹・主賓として着用する事は、可とされています。帯・小物等は、黒留袖と同じです。一つ紋から、五つ紋まで。紋が多い方がより正装です。

3, 振袖
ミスの第一礼装。華やかな丸帯、又は袋帯で、帯締め、帯揚げもボリュームがある物を使用します。本来は家紋が入っていましたが、最近では無いものが殆どです。帯結びは華やかに結ばれ、その帯結びを生かすため「道行コート」は着ず、ボリュームのあるショールを用います。昔は黒字り振袖を、結婚式後に袖を切り留めて、黒留袖になったとも言われています。

以上、3点が、柄の地味・派手に関らず、未婚・既婚を問う着物です。
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4, 色無地
祝儀時にも、色によっては、不祝儀時にも、帯を変えて着られる着物です。殆どが、家紋が、入れられています。

5, 訪問着
柄に上下があり、反物から仕立てた後で、衿から身頃に柄の繋がりがあり、以前は家紋を入れていましたが、格がありすぎると、省く事が多くなりました。来賓として宴に出席する場合や、パーティ等、既婚してからは、七五三・入学式等と、生涯通じて、一番袖を通す着物になる可能性が、高いです。帯は袋帯で、重ね衿を使用し、胸元に華やかさを出します。目的、場所に合わせての小物選びも楽しみです。(注;仕立ての縫い目を通して柄に繋がりがある事を「絵羽模様」と言います)

6,付け下げ
訪問着のように衿から身頃、縫い目を越えての柄の繋がりはありませんが、柄に上下はありますので、礼装として用います。最近は「付け下げ訪問着」という柄付けの着物も多くなりました。挙式には出席せず、披露宴のみ出席という場合、披露宴でも簡略化されている場合に、よく召されます。本来、柄に上下がある事を「付け下げ」と呼んでいます。

本来、前記しましたように、柄に上下がある事を「付け下げ」と呼んでいます。以上の、礼装として使用できる着物の中で、色無地以外は、全て「付け下げ柄」になっています。また、振袖と留袖は、殆どが絵羽模様になっています。
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7,小紋
柄に上下がなく、全体に柄があり、楽しめる着物です。まず、礼装には向きません。帯は名古屋帯を使用します。しかし、江戸小紋等、型染めの細かい柄は無地と同じ扱いにもなります。また、綸子等の素材・柄行によっては、袋帯と合わせ、準礼装として使用できる物もあります。素材・柄など、巾広いので、注意が必要です。

一般には、茶会等に、よく着られています。また、近頃では、卒業式に袴を合わせて、着られる方も多いです。

8.喪服
最高の礼装です。夏物・冬物(正式には単もある)とあり、全て黒です。昔は染めの段階で、紅下を使用していましたが、今は泥染め・草木染と深い黒に染められています。以前は正装という事で、白下を着ていましたが、今では、重なる事を避けるという理由で、重ね衿などの使用はしていません。最高の礼装ですので五つ紋が入っています。身内に着用する物なので、19歳の厄年に厄逃れの為に仕立てて、縁起をかつぐ為にも、大学の卒業式等に朱色の重ね衿をつけて、袴と合わせて着られる方も増えています。
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○素材によるTPO
紬など、織りで柄を出して出来た着物は、今まで8種類に分けた「染めの着物」の比べ、どれだけ手間がかかっていて、高価でも、礼装にはなりません。例え織り生地に、訪問着柄付けしてあって織りは織りとされます。また、ウール素材や綿素材(浴衣等)は、普段着で、勿論礼装には適しません。しかし、昨今では絹に似せたポリエステル素材の着物も出回っていますが、これらは例え値段が安くでも、染められて柄出ししている以上、絹と同格の扱いとなります。

☆尚、「帯」については、明日以降、記載する。
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2005/10/22

20才の彼女の晴れの日  着物の着付関係(和服)

今日も、朝から晴天で、さわやかな涼しい日となった。また、今日は、天気とは関係ないが、ブログを書き始めて1ヶ月記念日?である。仕事の合間に書き綴って来たのだが、よく毎日続けられたものだ。と感心?している。私は、一応自営で、お客様相手の仕事をしている。その日その日に出会う、お客様の笑顔を見せて頂く事が毎日の楽しみである。お客様にとっての特別の日のお支度を、させて頂く事も多く(これを書くと職業が判ってしまうが)そういう日は、特に光栄に思って、心を込めて仕事をさせて頂いている。
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今日は、暦の上で言うと仏滅、結婚式等のお目出度い行事は、なさらない方が殆どである。しかし今日、20才のお嬢様の振袖姿をお支度させて頂いた。2日前の事だ。1人のお嬢様が、私を訪ねて来てくれた。「今年20才で来年成人式だけど…」とお聞きした時には、成人の日のご予約かと思ったが、彼女の話は違っていた。現在、彼女のお父さんが肺癌のステージ4で、肺炎を併発、前日にお医者様に呼ばれ「覚悟をして置きなさい」と言われたのだと話してくれた。私は彼女の話を固唾を飲んで聞き入った。「成人の日までは、待っていられないので、どうしてもお父さんに見せたいから、此方の都合の良い日に、振袖もレンタルし、着付をして欲しい」という相談だった。更に彼女は昨年12月、お母さんを『ミトコンドリア脳筋症』という原因不明の病で亡くしていた。昨年は、御両親共に入院されていて、彼女が一家の生計を担っていたそうだ。何という運命なんだろう。神様がいるとしたら残酷だ、と私は思った。しかし彼女は、とても明るく、笑顔が素敵で、前向だった。
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私は、彼女の話をお聞きしている内に、彼女のその綺麗な瞳に、引き込まれるようだった。思わず「私の持っている振袖で良かったら、着て頂けないですか?」と言っていた。箪笥から出してお見せした所、その中の一枚を気に入って頂いた。自分の振袖姿を、病床のお父さんに見せたい…そう思われた時に、このお店を選んで下さったのだ。感謝して、着付させて頂かなければと、光栄に思った。昨夜、帯や小物も、組み合わせを、私自らが楽しんで、コーディネイトした置いた。彼女の今の輝きを、もっと輝かせるよう、着付させて貰うように心がけた。今日、彼女は、初めての振袖姿になった。とても可愛く、(お着せした私が言うのも変だが)よく似合っていた。他のお客様も誉めて下さっていた。彼女は少し恥ずかしそうだった。迎に来たスーツ姿の彼氏は、目を見張っていた。そして呟いた。「もう飲み物しか駄目だから、りんごジュースを持って、挨拶に行くんだ」と。彼女のお父さんと会うのは、初めてなのだそうだ。2人の姿が眩しかった。2人は「ありがとうございました」と何度も何度も、頭を下げ、お店を出て、そしてお父さんの入院されている病院へ向かって行った。私は見送りながら、一生懸命、生きている彼女の、お役に立てた…それだけで、お金では買えないものを、私の方が、頂いた気がした。振袖も、箪笥の中で眠っているより、こんな素敵な親孝行のお役に立てて幸せだろう、と、涙が止まらなかった。
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私の友達にも20代にして、同じ一年間に、両親を癌で亡くした子が居る。思い出が多すぎて辛いからと、自宅には住まず、近い所にマンションを買って生活している。今年で13回忌を向かえ、ようやく母親の和服を着たい、という気持になったと話してくれた。そして、「虫干しも兼ねて母親の和服を出すので、寸法とか見て欲しい」と言っている。この秋、休みを合わせて、和服姿で一緒に出かけられたら…とも2人で考えている。私の手元にも、祖母や伯母達の形見の和服がある。このように和服は、何代も受け継いで着る事が出来るのだ。しかし、最近では、箪笥から出して小物を合わせたり、後で沁み抜きをしたり、「手入れが面倒だ」と言う人も多い。でも私は考える。箪笥から出し、小物を合わせ、そして着た後は手入れをして、また箪笥に返す。この流れこそが「心のゆとり」であり、日本人が大切にして来た「雅の文化」なのだと。。。
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